冒険者と強敵の最後。
「ぜえ、や、やっと地面に降りれたぜ・・・。」
「ふふふ、ああ、もう本当に、楽しい人ね。」
楽しそうに笑う魔女は、地面に降りるまでジタバタとしていた所為で乱れた呼吸を整えようとしているマルスの隣りへ、アイリスと一緒に地面には足を付けずに湿地帯特有の泥のような地表のすれすれに浮かんでいた。
「うふふ、本当に気分が良いわ。そうねえ、あれも私が片付けてあげるわ。
・・・貴男の足を奪った存在なんて要らないでしょう?」
そう言い残し魔女はゆっくりとまるで水面を滑るような動きで、強者を前に動く事が出来ないでいたポイズンフロッグへと近づいて行く。
「っ! 魔女よっ、一人では危険です!!」
その姿を見たランスロットが、アリアを抱え動けないでいるギルバートに変わり進み出ようとする。そんな彼を止めたのは、それまで静観していたアイリスだった。
「控えなさい。
我が君は、あの程度の輩など脅威ではありません。
遊び相手にすら、なりはしないでしょう。」
「だがっ!」
「我が君の不況を買いたくなければ控えろと言っているのです。」
『・・・・。』
アイリスの強い制止の言葉に、彼らは助けに入るべきか戸惑ってしまう
戸惑う冒険者達を意にも介さず魔女はポイズンフロッグの前にたどり着く。
「カエルさん、私と遊びましょう。」
無邪気な子どものような言葉と笑顔で、魔女よりも遥かに大きいポイズンフロッグに向けて声を掛ける。ポイズンフロッグは目の前に来た己よりも遥かに強い力を持った存在に、逃げる事は叶わぬと判断し、生き残るために必死の抵抗を開始した。
先手必勝とばかりに繰り出されたのは特徴的な長いスパイクボールの様な舌による一撃。鞭のようにしなやかな動きでありながら鋭く、重量感を伴った破壊力のあるポイズンフロッグの舌が魔女目掛けて振り下ろされる。
大湿原の泥水のような大地へめり込む一撃は、派手な水飛沫を上げて魔女の姿を覆い隠す。
『魔女っ!』
魔女の忠実なる側近のアイリス達以外が、魔女の身を案じて思わず叫んでしまう。この程度の攻撃で魔女を傷つける事など出来はしないと知っているアイリス達にとっては、冒険者の案じる声など不愉快な物でしか無く顔を顰めている。
グゲエロウオォォッッッ!!!
「うふふふふ、やっぱりこの程度よねえ。」
渾身の一撃を放ったポイズンフロッグは、攻撃が決まる瞬間まで其処に魔女がいたことを確認していた。ポイズンフロッグは、己よりも遥かに強い力を持ったこの存在に勝機を得る事が出来るのではと夢想する。しかし、そんな己の攻撃が届くと思った瞬間に魔女の姿は忽然と消えてしまった。
渾身の一撃は空を切り裂き、大湿原の大地に吸い込まれ、水飛沫を上げる。魔女の姿を見つけようとした時、激痛が走った。渾身の一撃を放った自慢の長い舌が、中程で切断され血をまき散らしながらピンクの断面図を晒してしまっている。
味わった事のない激痛に絶叫するポイズンフロッグを見下ろすのは、再び宙に浮かんだ魔女だった。
宙に浮かぶ機嫌の良さそうな笑みを絶やさぬ魔女は、今まで持ってい無かったはずの大きな何かに座っていた。
魔女の身長程もある大きさに、成人男性の胴回りよりも遥かに太い筒状で、表面にメモリが振られている。その大きな筒の一方は剣の鍔のような物があり、続くように剣で言えば柄の部分がある。だが、1番目を引くのは太い筒の反対側から生えた銀色に輝く棒だった。先端は鋭く尖り、鋭利な槍を連想させるが中心は空洞となっている。
魔女が宙に浮き腰掛けているのは、現代社会において多くの子どもたちを泣き叫ばせ、恐怖のどん底にたたき落とす、恐怖と畏怖の象徴である"注射器"であった。
ただし、魔女が腰掛けている"注射器"の大きさは、子どもだけでなくどんなに屈強な大人でさえも恐怖せずにはいられないような巨大な物であったが・・・。
魔女はポイズンフロッグの舌の一撃を、転移魔法を使って避けるついでに巨大な注射器の先端にある鋭利な刃の部分で切り落としてしまったのだ。
激痛に悶絶するポイズンフロッグの絶叫を聞き流しながら、魔女は世間話をするように再び話しかけ始めた。
「ねえ、カエルさん?
貴方の身体は刃物を通しにくいわよねえ。それは、何故か分かる?」
魔女は質問するように語りかけながらも、答える必要などないとばかりに笑いながら答えを告げる。
「それはね、貴方の厚い皮だけでなく、粘液が貴方を覆っているからよ。
知ってる?人間もね、傷つきやすい粘膜を護るために粘液で覆っているの。
では、どうすればそんな貴方に刃物を通す事が出来るのか?」
魔女を中心に高濃度の魔力が集まり始め、"何"かが具現化される。
「答えは簡単。乾燥させてしまえばいいのよ。」
魔女の周囲に具現化された"何"かが、ポイズンフロッグを中心に取り囲み渦巻き始める。・・・それは、"酸素"だった。
水分を全く含まない純粋な酸素は、少ない量であっても長時間続ければ粘膜を乾燥させ、時には傷つけてしまう原因となる。そんな物を高濃度で、より乾燥させるように渦巻かせればどうなるか?
数十秒もしない内に、ポイズンフロッグを覆っていた粘液は乾燥し、分厚い皮膚を露出させる。止まらない酸素の風は、皮膚からも水分を奪い尽くしカラカラに干上がらせ、ひび割れ裂傷の走った皮膚からは血が溢れ始める。
同時に高濃度の酸素に取り込まれ、呼吸を繰り返した事で体内の水分すらも奪われ、身体の中の薄い粘膜は傷つき、身体の中からも血を流し始める。
魔女が魔力を霧散させた時には、すでに息絶えたポイズンフロッグのミイラの様な死体だけが残されていた。
「あら?
残念ねえ、私の自慢のこの子で止めは刺すつもりだったのに・・・。」
冒険者達が死闘を繰り広げたはずのポイズンフロッグは、幼子が羽虫を潰すような残酷さでもってその命を奪われたのだった。
いつも読んで頂きありがとうございます。
お陰様で、この連載も20話を超える事となりました。評価して下さっている方も、ブックマークして下さっている方々も本当にありがとうございます。
週末は、あまり更新できそうにありませんが出来るだけ頑張りたいと思います。これからも、よろしくお願いします。




