八話 奥州 初依頼
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翌日、朝早くに起床した旭達はそそくさと朝食を胃に入れると、早速依頼を受けるために馬に乗り冒険者組合へ向った。
道中は飯が逆流しないようにゆっくりと馬を歩かせると、十分程移動した所で目的地に到着した。
「ガチャ」
小吉に雪風と藤乃の面倒を見させることにして、旭は一人で冒険者組合の中へと入る。
建物の中の様子は現在朝六時半頃、冒険者達が集まってくる時間なので、むさ苦しい男達の喧騒で溢れかえっていた。
ただ旭がぐるりと見回した中にはむさ苦しい男達の他にも、女だけと思われるパーティーや女連れのパーティーも何組か見られた。
もちろん旭は自分好みの女はいないかチェックを入れたのは言うまでもない。
「あそこに人が集まってるな。恐らく依頼が貼られてるのだろう、よし行ってみるか」
旭も他の冒険者と同じように依頼書が貼られているボードに向かい、どんな依頼があるのかを確かめる。
ボードの前は人だかりになっているためなかなか前に進めなかったが、百八十センチはある長身のおかげで後ろからでも楽に依頼書を確認することができた。
「ちっ、この時間では良さげな依頼は殆ど取られちまってるみたいだな」
既に割りのいい依頼は朝早くからお勤めしている冒険者に取られてしまったようだ。
残されている依頼の中で目ぼしい物は特になかったので、旭は無制限の魔獣討伐と無制限の薬草などの素材提供の依頼をとりあえず受ける事にした。
これらの依頼は受付を通さなくても討伐部位や採取した素材を提出すれば問題ないらしい。
旭は人混みから離れて受付へと向う。
ここには来たばかりなので、剣ヶ峰周辺の地理を聞くためである。
「おはよう、とりあえず今日は周辺を散策する事にするつもりだ。ただ昨日着いたばかりなので周辺の地理には疎い。狩場などを纏めた地図があると嬉しいのだが、そのような物はあるのだろうか?」
「おはようござます。周辺の地図はですね、えーと、もちろん取り扱ってますよ。ただ地図の精度によって値段が異なってるみたいです。安いもので金貨一枚からで高いもので金貨二十枚まであります」
「随分とピンキリだな。まあこっちも命を張ってやってるんだから高い方が安心できる。金貨二十枚の奴を貰うことにしよう」
「にっ二十枚のですか、少々お待ち下さい。保管庫まで取りに行きますんで。…………こちらが金貨二十枚の地図と付随する魔獣図鑑になります」
受付嬢は鍵を持って奥の部屋から地図と魔獣図鑑を持ってきた。
さすが金貨二十枚だけあって厳重に管理されているのだろう。
「これが料金だ。改めてくれ」
そう言うと旭は懐から二十枚の金貨を出し受付嬢へと渡す。
「金貨二十枚、確認しました。今回はありがとうございました」
「おう、こちらこそありがとな」
旭は昨日の受付嬢の時のように面倒にならずあっさり地図が買えて安心した。
昨日は惣一と模擬戦を行った後さっさと退散したので、後の顛末はわからなかったがこの様子だと自身の事に関しては話が通ってると思って良いようである。
「小吉、今日は目ぼしい依頼がなかったんでこの辺を散策しようと思う。今しがた地図も買ってきた。取り合えず地図を広げてみて何処に行くか決めるとしよう」
「了解しました。じゃあ早速地図を見てみましょうよ」
旭は建物を出て、待っていた小吉共に建物前のベンチに腰掛け地図を広げる。
流石に一番高いだけあって地図には、現在冒険者達が踏み入れた領域はすべて記載されており、それ以外にも地域ごとに出現する魔獣の種類やランク、知る限りの異民族の情報などかなり詳細な情報が記されてあった。
「流石に高いだけあって色々書いてあるな。ふむ、上級以上の魔獣となると日帰りでは難しいようだ。今日はここから北西にある剣ヶ峰まで行こう。ここなら日帰りでそこそこの魔獣が出るだろうしな」
「わかりました。では早速出発しますか?」
「そうだな、とっとと行くとするか」
二人はそれぞれの愛馬に跨り村を出ると、北西にある剣ヶ峰へと馬蹄を向けた。
村自体が剣ヶ峰の麓に作られているため、山の入口までは道が整備されているため魔獣に遭遇する事もなく小一時間程で到着した。
山道の入口には休憩所設けられており、冒険者用の厩舎や簡易宿泊施設がある。
「意外と早く着いたな。おい小吉、この辺りで出没する魔獣を教えてくれ」
旭は休憩所のベンチに腰掛けると、剣ヶ峰の詳細を小吉に求める。
「えーとですね剣ヶ峰には、標高二千メートルの山頂には山の主である岩竜がいるみたいです。岩竜は上級の中クラスで、具体的には討伐には二位の魔獣です。討伐には相応の位のパーティーが推奨されています。ただこの岩竜は殆ど動かないのでこちらから手を出さない限り攻撃はしてこないと書いてあります。ですので襲撃される恐れは殆どないみたいですね」
小吉は魔物図鑑を開いて剣ヶ峰周辺の魔獣について調べている。
「なるほど。まあ岩竜はいいとして他の魔獣はどうなっているんだ?」
「はいはい、んー、山頂から六合目までは岩石鳥や大鷲などの鳥類が殆どみたいです。奴らは集団で行動します。討伐推奨位として三位のパーティーとあります。そして七合目から四合目までは岩蜥蜴、岩蟷螂、岩兎、などの魔物がほぼ単体で出ます。注意するのは岩蜥蜴の変異種です。そいつは石化能力を持ってるらしく、魔力の弱い人は簡単に石化状態にされてしまうようです。推奨位は正六位程度のパーティー、ただ岩蜥蜴の変異種は三位と難易度が跳ね上がります。最後に四合目までは森林地帯が広がっておりゴブリンやオークなどが集落を作っているようです。ただ稀にゴブリンキングやオークキングなどの上位種の出現も確認されているため注意が必要との事です」
「ふむふむ、まあつまりはどこも油断できないと言うことだな。もうゴブリン、オークは腹一杯なんで岩蜥蜴辺りを狩りに行くか。万が一、変異種に遭ってもリナから買った薬があるから大丈夫だろう」
「了解しました。あっしは旭様の後ろでちまちまやらせてもらいますね、下手したら死ぬかもしれないんで……」
「ハハハ、そんな不安がるな。いざとなったら守ってやるから安心しろ」
「ほんと、お願いしますよ……」
「わかったわかった、まあここで居座っても仕方ないんだ。馬達を預けてさっさと上まで行くとしようや」
旭は馬達を厩舎に預けると意気揚々と山道を登り始める。
小吉はなるべく旭から離れないようにぴったりとくっつきながら歩き始める。
山登りを始めてから二時間程経過した。
道中は山道が整備されていたためか、運良く魔獣に遭遇することはなかった。
さらに登るにつれ、旭の周りの景色も徐々に木々の数が減り岩肌がぽつぽつと出現し始めた。
「そろそろ道らしき道もなくなってきたな。五合目辺りまでは来たかな?」
「そうですね、地図によるとあそこに見える大岩が五合目の目印になってます。この辺りは既に危険地域なので道も整備されてないようですね、いつ魔獣に遭遇してもおかしくない状態です」
「よし、ではあの大岩を中心にして周囲を探索するとしよう。小吉、お前は地図を見ながら位置を把握をしろよ、あと魔獣を見つけたらすぐに知らせろ」
「へい、わかりました」
旭達は大岩を中心として辺りの探索を始める。
周囲は少々の岩肌以外は木々や草花が生い茂っている。
二人は槍先で草むらを掻き分けながら慎重に足を踏み入れる。
数分程探索すると、小吉が何かに気づいたようだ。
「旭様、あそこに見える二メートル程の岩、なにか不自然じゃないですか?」
「うん? あれか……、確かに少し変だな。槍先でつついてみるか」
「岩蜥蜴などこの辺りの魔獣は岩に擬態し、突然襲い掛かってくるらしいです。慎重にお願いしますよ」
小吉の言葉を聞き入れ旭が、あくまで慎重に槍先でつつこうとすると、その岩が突然蜥蜴に姿を変え二人に襲いかかってきた。
「キシャーー!!」
岩蜥蜴は急加速をして地を這いながら二人に急接近をかける。
そして攻撃範囲に入るやいなや旭の首筋を目掛け噛み付こうと跳躍してきた。
「ちっ」
旭は即座に槍を縦に構えると、岩蜥蜴の顔を目掛けて槍柄でカウンター気味に迎え撃つ。
「ドカッ!!」
岩蜥蜴にとって旭の反応速度は想像以上だったようで、その口が喉元に到達する前に槍柄によるカウンターの一撃を喰らってしまう。
そして旭は先の一撃で伸びている岩蜥蜴に間髪入れずに頭を突きとどめを刺した。
「蜥蜴如きがびっくりさせやがって。……なるほど、岩蜥蜴というだけあって背中が岩のようにごつごつしている訳か、これなら遠目からなら岩と見間違うな」
旭は亡骸となった岩蜥蜴をひっくり返しその体を観察する。
「旭様、あなたがおかしいんですよ。岩蜥蜴は単体でも一人前の冒険者がてこずる魔獣です。その不意の一撃を楽々と対処するんですから……」
「そうか? 思っていた程でもなかったがな。まあいい、とりあえずこの辺りの魔獣の強さもわかった。この勢いでどんどん狩るとしようぜ。あと素材はお前が剥ぎ取って置けよ、その間俺は辺りを警戒してるからよ」
「旭様、岩蜥蜴は皮も肉も売れるみたいですよ。肉まで持つのは大変だと思うんですがどうしますか?」
「とりあえず皮だけ剥ぐとしよう。肉は狩が終わって荷物に余裕がある分だけ持って帰ろう」
「了解しました。じゃあ取り合えず皮だけ剥ぎ取っておきますね」
「ああ頼む」
その後、小吉は慣れた手つきで素早く岩蜥蜴の皮だけを剥ぎ取った。
「よし、終わったようだな。次の獲物を見つけるぞ」
旭は小吉が皮を剥ぎ取り袋に仕舞ったのを確認すると、足早に次の獲物を求め再び歩き始める。
狩りを始めてから二時間程経過しただろうか、旭は一匹目の魔獣を狩ってからも順調に討伐を続けた。
その成果は岩蜥蜴から始まって、岩蟷螂、岩兎などこの周辺で出現する粗方の魔獣に及んだ。
討伐数も既に二十匹に到達した所だ。
この周辺は変異種の岩蜥蜴を恐れているためかあまり冒険者が訪れていないようだ。
そのせいか魔獣がいいように索敵に引っかかる。
出現する魔獣も単体で稀に複数同時に出現する程度なので、旭が本気で相手をすればどの戦闘も一分以内でけりがついた。
「旭様、水です」
「おお悪いな。ふー、それにしても思ったよりも手ごたえがなかったな。それに小吉、お前の袋もそろそろ一杯になってきたようだな。いいとこだし一旦大岩まで戻って昼飯を兼ねて休憩してから帰るとするか」
「そうですね、思っていたより上手く行きましたね。あっしもお腹が空いてきました、早いとこ休憩しましょう」
「よしそうと決まればとっとと戻るとするか」
二人は狩りを切り上げ大岩へと戻ることにした。
しばらくして大岩の付近まで到着すると、明らかに先程とは異なる光景が二人の目に飛び込んできた。
「旭様……、大岩が二つありますよ。あっしの目が狂ったんですかね?」
「小吉、俺も二つに見えるぞ。だがよく見るともう一つのは一回り小さいな、三~四メートルといった所か」
「あれってもしかして噂の岩蜥蜴の変異種なんじゃないですかね? だとしたら相当厄介ですよ、三位パーティーが討伐推奨ですから……」
「恐らくこれまでの経緯からして八割方そうだろうな。……俺は魔力は常人よりも遥に高い、奴の石化攻撃もある程度は耐えられるだろう。お前は後ろに控えて俺がやばそうになったら解毒剤を俺に振りかけろ、わかったな?」
「わかりました、旭様御武運を……」
「よしっ、いくぞ」
旭は変異種に向って一直線には駆け出さずに、近くにあるそれなりの大きさの石を拾い変異種の頭を超えるように投げる。
「ドスン」
数秒後、二人から変異種を中心として反対側に石が落ちた。
「グルァ!」
旭の予想通り石が落ちたことで生じた音に変異種は何事かと反応して体を音の聞こえた方向に向ける。
旭はその隙を逃さずに、無防備な尻尾を目掛けて全速力で近づき槍を突き出す。
「ギャァァーー!」
その突きは見事変異種の尻尾に命中する。
変異種は石化魔法込みで推奨位が三位なので、それさえ抜いてしまえば討伐難易度は数段落ちると旭は考え、上手く先制攻撃を加える事でそのまま押し切ってしまおうと画策したのだ。
「まだまだだっ!」
先制攻撃の成功に満足せず、旭は間髪入れずに二の槍、三の槍を放つ。
この素早い連撃は旭の攻撃の真骨頂でもある。
重量のある槍を用いた重い一撃をかました上に、再びそれを畳み掛ける。
このレベルの攻撃を仕掛けられる人物はそう多くはいないだろう。
まさに旭の人並み外れた身体能力が出来る荒業である。
「グギャャーー!」
旭の連撃は面白いように不意を付かれた変異種の体に突き刺さる。
だが変異種の後方からの奇襲だったため急所となる頭部への攻撃はできなかった。
計五発の突きを喰らわせた所で、変異種は旭から逃げるように離れ距離をとった。
距離をとった変異種は旭の方を向き直し魔力を集中し始める。
「小吉、恐らく石化が来る。やばくなったら頼むぞ」
旭は小吉にそう告げると変異種に向けて突撃を開始する。
石化魔法を放つまでによほどの凄腕でもない限り魔力の溜め時間が数秒はあるはずなので、それまでに一撃でも多くの攻撃を入れようと考えたのだ。
「おりゃぁ!」
掛け声と共に全力の突きを変異種の頭部目掛けて連発する。
変異種も魔力を溜めながら必死に旭の突きを頭部を回しながら回避している。
「ギャフッ」
数発の突きを完全に裁ききれずに最後の一撃が変異種の頭部を掠めた。
しかしそれと同時に魔力も溜めきったらしく、素早く旭に向けて石化魔法を放ってきた。
「フンッ!」
旭は魔力を集中させてそれに対抗しようとする。
最初の数秒間は耐えきれていたものの、悔しいかな変異種の攻撃は現在の旭の魔力では耐え切れる事が出来なかったようで、徐々に旭の足元が石化しだした。
「クッ……」
「旭様! 解毒剤です!」
小吉が絶妙なタイミングで旭に解毒剤を振り掛けた。
するとその効果は恐ろしいほどてき面に現れ、数秒もしない内に石化が解消された。
旭の石化が解除されると同時に石化魔法の効果も切れた。
焦った変異種は再度石化魔法を放つべく溜めを開始する。
「させるかよ!」
旭は再び溜めに入った変異種の頭部目掛けて突きの連撃を放つ。
今回は先程の攻撃で頭部を掠めたためか変異種の動きが鈍くなっている。
「グチャッ!」
旭は四発目の突きで変異種の頭部に致命傷といっても過言ではない一撃を叩き込むことに成功した。
変異種の頭がガクッと落ちる。
しかし旭は油断せずに頭部に数発の追撃を加えた。
すると流石の変異種も力尽きたようで地面に倒れこんで暫くピクピクと痙攣した後、微動だにしなくなった。
「はぁはぁ……、なんとかなったようだな」
「やりましたね、お見事でした」
「お前の解毒剤がなければ正直やばかった。小吉、ありがとうな」
「いえいえ、いわれた事をやっただけですよ」
「だがお前がいなければやられていたのも事実だ。流石にこのクラスになると一筋縄ではいかないな」
「そんな事ないですって、旭さんほぼ一人で三位の魔獣を討伐したんですから旭さんの力量は少なくとも三位以上って事になりますよ。おそらくその位の冒険者は数える程しかいませんぜ」
「まあそれはそうだが、事実今回の戦いで一人での討伐に壁を感じたのも確かだ。将来的には一人で竜を倒せる位まで強くなるつもりだが、直近の問題としては腕の立つ家臣の一人は欲しいかもしれんな」
「あっしがもう少し腕が立てばよかったんですけどね……」
「お前は他で十分役に立っているから気にするな。まあその件は後で考えるとして、取り合えずこいつは丸ごと持って帰りたい、時間がたつ前に血抜きをしておこう」
「……そうですね。あっしもお手伝いしたしやす」
二人は優に一トン以上はあるであろう変異種を、旭の怪力によって近くの木に槍を梃子の原理を用いて、なんとかつるし上げて首筋を切り、血抜きを行った。
その後に内臓も摘出して幾分軽くなった変異種と旭の腰回りを紐で括りつける。
せっかくの変異種の肉なのでなるべく劣化を防ぐために、二人は昼食を取らずに変異種を引っ張りながら急いで下山を開始した。
下山には変異種を慎重に運んだためか登りと同じく二時間程を要した。
一トンも超える物体を引いて降りたのだから仕方がないのだろう。
山の入口の休憩所では旭が変異種を引いてきたためちょっとした騒ぎになったが、二人はすぐさま馬二頭引きの台車を借りると、そこに変異種の死体を載せて村へと急ぎ帰還した。
台車の速さにあわせたため多少行きより時間は掛かったが、山の入口を出発してから一時間半ほどで剣ヶ峰村に到着した。
剣ヶ峰村に到着すると予想していた通り旭は注目の的となった。
上位パーティーでもてこずる魔獣を、従者と思われる人物とのたった二人で討伐したから当たり前ではある。
旭は周囲からの視線を遮るように一直線に冒険者組合へと向った。
程なくして冒険者組合に到着すると、小吉に獲物の見張りを任せて旭は受付にかけ寄る。
「岩蜥蜴の変異種を討伐した。獲物も建物の外に丸ごと持ってきている。下処理も出来る限りの事はしたつもりだ。売値が落ちる前に早く残りの処理をしてもらいたい」
旭は先程の戦闘の興奮が冷めていないのか早口でまくし立てる。
「岩蜥蜴の変異種ですかぁ!? あれは三位以上のパーテー推奨の魔獣ですよ。昨日来たばかりの七位のあなたが討伐できる訳ないでしょ」
受付は運が悪い事に昨日の頭の固い女である。
「ごちゃごちゃ言う前に実際外に現物があるから見れば判る。さっさと対処してくれ」
旭は怒鳴りたい気持ちを抑え、できる限り冷静に状況を説明する。
「分かりました。では外に出て確認します」
なにやら外の様子が騒がしい事に気づいたのか、頭の固い受付嬢も無視する事ができなくなったようだ。
「なっ……、まさか本当に……」
頭の固い受付嬢はまさかの事態に固まってしまっている。
「おいおい、あまりの出来事に固まるなよ。こちらとしてはさっさと応対して欲しいんだがな」
旭はここぞとばかり馬鹿にされた借りを返すべく嫌味ったらしい言葉を発する。
「ハッ、これは私の裁量では判断できません。組合長を呼んできます」
受付嬢もさすがはプロなのか旭の嫌味には反応しないで、組合長である惣一を呼びに急いで建物の中へと入っていった。
それから一分と経たないうちに、急いで受付嬢は惣一と共に旭の元へと帰ってきた。
「旭君、一応聞くがこれは君がやったんだよね?」
惣一が信じられないといった表情で旭に問いかけてくる。
「ああ。多少従者の小吉の助けがあったが、殆ど俺が倒しましたよ」
旭は自身の強さを誇示するように当たり前だと言わんばかりの表情、すなわちドヤ顔で惣一に返答する。
「こいつをほぼ単独で討伐するなんでにわかには信じられませんが、現物を目の前にしては信じないほうが無理でしょうね。それにこれほどの状態の物はなかなか見られません……。みなさん時間が経つ前にこいつを解体して下さい。それから塩水に浸して血抜きをしましょう。水に血の色が付かなくなるまで水を取り替えて下さいね。恐らく人手が足りないんで肉屋の店員も呼んできて下さい」
惣一は職員にテキパキと指示を出し終えると再び旭に向けて口を開く。
「旭君、正直これにはびっくりしました。もちろん獲物は適正価格で買い取らせていただきます。ただ査定に時間がかかりますので明日また来てもらっていいでしょうか?」
「ああ、こちらとしては問題ないですよ。俺達はこれから飯に行きたいんで他の素材だけさっさと買い取ってもらえませんか?」
「わかりました。では変異種の処理は我々に任せて、中に入ってください。素材を鑑定しますので」
旭達は惣一に促されて建物内に入り、討伐した岩蜥蜴、岩兎の皮、岩蟷螂の鎌を計金貨二十枚で買い取ってもらった。
普通の魔獣でもなかなかの高額で買い取ってもらったため、変異種に至ってはいったい幾らになるのかと期待に胸を膨らませながら旭達は冒険者組合を後にする。
「流石に腹が減ったな。どっか旨い店に行きたいが弁当を捨てるのも勿体ないし、あそこの広場で飯でも食うか」
せっかく村に戻ったのでどこか店に入ろうと思ったが、持参した弁当を捨てる訳にはいかないので近くの屋台で暖かい汁物を買ってから村の広場で食事をとる事にした。
馬を預けた後、二人は広場に行って遅い昼食を食べながら先程の戦闘を振り返る。
「さっきの石化魔法は厄介だったな、それがなければあいつは位としては一段落ちるだろう。石化無しなら俺一人でいけそうだな」
「あの変異種も旭様との力勝負では叶わないと見て、溜め時間の危険をおしてまで石化魔法を連発しようとしてきましたよね」
旭は実際上級に区分される魔獣と対峙してみて、純粋な力勝負であれば通用するであろう自信を得ていた。一方で、上級クラスの魔獣が放つ魔法の一類である石化魔法を完全に防ぎぎることができなかったのは不安が残る結果となった。
「そうだな。現在の状況では魔法攻撃が俺達の弱点になっているのも確かだな。誰か魔法の素養のある人物の協力が必要だな。小吉、だれかあてはあるか?」
「うーん、上位魔獣に対抗できるような魔法の腕がある人物ですかい? そんな人はどこかの有力者のお抱えか、それ以外ならそれこそ数えるほどの上位冒険者の一握りの魔法士ですからね。そんな人物そう簡単にはいませんよ。あえて挙げるなら組合長の惣一さんか、黒エルフのハーフのリナさんですかね」
「俺もぱっと思いつくのはその二人だな。だが惣一さんを仲間にできるわけないし、リナ関してはまだ知り合ったばかりで仲間になってくれるにしてもしばらくかかるだろうな」
魔法が使える上位冒険者は希少な存在で、そう簡単に仲間に出来る訳はない。
旭は十五になったばかりなので、魔力の伸びしろは十分あるが一週間後に劇的な成長を遂げられる保障はどこにもない。
「んー、あんまり期待はできやせんが、ここは対魔獣の最前線だけあって奴隷取引が盛んみたいです。遊郭の外れに何件が奴隷商館がありましたんで一応見るだけ見てみませんかい?」
剣ヶ峰村は冒険者の戦闘のお供、荷物運び、果ては性処理のためなど様々な用途に奴隷の需要がある。
「奴隷か……、俺には戦闘奴隷はむさ苦しい男のイメージしかないのだけどな。それに魔力の高い奴隷などここじゃ滅多に出ないだろ」
旭の言うとおり、魔力の高い異民族の奴隷は滅多に入荷されないため、稀に入荷があったときは得意先の有力者や豪族に優先的に卸されることが殆どである。
「まあ万が一っこともあるじゃないですか。それにここには萬屋商店系列の奴隷商館もありますよ」
萬屋商店は旭一家御用達の商店だ。
その規模は暁国でも三指に入る大規模商会である。
「そうなのか……、萬屋商店なら多少は顔がきくかもしれないな。よし、だめもとで行ってみるか」
旭は昼食を食べ終えると、どうせ目ぼしい奴隷などいないだろうという軽い気持ちで奴隷商館へと足を運ぶことにした。
ご意見ご感想大歓迎です。
できれば評価を入れてくれたり、ここ変だぞと言った点も指摘してくれるとありがたいです。