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21 真実は満月の下で

「納得できません! お父様。どうして私は人間界に行けず、軟禁されなければならないのですか!?」

「これは決定事項だ。私もこんなことはしたくないのだが……お前を危険にさらしたくはないのだ。わかってくれ」

「わかりません!」


 王が使われている執務室で繰り広げられている議論――もとい親子喧嘩。

 私によって執務室に呼ばれたクララ様は今、父君である王によって軟禁を命じられ、人間界へ行くことを禁じられたのだ。

 私――クララ様の親衛隊隊長レイシア・ラスティムは定位置でありもっとも慣れ親しんだ場所であるお嬢さまの半歩後ろで控え、事の成り行きを見守っている。

 クララ様は成人になられ、無事に結印日を迎えることができた。

 そこで婿も決まると同時に次期王が決まるはずだった。そう、決まったはずなのだ。

 王家の血筋はこれまで他種族の影響を受けることはなかった。王であるガンドール様も元はお嬢さまの母君であるセラフィー様の儀式により選ばれた一人。


 王家のものが成人になり、結印日を迎えると同時に婿を決める儀式を行う。それは義務であり伝統であった。

 儀式に使われている魔法具は何百年も前に王家の従者が創りだした一品物。

 その縁の者にしか扱えず、また王家の者にしか使用できない。

 原理は解明されてないがそれでもこの国を繁栄に導き、伴侶の選定を誤っていると懸念されることはなかった。


 だが……今回は違う。

 大抵の場合、伴侶として選ばれるのは貴族が中心となっている。もし、貴族でない平民であったとしても過去にその例があるのでここまで騒がれることもなかったであろう。

 クララ様の相手――それが多種族であり、しかも異世界人の少年であったことが問題だったのだ。

 最初は魔法具を創りだした獣人族の縁の者、フリアネ・ルーゼンバーグ様――通称おばば様の失敗ではないかと噂された。しかし、十数年前に世界が繋がっていた前回の儀式――クララ様の母君の時も王を決められたのはおばば様であり、これは一部の者を除きほとんど満場一致で支持された。

 この結果を疑うということは、現王であるガンドール様を疑うも同意義。すぐに噂はなくなっていった。

では何故? ただの人間の少年が選ばれる? ……その疑問を解消する時間と余裕はなかった。


 儀式が終わり数日と経たない内に貴族の中にいる過激派が行動を起こし始めたのだ。

 王家の一員となる一世一代の好機。王制であるこの国の頂点になれるはずが何処とも知れぬ馬の骨に奪われる。そう考えた貴族たちが人間の少年の暗殺を依頼し、再度儀式を行うことを策略しているらしい。儀式によって選ばれた少年を殺すということは王家に対して反逆を意味する。あまりに多い貴族の中にどれほどこの暗殺の件に関わっているはまだわかっていない。


 だが、もともと王は他種族と知った時点で不穏当なことが起こると予想し、その少年――周藤遥真の素性を調べ、使いの者を警護に回していた。

 本来なら城に匿うべきだが、何も知らない少年にこちらの事情で監禁する訳にもいかず、今は護衛隊の人員を増加し様子を見守る、ということで落ち着いた結果だった。

 そしてそれだけでは不満があり、まだ会ったこともない少年を案じている少女がここにいた。


「どうして我が夫となる人のもとへ行ってはならないのですか!? 今、この瞬間もあの方が危険に曝されているかもしれないのに!」

「まちなさい、それについて問題はない。彼には秘密裏に護衛を付けさせている。その報告ではどうやらまだ連中も事を起こす気はないようだ」


 先手を打つことに成功したため、貴族達も二の足を踏んでいる頃だろう。

 親衛隊隊長である私も報告には目を通していた。現段階では仮に周藤遥真が襲われたとしても護衛についている騎士たちにより撃退されるだろう。

 だがクララ様はそれでは納得できないようだ。


「それならばなぜ私を彼のもとに行かせてはくれないのですか!?」

「ふぅ……言っただろう危険だと。相手とは膠着状態ではあるが、いずれ必ず動き出す。そのときお前がそこにいて何ができるというのだ」


 頑固なところは誰に似たのだろうか……そんなことを考えているようなため息をつき、娘を宥める父の姿がそこにはあった。


「そのときは私が盾となり彼を守ります!」


 堂々と宣言するお嬢さまに私は感激するが、王にとってはそれが悩みの種だった。


「それが危ないと言っているんだ! 相手は迂闊に仕掛けることはできなくなるだろうが、お前まで狙われてしまっては護衛対象が増えるだけだ」

「しかし!」

「わかっている。お前が彼のことを心配していることも。だからある計画をたて、それが最も良いと判断した」

「……なんですか?」


 王にとってお嬢さまが反対することは予想の範囲内だったので、あらかじめ用意していた計画を切りだした。それは私も一枚噛んでいる内容だ。


「実演した方がわかりやすい。……レイシア見せてあげなさい」

「はい」


 王の指示を受け、私は部屋の中央へ足を運んだ。


「レイちゃん?」


 お嬢さまは私が呼ばれたことが意外だったのか目を丸くしている。

 ちなみにレイちゃんとはお嬢さまが私を呼ぶ時の愛称だ。歳も近いことから昔から遊び相手となり友人でもあった。ときどき私もクララ様のことを愛称で呼んでしまうが王にも容認されている。

 お二人から見えやすい位置を確認し、向き合ってから一礼。これからやることは我が一族だけに伝わっている魔法の一種であり、王の許可無しでは行なうことができないものだった。


「始めます」


 要する時間は一瞬。身体に光を纏い、すぐに霧散させる。


「っ……えっ!? 私?」


 眩しさに目を細めていたお嬢さまが立ち直り私の姿を見て驚いている。


「はい。そうですよ、クララ様。これが今回の計画です」


 クララ様と同じ声質で返事をし、この能力について話してなかったことを思い出した。


「クララもしっているだろう。ラスティム家が代々王家に仕えるものたちの頂点に立っていることを。その理由がこの影武者としての能力だ」


 私が若輩者でありながらも隊長を任命されている理由もそこにある。


「影武者……」


 驚きを隠せていないお嬢さま。目をパチクリしている姿はいつにも増して愛らしい、と不謹慎なことを思いながら王に任された任務の内容を告げた。


「私の今回の任務はクララ様に成り済まし、そのままクララ様として彼に近づき護衛の任に就きます。その時、今回の件について私のこと以外は全てお話するつもりです」


 転校生として学校には入ることになるので事実を喋ってしまった方が近づきやすいと考えた結果でもある。

 クララ様に化けなければいけない理由もある。

 私自身が転校した場合。不用意に周藤遥真に接近すると不自然であり、事の顛末をお話して周囲に暗殺の件が出回ってしまったら混乱を招く恐れがあったからだ。

 恐れ多いことだが別の案として私が周藤遥真に婚約者だと嘘をつく案や、私の姿で名前をクララ、と名乗り彼にあなたの婚約者だ、と嘘をつく提案も出たがすぐ却下された。

 もともと儀式によって人間界の少年が選ばれた時点でクララ様の留学の話は出ていたのだが、暗殺という不穏当な噂が囁かれたため現在のように先送りにされている。

 でもこの問題が解決すればすぐにクララ様は人間界の学校へと行くことになる。その時にクララ様が彼に本当の婚約者だと思われていなくては本末転倒である。クララ様親衛隊隊長として私も転校することになるのでそれは不可能とされた。


 ではクララ様と一緒に私が転校する場合。

 それこそ意味がなかった。王はクララ様を危険な目に遭わせたくはなく、いくら狙われているのが彼だとしても、この混乱に乗じてどのような輩が出ているかわかったものではなかったからだ。

 周藤遥真を守っている隙にクララ様が誘拐されては目も当てられない。護衛対象は少数に越したことはないのだ。

 以上のことから私は王から勅命としてクララ様に化け、周藤遥真の護衛を任された。クララ様が城に軟禁される理由は本物のクララ様が人間界に行ってないことを悟られないためである。この計画は王と王妃、そして当事者であるクララ様と私、あとは信用に足る城の使用人たち数名しか知らないので外に漏れる心配はなかった。


「……確かにレイちゃんがあの方を守ってくれるなら安心できるけど……」


 先程は冷静さを欠いていたが、本来は一国の王女であり聡明なお嬢さま。私たちの思惑を理解してくださったのか語気の激しさも失せ、一転して落ち着きを取り戻している。

でもなぜか悲しそうに目を伏せている。それにともなって可愛らしい耳とふくよかで毛並みの良い尻尾まで垂れさがってしまう。


「どうかなさいましたか? お嬢さま」


 一抹の不安を感じ、お嬢さまの顔色をうかがった。


「あのね……レイちゃんが私に化けるのはいいと思うの。あの方に嘘をつくのは心苦しいけどその方が安全だから。でもね、でも、……それ以上嘘をつく必要はないと思うの!」

「嘘、ですか?」

「そうだよ!」


 何だろう、私が周藤遥真にクララ様だと偽る他に嘘なんてないのだが……何か見落としているのだろうか?


「……?」


 どうやら王も怪訝に思っているご様子でクララ様と私を見ている。


「あの、お嬢さま。差支えなければその嘘を指摘していただきたいのですが……任務に失敗は許されないので不安要素はできるだけ取り除きたいのです」


「わからないんだ……そうだよね、レイちゃんにはわからないよね」


 私の言葉によりいっそう肩を落としたお嬢さまを見て焦る。


「す、すいません! お嬢さま」


 な、なにか悪いことでもしてしまったのだろうか! 私がお嬢さまを悲しませるなんてあってはならないことだ!


「ううん、いいの。私が気にしているだけのことだから」と、お嬢さまは私を指さして一言、

「胸」


 たった一言なのにそれは重く響いた感じがした。


「……はい?」


 だけど以外過ぎて私にはすぐ理解できない言葉だった。


「だから、その胸だよ! む・ね! 私より絶対大きいよ! 嘘だよ! 詐欺だよ!」

「いや、あの、おじょう、さ、ま?」


 身体を見下ろしクララ様と比べる。どうやら私の誤りで完璧には化けていなかったらしく、丁度その部分が胸だったらしい。


「そんな見栄張らなくても結構です! まだあの方は大きい方が好きって決まった訳じゃないんだから!」

「ち、違います! 申し訳ありません。私が未熟だったため完璧に化けられなかったのです!」


 言うがいなやすぐさま術を解いて弁明しようとしたが逆効果だった。


「あぁ! やっぱり大きさが変わってないじゃないですか! 当て付けです!」

「お、お嬢さまぁ」

「ふ、ははは、さすが我が娘だ」


 ガンドール様……笑ってないで助けてください!

 私の心の叫びは届くことなく、クララ様影武者計画の話は一時中断された。


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