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9 銀色の少女

 下級生と上級生は同じ時間に授業が終わる。それでも我がクラスは他のクラスよりも早く下校時間となる。その理由は俺たちの担任、森崎雪斗の性格が原因である。

 面倒事を嫌う森崎先生は必要最低限のことしか話そうとはしない。そのため帰りのホームルームなどはうちのクラスが他より五分、十分は早めに終わることとなる。

いつもならこの時間は雫が教室に来るのを待ちながら友人と話している。もしくは俺が雫を迎えに行くかの二択なのだが、今日の俺は一人教室の窓枠に腕を掛け、哀愁を思わせる雰囲気たぶんで外を見ていた。そしてクララが転校してきてからの数日を思い返す。


 お姫さま転校生ことクララに、玉砕覚悟で告白する勇者たちは後を絶たなかったが、見事に全滅して棺桶に入れられた勇者のごとく仲間に引っ張られ去っていった。ふられた男どもが去っていくさいに俺を親の仇でも見るかのように睨みつけることを忘れない。俺を魔王か何かだと勘違いしているようだ。

そのままとばっちりを受けることを覚悟していたが、意外にも今までと変わらない至って平凡な毎日を俺は過ごしていた。


 バイト先で命を狙われていると聞いた時はどうなるかと思ったが、それらしいことはまだ身に起こってない。この話を身近で知っているのはあの時いた俺を合わせて柚月とクララ、そして妹の雫の4人だ。雫にはバイトを終えた後、すぐに今までの経緯を話した。暗殺と聞いた瞬間は取り乱していたが、当の本人である俺の緊張感のなさと柚月とクララが護衛をだすと聞いてようやく落ち着いた。


 学園の方はというと、初日は許婚として騒がれたが今はその話題すら出ない。嫉妬にくるった落ち武者どもが襲ってくることもさほどなかった。たぶんこれはクララの行動が影響しているのだと思う。許婚といっても恋人同士ではないので、俺達はいちゃつくこともないし、クララ自身も俺に積極的に接してこようとはしない。そのおかげで俺たちは許婚同士というよりは、友人というのが周りの認識になっている。

俺が友達として接してくれと頼んだからかもしれないし、もともとクララは儀式には肯定的ではなかったのかもしれない。


 自分で相手を決められず、定められた相手と結婚する。掟とはいえクララ自身が納得していなかった――とは俺の推測だがあながち間違いではないだろう。

俺にはクララが考えていることはわからないが今のままで良いと思っている。許婚としてではなく気の合う友人、そんな関係が今の俺たちには性にあっていた。


「なーにぼっとしてんだ」

「恭介か……」


 いつの間にか後ろに立っていた恭介が俺の隣へとやってきた。


「妹を待ってる間の暇つぶしさ」

「雫ちゃん? ……あぁ、いつものバイトか」


 俺と雫はほとんど同じ日にシフトが入っている。というよりも二人で喫茶店レストにほぼ毎日通っていると言ったほうが正しい。

 貯金で生活費をまかなうことはできるが、贅沢する訳にはいかないと思っている。それにあの出所のわからない大金が自分のものと言われてもしっくりこないので使うのを躊躇っているのが本音だ。…………すいません。嘘です。雫のために俺が高一の時に住んでいたアパートから、セキュリティーのいいマンションに引っ越しました。家賃何倍も増えたので使っちゃってます。


「相変わらず大変だねー。ちゃんと息抜きしてんの? 切り詰めすぎるのは体に毒だぜ」

「まぁ、それなりに……」

「それなりって……折角クララちゃんという美少女が許婚なんだからデートにでも行ってきたらどうだ」

「デ、デート!?」


 この悪友はいきなり何を言い出すんだ。思いもしてなかった言葉に声がひっくり返ってしまった。


「そう。デートだよ。デート。許婚という立場を生かして誘ってみたらどうだ」


 まだ教室にはクララが女子数名と話をしている最中だった。この状況は俺にとって恥ずかしい以外なにものでもなかった。


「どうして俺が……」


 クララを横目に見つつ、なんとなく声を抑えた。


「どうしてって……お前しかいないだろ。クララちゃんに告った男、もう二桁はいってるぜ。もちろん全部振られてるけどな」

「知っているさ。有名だからな」


 それにしても二桁か……確かにクララは可愛いがまだ転向して間もないというのに、うちの男どもは気が早すぎるな。


「しかも振る理由は遥真がいるからとかお友達になりましょうとからしい」

「……まぁ、そうなるだろうな」と苦笑するしかない。


 ちょくちょく振られていたやつから殺気は貰っていたからな……どうやら俺は多方面で命を狙われる運命らしい。


「……」

「ん? どうした、急に黙り込んで……」

「いや、お前たち見てるとどういう関係かわからないんだよねー。遥真が許婚になってる理由は女の子たちから聞いて知ったんだけどさ。許婚にしては距離が遠いよね、お互い」

「当たり前だろ。まだ俺たちは知り合ったばかりだ」


 クララとは今の関係が良好だと思っている。問題を先延ばしするつもりはないが、俺は命を狙われているらしいので、浮いた話などしている場合ではなかった。それはクララも思っていることだろう。


「ん~でもさ、遥真とクララちゃんって登下校は絶対一緒だよね? さっきは距離が遠いって言ったけどこれだと近いのか遠いのかわからなくなるんだよ」

「そ、それは………」


 登下校を一緒にしてほしいとはクララから言われたことだ。クララが言うには彼女自身にも護衛が必要だから俺と一緒にいた方が警護を分散しなくて都合がいいらしい。

 だが俺が命を狙われていることは秘密なので、恭介にそれを教えるわけにはいかなかった。


「そ、そんなことよりどうしてデートとか言ったんだ。お前は最初に俺を撲殺しようと企んでたやつじゃないか」

「そりゃー最初はなんて幸運なやつめ! と怒り狂ったけど、撲殺なんて半分冗談だし」

「残り半分はどこ行った」

「まあまあ、睨むなって。実際の遥真たち見てたらあまりにも普通すぎて嫉妬する気にもなれないしね。だからここらへんでデートの一つでもさせてみてはっきりしてもらおうかなーと。そうすればこのもやもやが晴れる。まあ、ほとんど僕の自己満足のための提案さ」

「なるほどな……もしそれで仲良くなったらどうするんだ?」

「もちろんそのときは心おきなく遥真を亡きものにできるぜ!!」

「……」


 呆れて何も言えなくなった俺を代弁するかのように、クララがいる方から携帯の電子音がなり響いた。案の定、鳴ったのはクララの携帯だったようで二、三コールしないうちに出ていた。

 ここからではクララが何を話しているかわからないが電話にでたクララは様子がおかしく、顔がみるみるうちに青ざめていった。


「なにかあったのかな?」

「……」


 一段落ついたのか、電話を切ったクララはさっきまで話していた女子生徒たちに別れを告げると俺と恭介のところまで小走りで近寄って来た。


「遥真さん! すいません! 今日は急な用事が出来たので一緒に帰れなくなってしまいました」

「あ、あぁ俺は大丈夫だよ」

「本当にすいません! お先に失礼します!」


 クララにしては慌ただしい所作に何かあったのではないかと心配になったが、そのことを聞いている時間すらなさそうなのでやめておいた。

 カバンに教科書を詰め込む姿はとてもお姫さまがやる動作には見えなかったが、その顔は相変わらず青白く、気にしている余裕すらないのだろう。

 そのまま飛び出して行くのかと思いきや、何を思ったのかまた俺の所まで舞い戻って来た。


「え? あ、ちょっと……」


 そのまま俺は手を引かれ教室の隅に誘導された。そこでクララは内緒話のためか身体をほとんど密着状態にしてきた。


「遥真さんには護衛がついていますが早めの帰宅をお願いします」

「わかった」

 俺にしか聞こえない程度の声でクララが囁く。周りが黄色い歓声を上げたり恭介が呆けたりしているが、内容はピンク色のように明るい話題ではないのでご期待にそえていない。


「申し訳ありません。このように押しつけてしまい……」

「気にしないで。どちらにしろあまりバイト帰りに寄り道しないから。それより急な用事なんだろ? 俺のことはいいからそっちを優先して」

「……ありがとうございます」


 そういって離れたクララは軽くお辞儀をして教室を出ていった。

まだ冷めることのない頬の熱と一緒に耳に手を触れる。さっきまでクララがすぐ近くにいたことを思い出すと、もう少し窓際で風に当たりたくなり、また肘を掛けて外を眺めた。


「……やっぱりわかんねーよ。お前らの関係」


 覚醒した恭介が呆れたように呟いてきた。


「俺もわかんねーよ」


 恭介の口調を真似していると、クララが校舎から出ていく姿を発見した。ここから挨拶でもしようかと思っていたらいつのまにか彼女は校門まで走り去っていて、そのまま姿が見えなくなってしまった。


「走るのはえーな、クララって」


 俺はなんとなく独り言を呟き、熱が冷めるまで風に当たり続けた。


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