女王様と着せ替え人形。
「・・・本当にアイリス、貴女は私を飾りたてるのが大好きね。」
朝一番より今日の私はアイリスの着せ替え人形となっているため、鏡を見なくてもげっそりとした表情を己が浮かべている事が容易に分かる。
「んっもう!
我が君を美しくする事は、私の生き甲斐、いえ、生きる意味ですものっっ!!」
眼を爛々と輝かせながら、その手には新たなドレスを持っている。
「・・・せめて、お願いだから白やピンクはやめて欲しいの。
黒とか、寒色系ならまだ頑張るから。」
「もうっ、我が君ったら!
我が君にはどんな色も似合いますわ。
ですので、可愛らしい色で着飾るお姿をいつか見せて下さいましね。」
褒めてくれるのも、着飾るのも嫌いじゃないけど、・・・こんなにドレスや燕尾服は要らないんだけど。
「では、今日のお召し物はこちらでいかがですか?」
「うん、それで良いわ。」
朝から今日は疲れてしまったわ。でもこれで、やっと終わる・・・。
ブワッタァァーンッッ!!!!
「ああぁんっ!
あたしの可愛いっ黒薔薇ちゃんっ!!新しいドレスを届けに来たわよぉんっ!!!」
「っ!
でかしたわっ!!サラサっ、それでこそ私の心友ねっっ!!!」
「んっふ、当然よ。あたしと貴女は以心伝心だものっ!抜かりはなくってよっ!!」
追加されたドレスの山を呆然と見上げ、視界の隅に両手を取り合い喜びを分かち合う美女二人を前に私はこれからの自分の運命を悟ったわ。残された私の選択肢は、大人しく着せ替え人形になるしかないという事だけなのだとね・・・。
数時間に及んだ着せ替え人形の苦行を終えた私の瞳は、死んだ魚のような眼をしていたとレディウスが後に言ってたわ・・・。
「それで、サラサ?
今日はどうしたのかしら?」
着せ替え人形が終わった後、私たちはお茶の時間を楽しんでいた。結局私が着ているのは、サラサが持ってきた青を基調として、ふんだんに真珠を使い、白い薔薇のコサージュが付いたドレスよ。
「んぅ、ふふ。
主様に言われて黒薔薇ちゃんの様子を見に来ただけよ?
主様からの贈り物を片手にねん。」
この翡翠のように透き通った翠のウエーブのかかった長い髪に、青緑の瞳を持つ一見すると背の高めの迫力美女といった容姿を持つ人物。その正体は、ダットイング海域に住んでいる魔物の一種である"シーサーペント"の男性である。・・・ただし、心は女性との事よ。決して間違えては駄目よ。
ちなみにサラサの言う"主様"とは、翁の茶飲み友達の一人でダットイング海域の魔物達を治める"大海獣リヴァイアサン"のことよ。まあ、大怪獣なんて付いてるけど人間形態になれば気品ある貴婦人と言った方よ。なんだか、私の事を孫娘のように思ってくれてるみたいなのよねえ。
時々、ドレスだったりをサラサに持たせるか自分が来るかするのよ。多分今日も、その一環なんでしょうね。
「我が君、そろそろ闘技場の準備が整ったかと。
予定通り、先日連れ帰ったあの男を含めた選抜者達による御前試合へ開始時刻となりそうですわ。」
「あらん、そんな少しは楽しめそうな物があるのん?
あたしも、見学しても良いかしらん?」
アイリスが時刻を確認して予定時刻になりそうな事を教えてくれる。それを聞いたサラサが見学を希望するけれど・・・、サラサが見学ねえ・・・。
「・・・サラサ、初めに言っておくけど貴女が気に入るレベルの美しさを持つ者のはあんまりいないと思うわよ?」
「あらぁ、あの執事君やアイリスは参加するんでしょう?
後は、あの子猫ちゃんとかかしら?
大丈夫よぉ、その子達の時だけ観戦してそれ以外の時は黒薔薇ちゃんを見てるからん。」
「・・・ならばいいけど。」
サラサは美しさに対する拘りがとっても強いから、自分の美意識にかなった者以外への対応が厳しすぎるのよねえ。私も人の事は、あんまり言えないけど・・・。そうそう、サラサの言う子猫ちゃんはナギのことよ。
観戦を表明したサラサも含めた私たち3人は、私の転移魔法によって一瞬で闘技場へ移動する。
闘技場内はすでに熱気に包まれ、出場する戦士達も開始時刻を待っている状態であった。そんな中へ私たちの3人の姿が、闘技場内の観客席の中で一番目立つ場所に造られた女王の観戦区域に現れる。私たちの姿を認めた観戦席から、天へ轟かんばかりの歓声が上がるのであった。




