九話 奥州 旭、奴隷?を買う
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剣ヶ峰村は冒険者のために作られただけあって娯楽施設が栄えている。
村の歓楽街には百件以上の商店や飲み屋が軒を連ね、さらに歓楽街を奥へ進むと遊郭や賭博場といった冒険者のための娯楽施設が密集した地域に入る。
目的地の奴隷商館はその歓楽街の外れに数件が出店している。
中には旭がこれから向う萬屋商店系列の奴隷商館のような店もあるが、あくまで奴隷を専門に扱っているという事で、堂々と町の中心に出店することは認められておらず、歓楽街の外れといった少し見つけにくい場所の出店しか許されていない。
旭達は広場を出てからしばらく歩き現在歓楽街を歩いている所だ。
ここは昨日軽く覗いたものの本格的に歩くのは今回が初めてである。
「冒険者の町だけあってさすがにこの辺りは栄えているようだな」
まだ日も落ちていないにもかかわらず、飲み屋では一仕事終えてきたと思われる冒険者の一団が酒を煽っており、賭博場にはその日の報酬を握り締め、一勝負をしに入っていく冒険者の姿が何人も確認できた。
「ここからは遊郭が軒を連ねているな、すぐにでも行きたいが今回は遠慮しておこう」
「旭様は女好きですからねー。あんまりはまらないで下さいよ」
失敬な奴である。
だが的外れではない。
旭は沼田で花といい所まで行ったものの最後まではやっていない。
言い換えれば旭はまだ女性経験がないのである。
それをこじらせたのかは分からないが、事実旭は最近有り余る性欲を抑えきれずにいた。
旭は遊郭街にはいって早々、今夜にでも行ってしまおうかと考えていた所をまんまと小吉に図星をつかれたのだ。
「うるせえ、だが遊郭街がいい所なのは間違えない。お前の言う通りになるのは癪だが早速今晩にでも一緒に行ってみるか?」
「あああっしは初めては好きな人に捧げたいんですよ。申し訳ないんですが……」
「ふざけんな! 女みたいな事言ってんじゃねぇ! 金は俺が出してやるからお前もこい、これは命令だから拒否権はないぞ」
「ええっ、そんな殺生な……」
「そういうことだ、覚悟しておけよ」
男同士の会話は本人達は至って真剣なのだが、端から見たらばかばかしい話をしているようにしか見えなかった。
そうこうしている内に二人は遊郭街を抜け目的地の奴隷商館へと到着した。
「旭様そろそろ目的地に到着したようですよ」
「おお奴隷商館なんか粗野な感じだと思っていたが、存外立派な建物だな。流石は萬屋商店系列といった所か」
旭の言葉通りこれから入ろうとしている萬屋商店系列の店は、周囲の数店舗に比べて店構えが立派である。
「とりあえず入ってみるか」
旭は入口である豪奢な引き戸をガラガラと横に滑らす。
「いらっしゃいませ」
中へ入ると奴隷商館のイメージとはかけ離れた二十代半ば位の女性店員がお辞儀と共に旭達を出迎えてくれた。
「一応確認するが、ここは奴隷を扱っているんだよな?」
まさか若い女性が応対してくれるとは思いもよらなかったのでつい確認してしまった。
「左様で御座います。当店では生活奴隷から戦闘奴隷、さらには性奴隷まで様々な商品を取り揃えております。その品揃えは差し出がましいようですが剣ヶ峰村一を自負しております」
「そうか。いや何せ奴隷商館には似つかわしくない雰囲気だったのでな」
「お褒めいただきまして有難うございます。お客様は本日はどのようなご用件でしょうか?」
店員はよく教育されているのか、自然に商談へと話を促す。
「おおそうだった、今日は魔法の素養がある戦闘奴隷を探しにきたんだ。だが一般的なレベルではなく出来れば上級魔獣と渡り合えるほどの人物が望ましい、そのような奴隷はいるだろうか?」
「……申し訳ありませんがお客様の条件を満たす商品は当店にも居りません。それ以外の商品なら取り扱っているのですが、魔法の素養を持つ商品になりますと、たとえ入荷されてもお得意様の為に取り置きとなる場合が殆どになります」
やはり旭の予想通り、上物の奴隷は一見には売るつもりはないらしい。
「なるほど……、だが一応俺も萬屋商店には結構世話になっているつもりだぞ。沼田の大熊の家族と言えばわかる者もいると思うが……、ほれっ、これが身分証だ」
暗に俺も得意様だから良い奴隷を紹介しろという空気を出し、冒険者証明書を提示する。
「それはいつも有難う御座います。それでは支店の方へ確認して参りますのでしばらくこちらで申し訳ありませんがお待ち下さい」
女店員は二人を応接室と思われる部屋に案内する。
部屋は家具も高級そうな物が揃えられており、調度品も並べられている。
待ち時間のたった数十分を過ごすのみにはもったいない部屋である。
「こちらで少々お待ち下さい。それでは失礼いたします」
女店員は部屋から出ると、しばらくして茶と請けを運んできた。
「祖茶ですが」
とはいうものの、出された緑茶からはいい香りが漂ってくる。
さすがに一流商店だけあり上質な物を客に出しているようだ。
「気を使ってもらって悪いな、遠慮なく頂くか」
「あっしも失礼しやす」
二人は女店員が目の前にいるにもかかわらず、さっさと茶をすすり請けの菓子をつまむ。
「さすがに旨いな、このレベルのを味わうのは久しぶりだ」
「あっしはこんな美味しい茶や菓子は初めてですよ。ああ、旭様についてきてよかったー」
あまりの旨さに二人は手も口を止めることなくあっという間に両方平らげてしまった。
「おかわりをお持ちしましょうか?」
女店員が退出する前に食べ終えてしまったので、彼女が気を利かせておかわりを勧めてくれた。
さすがに教育が行き届いている。
茶と菓子をがさつに食べている旭達に嫌な顔一つしていない。
金でころっと態度を変えた越後屋とは大違いである。
「ああ、ぜひお願いしたい」
「承知いたしました少々お待ち下さい」
数分後、女店員は先程の倍以上の量の茶と菓子を持ってきてくれた。
人によっては馬鹿にされていると怒るかもしれないが、旭達は怒ることなどありえない。
むしろ歓迎するだろう。
その点もしっかり人となりを観察しているようだ。
大したものである。
二人は女店員が部屋を退出した後、ゆっくりと茶と菓子を味わいながら時が過ぎるのを待った。
待つ事十分と少々、思ったより早く確認が取れたらしく応接室に責任者らしい若い男性と中年の男性を伴い女店員が戻ってきた。
「失礼します、大変お待たせして申し訳ありませんでした。旭様に関しての確認が取れました、それでなんですか以後はこちらの二人に応対させますので私はこれで失礼致します」
旭一家が得意様だと分かったのだろう。
旭としては残念な事に女店員は退出し、代わって同時にやってきた若い男が口を開く。
「お初にお目にかかかります、私は剣ヶ峰地区支部長の萬屋忠五郎と申します。横に居りますのは、ここの店を任せている安兵衛という者です」
「安兵衛といいます、どうぞお見知りおき下さい」
二人はお辞儀をして簡単に自己紹介を済ませる。
旭から見て特に萬屋の名字を名乗ってる忠五郎という男は、顔立ちは冗談でも良い部類に入るとは言えない感じだが、彼の醸し出す雰囲気は周りの者とは一味違っていた。
「驚いた、いきなりここの一番上が来るとはな。それにあなたは萬屋を名乗っているだけあって、本家に連なる者なのか」
旭は基本惣一のような美男は気にくわないが、忠五郎は美男ではないという点と、その佇まいから只者ではないと感じた旭は、つい興味心で彼に出自を尋ねてみた。
「はい、旭様のご推察の通り私は萬屋商店店長、萬屋忠之介の次男であります。旭様こそあの『大熊』のご長男かつ当商店の大のお得意でございますれば、この度はお会いできて真に光栄でございます」
どうせこんな辺地にいるのだから、きっと分家あたりの出来損ないが何かしでかして飛ばされたのだと思っていたが、なんと本家の次男であったとは驚きである。
旭は何らかの事情があるのだと悟ったが、態々根掘り葉掘り聞くのも気が引けたのでさっさと商談に入ることにした。
「いやそちらに比べたら大した身分ではないよ。まあお互い色々と背景は塗られているかもしれんが、今日からは個人として良い関係を築いていけたら幸いだ。挨拶はこれ位にして本題に行きたいのだが、話しは伝わっているかな」
忠五郎は『気遣いをありがとう』と伝える風に軽く頭を下げ、そして旭に返答を始める。
「はい、旭様は本日魔法の素養がある奴隷をお求めになっていると、先の者から聞いております。先程この安兵衛に、現在得意先様用に取り置きしてある商品について確認した所、三人程ご紹介できる奴隷がおりましたのでこれからお目通り願いたいのですが、よろしいでしょうか」
入店時のゼロからいきなり三人に増えた。
やはり得意様の扱いは別格のようである。
「ああ、もちろんだ」
「ありがとうございます。ただその前に一つご了承していただきたい事項がございます」
「ん、それはなんだ」
「端的にいいますと奴隷が主人を攻撃する事に関しての承諾です。これからご紹介する奴隷はすべて異民族となります。奴らは我々暁人に心服しておりません。その為、奴隷契約後も隙あらば主人を害し逃亡する可能性があります。ですのでそれらの戦闘力のある奴隷は、奴らを屈服させる事ができる戦力を持つ方にのみお譲りすることにしているのです。何か起きましたら、こちらも責任問題になりますので。もちろん旭様はその点は完全にクリアしております、何せほぼ単独で岩蜥蜴の変異種を倒したのですからね。申し訳ありませんが、旭様は今私が述べた点をご了承していただかないと、こちらとしてもご紹介する事ができないのです」
さすがに異民族の奴隷は無理やり連れ攫われてきたのだろから、暁人に一矢報いてやろうと考えるのも納得できる話である。
まあ暁人で魔法の素養がある者が奴隷になることなど、滅多にありえないので旭としても異民族が出されるのは想定していた為、忠五郎に出された条件も驚くほどの事でもなかった。
「ああ俺としては問題ない」
旭は奴隷の一人や二人位御せなければ、到底現在掲げている目的など達せないと思っているため、悩む事もなく二つ返事で承諾の意を示した。
「さすがでございます。では早速商品をご紹介しましょう。安兵衛案内してくれ」
「はい若様、……っいえ忠五郎様」
忠五郎は若様と呼ばれると一瞬だがそう呼ぶなとばかりにギロッと安兵衛をにらみ付けた。
安兵衛も慌てて名前で呼び直した。
旭はやはり忠五郎にはなんらかの事情があるのだなと思ったが、今は探る時ではないと感じ、彼らのやり取りには興味なさげに二人のあとを付いて行くことにした。
四人は応接室から出ると廊下を入口からきた方からは反対に進み、その突き当たりにある階段を下って地下へと降りていった。
地下へと降りるとそこには特別な奴隷の為の個室が十室程あった。
「旭様こちらに一人目の奴隷が居ります種族は魔猫族の雄です。年齢は三十歳前後、腕力はありませんが、猫系の特徴である俊敏性は兼ね備えております。魔法の素養は中級に届く程度です。属性は風になります、ではお入り下さい」
安兵衛は奴隷の特徴を説明すると引き戸を開ける。
入ってみるとそこには百五十センチ程の猫耳と尻尾を生やしたやさぐれた感じの男が寝そべっていた。
「なんだ人間、オイラはお前らとは話す気はにゃいとっとと消えろにゃ」
猫男はそう言うとぷいっと背を向けてしまった。
「旭様が直接お話になってみますか?」
「そうだな、少し話してみるか」
とりあえず旭は猫男に話しかけてみることにした。
「おい、もし俺がお前を買ったとしたら俺に忠誠を誓えるか? もちろん奴隷として破格の待遇はするぞ、三食腹いっぱい食わせてやるし酒も飲ませてやる。さらには金も幾許かやるぞ、どうだ?}
旭は奴隷としては破格の条件を提示する。
「にゃめるなよ人間、オイラはお前らには絶対心を開かにゃい。たとえオイラ買ったとしてもお前を殺して里へかえるんだからにゃ、覚悟しろにゃ」
なかなかの強敵だ。
旭はこの猫男は年齢と性別、ついでに魔法の素養からしても懇願してまで欲しいとも思っていなかったので早々に切り上げる事にした。
「わかった、もういい。安兵衛さん次に行ってくれ」
「承知しました」
旭達は猫男の部屋を後にして次へと向う。
「こちらにはリス系の獣人がおります。年齢は五歳程度、性別は雄です。特徴は先程と同じく腕力は苦手で俊敏性に優れています。使える魔法は種族固有の付与魔法で、その効果は足を速くし同時に噛む力を高めます。まだ幼いので初級程度しか使えませんが成長すれば中級程度までには伸びるでしょう。では覗いてみましょう」
リスの獣人で五歳程度ならさぞかし可愛らしいだろう。
だがこの獣人の能力は旭が求めているものとはかけ離れている。
「いやこの能力は俺の希望にはそぐわないので、ここは飛ばしてくれ」
わざわざ足手まといになりそうな子供に変に話してみて、情がわいたら面倒なことになりそうなので、ここは飛ばすことにした。
「そうですか。では次に参りましょう」
四人はリス族の部屋を通り過ぎ奥から二番目の部屋へと案内された。
「こちらは当店おすすめの奴隷となっております。種族は白エルフ、年齢は不明、性別は男です。こいつは魔法以外はてんで駄目ですが魔法の腕は一級品です。水属性の上級に手が届く程の腕前です。ではご案内します」
安兵衛が戸を開けるとそこには美形の白エルフが椅子に座りめを閉じていた。
「……なんだ騒々しい。こんなに大勢の人族を見るのは気分が悪い。特にそこのむさ苦しい大男はなんだ。お前の存在は私の美学に反する、さっさと出て行け」
白エルフは旭を見るなり指を差しながら罵倒しだした。
「おい! 主人になるかもしれない方に対してなんたる言い草だ! いい加減にしないか」
「うるさい、エルフたる私がなぜゴミ同然の人族に媚びへつらわなければならないのだ。お前こそ立場をわきまえよ」
「商品が傷つくと思って、我々が手を出せないと知ったらつけあがりおって」
「ふん」
安兵衛が怒鳴り散らすにもかかわらず、白エルフはそ知らぬ顔でそっぽを向き再び目を閉じる。
散々な言われようだった旭は既にこの白エルフを買う気は全くなくなっていた。
それは簡単は理由で、旭は美形が嫌いだと言う点にある。嫌いと言っても性格が良ければまだ話せるのだが、入って早々旭が少なからずコンプレックスを持っている熊吉譲りの濃い顔を馬鹿にされたため、その時点で殴りたいほど腹が立ったからだ。
そこは安兵衛が代わりに怒ってくれたためなんとか気を静めたが、その白エルフを買うつもりは毛頭なくなっていた。
「安兵衛さんもういい、出よう」
白エルフとはどう頑張っても馬が合わないと考えたため、旭はこれ以上は時間の無駄とばかりに面会を切り上げることにした。
「旭様、申し訳ございません」
「構わないよ、異民族にはあのような手合いも多いだろうよ」
部屋を出た旭に残された選択肢は結局あの猫男を買うしかなかった。
だがそこまで欲しくない者は買う必要はないなと思い、今日は購入しない旨を忠五郎に伝えようよしたその時、突然一番奥の部屋の方から魔力の放出を感じた。
それはあたかも自身の存在を知らせるかのようだった。
「忠五郎さん、安兵衛さんあの一番奥の部屋には何がいるんですか? 今かなりの量の魔力を感じたのですが」
「旭様、あの部屋には一週間ほど前に捕獲しました妖精種がおります。運よく寝ている所を捕らえらしいのですが、その妖精はここについてからようやく目が覚めたらしく、それから誰が顔を出しても相手をしてもらえず、時には攻撃を加えてくることもあるのです。もちろん魔力を抑える魔道具は装着させたのですがなぜかその妖精には魔道具の効き目が鈍く、妖精の魔力を完全に抑えきることが不可能となり、只今本店から対応できる者を呼んでいる最中なのです」
妖精とは珍しい種族が入荷されたものである。
普段妖精は剣ヶ峰村から遥西方にある大森林の中に根を張っている大樹の近辺に生息が確認されているのみの謎多い種族である。
大森林の中は上級魔獣の巣窟となっていて最上級クラスの冒険者が慎重に足を踏み入れるほど危険な場所である。
そのため妖精は一般的な暁人にとっては、そう簡単お目にかかれるものではない。
しかし妖精は理由は分からないが、時折上級冒険者が足を踏み入れている地域にまで出てくることがある。
今回も恐らく運よく遭遇しその上、妖精は捕獲した者達に気づかず寝ていたというのだから、相当な偶然が重なり合ったことになる。
旭としては先程の自身の存在を顕示するような魔力放出を受けて、少なからず妖精が自分に興味を持っているのではないかと感じ、妖精にぜひとも会ってみようと思った。
「安兵衛さん、先程のような魔力放出はよく見られるのかい」
「いいえ今回が初めてです。私としてもなにがなんだかさっぱり解りません」
「そうか……、俺はなにか自分を呼んでいるような感じかしたんだ。ぜひともその妖精に会ってみたいんだが? もちろん攻撃されても文句は言わんよ」
旭はここぞとばかり頭を下げて頼み込む、なにかここでその妖精に会わなければ後悔するような気がしたからだ。
「……旭様がそこまでおっしゃるなら私達は反対できません。どうぞお入り下さい」
忠五郎は快く旭の申し出を受け入れてくれ、安兵衛に指示を出し一番奥の部屋を開錠させた。
「さて開けてみるか、鬼が出るか蛇が出るか」
旭は商売魂を見せて先に戸に手をかけようとした安兵衛を制して自身で戸を開けた。
「何だこの光景は……」
部屋の中には天井から吊るされている、一メートル四方程度の小さな檻に入った三十センチほどの可愛らしい女の子の妖精が光をまといながらこちらを見つめていた。
旭があまりの光景に言葉を失っていると、
「クマー! クマー! あたしだよ、タマ子だよー」
と旭に向けて突然しゃべりだした。
「クマーって確かに俺は熊のような顔だがタマ子という妖精にはあったことないぞ」
旭にはまったく見に覚えがない話なので否定を入れる。
「クマはあたしのこと忘れちゃったの? あたしにタマ子って名前つけてくれたのもクマだよ」
タマ子は悲しそうな顔を浮かべこちらを見てくる。
「そう言われてもそんな記憶ないんだけどな、今からそっちに行くからよーく見てみろよ」
旭はタマ子にそう告げてから檻へと歩き出す。
「よく見てみろよ、俺はクマじゃなくて旭って言うんだ」
檻のそばまで近づいた旭は鉄格子に顔をくっつけてタマ子に顔を改めるように促す。
するとタマ子も旭の言うとおり彼の顔を凝視する。
「あれれ? 顔も魔力もクマにそっくりだけどちょっと違う、クマじゃない?」
「顔も魔力も俺にそっくりでクマってもしかして親父か……? タマ子、クマってもしかして熊吉のことかい?」
そっくりという言葉にピンときた旭は熊吉を知っているか聞いてみる。
「そうだよー、クマはクマキチ。でもあなたはクマにそっくりだけど旭なんでしょー、なんでなの?」
「俺は熊吉の子供なんだ。だからそっくりなんだよ」
「そっかー、旭はクマの子供なんだ。クマとバイバイしてからたくさんお昼寝したら子供も大きくなるよね」
タマ子の独特の言い回しに少し調子が狂うが、癇癪を起こされても困るので付き合うことにする。
「おう、沢山寝たら大きくなるよな」
「うんうん、お昼寝は大事だよねー、ところで今クマはどこにいるの? あたしクマに会いたくて森から出てきたの。だって大きくなったら一緒に冒険してくれるってクマが言ってたんだもん。だから魔法の練習もいっぱいしたんだよ」
タマ子は熊吉が亡くなったことは知らないらしい。
旭はここまで親父のことを好いているタマ子に対し真実を告げることに気が引けたが、嘘を言うわけにもいかないので覚悟を決めて真実を伝える事にした。
「あのなタマ子、これから話す事を聞いてもびっくりするなよ」
「うん、だいじょーぶ」
タマ子はこれから熊吉に会えるのがよほど嬉しいのか無邪気に笑っている。
「あのな親父は、いやクマはもうこの世にはいないんだ。今から八年以上前に亡くなったんだ」
旭の話を聞いてタマ子の顔がら笑顔が消えた。
「え、ウソでしょ? クマが死ぬはずないよ。だってクマだよ、世界で一番強いクマだよ。あたしを竜から助けてくれるくらい強いのに死ぬわけないもん」
タマ子は涙をながしながら反論する。
長年会いたかった人物がいきなり死んだと聞かされてはいそうですかと納得できるわけない。
その上、熊吉のような強者ならなおさらである。
「竜から助けるってどんだけだよ親父……、でもこれは本当なんだ。この剣に見覚えがあるだろ、これは親父の形見なんだよ」
旭は腰に差している形見の剣をタマ子に見せる。
「うん……。ひぐっ……、本当にクマ……死んじゃったんだ」
「ああ」
タマ子は熊吉が死んだのを受け入れるまでしばらく泣きじゃくっていた。
旭はタマ子の隣について手ぬぐいで涙を拭いてやった。
しばらくしてようやくタマ子が落ち着きを見せた。
「もう大丈夫だよ旭、涙拭いてくれてありがとね」
「どういたしまして、でこれからお前はどうするつもりなんだ? どちらにしろこのままじゃどっかの金持ちに売られるぞ」
熊吉に会うためにわざわざ森から出てきたが、運悪く昼寝中に捕まってしまったためタマ子に残されている未来は決して明るいものではない。
「クマと一緒に冒険するために魔法いっぱい練習したんだけど、クマがいなくちゃ意味がないよ。もうどうでもいい……」
タマ子は自暴自棄になったのかしゅんとなり、彼女を覆う光も次第に小さくなっていった。
「よかったら俺と一緒にこないか? つい最近冒険を始めたばっかりなんだ。俺じゃ親父の代わりには程遠いかもしれんが、見ず知らずの奴に売られていくよりはましだろ」
「……あたしも旭についていっていいの? ほんとに?」
タマ子の顔に笑顔が戻り光も再び輝きだした。
「もちろんだ、大歓迎さ。でどうする?」
「うん! 一緒に行きたい! タマ子、旭のことも好きだよ。だってクマと魔力も似てるし、それに話しててなんか暖かいんだもん」
「そうかそうか、じゃあ決まりだな。一緒に冒険しようぜ。あっ俺の他にもこの小吉っていう家来もいるからそっちにもよろしくな」
旭は一応小吉のことも紹介しておく。
後で紹介して毛嫌いされて面倒になるのは嫌なのだろう。
「タマ子さん、あっしは旭様の家臣の小吉っていうもんです。これからご一緒しますが仲良くして下さいね」
小吉もタマ子に嫌われないように丁寧に挨拶をする。
「うん、あたしはタマ子だよ。クマから人間は信用するなって言われたけど旭はクマと似てるから別。小吉も旭の家来なら別だよ。これからよろしくねー」
小吉は嫌われなかったようだ。
旭はほっと胸をなでおろす。
それにしてもタマ子もなかなか素直な妖精である。
旭はその愛らしい外見と性格を考えたら、熊吉が本気かどうかは分からないが、一緒に冒険しようと言った気持ちも解るような気がした。
「へい、こちらこそよろしくお願いします」
「忠五郎さん、話はまとまったぞ、俺はタマ子を買う事にする。幾らになるんだ?」
旭は後ろでキョトンとしている忠五郎に向けてタマ子を購入する意思を伝える。
「おっお買い上げありがとうございます。まさか旭様があっさりと話をまとめるとは思いませんでした。この妖精にとっても旭様に買われた方が、変な趣味を持った奴に買われるよりはるかに幸せでしょう。妖精の値段なんですが、一般的な相場としては上級魔法が使える希少種といった観点から金貨五千枚です。しかし今回は扱いに困り、恐らく売値も叩かれていたであろう妖精なので金貨四千枚でいかがでしょうか」
金貨二千枚、一般的な暁人の年収が金貨いうと約二十五枚なので、約八十年分の年収に相当する額である。
一般的な奴隷が金貨百枚、平均的な戦闘奴隷が金貨三百枚、平均的な性奴隷が金貨四百枚であることを踏まえると、タマ子の値段は実はお買い得なのではないだろうか。
「金貨四千枚か、俺は今金貨五百枚しか払うことができない。明日には変異種の報酬が出るだろうがそれでも四千枚には届かないだろう。近い将来かならず支払うので、残りはツケにできないだろうか」
旭は今後の活動に必要な分を除いた持ち金をすべて支払うことにした。
それでも足りないので忠五郎がツケを認めてくれるかどうがが事の焦点となっていた。
「私としましては、旭様のこれまでの購入実績と冒険者としての将来性を考慮いたしましたら、ツケでも全く問題ありません。ところで、旭様はご自身のお口座の残高を確認いたしましたか? 恐らくそこにはツケにしなくても支払えるだけの金額が入っていると思われます」
「なにっ、確かに口座は持っているがそんな大金は入っていないはずだぞ」
確かに旭は萬屋商店の両替部門に口座を持っているが、入っているのは小遣いや月夜野村での魔獣討伐の報酬の微々たる金額で金貨数三十枚程であったと記憶している。
「一週間ほど前に伝言を春様より預かっております。春様は萬屋商店系列全店に旭様がおとずれた時にお知らせする、といったご要望でした。そのため旭様が来店時に伝言を魔道具に表示し、その内容を書き写した私が中身を拝見してしまいました点はは何卒ご了承下さい。こちらが伝言の内容になります」
忠五郎は伝言の内容を知ってしまったことに詫びをいれてから一枚の紙を旭に手渡ししてきた。
その紙には、
『突然のことで何も用意できなかったのでお金だけはと思って、家にあるガラクタを売った分と、それにいくらかの熊吉さんがの残した分も合わせて旭ちゃんの口座に振り込んでおきました。私の方は生活していくお金は十分あるし、たくさん稼ぐんで心配しないで下さい。あまり無理なことはしないで体に気をつけて頑張ってね。 母より』
「母さん……」
旭は金を送ってもらえた嬉しさと、春を心配させてしまって大金を遅らせてしまったことに対する罪悪感の両方を同じように感じた。
「本当に、ありがとう母さん」
旭は感謝の気持ちだけ口に出した。
と同時に目標に向って全力でつき進み、どんな手段を使ってでもそれを成し遂げてやろうと心に誓った。
「忠五郎さんの言う通り、俺の口座に金が入っているなら一括で払おうと思う。今から支店に行ってそこで払いたい。その際ここにまた戻るまでタマ子を置いて行くのもかわいそうなので、一緒に連れて行きたいのだがよいだろうか」
つまり両替商で金を一括で払うから先にタマ子を檻から先に出してくれと少々無茶なお願いかもしれない。
「はい、旭様ならばもちろん構いませんよ。安兵衛、檻を開けてくれ」
「わかりました」
忠五郎も安兵衛もなにもためらうこともなく檻を空けてくれた。
信頼されていると感じた旭はさすがに嬉しい気持ちになった。
「わーい、やっと出れたー! 旭ー、あたしほんとは一人でとっても怖かったんだー、でもこれからは一緒だねー」
タマ子は檻が開けられるや否や、檻から飛び出してきて部屋中を飛び回ってから旭の肩にちょこんと腰掛けた。
はたから見れば明らかに不自然だが本人達は嫌そうではないので一応問題ないだろう。
「そうだな。これからは一緒にがんばろうな」
「うん!」
旭はタマ子の定位置を確認すると忠五郎達に向き直る。
「ふたりとも俺のことを信頼してくれて本当にありがとう。……では両替商に向うとするか」
改めて感謝の念を示してから旭達は安兵衛と別れ、忠五郎と共に四人で轡を並べ剣ヶ峰村の中心部へと向った。
ご意見ご感想大歓迎です。
できれば評価を入れてくれたり、誤字、脱字も指摘してくれるとありがたいです。