七話 奥州到着 黒エルフのお姉さん
本日最後の投稿です
柴田山城を後にした旭達は北暁街道を道なりに北西へと進む。
小吉にも馬を買い与えたお陰で移動のペースも順調である。
ちなみに買い与えた馬は、暁国産の牝馬である。
雪風に比べたら見劣りするが、値段も金貨六枚しただけあり暁国産の中では質の良い馬だ。
小吉は既に牝馬に藤乃という名をつけ、まるで長年恋焦がれた思い人のように可愛がっている。
一行は丸二日かけて距離にして六十キロ程を進むと奥州との州境へ到着した。
奥州は暁国の北西端に位置し、その面積は全州で一番広く、その領域は州の西端にある大山脈まであるとされている。
だがその実情は暁国が勝手に定めた事であり、実質支配している地域は公表している面積の五分の一にも満たない。
その理由は主に二つ挙げられる。
一つ目は、強力な魔獣の存在である。
奥州に入るとすぐに中級以上の魔獣が頻繁に出現する。
さらに西進すると上級以上の魔獣が出現するようになる。
中級程度までなら豪族の私兵程度でもなんとかなるのだが、それ以上となると数百以上の兵、又は上位の冒険者の助力が必要になる。
そのため奥州のような田舎に根付く勢力では、多くの被害を払ってまで西側を開発する地力もないし、またその魅力も感じていないのである。
二つ目は異民族の存在である。
暁国の手が及んでいない地域には様々な種族が存在する。
彼等は強力な魔獣が跋扈している地域で暮らしているだけあって、各種族単位でも精強な軍に匹敵するか、それ以上の戦力を有していると考えられている。
いくつかの種族とは交流はあるものの、外部との接触を嫌う種族や、さらに奥地では暁国も知らないような種族も存在するため、おいそれと手を出す事はできないのが現状である。
それらの理由から奥州の開発は遅々として殆ど進んでいないのだ。
そのほぼ放置されていると言ってもいい開発の中心を担っているのが冒険者達である。
冒険者の働き場は主に暁国辺境や国内の迷宮などの、中級以上の魔獣が多く出現する地域になる。
特に旭達がこれから向う奥州の未開地には、国内でも一部の迷宮とならんで特に強力な魔獣が出現するため腕に覚えのある強者たちが集結している。
旭達は州境の鞍馬村で一夜を過ごすと、翌日からの北西に進み十日目の旅程で奥州最大の町の北府町に到着し、それからさらに泉町、檜山町の主要都市を抜け、十七日目に暁国の支配領域の最西端となる剣ヶ峰村へ到着した。
その名の通り三千メートルを超える剣ヶ峰の麓に作られたこの村は、ほぼ冒険者専用の商売を目的に作られており、人口の約一万人弱の八割が冒険者向けの商売に従事している。
名前は村だが冒険者の人数約千人と合わせると規模としては町と言っても過言ではない。
村の中に入り一部屋一泊小金貨三枚の安くはない宿を取り、雪風と藤乃を厩舎に預けてから二人は冒険者組合に向う。
またここ剣ヶ峰村には冒険者組合の他にも冒険者連合、狩人協会といった他の組織も出店している。
暁国中から冒険者が集まっているので、三店がそれぞれがサービスを競い合っても十分利益が上げられるからである。
二人は上記の連合、協会を横目に目的地の冒険者組合に到着しさっさと中へ入る。
受付へ向う間、周囲の冒険者が新入りの旭を見定めるような視線を送ってくるが、旭はそれを平然と受け流し受付の女性に話しかける。
「どうも、七位の旭という者だ。こっちは俺の従者で小吉朗だ、位は従九位だ」
「こんにちわ。旭さんと小吉朗さんですね、旭さんはと……、って十五歳になったばかりですか!?」
「ああそうだが何か問題があったか?」
旭は剣ヶ峰村までの道中で十五歳の誕生日を迎えていた。
「問題大有りですよ!! ここは強力な魔獣が出るので有名なんですよ! あなたみたいな若者が舐めてかかったらすぐ死んじゃいますって」
「問題ないよ、俺はここが上級以上の魔獣が出る所だって知って来たんだ。連れの小吉はともかく俺はそう簡単に死ぬつもりはない」
「……、あっしも自分の身は守る程度にはやりますよ。旭さんの影に隠れてですけど」
二人は無理だと言う受付嬢に対しそれぞれの言い方で反論をする。
「そう簡単に信じる事は出来ないわよ、だってここの冒険者の平均の位は六位なのよ、それに彼らはちゃんとパーティーを組んでいるわ。だから従者の彼を除くと実質七位の旭さん一人じゃ力不足なのよ! どう? これだけ言えば無理だって解ったでしょ?」
受付嬢は興奮してきたのか最初の口調から大分崩れてきた。
旭の横では受付嬢の話にびびったのか小吉が青い顔をしている、だが旭の知ったことではない。
「そう興奮するな。心配してもらっている所悪いが、いくら忠告を受けても俺は引く気はない」
「んなっ、ほんとに聞き分けの悪い人ですね。でも、たとえあなたが引かなくても依頼を発効する権限はこちらにあります。仕方が無いけどあなたの為を思って旭さんには依頼を受けさせない事にします。今後あなたが依頼を受けられる条件は、平均七位以上かつ三人以上のパーティーを組んでからです。改めてパーティーを組んでからまた来て下さい」
改めて拒否されてしまった。
だが旭も態々奥州の辺境まで来て尻尾を丸めて帰る訳には行かない。
「そちらがそう言うのなら俺は構わない。ただ俺は組合を通さずに勝手に魔獣を狩るか、連合、協会に話を通すだけだがな。最悪他の二店で仲介してもらえなくても魔獣の素材は売る事ができるしな」
「……」
受付嬢は黙ってしまった。
旭に対する対応に困っているようだ。
おおよそ、もし競合する二店に冒険者を取られてしまった場合は自分の責任になるし、旭は組合を通さなくても魔獣を狩ると言っており、もしそれが形になった場合もみすみす有望な若者を追い返したとしてそれが自身の負い目になるとでも考えているのだろう。
「少々お待ち下さい。今から上の者に話をして来ます」
そう言い残し彼女は奥へと姿を隠した。
それからしばらくして彼女は三十代半ば程の眼鏡をかけたシュッとした感じ男性を連れて旭の前に戻ってきた。
「こちらは剣ヶ峰支部長の惣一です」
惣一は旭に向けて会釈をすると早速話しを始める。
「旭君、あなたの事は先程調べさせてもらいました。特に先日の赤野銀山城の戦いでは特筆すべき活躍ぶりだったようだね。私はその功績を評価して特例として依頼の受注を認めてもいいと思うのですが、そう簡単に特例を許可しては他の冒険者の不評を買う恐れがあります。なのでここは一つ試験を行いたいのだがよいでしょうか?」
「試験? あまりにも理不尽な事でなければ構いませんよ」
「ありがとう。何そう面倒な事ではないよ、ちょっと私と手合わせしてくれればいいだけです」
「惣一さんとですか?」
「私はこう見えてもそこそこやるんだ。今はある事情で一線から引いているけど以前は三位だったんだよ」
「そうよそうよ、本当なら惣一さんに相手してもらえるなんてありえないんですからね、今回は特別なんですよ」
受付嬢が横槍を入れてくる。彼女はどうやら惣一に気があるようで、彼の事を目を輝かせながら見つめている。
少々頭は固いが、肉付きもよく顔立ちも中々可愛らしい娘だったので旭としては少しがっかりした。
「そうなんですか。俺としては全然構いませんよ」
旭としても惣一の言が真実であれば腕試しをする絶好の機会となるので異論はなかった。
それにこの色男に一太刀浴びせてやろうという、ちょっとした逆恨み的な考えもあった点も入れておく。
「ふふっ、この年にして余裕たっぷりですね。その態度が十分後に変わってなければいいですけどね。では早速試験と行きましょうか、付いてきなさい」
旭達はは惣一に促されるまま組合の建物の裏手に出た。
そこは練習場となっており、今も何人かの冒険者が訓練をしている。
「ここなら気兼ねなく手合わせできるだろう。さあとっとと始めようか、君さえよければ打ち込んできたまえ」
やる気になったのか少し偉そうな口調になった惣一は木刀を構え旭を呼び込む。
「ならば遠慮なくやらせてて貰おう!」
舐められた気がして少々腹を立てた旭は話し終えると同時に獣のような勢いで地を蹴り惣一に突進した。
旭は惣一よりリーチが長いのを利用し、彼の攻撃範囲外から木刀を突き出す。
並みの冒険者なら突きのスピードについていけずあえなく餌食になるのだが、流石は元三位の冒険者である、華麗なバックステップで紙一重で旭の突きを避わす。
だが旭の放つ突きの鋭さには面食らったようで、顎先からは冷や汗だろうかぽたぽたと水滴が垂れている。
「ふー、さすがに口だけではないみたいだね、想像以上だ。さすがに私も本気をださないといけない、って――」
旭は惣一の言葉など聞いていない風に、一瞬で距離を詰めて突きを連続して繰り出す。
惣一はそれらをバックステップや横とびで避けていたが次第に余裕がなくなってついに横に跳んで着地した際に一瞬の隙が出来た。
旭はその隙を逃さずに木刀を惣一の脇腹目掛けてなぎ払おうと跳びかかる。
「まずいっ、氷槍!」
しかしその瞬間、そう惣一が叫ぶと彼の指先から旭の眼球目掛けて小さな氷の槍が飛んで来た。
「ふんっ!」
旭はここで避ければ折角の好機をフイにしてしまうと思い、体中に魔力を張り巡らせて一般人の額なら突き抜くであろう氷の槍を額で受け止め、同時にがら空きとなった惣一の脇腹に攻撃を見舞った。
旭の額は氷槍をまともに喰らい皮膚が切れ血が流れているが、ここは肉を切らせて骨を断つだ。
「ゴツンッ!」
「ぐはっ……」
惣一は魔法を放たなかった片腕で気持ちばかりの防御をしたが、流石に旭の怪力に耐えられるはずもなく衝撃音と共に惣一が差し出した木刀はへし折られ体ごと五メートル程飛ばされてしまった。
「まだまだっ!」
旭は元三位の冒険者なのでこれで『勝負あった』と油断する事無く追撃をかけようと惣一に接近をかける。
「おりゃあぁ!」
一瞬で距離を詰め、うつ伏せになっている色男に一撃を叩き込もうとするが、その一振りは寸でのところで惣一に海老反りのような形で回避されてしまった。
しかし彼を見ると脂汗をかきながら脇腹を押さえている、恐らく相当ダメージがあるのだろう。
そんな相手の事情などお構い無しに無情にも旭はととめを刺そう木刀を振りかぶる。
とその時、
「待ってください。私の負けです」
この一撃を喰らってはただでは済まないと思ったのだろう、惣一が白旗を揚げた。
それに応じて旭も振りかぶっていた木刀を腰に納める。
そしてうずくまっている惣一に声を掛ける。
「脇腹は大丈夫か?」
「恐らく折れてはない……、だがひびが入っているかもしれない」
「それは済まなかったな、あんたが強かったからつい思いきりやっちまった。ひび位なら今すぐに治してやるよ」
旭はしゃがんで惣一の脇腹に手をかざし魔力を集中させる。
「はあっ!」
数秒間の魔力を蓄え、患部に向け初級回復魔法、通称『治癒一』を放つ。
すると惣一の患部に魔力の塊が輝きながら吸収され始めると徐々に骨のひびが回復していき、魔力の光が消える頃には負傷した部分はある程度修復されていた。
「もう一発行くぞ」
さらに同じ事をもう一回繰り返すと、惣一の骨のひびは完全に無くなり元通りになった。
「すまない……。回復魔法が使えるのは知っていたがその年でここまで使えるとは素晴らしいですね。その上、切り合いに於いても魔法まで使った私を打ち負かすとは正直恐れ入りました。第一線は退いたが、まだ四位程度の腕はある私をね。……正直あなたの事を見くびっていたようです、申し訳なかった。旭君ならここでも十分やっていけるでしょう、そして要望通り特例を認めます。今の戦いぶりを見せられては他の者も納得せざるを得ないでしょうよ、それに君のような人材を逃す事など支部長としても出来る訳ないですね」
惣一はずれた眼鏡をキリッと掛け直し、文句はないよなと言わんばかりに辺りを見回すと、他の訓練中の冒険者や職員も無言で首を縦に振っていた。
皆、惣一の実力は痛いほど理解しているので、旭の底が見えない強さにある意味恐慌しているのかもしれない。
「了解した、あなたの強さも中々だったぞ。今までやりあった中でもあなたより強かった人は、親父と領主様だけだ」
熊吉が強いのは当然として、宗光もかなりの使い手だったのだなと旭は感じた。
同時にその宗光を凌ぐ自身の実力に関しても改めて自信を深める。
一方で熊吉のように上には上がいると思い慢心することもなかった、慢心は命取りになることを旭は熊吉らから痛いほど教えられてきたからだ。
「そうですか、私としては『大熊』と比較されるだけでも光栄ですよ。領主様とは沼田宗光様ですね? 彼も上州では名の知れてた人物ですね」
「ああそうだ」
「それなら旭君の強さにも納得いきます。幼い頃からその二人を相手に訓練してきたならば……」
「そうなのか。まあそれは置いといて早速明日から依頼を受けさせて貰うよ。今日は着いたばかりで疲れているのでこれで失礼させて頂くよ」
「わかりました。ではまた明日……」
話に付き合うと色々長くなりそうなので、旭はとっとと退散する事にした。
小吉から手渡された手ぬぐいで汗を拭きながら練習場を後にする。
「旭様、お疲れ様でした。で今日はこれからどうしましょうか?」
「まだ日暮れまでは時間が有るな、取り合えず飯食ってから少し村を散策してみるか」
「了解しました。お供いたしやす」
小吉は旭を信頼しているのか旭ならこれ位は当たり前だと言わんばかりの態度だ。
さっきは受付嬢の話に顔を青くしていたのに、現金な奴である。
それはさて置き、二人は組合を出てから適当な定食屋に入り食事を済ませると村を散策し始める。
村の中にある案内所で話を聞いたところ、村には武器屋や道具屋など以外にも娯楽施設としての賭場や遊郭など冒険者が飽きないように様々な施設があるようだ。
旭達は村を歩きながら、足を運んでみて目ぼしい店があったら小吉にメモさせている。
何件か店を覗いた所で、ふと路地裏に一軒の気になる店があった。
そこは他の店と異なり明らかに雰囲気が違った。
木製の軽くシミの付いた扉はまるで客に入ってくるなといった感じでしっかりと閉められており、すべての窓にもカーテンが掛けられており外からは中の様子がまったく窺えなくなっている。
怪しい外観のため客はまったく入っていない感じだが、逆にそれが旭には興味をそそられたようで臆すことなく扉を開いた。
中に入ると店内は殺風景で商品は殆どなく、陳列されているいくつかの商品はカウンターの下の棚に置かれているだけだった。
そしてカウンターには店主であろう、胸が半分は見えているであろうロングワンピースを着た妖艶な雰囲気をまとった褐色で爆乳の女性が座っている。
「あらいらっしゃい。珍しいわねこんな若い子が来るなんて」
「ゴクリ」
旭は女性の言葉など耳に入らず、また商品を見る気など全然起きずにただ女性の胸に目が釘付けになり、思わず生唾を飲み込んでしまった。
「あっ、ああ、何かここは雰囲気が違ったんで思わず足を運んでみたんだ」
旭は何とか理性を取り戻し胸から視線を上げ、当たり障りのない返事をする。
「ふふっ、ここは一応道具屋をしているわ。よかったら見ていってね」
女性は旭が胸を見ていたことなど判りきっていたが、それを咎める事すらせずむしろそれを追認すらするような笑顔で旭に接してきた。
「おう、じゃあ早速見せてもらうとするよ。……ってこれはすごいな、並べられているものすべて一級品ばかりじゃないか」
旭が目にした陳列されている回復薬、各種の解毒剤などは中級魔法と同等の効果を持つ物で、また数点の魔道具も彼が実家で使用していた一級品には劣るがそれに準じる質である。
「あら一目でこれらの良さが判るなんてすごいじゃない。なかなか見る目があるわねお兄さん」
「まあそれなりに良い物は見てきたからな。それより言っちゃ悪いがこんな所にこれほどの物が置いてあるなんて思いもしなかった。薬類は場所柄判るとしても、魔道具類は大商店でなければ取り扱ってないレベルの品だぞ?」
「そうね、あなたの疑問も解らなくはないわ。その点はあなたが商品を買ってくれれば教えてあげるわよ。なかなかお客さんが来なくて困ってた所なの、良かったら買ってって欲しいな」
女店主は色っぽい表情を浮かべながら前かがみになり商売気を出す。
「うほほっ、……あなたがそう言うのならやぶさかでもない。ならば取り合えず薬を適当に見繕ってくれ」
「ありがと。じゃあお二人分の常備薬を用意するわね」
「ああ、頼む」
「旭様、おいらの分まですいません」
旭は礼を言う小吉に気にするなと手で相槌を打つと、近くにある椅子に腰掛け商品を待つ。
「用意できたわよ。内訳は回復薬五つに解毒剤が三つね、解毒剤は毒、麻痺、石化、睡眠とか大体の症状には効くわ。回復薬は一つ当り小金貨五枚で解毒剤は小金貨八枚なんで二セットで金貨九枚と小金貨八枚ね。でもまた来て欲しいから金貨七枚に大サービスしてあげるわ」
値段は春の中級回復魔法の小金貨三枚と比すると少し高いが、持ち運びできる点を考慮に入れれば十分良心的な価格だろう。
「値引きしてくれてありがとうな。金貨七枚だ、確認してくれ」
「確かに受け取ったわ。それにしてもあなた簡単にこんな大金を出すなんて……、見かけによらずお金持ちなのね」
「まあ金はそこそこあるんでね。ところで言われた通り薬を買ったぞ、さあさっきの疑問に答えてもらおうか?」
「わかったわ、どうせあんな大金なんて払えないと思ってたけど……、事実払ってくれたものね。約束は守るわ。あんまり言いたくないんだけど仕方ないか……」
そう言うと女店主は肩下まで伸びていた髪を後頭部までかき上げ隠されていた長耳をあらわにする。
「こういうことよ」
「なるほど、あなたはエルフか。いやエルフは確か肌が白いはずだ……、もしかしてあなたは黒エルフか?」
「うーん、半分正解ね。わたしは黒エルフと人族とのハーフなのよ」
「人族とのハーフなんて珍しいな。だがそれだけではこれだけの商品を用意できる理由にはならんぞ」
黒エルフ、白エルフは総じて人族より魔力が高くかなりの割合で魔法適正があると聞くが、旭の目の前にある魔道具は少なくとも上級に近い魔法の素養がなければ作ることはできないだろう。
「そうよね。私も詳しく話す訳にはいかないけど、薬学は母から教わったのよ。魔道具も母から教わった知識で私が作っているわ」
「だがここには数種類の属性の魔道具が置いてある。一人では作れる訳ないだろう」
「まあね。私の属性の物は自分で作っているけどそれ以外は他から仕入れているわ、何処とは言えないけどね」
「そうか……、その話はこれで十分だ。それにしても一人でここまでの品を用意できるなんて凄いな。ならばここも当たり前のようにもっと繁盛してもいいと思うのだがな」
「それはあなたの基準なのよ。普通の冒険者はこんな高い薬は買わないわ。かと言って安い薬を置いて変な人に来られても面倒だしね。それに私の種族的にもあんまり多くの人に来てもらうのもちょっとね」
「そういうもんか……。俺としては種族など関係なくあんたみたいな美人とはぜひ仲良くなりたいんだがな……、早速だが夕飯にでも行かないか? もちろんおごるぜ」
旭は女店主の体ももちろんだが、その魔法の腕にも目をつけぜひ懇意になりたいと思い食事に誘った。
ただ旭の脳内では前者の考えが八割以上を占めていたのは言わないお約束だ。
「うふふ、ありがと。でもまだ一回目だからなぁ……、何回か来てくれたらもっと仲良くなれると思うわよ」
女店主は前かがみになって胸元を露にしながら旭に艶めかしい表情を向ける。
「おほほーっ、……そうだなまだ初めて出会ったばかりだからな、今日はここらで退散するよ。最後にあんたの名前を教えてくれ、俺の名は旭だ」
旭も女店主の目線にあわせて前かがみになりながらも、勤めて冷静になり名を告げる。
女の爆乳はまだ若い旭にとってはかなりの威力があったようだ。
「うふふ、私はリナって言うわ」
「そうかリナというのか良い名だな。よしっ、なごり惜しいが今日は出るぞ。しつこい男は嫌われるんだ、なっ小吉よ。リナさんまた来るよ、じゃあな」
「今日はありがとうございました。また旭さんのお越しを待ってるわ」
旭は既にばれているので開き直り前かがみになるのはやめて堂々と小吉を連れて店を出た。
「ふう、なかなかいい店だったな」
裏路地を歩きながら満足したような表情で旭は小吉に話しかける。
「旭様はあのリナという黒エルフの体が気に入ったんでしょ?」
「まあそれは否定しないが、リナの魔法に興味をもったのも確かだぞ。彼女の腕はかなりレベルが高いと見た、仲良くなっていい関係になれれば、俺の仲間になってくれるかもしれないしな」
「そう簡単に上手くいきますかねぇ」
旭はリナ程の実力を備えた人物が在野に埋もれている事に驚きを感じていた。
リナほどの魔法の腕があれば既にどこかに雇われていてもおかしくはない。
恐らく彼女は種族的な問題のせいで、一人辺鄙な場所に店を構えているのだろう。
暁国は人族の国ある。そのためエルフなどの異民族には差別とまでは行かないが奇異な目を向けられることが多い。
まあ生まれてこの方一度も見たことがない者が殆どなのだからしょうがないだろう。
これだけならまだいいが、さらに悪い事に異民族を捕らえ奴隷として売り飛ばす輩も存在する。
彼等は徒党を組み戦闘力の弱い異民族などを狙って大金を得ている。
そのためリナのような容姿端麗の美女が堂々と生活していれば、彼らのような犯罪組織にとっては格好の的となるから、なかなかリナとしても目立つ行動が出来ないのであろう。
「リナとしては今の様子じゃあ満足行く暮らしが出来てるとは思えんからな。俺が積極的に関わって誠意のある態度を取り続ければ彼女も俺に興味を示すかもしれない、まあ女の気持ちはわからんからやれるだけやってみるさ。時間はたっぷりあるんだからな」
「あっしは旭様が言うならなんも言いませんが、やはりというか思った通り女好きですね。上州に女を残してきたんじゃなんですかい?」
小吉にはここまでの道すがら旭の実家についての話もした。
もちろん花の事のそれなりに話をしている。
「俺が女好きなのは今に始まった事じゃない、恐らく親父からの遺伝なんだよ。沼田にいた時から疼いていやがったが、母さんの締め付けがきつくて思うように動けなかっただけだ。幸いかどうか解らんが、こうして一人になったことでようやく羽を伸ばす事が出来るんだよ。それに花には他にも女を作るとは伝えて一応了承してもらったつもりだ」
「あっしも女は嫌いじゃないですけど、旭様はその数段上を行ってますよ。英雄色を好むとはこういう事を言うんでしょうね……」
「まだ俺は英雄じゃないがな……、まあ持ち上げられるのは嫌いじゃねえけどな」
「いえいえ、旭様はすでに先の戦で英雄になられましたよ。先は一州、二州の国持ちになるのは確実! 暁国の未来は旭様の物ですよ! よっ暁一の弓取り旭!」
「言うな言うな、恥ずかしいだろ」
小吉は太鼓持ちとして中々の才能があるようだ、簡単に乗せられる旭もなかなか楽天的な性格だが。
そんな下らないやり取りをしながら二人は引き続き村を散策し、他の商店、遊郭など時間が許す限り回ってから宿へと戻った。
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