魔女王様の視察 軍部編。
「ねえ、レディウス。
私、視察に行ってこようと思うの。」
「視察・・・ですか?」
王城にある私の執務室にて、書類整理、謁見、会議、書類仕事ばっかりの毎日。窓の外を見ればとっても良い天気なのに、どうして私は書類に囲まれなきゃいけないのかしら?
と、言う訳でレディウスにちょこっと我が儘を言ってみることにした。
「我が君、確認して頂きたい案件が複数残っているのですが。」
「・・・明日ではダメかしら?」
「駄目ですね。」
「・・・・・・・・。」
私のお茶の準備をする手を止めて答えるレディウスの言葉に私はため息を付く。国を創って5年立つけど、年数を重ねるごとに書類が増えていく気がするわ。国力が増えると言うことはそういうことなのは分かるけど、女王にも時々は息抜きも必要じゃないかしら?
「・・・・・ばれないように脱走しちゃおうかしら。」
「・・・・・私の目の前で堂々と言わないで頂きたい。
全く貴女という方は、致し方ない人ですね。」
しょうがないといった風情でレディウスは、私の予定を確認する。
「・・・・・5日後ですね。それまでは、各族長と謁見などの予定が詰まっています。
それ以降で宜しければ大丈夫かと。」
「うふふふ。それで良いわ。」
満足そうに微笑みを零す私に苦笑しながら、お茶の準備を再開するレディウス。でもね、私知っているのよ?
「ねえ、レディウス。
貴男って本当に私の我が儘に振り回されるの大好きよね?」
「っっ?!」
ガンッ!ガシャーーンッッ!!
「あらあら。」
私の言葉にその冷たい美貌を真っ赤に染めて、動揺してしまったみたい。見事にカップとかを落としちゃったわね。
「も、申し訳ありませんっ!
で、ですが、我が君っ。何故そのようなことを急に仰るのですかっ。」
いつもの冷静沈着な人形のような表情をどこに落として来ちゃったのかしら?
外見だけは10歳の少女の言葉にわたわたと顔を赤く染めている姿は、いつもの作り物めいた美しさからは想像できないくらいにとっても可愛らしい。
「うふふ、私は本当のことを言っただけよ。
だって、私の我が儘も含めて、私のことがだーいすきでしょう?」
「・・・・・・・。」
口元を利き手で隠すように顔を背けてしまうが、隠しきれずに見える首筋や耳は真っ赤に染まっている。
あらまあ、レディウスったら眼を潤ませるくらいに恥ずかしがってるわ。
「私もレディウスのことは大好きよ。」
「あ・・・、我が君・・・。」
10歳の少女が浮かべるにはあまりに艶然とした微笑みを熱に浮かされたような眼差しを向ける冷たい美貌の青年へ惜しみなく贈るのであった。
執務室のレディウスとの遣り取りから、やっと5日が過ぎ去ったわ。
今回の視察の場所はすでにレディウスが手配しちゃってるのよ。一番最初に行く予定の場所は、"軍部"みたいねぇ。
《黄金の獅子将軍 ナギ》
「我が君!待ってましたぜっ!!」
軍部に割り当てられた王城の一角にある会議室の中にあたいの大きな声が響き渡る。
「うふふ、ごきげんよう。お邪魔するわね、ナギ。」
荘厳な扉をくぐり入ってきたのは、双黒の美しい男装の少女。白い肌に映える紅い唇が美しい弧を描く。
我が君の執事から、我が君の願いにより主要な施設等に視察を行うことになったと連絡が来たのが5日前。見られても恥ずかしくねえように、気合いを入れてうちの連中を鍛えまくったぜ。もっとも、今はまだ軍部と言う程にはほとんど人はいねえ。あたいを含めてもせいぜい百人かそこらだ。
我が君が言うには、今はまだ雌伏の時らしい。いつかは、我が君の役に立てるほどの大軍勢を作りてえもんだ。
その後は、兵士どもの訓練風景を見学して貰ったぜ。どいつも、こいつも、我が君の御前とあっちゃあ気合いが入るってもんよ。いつも以上に良い動きをしてやがる。おかげで、満足そうな笑顔を賜ることが出来たぜ。
「ナギ、貴女にお願いがあるの。」
あたいには真似で気ねえような、優しげな笑顔でお願いを語り始める。
「ナギ、貴女には己自身を含めてここにいる兵士達を我が国の主戦力となるような騎士、もしくは戦士へ鍛え上げて欲しいの。・・・今まで以上にね。」
「今まで以上にか?」
「そう、今まで以上に。
だって、今の私たちの中でまともに四方の危険地帯を越えられるのは、私と翁だけなのよ。
彼らの中から、諜報機関の方へ行って貰う人材もいるはずよ。
そんな彼らが、危険地帯を越えることが出来ないなんて困っちゃうのよ。」
確かにな・・・・。あたいでさえも、あの危険地帯を怪我無く踏破することは出来ねえ。うようよと魔物どもがいやがる上に、底なし沼なんかの自然の脅威もあって命が幾つあっても足りねえような場所だ。だが、最初っから我が君のお願いを断る理由なんざありゃしねえ。
・・・・・・いままで以上に鍛錬の量を増やすのと、なんか良い修行法がねえものか翁に相談するか。
双黒の少女の前に黄金の鬣を持つ、獅子の女獣人が跪く。その後ろには、獣人や人間だけでなく様々な種族が並んでいる。しかし、一様に彼らの瞳から伺い知れるのは双黒の少女への敬愛と忠誠の感情のみであった。
「分かったぜ、我が君。
全ては貴女の望みのままに。」
そう、この命だけでなく魂すらも全て貴女の物だ。
獣人同士で殺し合い見世物とされていた地獄から救ってくれた、我が忠誠を誓う、敬愛なる黒薔薇の魔女王よ。