"私"になった日。
夜の闇を月が照らしだす、薄暗い部屋の中で私は目を覚ます。
私がこの"世界"に本当の意味で誕生した頃の夢を見るなど、いつぶりのことか。不愉快な夢の内容に苛立ちが募る。
ここは異世界。私が生きていた世界とは全く異なる場所。事故で死んだはずの私は生まれ変わっていた。
だが、本当の意味で私が"私"になったのは5歳の頃だった。気がつけば私は暗い牢の中に閉じ込められて、周囲の薄汚い兵士のような格好をした人間達に嬲られていた。
それから、自分の状況を理解するのは大変だった。側の牢屋につながれていたこの"身体"の持ち主に仕えていたという"少年"がいた事だけは運が良かった。
"少年"の話しを纏めると、この"身体"の持ち主はとある小国の姫君で、戦に敗れ捕まり他の親類縁者共々処刑の順番待ちをしているのだという。
それからの毎日は地獄だった。死なない程度に、蹴られ、殴られる、暴行を受ける日々。奴らは、私を傷つけることで"少年"が反応することを面白がっていた。満足に治療されることもなく放置され、食事も満足に得ることが出来ないこの状況は、この"身体"の持ち主であった5歳の幼い少女の心では耐えられ無かったのだろう。そんな、死んだ少女の心の変わりに"私"が出てきてしまったという訳だ。
私の処刑の日、先に私の目の前で殺されたのは"私"の従者の"少年"だった。あのくらい牢の中で"少年"だけが最後まで私の味方だった。そんな"少年"の首が中を舞う。私の我慢は限界だった。
熱い力の本流が私の身体から爆発する。どうやって、使えばいいかなど私の魂に刻み込まれていたかのように手に取るように分かる。
"私"の中にある"知識"を元に"想像"を膨らませ"具現化"する。
"少年"の首と胴体をつなぎ、私を害する愚か者どもの死を願う。私の想像したとおりに身体の中からメスを生やし、ただの肉片に変わっていく。
何とも血なまぐさい、嫌な夢だ。
自身の夢に気分を害した私は、サイドテーブルにある呼び鈴を鳴らす。
数分も待たずにやって来たのは、あの日私が首をつないだ"少年"だった。
「我が君、遅くなり申し訳ありません。」
"少年"だった"男"は執事服を一分の隙もなく着こなし、月明かりに煌めく銀色の長い髪を一つに結び、神秘的な紫の瞳、人形のように整った何処か冷たい美貌を持った"男"。
そんな"男"は、私を見ると表情を和らげ、微笑みを浮かべる。
「構わないわ、レディウス。目が覚めてしまったの、何か温かい飲み物でも用意して欲しいわ。」
「かしこまりました、我が君。」
美しい一礼を披露して、立ち去った彼の後ろ姿を眺め、どうしてこんな事になっているのかと、いつものように嘆息する私。
そう、あの日に私が怒りにまかせ爆発させた魔力は、あの広場に集まっていた民衆も、貴族も、王族も平等にただの肉塊へ変えた。
私がこの身体の持ち主になった事で、何か影響があったのかもしれない。幼子らしくまだほとんど無かったはずの魔力が一気に底上げされた。それだけでなく、未だに魔力の増大は止まらない。
現代に生きていた私に魔法の機微が分かるはずもなく、どうやら私の魂は己の魔力すらも変質させたらしい。本来、呪文を唱え行使するはずの魔法が使えるだけでなく、私自身の"知識"と"想像力"を元に私の魔力を代償に"具現化"させることが出来る能力を得てしまったようなのである。
そんな最凶無比の魔力を手に入れてしまった私の最初の犠牲者が、本来戦勝国のはずであった名前も忘れたあの国の連中だっただけの話しだった。日本人らしい争いを好まない穏やかな性格であった私が、あの暴力の嵐に晒されて性格も多少変わってしまった自覚もある。今の私は、進んで闘うことはしないが己の静音を守るためなら容赦はしないだろう。
己の変わりように低く、自嘲の笑みを浮かべる。
戻ってきたレディウスの入れた、温かい紅茶を口に含みながら、この私"ミツキ・レティシア・フォン・ルシファート"が女王として君臨する、難攻不落のアビス大山脈に囲まれた小さな王国、黒薔薇の魔女がおさめしルシファート王国を王城の私室の窓より見下ろすのであった。