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18

 休日の午後なだけに街は人であふれていた。

 その中に交わり、俺とクララはゲームセンターを出てそのまま街を練り歩いていた。


「……」


 隣を歩くクララの横顔を見つめる。ゲームセンターでぬいぐるみをプレゼントしてから、クララはずっと上機嫌で笑顔を絶やさない。よほど気にいってくれたのかと思うと俺としても嬉しいし、やったかいがあったというものだ。

 それに今の彼女を見ているとあの不思議な少女のことを思い出す。


「……? どうかしましたか?」


 あからさま過ぎたのだろうか、俺の視線に気がついたクララが見つめ返してくる。


「え、あ、いや。ちょっと回想にふけってた……」

「かいそう……ですか? ワカメとか昆布のことですか?」


 疑問符を浮かべるクララは見当違いなことを言っている。まあ、どっちもかいそうだしね。日本語って難しいよね。海藻が老ける……美味しくなさそうだ。

 今更ながらにして思うが、クララの日本語はかなり流暢だ。魔法具による翻訳をおこなっているわけでもないのに違和感がない。相当勉強をしてきてくれたのだろうが、やはり知らない言葉や間違いも出てくるだろう。


「かいそうっていうのは思いおこすってことの方。実はクララと同じ獣耳族の娘につい最近知り合ってね。その娘が異世界の動物を連れていたから、今のクララと姿が重なったんだ」


 デート中に他の女の子のことを考えるなんて失礼だと思ったが、さっきの姿はくーちゃんを抱きしめたあの娘そのものだったのだ。電柱に隠れていたあの銀色の少女に。


「……その人の名前は……レイシア・ラスティムですか?」


 突然立ち止まったクララが罰の悪そうな顔で驚くべきことを口にしていた。


「え!? どうして知ってるの? 雫から聞いた?」

「いえ、雫さんからは何も聞いていません」

「じゃあ彼女と知り合いだった……とか?」


 それ以外は考えられなかった。いや、もしかしたらクララが手配してくれた護衛の人から報告があったのかもしれない。

 俺は監視されている身だ。誰に会った、どこに行ったなどは、クララが知っていても不思議はない。それならさっきの表情も納得がいく。監視していることに負い目を感じているという理由であれば。


「彼女は……レイシア・ラスティムは遥真さんの護衛部隊隊長を務めています」

「……は? まてまて、待ってくれ。俺の護衛部隊隊長? それって暗殺者から俺を守ってくれる部隊の隊長ってこと!?」

「……はい」


 真剣に、しかもなぜか頬を赤くしながら頷くクララ。

 クララの知り合いという予想は当たっていた。だが、まさか護衛本人だとは思いもしなかった。そもそもボディーガードをするような人だからもっと厳つい人物を想像していたし……。


「で、でも! 彼女はそんなこと一言も言ってなかったよ!」

「あそこで遥真さんに会ったのは彼女にとって予想外のことでしたので……言いだせなかったようです。すいません」

「謝る必要は無いけど……でもどうしてあそこに?」

「本来、彼女は常に遥真さんの警護に付いているはずなのですが、あの時は不測の事態が起きてしまいまして……」

「な……なにかあったの?」


 ごくりと生唾を飲み込む。

 まさか俺が知らないところで暗殺者との交戦があったのだろうか。


「……ご存知の通り、くーちゃんがいなくなってしまいましたので……」

「へ? あ、あぁ……なんだ。そういうことね。見つかってよかったよね」


 確かにレイシアさんはくーちゃんを追いかけていた。

 物々しい雰囲気や言葉から殺伐的なものを想像していたが誤解……。


「はい。とても危険でしたので何事もなく幸いでした」

「ちょっと待って! 危険ってなに!?」


 聞き捨てならなかった。くーちゃんが危険とはどういうことなんだ! 俺、普通に抱いてたんだけど!


「あっ! 心配はいりません。お気になさらず」

「……」


 気になる。とても気になる!

 だが、クララが教えてくれそうな気配は全くなかった。

 ……ま、いいか。クララにも言いたくないことはあるだろうし、くーちゃんは危険な生物には見えなかったので心配は無用なのだろう。


「クララがそう言うなら信じるけど……そうだ! またレイシアさんに会えるかな?」

「え!? どうしてですか?」


 突然の頼みにクララは戸惑っている。


「改めて挨拶とお礼がしたくてね」

「……お礼ですか?」

「うん。ほら、俺のために警護してくれているんだろ? だからそのお礼が言いたくて。できれば部隊の人全員に言いたいんだけど……無理かな?」


 俺の言葉にきょとんとしたクララだったが、すぐに嬉しそうに破顔した。


「遥真さんって変わってますね」

「そう?」

「そうですよ。遥真さんは巻き込まれた被害者ともいえます。ですから私たちがあなたを守るのは当たり前なんです。怒りはすれ感謝をする必要はないと思います」

「それは……まあ、たしかに……。でも、命が狙われてるんだろ? だったら俺を守ってくれている人たちも危ないじゃないか。やっぱり感謝はするべきだと思う」


 理不尽な理由で命が狙われる。その事実は覆らないが、守られているという事実もまた覆ることはない。


「……ふふ、遥真さんが選ばれた理由、また一つわかった気がします」

「そうなの? 前から聞きたかったんだけど婚約者はどういう基準で選ばれるんだ?」

「実はよくわかっていないんです。相応しい相手を探し出し魔法具から見ることができる。昔からのならわしですから」

「けっこう大雑把なんだね」

「ふふ、そうですね。でも外れたことはありません。だから今も続いている伝統なんですよ?」


 クララがぬいぐるみを持った手を後ろで組み、上目づかいをしてくる。


「うっ」


 何とも答えづらい言葉だ。暗に俺とクララが結婚すると言われているようなものだ。

 自分のことなのにクララは素知らぬ顔で見上げてくるものだから調子が狂う。

 クララはよく赤くなるからこの手の話は苦手だと思っていたがそうではないらしい。

 返答に窮している俺を見ながらクララはずっと笑っていた。


「そう言えばさっきの返事がまだでしたね」


 話題が変わったことにほっとする。


「な、なんの話だったっけ?」


 からかわれた所為か、頭からぽっかり忘れ去られている。

 思いだそうとするがそれよりも早く「警護している部隊の人たちに会いたいという話ですよ」とクララが答えてくれた。


「おっと! そうだった。俺が会いたいって言ったんだった」

「もう、忘れないでくださいよ」


 ちょっと拗ねながら唇をすぼめるクララは新鮮で可愛らしかった。


「はは、ごめん、ごめん。それでどうかな?」

「残念ながらできません」


 苦笑したクララに否定の言葉がでてくる。


「え? どうして?」


 てっきりイエスと答えてもらえると考えていたので意外だった。


「まだ、仕事は継続していて終わってはいません。脅威が去っていない現状、感謝される訳にいきませんから。それに……」

「それに?」


 ぬいぐるみを大切そうに抱き、クララはこれまでにないとびっきりの笑顔でこう答えた。


「遥真様の気持ちはもう伝わりましたから」


 思考が停止した。

 胸の動悸が耳に痛いぐらい響く、そんな錯覚すら感じる。

 また呼び方が『さま』に戻っているとか、そんなツッコミを入れられる雰囲気ではない。今までに感じたことのない温かい空気。それはとても心地よく俺の身体を包みこんでいる。


「いや、あの。それはどういう………」


 なにか喋らなければ……そう思い言葉の真意を問いただそうとした。

 その刹那。


「っ! 遥真様!」

「え! なっ……!」


 どすん。と鈍い音を立てて俺は背中から地面に激突した。クララが俺を押し倒したのだ。


「いっ……てぇ」


 まともに受け身を取れなかった身体が悲鳴を上げる。頭と地面の接触を避けるためか、クララの腕は俺の後頭部へと回っていた。つまり二人の中は急接近だ。物理的に。


「申し訳ありません! 遥真様!」


 俺に覆いかぶさるように四つん這いになったクララが俺を見下ろす。その表情は焦り、困惑、憤り、ともとれる沈痛な面持ちだった。


「立ってください! この場を離れます!」

「ちょっ! ちょっと!」


 飛び退いたかと思ったら、次は強引に立たされ腕を引かれる。

 踏鞴を踏みながらもクララに誘導されながら走る。

 何人かの通行人が不思議そうに俺たちを眺めているが、クララは気にする様子もない。


「どうしたんだクララ!? いったい何があったんだ!!」


 クララの背中に投げかける。


「狙撃されました。おそらく刺客が行動を起こしてきたようです。今から安全な場所まで避難します」


 走りながら速度を変えず、クララは堅い口調で答えた。

 狙撃? 刺客? その言葉は初めてクララ告げられた時もなにか遠い言葉で幻のようだった。

 そう、ほんのさっきまでは……。

 クララが着ている洋服の肩に小さな赤い染みができている。たぶん、いや、絶対に血が付着している。

 それは俺が命を狙われていることが現実だと告げていた。そしてクララは俺を押し倒すことで助けてくれたのだと……。


「……わかった」


 そんなことしか言えない情けない自分に歯噛みしたが、今できることとして走る速度を速めた。


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