13 追跡者の一日①〈七瀬雫〉
兄さんを笑顔で見送った後。すぐに携帯に手を伸ばした。手早く目当ての名前をアドレス帳から探し出し、昔からの姉的存在である女性に電話する。
二コール目ですぐ相手は出てくれた。たぶん私が電話をするのをじっと待っていてくれたのかもしれない。
「もしもし! 柚月先輩!!」
柚月先輩。昔は柚月ちゃんと呼んでいたが、兄さんと同じ時期に呼び方を変えた。柚月先輩は『ちゃん付けでもいいのに』と最初に言ってくれたが、遠慮することにしたのだ。
「そんな大きな声を出さなくても聞こえているわよ」
「あう、……すいません」
どうやら無意識に声を張り上げていたらしい。恥ずかしくなって頭を下げて謝るが、もちろん柚月先輩に見えていないのはわかっている。
「で、でも兄さんが……兄さんがデートに行っちゃったんですよ!」
そう、今の私をここまで動揺させられるのは兄さんしかいなかった。
兄の周りには綺麗な人がたくさん集まる。柚月先輩はもちろん、多種族のユリア先輩。少女かどうかは別としてバイト先の棗さんも美人だ。そして極めつけは転校してきたクララ先輩だ。
彼女が言うには兄さんの許婚という立場にあるそうだ。それだけでも卒倒しそうだったのに追い打ちとして兄さんが暗殺者に命を狙われているという話まで出てきた時は目眩がした。
ふざけないでください! と叫びたかった。でも私が聞いた時にはもう兄さんも納得している様子だったし、私の代わりに柚月先輩が一喝したと教えられた。
柚月先輩は他にも兄さんのために自分のメイド隊を警護に回してくれている。
クララ先輩も護衛を付けてくれているらしいが、それよりも安心することができた。
クララ先輩が嫌いなわけではない。素敵な人だとも思っている。兄さんが危険に晒されていることを正直に話してくれたし、表情から本当に心配してくれているのもわかる。
でも、それとこれとは別の話。私にとって頼りになるのは柚月先輩に変わりはないのだ。
「わかっているわ。私も報告を受けたから。今は予定通り駅に向かっているみたいね」
報告というのは警護についているメイドさんからだろう。
いくら、常時兄さんの護衛をしている人たちも、行動一つ一つを報告するわけはないので、今日という特別な日に限った報告だろうと予想してみる。
「やっぱり柚月先輩も兄さんのことが気になるんですね」
ちょっと嬉しくなり心に余裕ができたので意地悪を言ってみた。
「な、ななな、なに言っているの! 私はただ遥真がちゃんとクララのことエスコートできるか心配しているだけよ! ……そう言う雫だって近頃雰囲気が変わったと思っていたのに、遥真のこととなるとすぐ昔みたいになっちゃうじゃない。というかクールなんて噂、一年生たちからしか聞いたことないわよ?」
「それは……えっと……ブラコンですから」
「……」
「……」
しばしの沈黙。頬が上気しているのがわかる。たぶん柚月先輩も同じだろう。
「は、話を戻しましょうっ!」
「そ、そうね!」
お互い声が上ずる。
おほん、と咳払いをした柚月先輩が「それじゃあ今日の予定を話すわ」と言った。
「お願いします」
ここからが今日の私たちの本題だった。
「今日、遥真はクララとデートに出かけています。私たちは気づかれないように後を追って遥真の邪魔……じゃなかった、手助け兼監視をしたいと思います」
「はい」
途中本音が漏れていたがそれも含め返事をした。
「今、車であなたの家の前に着いたから出てきて。駅に先回りしましょう」
「はい!」
私は力強く返事をすると電話を切ってポケットにしまい、そのまま家をとびだした。