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「……以上が事の顛末です」


 レイシアさんの澄んだ声に俺は耳を傾けていた。

 内容はクララを演じていた理由や自分のことなど。俺がときどき質問を挿むとそのたびに親切に答えてくれた。

 クララが……いや、レイシアさんが自分の本当の正体を明かしてから数時間は経っていた。刺客と相対したさいに明かされた真実。それはレイシア・ラスティムが俺の傍らで直々に護衛をするために、クララに変装していたというものだ。


 変装を解いたレイシアさんはすぐに刺客の男を行動不能の状態まで追い込み、気絶させ捕縛していた。

 親衛隊隊長の肩書は伊達ではないらしく、ものの数秒で自分より体格の良い男を倒してしまった。

それからどこから湧いて出たのか刺客の男とは違う装束を着た獣耳族の人たちが現れ、刺客を担ぎ上げ持ち去って行った。レイシアさんが彼女たちに指示をしていたので部下なのだろう。

 部下の人たちが去った後、入れ替わるように雫、柚月、ユリアの三人がやってきた。

妹と兄の感動の再会を語りたいところだが………雫を抱きしめる前に柚月が飛び込んできたので、妹とは未遂に終わった。


 流石に俺を心配して涙目になっていた幼馴染を放置する非常な心は持ち合わせてはいなかったし、それを見た俺自身もやっと助かったという実感が湧いて、嬉しくなり柚月のことを抱き返していた。

 ユリアに冷やかされ、急に我に返った柚月に突き飛ばされたのも今となってはいい思い出だ。

 雫の手を借り起き上がった俺はまずユリアに感謝を述べた。彼女がいなかったら雫と柚月は人質にされ、酷い目にあっていたかもしれないと思うと今でもぞっとする。


 お礼がしたいと提案したら、なぜか俺とのデート権が欲しいとのこと。驚きで顔を赤くする二人……鏡があれば三人を見ることになっただろう。俺たちの様子に満足したのか、笑いを押し殺したユリアが冗談だと告げ、今ここにいるみんなで危機脱却パーティー(仮)をやろうという話になった。

 満場一致……そう言いたいところだが、クララが姿を見せないことを疑問に思った柚月たちが、レイシアさんの姿を見て余計疑問符を頭に浮かべていた。

 雫がレイシアさんに会った時にはまだ、たまたま道端で出会った人という認識があったためここにいる理由がわからないといった風だった。

 柚月は初見か、もしくは自分のメイド部隊とレイシアさんが率いる護衛部隊との打ち合わせの時に会っていたかもしれないが……あの様子だとそれはなかっただろう。


 彼女のことをどう話したものか迷っていると、それを察したのかレイシアさんは自ら名乗り出て正体を明かしていた。クララに変装していたことなども。

 あらかた話し終わったときの沈黙はなんて言ったいいのやら……。

 重苦しい雰囲気に耐えかね、無理やり話題を戻した俺はユリアの提案であるパーティーを今夜、柚月邸で行なうことにした。

 そのまま俺は前のような関係に戻すためになにか策を考えたかったのだが、レイシアさんに二人きりで話がしたいと切りだされた。

 何か決意に満ちた表情のレイシアさんを見て俺たちは従うことにした。

 雫たちはそのまま柚月の家に行き、パーティーの準備。俺とレイシアさんはそのまま学園に足を運び屋上まで来ていた。


 二人きり……そう考えた時に何となく学園の屋上が思い浮かび、自然と足が向いていたのだ。

 最初は俺だけに全部話しておきたいと前置きしたレイシアさんは、これまでのことを語りだしてくれた。

 クララの儀式から始まり、レイシアさんが変装するに至るまでの全てを……。

 そして今に至る。学園の屋上は夕暮れ色に染まり、太陽が沈むまで幾ばくかの時間もない。

 全て話しきったのだろう。彼女は緊張した面持ちで俺の言葉を待っているようだ。

 俺はさっきまで刺客を軽くひねっていた彼女が、今では年頃の女の子のようにしているのを見て認識を改める。

 あんなに強くてもこの娘は俺とほとんど歳の変わらない女の子なんだ。いろいろ不安に思うことも多いのは当たり前だ。

 どうにか緊張を和らげることはできないかと考え、俺はさっきの内容を反芻し、苦笑しながら質問をした。


「はは、全部話してくれたことは嬉しいけど、最後の話は別によかったんじゃないのかな?」

「最後の……ですか? ですがクララ様が遥真様のことをご心配していたことを知って欲しかったので……それに、まだ言えないこともありますし……」

「まだ……ってことはいずれ話してくれるんだろ? それぐらい待つよ。俺が言いたかったのは……あ~その、胸がどうのこうのってとこ」

「そ、それは! あの! ……王に正体を明かした際は包み隠さず話し、理解してもらいなさいと厳命されたので、その……」


 どうやらレイシアさんは変に生真面目なところがあるらしい。

 さっきとはまた別の雰囲気になってしまったが俺の思惑は外れなかった。恥ずかしそうに視線を落とす彼女を眺め、俺も赤くなっている顔を見られないようにするため顔をそむけた。


「まあ、その、なんだ。……そこまで気にする必要はないさ。君は俺たちに嘘をついていた。だけどそれは俺を守るためだった。それが真実であることが重要だと思うんだ」

「遥真様……」


 お互い赤くなりながら見つめあってしまった。だからだろうか、体温が熱くなるのを感じる。


「っと……助けてもらっているのに偉そうなことを言ってごめん。改めて言わせて貰うけど、助けてくれてありがとう」

「い、いえ! とんでもありません! そう言って頂けてうれしいです」

「そ、そう?」


 慌てて頭と手を振る姿は愛嬌があった。


「はい……任務を言い渡された当初はいつもと同じ仕事の延長線だと考えておりましたが、実際に遥真様に偽りながら過ごす日々はその……え~と」


 口ごもり視線を泳がせている。


「遥真様や柚月さん達と一緒に過ごしていくうちに騙していることに対して罪悪感や、正体を明かしたときの皆さんの反応を思うと不安を感じたりするようになりました。だから……だから私は今の言葉で救われました。ありがとうございます」


 そう告げた彼女は笑っていた。

 正体を明かしてからの彼女は沈んだ表情で罪の意識に囚われていた。本人が述べた通り、俺たちとの日常を大切に思ってくれていたからだろう。もし仕事として割り切っていたら、もっと事務的な説明になり、緊張する理由もなくなる。

 彼女がクララに変装をしていた時も笑うことはあった。だがそれは本来の姿としてではない。彼女は本心で笑えていたのだろうか? 罪悪感が邪魔をして本当を笑顔ではなかったのかもしれない。

 初めてあった時、彼女は動物を追いかけていた。そのときも彼女の中では自分を偽ったままだったのだろう。


 そして気づいた。彼女がレイシア・ラスティムとして俺に笑いかけてくれたのは今が初めてなのだと。そしてそれは彼女が何の迷いも、遠慮もいらなくなった本当の笑顔なのだと。

 考えるんじゃなかったと思っても遅い。

 動悸も激しくなり、頬が熱い。心臓の音が彼女まで聞こえてしまうのではないかと心配になる。

 だってそうだろ? 彼女は美人で命の恩人。ずっと俺のことを見守ってくれていた人なのだ。

 彼女の笑顔を見ることができた。それは俺に妙な達成感を与えるとともに、気恥かしさを与える結果となった。


 いつの間にか暗くなっていた外に街の光りと月明かりが照らしている。

 屋上は暗いままだったが、休日に部活をしている学生たちによって体育館などから光が漏れだしている。


「……どうかしましたか? 遥真様」


 そっぽを向いている俺を不審に思ったのか首を傾げている。


「え! あっ、いや、え~と……」


 真実を話していた時は表情が沈んでいるのと一緒に耳と尻尾も垂れさがっていたが、今は尻尾が可愛く揺れ、耳は俺の言葉を聞き漏らすまいとするようにピクピクと動きこちらに向けていた。

その姿がまた俺を赤くする原因なんて彼女はわかっていないに違いない。

 獣耳族である彼女は夜目もきくかもしれない。だとしたらそっぽを向いているだけでは俺の頬が赤くなっていることを悟られるな……。


「……ただ、そうだな」と言って空を見上げる。これなら身長が勝っている俺の顔は見られないはずだ。レイシアさんも「ただ……?」と相槌を打ってくれる。

 俺は用意していたかのようにその言葉を空に呟いた。


「……月が綺麗だな~と思ってね。ぼ~っとしてた」


 それは俺だけが知る、俺だけが満足する言葉。動物を追いかけていた彼女と出会い。クララからレイシアさんへと変身を解いた時に思い浮かべたもの。


「月……ですか?」


 空を見上げた彼女の横顔を眺める。銀髪の髪はまるで月の光りそのもののように輝いている。


「うん。今夜は満月だから一段と綺麗だ」


 レイシアさんにもう一回告げる。これが俺の精一杯。


「……そうですね。任務の時は気付きませんでしたけど、人間界の月は素敵ですね」


 彼女は言葉通りに解釈したのだろう。

 当たり前かと納得し苦笑する。これはただの自己満足にすぎないのだから。


「はは、……よし! それじゃあ行きますか。柚月たちも待ちくたびれているだろうしね」


 気持ちを切り替え、レイシアさんに近づく。

 今夜に予定してあるパーティーの準備は整っているはず。

 刺客に襲われたばかりだ、あまり遅くなるとみんなが心配するだろう。


「え? で、でも。私はクララ様では……」


 なにを遠慮しているのだか……まだ完全に不安を取り除けてはいなかったようだ。


「関係ないよ、そんなこと。俺たちはもうずっと前から友達だったんだから」


 初めて会った時に許婚は忘れて友達になろうとこの屋上で提案した。


「それにパーティーに主役の二人がいなかったら成り立たないだろ?」


 レイシアさんの華奢な手を引き屋上の扉へと向かう。俺を守ってくれた手……そう思うと握っていた手が強くなる。


「は、遥真様!? 離してください! 自分で歩けます!」


 困惑顔で、でもどこか嬉しそうに講義の声を上げる。


「駄目だよ、離さない。そう言ってレイシアさんに逃げられたら、俺じゃ追いつけないからね」


 振りかえり立ち止まる。

 この手を振りほどくことなどレイシアさんにとって容易だろうが、嫌がられている訳ではないようなので俺たちは手を繋いだままだった。


「逃げませんよ……それとレイシア『さん』はではなく、レイシアかレイと呼んでください」


 『さん』を強調してくる。


「わかった。それじゃあ……レイシアかレイのどっちの方がいいかリクエストはある?」


 俺も友達にしては他人行儀と思ってはいたのですぐに承諾した。


「……では『レイ』でお願いします」


 悩んだ様子はあまりなかった。どうやらレイと呼ばれる方が好きみたいだ。


「ん、じゃあさ。レイも俺のことを遥真『様』なんて呼ばないでよ。呼び捨てでいいから」


 手を繋いだままだからだろうか、これ以上恥ずかしがることもないだろ? と身体が言っているみたいに俺は臆することなくレイと呼べた。

 二人の間にあった気恥かしい雰囲気もなくなり、自然な会話ができている。


「そういう訳にはまいりません。遥真様は我が主の主人となる方ですから。貴方は私の主も同然です」


 なんか力説された。


「えぇー俺だけに言わせといてそれはないんじゃないか?」

「ふふ、これだけは譲れません」


 そんな話をしながら俺とレイは柚月邸を目指し学園を後にした。

 繋がれた手は解けることはなく、いつの間にかレイも強く握り返してくれていた。


 満月は俺を照らし続け、怒涛の一日の終わりを告げた。


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