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1 シスコンの許嫁

「……」

「……」


 なんだ、この状況は……?

 早朝。

 目が覚めると妹と視線が交差した。

 見つめあう瞳の距離は縮まることはなかったが、遠ざかることもない。

 窓越しから照らす朝日は妹によって遮られ、眠気眼の俺に丁度いい影が落とされる。


「おはようございます。にぃさん………」


 朝に似つかわしくない妙に艶めかしい声が、吐息とともに耳をくすぐる。


「………おはよう。雫」


 雫と二人暮らしをして一ヶ月が過ぎたが、こんな起こされ方をしたのは初めてだった。

 状況を確認するに、どうやら雫は四つん這いになって跨っているらしい。妹の柔肌が布団越しに伝わり、つややかな長髪は重力により垂れ、俺の顔を撫でる。いつ見ても雫は髪も綺麗だな……。


「え~と、もう起きたから退いてもらえないか?」


 内心では喜びながらも、冷静に指摘する。この状況は不味い。かなり不味い。さっきから心臓がバクバクしていて、喜んでいることを悟られてしまう。


 これは身内贔屓ではないが、妹の七瀬雫は可愛いのだ。


 学園入学早々に告白されたと聞いているし、友人の話ではその人数は二桁を超えたらしい。もちろん全部断っているのは言うまでもない。

 だからお互い頬を赤く染め、息遣いしか聞こえないこの空間は非常に危険に感じ、早急に脱出したかったのだが………。


「兄さん。はい、タオル」

「ん? あ、あぁ……ありがとう」


 俺の腹辺りにポンと腰を下ろし、どこからか取り出したタオルを差し出してきた。

 やばいやばいやばい! やや長身な妹だが見た目通り体重は軽いので苦しいわけじゃない。ただ、肌の柔らかさが余計伝わってくるというかなんというか……わかるだろ?


 座る場所が腰じゃなかったことに感謝しながら、タオルで顔を拭く。水で濡れたタオルは俺を起こす前に用意したのだろう。拭き終わるとすっきりとした気分になり、ぼんやりとしていた頭が覚醒する。そしてこの状況が俺の淡い夢ではないと再確認させられる。


「雫、そろそろ……」

「兄さん。はい、眼鏡」

「ん、うん……すまない」


 遮るように言葉を重ねて、俺に眼鏡を掛けてくれる。

 タオルを渡してからも妹は頑なに俺から退こうとはしてない。

 それどころか眼鏡を掛けてきた両手はそのまま俺の頬へと添えられ、ふわりと包みこんできた。……訂正。なんかがしっと固定されて頭が動きません。助けてください。


「し、雫?」


 かろうじて口は動いた。

 おかしい。雫らしくない。

 出会った時は引っ込み事案で、成長した今はクールビューティー? と周りに微妙な評価をされている雫の行動ではない。


「にぃさん…………」

「な、なんだ……?」


 再び艶めかしくなった声で俺を呼ぶ。その瞳は心なしか潤んでいるように見えるのは気のせいではないのだろう。

 慣れないことに高揚しているのか、見る見るうちに頬は最高潮に赤く染まっていく。

 瞼によって瞳が閉じられ、再度顔が迫って来た時。心の中で危険を知らせるアラームが大きく鳴り響いた。


「おはようのキス……」

「だめだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 バッ!


 被っていた毛布で雫を包みこみ、横にこてんと倒す。もちろん強くは突き飛ばさない。怪我でもしたら大変だからな。そのまま俺は「きゃっ」と可愛らしく悲鳴を上げた雫が戸惑っている間にベッドから脱出に成功。


「まったく、いきなり何をするかと思えば………」


 ずれかけた眼鏡を直し、ため息をつく。

 あ、あぶなかった。

 様子がおかしいと危惧していたが、まさかキスを迫ってくるとは思ってもみなかった。

 なんとか阻止できたが強硬手段にでてしまった。

 妹の様子が気になり振りかえると、そこにはぶすっと可愛らしく口を尖らせた雫が毛布に包まりながらベッドに座っていた。


「兄さん。どうして逃げるんですか?」

「兄だからだ。兄妹はおはようのキスなんてしない」

「私、ブラコンだからしたいです」


 それじゃダメ? と可愛らしく首を傾げる。くぁ~ほんと可愛いな……思わずキスしたくなっちまう「……………てっ! 駄目だ!」。

「駄目なんですか?」

「あ、ああ、すまないができん」理性が崩壊寸前だから。

「………私のこと嫌い?」


 くはっ! そんな辛そうな眼をしないでくれ!


 「嫌いなわけがないだろ。俺は雫のことが大好きだ!」


 力強く拳を握り宣言する。俺も妹を溺愛しているただのシスコンです。


「! だったら!」

「でも駄目だ」


 だがシスコンでさえできないことはあるのだ。


「あぅ………」


 拒否され続けてショックだったのか、雫は寂しそうに肩を落とした。

 ……はぁ、しょうがない。アレをやるか。

 脱出したばかりの布団に自ら逆戻りし、雫の隣に腰を掛ける。

 そして元気づけるためにいつもしてきたアレを実行に移した。もちろんキスではない。


「ほら、そんな顔するな。俺は嫌だから断っている訳じゃないんだぞ」


 ポンポンと頭を軽く叩いた後、そのまま髪を梳く様に撫でる。


「兄さん……」


 昔から励ましたり誉めたりしていた時は、いつもこうして頭を撫でていた。雫が高校に入学した今でも変わることはなく、くすぐったそうに眼を細めながらも避けることはなかった。俺もしょうがないと思いながらもこのひと時が好きだったりする。

 同時に雫が納得するような理由、もとい言い訳を考え、手ごろなものを思いだした。


「ただな、俺達は血も繋がってないし、義兄妹でもないのに二人暮らしができるのは学園と孤児院に許可が下りたからなのは雫もわかるだろ?」

「………はい、あの時は説得のために色々と頑張りましたから」


 ブラコンだのシスコンだのと言い合っているが、内実、俺達は本当の兄妹ではない。

 孤児院育ちの俺――周藤遥真は幼少のころに孤児としてやってきた雫に懐かれ『お兄ちゃん』と呼ばれるようになっていた。ただそれだけの兄妹関係。

 つまりは自己満足で俺達は兄、妹と呼び合っている。

 兄妹として繋ぎとめている絆は周りにとっては無いにも等しいだろう。だがそれでも俺達は本当の家族と同等かそれ以上にお互いを思っていると信じている。いや、確信している。


 だから雫が兄妹――家族として俺と一緒に住みたいと言った時は単純に嬉しかった。


「ああ、まさか雫まで特待生を取るとは思わなかったよ。そのおかげで二人暮らしを容認してもらう決め手になったしな」

「……うん」


 昔と変わらないはにかんだ笑顔を見せてくれる雫はとても可愛らしく、成長した今でも根は変わらないんだな~と感慨深かった。


「だからさ、たとえ家の中でもこんなことしてたら俺達を信用してくれている先生たちに悪いだろ? もしかしたらそれがばれて引き離される理由になるかもしれないし」

「そう、ですね……」


 一通り納得がいったのかしゅん、と項垂れる。

 そんな姿も可愛かったのだが……いや、俺の場合雫が何をしていても可愛いと一貫した感想を述べてしまうのでまったく当てにならない。いやいや! やはり全てが愛おしいぜ! 雫!

 兎も角、落ち込んだまま放置するなんて、シスコンの俺にはできないので話題を少し変えることにした。

時計を盗み見るとまだ朝も早い。喋る余裕があることを確認した後、雫に向きなおる。


「なあ、雫」

「……? なんですか、兄さん」

「どうしてその、なんだ……キス、なんていきなりしようとしたんだ? 今までそんなことなかったじゃないか。もしや、雫なりの冗句だった……?」


 ……あれ? 話題を変えるべくずっと疑問に思っていたことを口にしたら、全然根幹が変わってなくないか?


「……いえ、冗句ではありません」


 心配を余所に答えてくれたことにほっとする。

 でもそこを否定されるのも問題だな……。

 兄として困るべきか、それとも男として喜ぶべきか。

 いや、まてよ? 俺はシスコンだから兄としても喜べるじゃないか!


 く!


 兄としての俺と、男としての俺が葛藤をしている。兄の俺が「頬ぐらいは許されんじゃね?」と言い、男の俺が「デコチューもありじゃね?」と囁いてきやがる。

 どちらが天使で悪魔なんだ! 俺にはわからない!


「………兄さん? どうかしましたか?」

「はっ! いや、なんでもない。少し考え事をしていた」


 雫の言葉で我に返る。

 危なかった! 堕天使と悪魔が「「うなじもいいじゃないかっ!」」と結論を出して催促してきたところだった。


「……それでアレが冗談ではないとするといったいどうしたんだ?」


 これ以上長引かせると俺の理性が保ちそうにないと判断した俺は、早々に理由を聞き、話を切り上げることを選んだ。


「本当はいつも通り兄さんの寝顔を眺めるだけにするつもりだったのですが……」


 微かに頬を赤く染め恥ずかしがる。

 寝顔の件はスルーだ。俺もよくする。


「ちょっとそこで魔が差しました……」

「魔が差した、ね……」


 今の俺と同じ状況だな。似たもの兄妹ってことで納得しておこう。


「あと……」

「ん? まだあるのか?」


 魔が差した。それだけで俺にとっては充分な理由(俺も魔が差したら……いや、考えるのはよそう)になっていて合点がいくのだが、雫がどことなく悲しそうな表情になっているので、次が今回のキス未遂本来の原因なのだろう。


「……あと、女の勘と言うか、妹としての勘が働いたといいますか……」

「女の勘?」

「兄さんにだれかいい人ができてしまう……もしくはどこかに行ってしまうと。今日はそんな気がしてならないんです」


 女の勘か……魔が差す方がわかりやすかった。男の俺に女性の勘などわかるはずもないので、今は深く考えず、暗い表情になってしまった最愛の妹を慰めることに専念した。


「ははは、まったく……怖い夢でも見たのか? 俺が雫の前からいなくなるなんて、あるわけないだろ!」

「あう……兄さん……」


 くしゃくしゃっと乱暴気味に頭を撫でまわした。


「よし! じゃあ朝食にしよう。雫が作ってくれたご飯が食べたくてしょうがないんだ」


 こく、と頷いた妹の笑顔を眺め、俺達は朝食の香りに誘われ寝室を後にした。


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