魔女王様のお仕事 仕度編。
四方を未開の大地に囲まれた小さな王国がある。
北を危険な古代龍等の大型の魔物が飛び交い、突如火山性ガスなどが発生する人類未到の山脈"アビス大山脈"。
東を沖に出れば荒れ狂う海流が渦巻き、大海獣リヴァイアサン等を筆頭にした魔物の群棲が住む、航海すること叶わぬ大海"ダットイング海域"。
南を目指せば古いにしえの時代より広がり続け、多種多様な凶悪な力も持った魔物が息を潜める広大な死の森"ゲイプラー大森林"。
西へ歩を進めれば水分を多く含む湿って、ぬかるんだ大地、突如として大地に飲み込まれてしまう底なし沼、数多の毒を持った魔物が生息する絶望の大地"イエンソド大湿原"。
そんな人類は近づかない、足を踏み入れない場所に数年前一人の少女が降り立った。彼女は、莫大な魔力により未開の大地を平定し、向かってきた数多の力ある魔物をなぎ払い、己に忠誠を誓う力なき民が住めるように環境を変えた。それこそが、最凶無比の魔力を携えた黒薔薇の魔女王の王国"ルシファート王国"の始まりであった。
「我が君、目覚めの時間です。」
王城にある私の自室に男の低くめの美声が響く。いつもと変わらず、執事服を一分の隙もなく着こなした、人形のように整った何処か冷たい美貌を持ったレディウスが微笑を浮かべ声をかけてくる。その後ろには、私の専属の侍女の姿も見える。
「入りなさい、起きているわ。」
シーツに広がる夜の闇を集めて織った絹のように艶やかな長い黒髪、雪よりもな透き通るように白い肌、黒曜石のように輝く黒い瞳、紅く咲き誇り始めた深紅の薔薇のように紅い唇。まだ幼さを残し、やっと女性としての成長が始まったばかりに思えるしなやかな肢体、神が丹精込めて創ったような退廃的な雰囲気の美貌を宿した"少女"。
「おはようございます、我らが黒薔薇の魔女王陛下。」
それが今の私らしい・・・・・。
私は、現代日本で有栖川美月だった成人女性改め、ミツキ・レティシア・フォン・ルシファートだそうだ。ちなみに、"ミツキ"というのは勝手に私が付け足した。だって、レティシアなんて英名で呼ばれてもぴんと来ないしね。それに、以前のこの身体の持ち主だった幼子の名前でしょ、それって。私の名前って気がしないのよね。
それにしても、本当に何でこんな事になちゃったんでしょうねえ・・・・・?
ま、戦争ばかりしか脳のないこの世界の糞どもは大嫌いだし、そいつらが私を害したんだもの。そいつらに構うつもりも、関わることもしないわ。私は、私の好きなように生きるだけ。もしも、それを邪魔するなら、私の静穏のために・・・・・滅んでちょうだい?
「我が君、こちらが本日の予定となっております。」
「・・・・・・面倒ね。」
朝食を済ませた後の薔薇の香りが漂う紅茶を飲む私へと渡された本日の予定は面倒くさい物ばかりだった。
「ですが、我が君にしかできないことですから。」
顔をしかめる私へ苦笑を浮かべてレディウスが答える。ため息を付きながら、後ろへ控える侍女へ目線を投げかけ私的な部屋着からの着替えを要求する。私の言葉に、レディウスは一礼してから部屋を退室していった。
「陛下、こちらの服をお召し替えさせて頂きます。」
「・・・・・・・・好きになさい。」
「はいっ!」
笑顔で私にフリルとリボンがこれでもかと付いたハーフパンツスタイルの燕尾服を勧めてくるの彼女、私専属の侍女である白金の髪に、翠の瞳、エルフ族の特徴である長い耳を持った美女"アイリス"が、私の返事を聞いて嬉しそうに答える。このアイリスは、以前に私の姿を見て奴隷にしようと向かってきた貴族の持ち物どれいの中にいた女性だ。魔力を封じられ、誇りを踏みにじられ、人間を世界を呪うような眼をしていたこの女性は迷うことなく私の配下となる事を選択し、嗤いながら魔力の籠もった刃で貴族の首をはねて見せた。
そんな彼女の手伝いを受けて、着替え終わった私は鏡を見ることなくさっさと部屋を出た。扉の横で待っていたレディウスと満足そうなアイリスを引き連れ、玉座の間に向かった。
玉座の間にはすでに私の忠実なる配下達が揃っていた。
その場には、人間だけでなく、魔物に属するはずの者達をはじめ、獣人やエルフといった亜人などが並んでいた。