魔女王様のお仕事 宴終幕編。
厚い雲の間から再び満月が顔を出し、辺りを照らし始める。
夜の帳の中から月明かりに照らせれ、浮かび上がったのは一人の美しい双黒の少女が佇む姿だった。その少女の周辺には、大小様々の肉片が浮かぶ紅い血の海となっていた。
「我が君。」
己を呼ぶ低い美声に振り向けば、一歩離れた場所で傍観していたはずのレディウスが近づいてきていた。
「我が君、・・・・・・失礼致します。」
そう言って私の前に跪き、私の頬に付いていた返り血を白いハンカチで拭うレディウス。眉を寄せ何かを言いたげな彼に苦笑しながら、視線だけでその先を促す。
「・・・・・我が君。
貴女ならば汚らわしい血が、貴女の頬を汚す前に避けることが出来たはずです。
・・・何故、避けなかったのですか?」
「面倒だっただけよ。
それに、服を汚した訳ではないのだから怒らないでちょうだい。・・・ね?」
不満げなレディウスをクスクスと笑い声を漏らしながら見上げ答えると、彼は小さく嘆息し、血を拭った頬に唇を寄せる。
「・・・あまり、私を煽あおるような真似をしないで頂きたい。
我がただ一人の忠誠と敬愛を捧げし、我が君よ。」
熱の籠もった眼差しを私に向けながら、血で汚れた場所を清めるように唇を滑らせるレディウス。
その彼の唇が頬を滑るくすぐったさに、クスクスとさらに笑みを深くしながらも、レディウスの欲の籠もった視線はまだ十歳になったばかりの少女に向ける物では無いだろうとも思う。
甘ったるくも、蠱惑的な雰囲気をしばらく堪能した私は、さっさと次の問題に移ることとした。
山賊達のため込んでいた宝石や金属類などの物は、全て私が貰い受けるとして困った問題が2つ。
1つめは、ここに連れてこられ奴隷として売られる予定だった女・子どもだ。15人ほどの彼らは、目の前でかは知らないけど肉親をすでに失っているんでしょうね。それにしてもみんな、一様に死んだような暗い眼をしているわねぇ。まあ、今は私を恐ろしい物でも見るかのような視線を投げかけてくる者もいるけれど。
そんな彼らに私はいつものように2つの道を提案して選択させる。
「貴方達自身が今から自らの末路を選びなさい。
1つめの末路は、このまま死ぬこと。この山賊達のような痛みを伴う死ではなくて、痛みのない安らかな死を約束してあげる。
2つめの末路は、私に偽りのない忠誠を誓って庇護下に入り生きること。その代わり、二度と故郷の土を踏むことはないし、私を裏切れば今以上に悲惨な事になるでしょうねぇ・・・。」
私の言葉にどよめきが走る。それを無視して、さらに言葉を重ねる。
「私は後者をお薦めしてあげるわ。
だって、悔しいでしょう?
このまま、あんな糞どもに家を、財産を、そして家族を奪われて惨めに死んでいくなんて。
貴方達の国は、だーれも助けてはくれなかったのね?
でも、私は違うわよ?私は、私に忠誠を誓う私の民はちゃーんと護るわ。
・・・・・貴方達から大切な"もの"を奪った奴らをのさばらせていた無能どもへ復讐することも、生きていれば出来るかもしれないわねぇ?」
私の言葉を聞いた彼らは、自らの意志で選び取ったわ。静かだけど暗い炎をその瞳に宿して、9人が後者を望んだ。他の彼らは前者を選んでしまったけれど・・・ね。
これで、残るは2つ目の問題ね。
レディウスに目配せをすると彼は近くの茂みに向かって彼の得意な氷属性の魔法を放つ。
「"フリーズ・ランス"」
レディウスの魔力により形成された氷の槍が降り注ぐ中より、1人の影が飛び出してくる。その影は、深紅の髪と瞳を持った20代半ばほどの整った容姿の無表情な青年だった。
静かな敵意の籠もった瞳で私を見る青年。彼だけはあの惨劇の中、私の注意を引かないように素早く茂みの中に身を隠していた。
最初から私の興味を引いていたから涙ぐましいその努力は無駄だったのよねぇ。彼の雰囲気はただの山賊とは言えない物があったし・・・。
さて、これはどうしようかしら・・・?
私は、敵意を持つような者は要らないのよねえ。でも、見たところ密偵かなんかじゃないかしら?
だって、あの状況判断力や気配の隠し方はそれなりに修行してそうだしねぇ・・・?
もしも、そうならナギへのお土産に調度良いわ。密偵としての訓練方法も知っているだろうし。
「・・・・・我が君?」
「んぅー、どうしようかしらね?」
エディウスが私に敵意を向ける身の程知らずを今すぐ排除したいとばかりに、声には出さずに許可を求めてくる。考えている私と、視線を外したレディウスに好機と見たのか青年が小さく唱えていた呪文を発動させようとしているわ。
「やっぱり、身の程知らずにはまずはお仕置きよね。」
呪文が発動する直前に私の魔力が具現化する。青年は、腹を突き破って出てくる数本のメスの衝撃に耐えきらず、唱えていた呪文は発動することなく消えていった。
血を吐きながら地面へ倒れた青年を見下ろして、私は選択を促してみる。
「今日はいつもよりも高そうな貴金属も手に入ったし、機嫌も悪くないから特別に最後の選択をさせてあげるわ。
ふふふふふ、本当に貴方は運が良いのね。
私は、自分に一度でも敵意を向けた輩にはとっても厳しいのよ?」
ゆっくりと傍らにしゃがみ込み、青年の深紅の髪を掴んで持ち上げ、その苦痛と絶望が混ざったような色を宿した深紅の瞳をのぞき込む。
「選びなさい。
この私に忠誠を誓って私のものになるか?」
私の魔力を傷ついた腹部に込めて、時間を掛けて傷を治し始めてみせる。
「それとも、再び治した傷を抉られて苦痛の果てに死ぬか?」
傷を治していた魔力を中断し、青年の周りを飛び回るようにメスやノコギリを出現させる。くるくると踊るように青年の周囲を回る光景に青年の瞳に恐怖が浮かぶ。
「好きな方を選んでくれて構わないわ。」
悪魔のような微笑みを浮かべていることを自覚しながら、青年に決断を求める。青年が選んだのは・・・・・、私に忠誠を誓う道だった。
その証として彼は己が流した血で汚れた身体のままに、私の前に跪き、私の足に忠誠の口づけを落とすのだった。
私へ青年が触れたことに対し、嫉妬心を燃やすレディウスの可愛らしい姿を眺めながめ楽しむ私。
そして、私に新たに忠誠を誓った者達を連れて帰路につく私達の後ろでは、指定した者を全て焼き尽くすまで消えることのない魔力の炎が夜の闇さえ呑み込むように燃え上がっていた。




