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 ゲームセンター特有の電子音が耳に響く。ここには片手で数えられるくらいしか来たことがなかったがあえてクララを連れてきた。街の案内、という名目だったがこういった施設はクララの住む世界にはないと情報を仕入れていたからだ。


「うーすごく賑やかなところですね」


 獣耳を軽く押さえながら顔をしかめるクララ。人より嗅覚、聴覚などが優れていると聞いているから予想より辛いのかもしれない。


「うん。俺も久しぶりだからちょっと耳にくるね。たぶん、そのうち慣れると思うけど辛かったら言ってね。違う場所に行くから」

「はい!」


 クララの晴れやかな返事に胸が高鳴るのがわかる。


「じゃあ、とりあえず奥まで見て回ろうか」

「……」


 今度は元気の良い返事は返ってこなかった。音楽のせいで聞こえなかったのかなと不思議に思いつつクララの方を見やると、直立不動でとあるボックスを凝視している姿が目にとまった。


「クララ。どうかしたの」


 近づいて肩をポンと叩く。


「っ!」

「へ?」


 予期せぬ出来事が起こった。肩を叩いた次の瞬間。俺は背後にまわったクララによって腕を絡めとられた。首になにか鋭利的なものを当てられる。これは……爪か?

 って! 冷静に分析している場合じゃねぇ!! 痛みはないがまったくと言っていいほどに身体が動かない。まるで巨体の男に羽交い絞めにされているみたいだ。

 獣耳族は人間より遙かに身体能力が高い種族とは知っていたが、まさか獣耳族のお姫様に目で捉えることのできない動きをされるとは思ってもみなかった。


 しかし理由はなんだ? なにか怒られるようなことをしてしまったのだろうか。肩に触ったから? いやいや。俺は初めて会った腕を組んでもらっている。それよりも接触が少ないことでセクハラです! とかは言われないはず……そう願いたい。


「あのークララさん。これはいったい……」


 自分で考えても埒が明かなかったので、勇気を総動員して振りむき話しかけてみた。


「……?」


 小首を可愛らしく傾げるクララと目があった。

 羽交い絞め。つまり極限まで身体が密着しているので顔も近距離。しかも背中には二つのふくよかな感触が!

 そんなことを考えながら、しばし3秒ほど見つめあう。

 ボン!

 そんな音が聞こえそうなほどクララの顔が瞬時に茹で上がった。


「ふえ? あれ!?」


 俺との至近距離に驚いたクララは、自分が俺の身体を拘束している状況を鑑みて青ざめた。

赤くなったり青くなったり大変だなー黄色をとばしてるよーとくだらないことを考える。


「も、もももももももも申し訳ありません! 遥真様!」


 文字どおり飛び跳ねるようにして俺から離れたクララは、そのまま猛烈な勢いで頭を下げてきた。というか遥真『さま』って……呼び方変わってね?


「つい、ぼーっとしていて身体が勝手に動いてしまいました!」


 勝手にって……なにか格闘技でもやっていないとあの動きはできないだろう。一族のお姫様なら護身術程度はやっていそうだから勝手にそう解釈しておくけど。


「あ~まあ、気にしないで」

「いえ! 未来の旦那様に手を上げるなんて恥以外のなにものでもありません! いかなる罰でもお受けします!」


 一気に捲し立てたクララはそのまま頭を下げ続け、面をあげることはなかった。

 いや、なんつーか反応が過激すぎるな。しかも、態度がいつもと少々異なる気がする。

たしかに羽交い絞めにされ吃驚はしたが、この通り五体満足だし、それほど酷いことをされたとは思えない。悪ふざけの範疇ともいえる。俺の悪友の釘バットに比べれば可愛いものだ。


「罰だなんて大げさだな、クララは。特に痛くはなかったし気にしないで」


 それよりも『未来の旦那』というフレーズが頭に響いて気恥かしくなってしまうじゃないか。あんなにストレートなことをクララが言うとは思ってもみなかった。


「しかし!」


 納得がいかないのか顔を上げたクララの表情は暗い。いつもはピンと立っている獣耳は叱られた動物のように垂れ、尻尾の毛先は力なく下を向いている。

 俺はそんなクララを見ていられなかった。だからまた絞め技をされる覚悟をして、俺はクララの頭に手を置いた。いつもの癖ではなく今回は意識的に。


「!」

「はは、よかった。嫌われたのかと思ったから」

「え?」


 目を丸くするだけで技が飛んで来ることはなかった。


「肩を叩いた瞬間後ろを取られたからね。セクハラです! なんて言われるかと思ったよ」

「そ、そんなこと思っていません!」


 少し元気を取り戻しているように感じた。


「うん。だから安心してる」


 言いながらクララの髪を梳く様にやさしく撫でる。

「……遥真様に撫でられるのは初めてですね」

「あ~ごめん。嫌だった?」

「……いえ、嫌ではありません。むしろ……雫さんにしている姿をみて私もしてもらいと思ったことがありますから」


 ぼそぼそと俺の耳に届くぎりぎりの声量で喋るクララはどこか嬉しそうに見えた。


「嬉しいこと言ってくれるね。ちなみにこれは君への罰にもなっているんだけど」

「え? どうしてですか?」


 よっぽど意外だったのか、素の顔になったクララを初めて見ることができた。


「だってほら、周り見てごらん」

「周り? ……あっ」


 やっと気づいたらしい。あれだけ騒いだのだ、いくらゲームセンターでも気がつく者はいる。遠巻きに遊びに来ている連中から冷やかしの言葉や口笛が聞こえてくるたびに身体が熱くなる。


「で、でもやっぱり撫でられることは嬉しいですから、罰には程遠いです」

「マジか」

「マジです」


 はにかんだ笑顔でそんなことを言われれば苦笑するしかなかった。

 我慢大会をする気はないので撫でていた手を下し、話題を変えることにした。下ろした瞬間、クララが寂しそうな表情をしているように見えた。


「そういえば……どうしてぼーっとしてたの?」

「えっと、実は……これを見ていました」


 クララはそう言って目の前にある四角いボックスを指さした。

 ぬいぐるみがぎっしりと敷き詰められ、その上に円盤型のクレーンが付いたゲーム。どうやらこの中身を見ていたらしい。

 まさかあの魔性のゲームに目をつけるとは……。


「これか……」

「遥真さん。これはなんですか?」

「貯金箱」

「え?」

「いや、すまない。冗談だ。それはUFOキャッチャーっていうゲームだよ。どれか欲しいぬいぐるみがあったの?」

「え~と、このぬいぐるみが愛らしくて見入っていました」


 クララが指さした先には、異世界の生物を模したぬいぐるみが置かれていた。


「なるほど……確かにかわいいね。んじゃ早速取ってみますか」


 財布を取り出して中身を確認。よし! 今まで娯楽に金を使うことがあまりなかったので持ち合わせはけっこうある。


「あ! お金は私が……」


 慌ててバックを探るクララを手で制止、俺は久方ぶりにゲームに精を出した。

 十分後。

 ゲームに不慣れな俺たちでも落ちかかっているターゲットを落とすことは難しくはなかった。交互にやって最終的にぬいぐるみを獲得できた俺は、そのままクララにプレゼントした。

 貯金箱に貢献する額も少なくて済んだし、クララが「ありがとうございます!」と笑顔でぬいぐるみに顔を埋める光景も拝めることができたので、ゲームセンターに来たのは間違いではなかったようだ。

 そして店内を軽く見て回り、俺たちはゲームセンターを後にした。


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