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23 エピローグ

 刺客に襲われた日から数日が経った。

 レイの話によると、確保した暗殺者を利用してうまく黒幕の存在を把握することに成功したらしい。

やはり婚約者に選ばれることのなかった貴族や血縁の者たちの画策により、刺客たちは行動していたようだ。

 想像以上の規模であったらしく、このことを重く考えた王は厳重な処分を関わっていた者たちに下すらしく、俺が襲われることはもうないだろうとレイは教えてくれた。

 もう護衛をする必要はほとんどなくなったが、レイは今もまだクララを演じて学園に来ている。

 クララ本人が今回の業務の後始末の手伝いをしているらしく、まだ人間界に来られないらしい。そのため入れ替わることができないので、一国の姫が学校をサボることなど許されないとレイが学園に出る羽目になっている。


 少々ずるい気がするが……まあ、暗殺なんて不穏当なことがあったと周囲に知られるよりは何倍も良いだろう。

 幸いテスト週間になる前にはこっちに入界できるらしく、学業に対してずるにはなりそうにないのでギリギリセーフだろう。

 クララがこちらに来ると同時に、レイはクララとしてではなくレイシア・ラスティムとして正式に学園に転校してくる。

 もともとこの暗殺の件が片付いたら親衛隊隊長としてクララの側にいることは決まっていたらしい。

学園の計らいによりクララと同じクラス――つまり俺と同じクラスになるだろう。転校初日はクララの時も相当騒いだのだ、また大変な騒ぎになることは想像に難くない。

 また俺に矛先が向きそうだと考えるとため息しか出てこない。

 人知れず吐いたはずだが目ざといやつが俺に近寄ってくる気配がする。


「よ! 遥真。ため息なんて吐いてどうした? 幸せが逃げてくぞー」

「別になんでもないさ」


 制服に身を包んだ恭介が俺の肩をポンと叩きながら横に並んできた。

いつかの放課後のように俺は教室の窓際に寄り掛かって外を見ていた。理由はもちろん妹がホームルームを終えて来るのを待っているのだ。


「そうだよな~お前はいくらため息を吐いたところで幸せが有り余っているもんなー」

からかうように、でもどこか楽しそうに笑う恭介は不気味だった。

「なんだよ、何が言いたいんだ?」


 これでも刺客に襲われたり、クララの許婚という点に嫉妬した男たちに襲われたりと大変な日々を過ごしてきた身だ。幸せなど有り余っていない。雫がいる時点で俺の幸せの器は大きくないといけないし。余るなんてありえない。もっと満たせるはずだぜ!

 ……声には出さないけどな。


「惚ける気かよ。だったらクララちゃんのことはどう説明するんだ?」

「は? 何のことだ?」


 質問の意図がわからない。なんだ? レイのことでも気付いたのか? いや、それはない。彼女がそんな失敗をやらかすわけがない。

 命を助けられたからか、俺はレイを確信がなくともそう信じられるほど彼女を信用していた。

 怪訝そうな俺を見て「本当にわかっていないのか」と恭介は呆れている。しかも大袈裟で盛大なため息も追加「おいおい、幸せが逃げてくぞ」とツッコムと「ほっといてくれ」と返された。

 クララのこと……正確にはレイに関することだ。迂闊なことを言ってばれる訳にもいかず、恭介の次の言葉を待った。


「ここ最近さ……俺の見立てではこの前の休み明けからか? クララちゃんの様子が変わったっていうか、お前に対して良い意味で態度が柔らかくなったように感じるんだよな~」

「休み明け……」


 俺が刺客に襲われクララの正体を知った後か……。

 あの時はいろいろあったからな、何かが変わっていると周りが意識しているならその通りなのかもしれないな。


「で、どうなのよ。なんかあったのか?」


 「命狙われました」なんて言えるわけがないので、何かしらの言い訳を考えないとな……。

 思考すること数秒。俺は愚かにもこの事実が最も言い訳に適していると思ってしまった。


「あ~そういえば……」

「お! 心当たりがあるのか?」


 期待している目で見られても困るんだが……。


「まあ、なんだ。お前に言われた通りデートに行ってみた」

「……は?」

「でも、柚月や雫が跡をつけていて、そこになぜかユリアも混ざることになった」

「……おいおい」

「最終的にデートじゃなくなったが柚月の家で夕飯を食って終わったよ。まあ、それで親睦は深まったかな」


 嘘は吐いてない。


「……そうか」


 刺客に襲われたことを言わなければいい。そのことだけを考えていた俺は、これがどれだけ重大なことを言っているのかわかっていなかった。


「兄さーん」


 妹のヒーリングボイスが耳に届く。

 相変わらず綺麗な妹に笑顔で手を振り「お~う」と返事する。


「恭介。愛しの妹が待ってるからもう行くぞ」

「……あ、ああ」


 ぼんやりしていたのか、生返事の恭介は心なしか目が据わっているようにみえる。


「ん? じゃあ、またな」


 疑問に思いながらも俺は雫が待っている出口へと足を向けた。そこへ恭介の声が飛んでくる。


「遥真! 最後にいいか」

「ん、どうした?」

「前も聞いたがお前と彼女ってどんな関係だ?」


 あのときは確かわからないと答えていた。でも今は考えるまでもない。


「友達だよ。……これでいいか?」

「……嘘つけ」

「ん? なんか言ったか?」


 恭介は小さく呟いただけなので俺の耳までその言葉が届くことはなかった。


「なんでもねぇよ。んじゃ、またな! 明日楽しみにしてろよ!」

「? ああ、じゃあな」


 明日何があるのか見当はつかないが、これ以上妹を待たせたくなかったし今日のバイトは新人の面倒も見なければなかったので急いでいた。

 だが、もし知っていたら俺は学園にはいかなかっただろう。

 明日の朝。

 俺が迂闊にも自己申告してしまったデートの話は学園中に知れ渡っていて、嫉妬に狂った男たちにまた襲われることなど今の俺には知る由もなかった。



     †



「いや~楽しみだわぁ、ハルくんもいい人材を紹介してくれたよ」

「痛いですって、マスター」


 豪快に笑って俺の肩を叩く棗さんは店の一点を見つめうきうきしている。

 俺もマスターほどではないと思うが、彼女の登場を心待ちにしていた。

 今日から喫茶店レストにバイトとして入るのはレイだ。もちろんクララの姿ではない。

 これは俺が彼女に提案したことだ。いつもクララを演じていては窮屈だろうし、人間界に慣れるいい機会だと思った。


 レイは俺の説明を受けると二つ返事で了承してくれた。

 いつもなら店は開店している時間帯だが、マスターがレイの制服のお披露目会をしようじゃないかと宣言したのだ。

 レイは今頃、雫と柚月よってマスターお手製のメイド服を着せられているのだろう。


「……それより本当にいいんですか? 店を開けなくて」

「いいの、いいの! 初日にゆっくり見れないなんて勿体無いからね」

「はぁ、そうですか……」


 相変わらずこの店を経営が成り立っているのか心配になるセリフだ。美少女を見つけたらすぐ店に引き込もうとする人だからな、この人は……。

 だがレイを紹介したのは俺なのでそれ以上のことは言えなかった。


「兄さん、マスター。準備ができましたよ。でも……」

 レイの着替えが終わったのだろう。

 奥から姿を現した雫は微苦笑しながらもといた場所を振り返る。そこには柚月が両手でなにかを引っ張りながら歩いていた。


「レイシア覚悟しなさい! もう着替えてしまったのよ」

「いや、あの、柚月さん待ってください!!」

「待たないわ。さぁ、早く!」


 柚月の隣辺りからレイの声が聞こえる。それは暗殺者と対峙していた時には想像もつかないほど情けない声だった。

 マスターも不審に思ったのか、きょとんとしている。


「雫。柚月はなにをしているんだ。レイがどうかしたのか?」

「え~と、どうやらレイシアさんが急に恥ずかしくなったらしく、出てきたくないそうです。それを柚月先輩が……」


 恥ずかしい? メイド服に着替えたからか? でもここに来たことがある彼女なら、バイトと聞いた時点でそうなることはわかっていたんじゃ……。

 俺が疑問符を浮かべていると、柚月の粘り強さに根負けしたのか肩を落としたレイが姿を現した。


「っ!」


 思わず見惚れてしまった。

 メイド服を着ているだけでも充分かわいいのだが、その顔は頬が赤く染まり俯きがちになっている。

 しかも俺の顔色を窺っているのか、身長差によって自然と上目づかいになっている。

 これは反則じゃないか! そう心の中で叫びながら目が離せない。


「あの、遥真様? どこか変でしょうか?」

「い、いや。そんなことはない! その……似合っているよ。とても」


 俺の言葉に余計赤くなってしまったレイは「ありがとうございます……」と絞り出すように言うのがやっとのようで、それ以上は言葉が続かなかった。


「なーんか、面白くないわね」

「兄さん……」


 ジト目や涙目になられても困る! 俺が悪いことをしたみたいじゃないか!


「決めた。今日だけ私もメイド服を着るわ」

「へ? お、おい。柚月?」

「おお! その言葉を待っていたよ! 柚ちゃんの服も用意はしてあったから、さっそく着てみて!!」

「ありがとうございます、マスターさん。お言葉に甘えさせていただきますね」

「マスター! 私も新しい制服を希望します! 兄さんの心を泥棒のように奪いたいです!」

「よしよし。それじゃあ私の最新作を雫ちゃんに来て貰おうじゃないか」

「雫までいったいどうしたんだ!! マスターも店はどうするんですか!?」

「そんなことは後回しよ。今は乙女達を着飾らなくちゃいけないの」


 二人はそのままマスターに奥へと連れられていった。

 残された俺とレイは呆然と見守ることしかできなかった。

 数秒後先に沈黙を破ったのはレイのクスクスという忍び笑いだった。


「どうかしたか?」

「いえ、こんなに楽しいことは久しぶりですので。……これも遥真様のお陰です。ありがとうございます」

「俺はなにもしてないって、このバイトも紹介しただけだし……」


 改めてお礼を言われると焦る。本当に俺はたいしたことなどしてないし、レイには助けられてばかりなのだ。


「それでも私は遥真様に感謝したいです。騙していた私を受け入れ、許してくださったのですから」

「あたりまえだろ! 俺を助けるためにやってくれたことだし。それにこっちの世界には『敵を騙すならまず味方から』っていう言葉もあるぐらいだしな」

「ふふ、そうですね」


 参ったな……この会話を続けていたら俺は墓穴を掘っていく気がする。話題を早急に変更しなくては!


「あ~あと、アレだ。……また言うのもなんだけど、その『様』付けは何とかならないか?」

「慣れませんか?」

「ああ、ちょっとな。違う呼び方だと助かる」


 レイは思案顔になり悩んでいる。そして自分の恰好(メイド服)を見下ろした後、手をポンと叩き笑顔になった。

 ……なにか閃いたみたいだけど、嫌な予感しかしないのはなぜだ?


「今、とても良いものを思いつきました」

「な、なんだ?」


 そして俺の予感は見事的中するのだった。

「ご主人様……これで良いですか?」


 晴れやかな笑顔でレイは俺の新しい呼び名を言いきった。


「勘弁してください」


 頭を下げながら俺はこの新しい生活に慣れていく自分に苦笑し、これからも続いていくことを願った。


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