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「……ってなことがあったんだ」
「……相変わらずね」
「照れるな」
「褒めてない」
「……照れます」
「だから、褒めていないわ!」
柚月が呆れたように俺達兄妹を見据えてくる。
鳳上柚月。
つり目気味な目ときらびやかで軽めにロールした金髪が印象的。
どことなく品のある立ち振る舞いは家柄の良いお嬢様育ちからきている。
俺の境遇を知り、それでも普通に接してくれた幼馴染と呼べる存在。
昔から面倒見がよく、その名残で小学校から続く俺達兄妹との集団登校は高校二年になった今でも継続中だったりする。
現在は俺達兄妹の暴走を止めるストッパー+ツッコミ役を担っている。
いつもの通学路。俺を挟むように雫と柚月が隣を歩いている。それは昔から変わらない俺達の定位置だった。
なぜ柚月に呆れられているかと言うと、朝の一件を包み隠さず説明したからだ。
『相変わらず』と言われるのは俺と雫がシスコンでありブラコンであることは周知の事実であり、幼馴染の柚月ともなれば出会った当初から見続けているからである。
ときどき学園の奴らにはブラシスコンビなどと呼ばれたりもしている。ブラコンとシスコンのコンビ――略してブラシスコンビ。……あまり略されていないな。もっとまともなものを考えてほしいものだ。誰か良い略称や呼び名が思いついたら連絡してくれ。俺達兄妹は嬉々として受け入れるから。
「ふぅ、この一ヶ月何も起こらなかったので油断していたわ。やはりあなた達の二人暮らしには反対するべきだったのかしら……」
「まあ、そう言うな。今回は魔が差しただけだよ。次は無いさ」
「そうかしら? ……雫。遥真の寝顔はどうだった?」
「兄さんの寝顔は……とってもかわいいです」
柚月の視線が痛い。
そっぽを向き受け流そうとするが、雫の暴走は止まらない。
「あと、眼鏡がないと目つきが鋭くなるのがまたむうっ!」
「あ、あはははは。それぐらいにしとこうか雫!」
慌てて雫の口元を覆う。
これ以上は流石に危険だ。
妹よ。即答した揚句に補足しないでくれ!
「……むぅ、ふふふ」
俺の思いが届いたのか雫はそれ以上口を開こうとはしなかった。
なぜか漏れる笑い声はただ単に俺の腕に納まって喜んでいる――というのは俺の自意識過剰だと思いたい。たぶん。
「……仲睦まじい姿は人のいないところでしなさい。そろそろ学園に着くわよ」
半眼で何度目かのため息を吐く柚月に「ごめん」と軽く謝り雫を解放する。隣では雫が「ぷはっ」と息を吐き、頬を赤く染めている。
苦しかったのかな? と懸念したが、ポーと惚けているのでその心配は無用のようだ。
朝の登校時間は俺が説明している間に過ぎ去ったらしく、我が学園――フローレア学園が間近に迫っていた。
「そういえば……」
「ん? どうした柚月?」
何か思いだしたのか首を傾げ思案している。上目づかいになりながら模索している姿はなかなか可愛らしかった。
「噂があって、遥真のクラスに転校生が来るそうね……?」
「え? そうなのか? 俺は初めて聞いたけど。雫は知ってたか?」
雫は子犬のようにふるふると首を振った。どうやらそれほど浸透していない噂だったらしい。
転校生か………こんな中途半端な時期に珍しいが、うちの学園は他と比べて少々特殊なのでそうでもないのかもしれない。
「噂では他種族の女の子らしいわ」
「……!」
「へぇ~」
他種族。その単語に俺は敏感に反応した。雫もどうやら驚いているようだ。
今から約二十年前に三つの世界が繋がった。
俺が住んでいる人間界。そして魔法使いが住む魔界と獣人族の住む獣人界を合わせた三つの世界が現在確認されている。
世界が突如繋がった理由は魔界の戦争に使われた膨大な魔力による産物――と歴史の教科書で説明されていた。それにより魔界に引き寄せられる形で独立した世界――人間界と獣人界も加わることとなったらしい。
俺達が通うフローレア学園は三世界の住人達との異文化交流などを目的とした進学校として建設された。それがこの学園の特殊なところだ。
だから他種族の学生が転校してくると言われても違和感がない。
それどころか俺の場合は逆に興味が湧く。
「それでどこから来たんだ?」
自分のクラス、しかも他種族となればぜひ友人になりたいな。異世界に興味のある俺としては彼らの話はとても好奇心をくすぐるのだ。
「……獣人界よ」
「なに! それは楽しみだな~」
獣人界といったら一番個性のある世界だ。獣人界の人々を総称して獣人族と日本ではいうのだが、そこから種類があり翼を生やした有翼人。獣の耳や尻尾が特徴的の獣耳族。そして水中を自由に泳ぐ人魚と他にも様々な人種が集っているらしい。
三世界で最も自然を愛する彼らはあまり自分達の世界から出ようとしないので世界旅行と称して人間界に来る人はいても、移住する人は他の異世界人と比べると少ないと聞いている。
もう目前に迫ったこの学園でも、在籍している獣人族は全校生徒の二割程度だ。
同じクラスともなれば接する機会が増え友人になれる可能性が上がる。そう考えただけで俺の胸は高鳴った。
……ってあれ? 何故か柚月がむっとした顔をしている。そういえば他種族と教えてくれた時もどこか探るような目つきだった気がする。
どうしたんだろう? と思っている俺に思わぬところからヒントがあった。
「……兄さん」
「ん? って、雫! どうして涙目なんだ!」
「だって……私の勘が当たりそうだから……」
「勘? 勘って朝のか……?」
いつのまに話が戻ったんだ? 転校生の話題じゃなかったのか………?
「ぅ……柚月せんぱ~い!」
わ~んと雫は柚月の胸に飛び付きめそめそと泣きついていく。柚月はよしよしと自分より少し高い位置にある雫の頭を撫で、俺を非難がましく見つめ呆れている。
「遥真。あなたって人は…………」
「な、なに?」
「まさか、あなたが女好きの節操なしだとは思いもしなかったわ。転校生が女性だからといってはしゃぎ過ぎよ」
「へ?」
なにを言って……ってああああああ! そういえば柚月は他種族の女の子が転校してくると言っていた。そう女の子である。
「いや、待ってくれ! 違う! 俺は決してそういう意味で喜んでいたんじゃないんだ!」
つい他種族って単語に反応して喜んでしまったが、柚月と雫の眼には俺が女の子の転校生が来ると喜んでいるように見えていたらしい。
だから雫には悲しまれ、柚月には女好きというレッテルが貼られている。
これはなんとしても誤解を解かなくては!
俺は転校生と友達になりたくて、異世界の話を色々聞いてみたいだけだと!
学園の校門前で俺は人目もはばからず柚月の誤解を解こうと全力で喜んでいた理由を説明し、雫にはそれに加えシスコン発言を連発した。
今日もまた俺はシスコンとしての株を急上昇させていくのだった。
でもこの時は誰も知らなかったのだ。
今までの説得の全てがまったくの無意味だったことを。
俺自身がたとえどんなに転校生と友人になりたいと考えていても、その転校生自体は友人なんて枠を途方もなくかっ飛ばし、それ以上の存在だったなんて誰も予想できるはずがなかった。