11
夕焼けに赤く染まる商店街。ちょっとしたアクシデントがありながらも、俺と雫はバイトの時間に間にあった。レストに着いた後、くーちゃんが離れてくれるか心配したが、杞憂に終わった。
俺たちがレストの前で立ち止まった時、散歩が終わったということを察してくれたのか、くーちゃんはお礼を言うように一鳴きして俺の腕から降り立ったのだ。その際、俺の頬にペロッと舐め、レイシアさんがまた悲鳴を上げたのが印象的だった。
二人? と別れ、レストに入った俺たちに待ち受けていたものはマスターの怪しげな笑顔だった。どうやらレイシアさんと一緒にいたのを店内から見ていたらしい。
ニヤニヤしながら「色男」「美少女キラー」「つか、あの娘紹介して!」と集中砲火を浴びせてきたが軽くスル―しておいた。これ以上マスターのコスプレ趣味の被害者は出す気はない。
「おーい、ハルくん。遅いぞー」
マスターが更衣室に使っている部屋をノックもなしに開けて、ずかずかと遠慮もなしに入ってきた。
「ちょっ、ノックぐらいしてくださいよ!」
「なに女の子みたいな反応をしているんだ。君は。ちゃんと着替え終わっているし。……まあ、私とハルくんの仲なんだ。今更、裸を見たって問題ないさ」
「大有りです! それに俺たちの仲ってなんですか!」
「忘れたのかい? 君との熱い夜のことは今でも覚えているよ……くくく」
「な、なにを言って……」
やばい。なにか悪戯を思いついている顔だ。こうなると満足するまでやめないので性質が悪い。
それに本当に何のことか身に覚えがない。
「だから君を採用した夜のことさ。ただ制服を作成するために寸法を測りたかっただけなのに、君ときたら……」
「あぁぁあぁぁぁもういいです! わかりました。それ以上言わないでください!」
あれか、トラウマにもなったあの日か。記憶の片隅に追いやっていたのに……。
「あの時の君はかわいかったな~」
「マスター!!」
「ははは、怒るな怒るな。着替えが遅いからちょっとした罰だよ」
爽快な顔で笑うマスターはとても気分が良さそうだ。からかわれて面白くなかった俺は何とか反撃しようと試みる。
「ぼーっとしていたことは謝りますけど、マスターの言い分だと俺が着替えを覗いてもいいってことですよね?」
「ああもちろんさ。君とあたしの仲だからね」
「へ?」
「もし君にそんな度胸があるなら。一度くらい多めに見てあげよう」
「いや、あの……」
「さーて、仕事するから早く準備してね」
くくくと意地の悪い笑みを残し、マスターは更衣室を出ていった。
覗いてもいいなど冗談だろうが、あの笑顔は薄気味悪い。何か裏があるとしか思えなかったが、今は言われた通りバイトの準備をするのが得策だろう。
鏡で身だしなみのチェックを素早く済ませ、更衣室を出た瞬間。俺はマスターの笑顔の意味を知ることとなった。
「兄さん……」
扉の横に俺より素早く着替えたであろう雫がメイド服に身を包み、どんよりした空気で壁にもたれかかっていた。今にも倒れそうだ。
「どうした!? 雫!!」
病気かなにかかと心配になり詰め寄ると、
「まさか兄さんが年上好きだったなんて……」
「は?」
いきなりなにを言い出すんだ。
「だって! マスターが『私と兄さんの仲』とか『熱い夜』とか、そそ、それに兄さんまで『着替えを覗く』なんて!」
わーお、見事にきわどい単語しか聞こえてないよ。
まさかあの人、雫が部屋の外にいることを知っていたんじゃないか……?
「マスターもコスプレ好きだから、覗きもプレイの一環なの?」
「いやいや! ものすごい勘違いだから!」
間違った方向へと妄想をふくらます妹を止めることはできそうになかった。
「ううん、いいんです。わかっています」
わかってないから! マイシスター!!
「でも……兄さんに隠しごとされたのは悲しいです……」
クールに成長していたはずの雫は昔のように泣きそうな顔になっていった。
「うっ……ごめんなさい。お幸せにっ!」
「待ってくれ! 雫!!」
走り去っていく妹の後ろ姿を見ながら、マスターには一生勝てそうにないと頭を抱えた。
というか、誰だよ雫がクールだって噂したやつ! 俺の前だといつも通りなんだけど!?