冒険者と選択肢。
「・・・なあ、魔女さんよぉ。」
冷酷な雰囲気を纏う魔女に話しかけたのは、獣人のギルバートでも、エルフの剣士ランスロットでもなかった。
「・・どうせ、死ぬ俺は・・・どうなっても・・良い。
だがな・・どうか、仲間だけは・・・助けてくれ・・ねえか?」
すでに、意識は朦朧としている様子のマルスは必死に魔女に懇願する。
「マルスっっ!!諦めてはならぬっ!!!
魔女よ!そなたは何の得にもならぬと言った!
ならば我に払える物があるならば、我が払うっ!
ゆえに、我が友を助けて欲しいっ!!」
「ギルバートっ!マルス!
私も渡せる物は全て捧げましょう。
どうか、お願いします。」
マルスの言葉に触発されたように、残りの二人も叫び始めた。そんな彼らの様子を睥睨する魔女は、まるで面白い事を思いついたとばかりに口元に笑みを浮かべた。
「そう、貴方達は私に助けを求めるのね?
だったら、獣人さんは私のお願いを聞いてくれるかしら?」
「っ!我に叶える事が出来る事ならば!」
魔女の言葉に勢いよくギルバートは答えた。
「魔女よ、どうか私にも言って下さいっ!
彼一人に重荷を背負わせる事は出来ません!!」
魔女の言葉にランスロットも声を上げるが、魔女に黙殺されてしまう。
「うふふ、だったら私を侮辱したお前の仲間を殺してくれる?」
『!!』
魔女の言葉に二人は凍り付く。魔女が言っているのは、エレナの事だとすぐに分かってしまったからだ。例え、あのような仲間を見捨てるような者でも、一応は仲間と扱っていた存在だ。すぐに彼らは、了承する事は出来なかった。
「だんまりを決め込むのは構わないけど、其処の彼、もうすぐ死ぬわよ?
さすがの私でも、死んだ存在はどうしようも無いのよねえ。」
思い悩む二人の様子が楽しいのかクスクスと嗤う魔女。突きつけられたタイムリミットに二人は焦ってしまう。仲間達の命を天秤に掛けて、どうするべきか悩み続ける彼らの活路を開いたのはまたしても彼であった。
「・・・く、だらねえ・・な。
おまえ・・らが、せおう・・・ひつようは、ねえ・・。
うら・む・・も・・・んか。」
マルスの言葉に魔女の嗤い声が止む。双眸に宿っていた侮蔑の色も消えた魔女の視線はマルスに注がれていた。そんな魔女の視線を受けながら、マルスは笑った。
最後の力を振り絞り、己の信念を持って生きてきた道に、仲間との絆に、何一つ後悔していないのだと!
そんな思いを込めて、仲間へ、魔女へ、笑って見せたのだった。その笑みを最後に彼は命を終える・・・、はずだった。
広大なイエンソド大湿原に淡い魔力の光が迸った。
その光の中心にあり、ゆっくりと身体を浮かび上がらせるのは"アリア"と"マルス"だった。
アリアのヴァイパーに噛みつかれ、傷ついた喉元はすぐに塞がり傷跡を残すことなく完治する。身体を巡っていた毒に対しては、いつの間にか光に紛れて出現した注射器により血清が投与される。それと同時に、ヴァイパーの毒によって壊されていった血管や腎臓機能を細胞レベルで回復させていく。ゆっくりと光が収縮していき、目の前に下ろされた彼女の身体をギルバードが抱き留める頃には顔色も赤みを帯びて、ただ眠っているだけの状態へと彼女は回復していた。
マルスの失血によりショック状態に陥っていた身体の中で、血液のもとになる細胞から白血球、赤血球、血小板など血液を形作っている物へと急激に分裂と増殖を繰り返していく。新たに作り出された新鮮な血液は、豊富な酸素と栄養素を含み身体の隅々へと流れ出す。失ったはずの右足の断面部より血管、神経、骨、筋肉といった"足"を形作る全てが形成されていき、血液が流れ始める。
彼をが纏っていた光が収縮して、血の気を失い土気色のなっていた顔の色も赤みが差し始める。
「・・・一体何が・・って、んなあっ!!
な、なんで魔女が目の前にいんだよっ!!!」
意識を取り戻したマルスの顔のすぐ目の前に魔女の顔があった事に彼は飛び退こうとする。しかし、彼の足は宙を蹴った。
「は?
ちょ、ま、おいぃぃぃ、何で俺っ空飛んでんだよっ!!
頼むっ!いまっ、すぐっ、下ろしてくれっっ!!!」
「ふ、ふふ、あはははは、こんなに面白い人は始めて見たわっ!」
「わっ、笑ってないで下ろしてくれっ、おろしてくださいぃぃぃっ!!!」
じたばたと地面へ降りようと足掻くマルスへ、笑い声を上げながらそんな彼に抱きつく魔女の姿が、今までの極限に追い込まれていたはずの冒険者達の上空にしばらく広がっていた。




