六話 初陣② ついでに初家臣
南原家全軍が大手門へ向けて動き出した。
柴田軍の兵が少ないのを知っているのだろう。
搦め手から攻めるつもりなど無く、力で押して来るようだ。
「弓兵は堀に入った所を一斉に狙い打つ、歩兵は打ち漏らし堀から抜け出して来た敵を確実に叩くぞ、いいな!」
敵が大手門に近づてくると盛家が指示を出した。
敵の先鋒が大手門を占拠するべく、盾を前に構えながら門の前にある堀へと次々と入る。
盛家は敵が堀に十分に入り込むまで引き付けて、ここというタイミングで、
「今だ、打てっ!!」
盛家の命令と共に百人の弓兵が大手門の両側から続いている石垣の上から矢を放つ。
「ギャー! ウァー!」
敵兵も盾で矢を防ごうとしたが、十字射撃により左右両面から降り注がれる矢の嵐を防ぎ切ることはできず、盾で守りきれて居ない部分に矢が突き刺さる。
「よしいいぞ。次射、打ち方用意しろ! ……打て!」
盛家は間髪入れずに第二射を命令する。
放たれた矢は一射目と同様に堀を進む兵に容赦なく浴びせられる。
しかし敵の長弓部隊と二名の火魔法士が石垣の上の弓兵目掛けて攻撃を仕掛けてきた。
味方の弓兵は石垣に身を隠しながら敵の攻撃の合間に射撃を繰り返し、攻撃が緩くなったためか、次第に一人二人と堀を越える敵兵が現れてきた。
「ぬぅ、このままでは門が占拠されてしまう……。門の前に敵が集まる前に蹴散らすぞ! 歩兵部隊、門前にて敵を迎撃せよ! 弓兵はこのまま攻撃を凌ぎながら射撃を続けるぞ」
盛家の命令により大手門が開かれ二百人の歩兵が門前の守りを固める。
旭も二百人の兵と共に門前に立つ。
「そろそろ敵が来るな。戦場の空気を掴むまで、取り合えずは味方のお手並みでも拝見するか。危なそうな奴がいたら助太刀するとしよう」
「……旭さんはホント冷静ですねえ、あっしなんかもう足がガクガクしてますよ」
「そんな事はないぞ、これでも俺も緊張はしているんだ。何せ戦場に出るのはこれが初めてだからな」
「……初陣でこんなに余裕があるなんて普通有り得ませんぜ、あっしの時なんかは――」
そうこうしているうちに前方では既に敵と戦っている様だ。
「お喋りは終わりのようだな。小吉、無茶はするなよ」
「へえ、承知しました」
旭は人混みを掻き分け前線へと向う。
敵は早くも二、三十人程が集まっており、さらに後続からも来ているのでさらに人数は増えそうだ。
それでも戦況は全体的には味方が優勢であった。
しかし所々で形成が不利な味方がいたので、旭は助太刀に行く事にした。
「助太刀するぞ?」
あとで獲物を取られたと文句を言われても面倒なので、一応断りを入れる。
兵士が藁をも縋るような目つきで頷いたのを見届けると、旭は敵兵目掛け槍を一突きした。
「グェ、……ヒュー、ヒュー」
その鋭い突きは敵の喉を貫き敵兵を一瞬で絶命させた。
「大丈夫か?」
「すまん、恩に着る。幸い手傷は負ってないようだ」
「そうか、無理はするなよ」
旭は味方に気遣いを見せてから、再び苦戦している兵の下へと走り出した。
それからも旭が上手く味方のフォローを続けた事で、殆ど被害を出す事無く門前の敵兵を減らす事が出来た。
弓兵による射撃と旭達歩兵の奮戦により大手門での戦いは、味方が敵先鋒を相手に優勢に進めていた。
しかし敵軍も徐々に主力部隊が姿を見せる様になり、味方の兵士の被害もぽつぽつと出始めた。
「まずいな、このままだと数に押し込まれちまう。そろそろ本気で戦ってみるとするか」
旭はそう呟くと、敵兵が密集している最前線に飛び出し、槍を目一杯横薙ぎする。
「ゴン! ガッ! ガツン!」
彼の一振りは一気に三人の敵をなぎ払い、一撃で一人を即死させ残り二人を戦闘不能に追い込んだ。
その光景に敵が怯んだのを見逃さず、彼はさらに一振り、二振りと槍を振り回し、また二人、三人と一気に敵兵を倒して行った。
「ひぃぃ、化け物だぁー!」
旭に数十人の敵兵が返り討ちにされたのを目の当たりにし、敵の戦意が明らかに減退し出した。
それからも腕に覚えのある戦士が何人か旭に挑んできたが、それらがあっさりと彼に潰される様を見て、旭に近づく敵もいなくなり、結果として敵の勢いも衰えてきた。
「これで引いてくれればいいが、……んなわけないよな」
旭が一息入れていたら、後方から急遽魔法士二人が百メートル程前に出張って来た。
彼等は魔力の都合で本丸あたりの攻略のために温存されていたのであろう。
これで現在弓兵に攻撃を加えている二人と合わせて計四人の魔法士が投入された事になる。
四人とはかなりの人数だ、恐らくこれ以上敵に攻撃魔法使いはいないだろう。
「旭さん! まずいですよ!」
小吉が警戒を促す。
二人の魔法士が旭に対して、既に魔法を打ち出す為に集中していた。
「打てー!」
数秒後、掛け声と共に水弾、岩弾が旭目掛けて打ち放たれた。
二発程なら避ける事は出来無くもないが、もし避けたら後ろにいる小吉朗や他の味方に被害が及ぶと考え、旭はマントを盾代わりにして魔法を受け止める。
「ふんっ!」
結構な衝撃を受けたが、旭の強靭な体と地竜のマントのお陰でダメージは殆ど無かった。
二発の魔法を受けてピンピンしている旭の様子を見て、敵にも明らかな動揺が見受けられる。
それでも気を取り直して敵は第二射を繰り出してきた。
「ちっ、そう何度も食らったらさすがにマントが痛んじまう」
マントを気遣い、今度は敵の死体を手に取り盾代わりにし魔弾の勢いを殺す事に成功した。
「これなら何発来ても平気だな。ただこのままやられっぱなしってのも癪だな」
そう言うと旭は肉壁用の敵の死体を手に持ち、味方の矢が当たらないギリギリまで前に出て、手頃さ大きさの石を拾い敵魔法士目掛けて数回投げつける。
七、八十メートル程の遠投なので護衛も付いている敵魔法士にはそう都合よく当る事はなかったが、彼らも迫り来る石を避ける体制をとらねばならなかった事と、旭に対しあまり効果的な攻撃が出来ない事を察し、魔力の集中を中断し後退せざるを得なかったようだ。
旭が敵の焦る様子を見て、さらに投石を繰り返していると、石垣の弓兵への魔法攻撃がパタリと止んだ。
先の二人の火魔法士の魔力が切れたのだろう。
恐らく三十発以上は連続で打ち続けていたので、並みの魔法士ならそろそろ魔力が切れる頃合いだろう。
依然長弓による石垣への攻撃は続いているが、厄介な魔法攻撃が止んだため味方弓兵の射撃威力も上がった為、大手門に迫る敵兵も減少し、数分後には大手門から敵を一掃する事に成功した。
二百人近くの被害が出た為、南原軍もこれ以上の力押しによる被害は許容できない思ったのだろう、程なくして一旦兵を引いた。
「はっはっは、我が軍の圧倒的勝利ではないか! 南原の腰抜け共は尻尾を巻いて逃げ出したぞ、我が軍の大勝利じゃ! 皆の者! 勝ち鬨を上げろ!」
「エイ、エイ、オー!」
数人の被害しか出さずに敵を撃退した柴田軍の大将の盛家は、味方の士気高揚と敵の戦意を削ぐ目的もあり、多少大げさに味方を煽った。
一方、旭は投石を加えていた魔法士が射程外まで後退したので、門前に戻り残った敵兵を掃討し始める。
しばらくして門前の敵兵を一掃すると敵軍が引き始めたので、盛家の号令に従い味方と共に勝ち鬨を上げていた。
「旭さん! あなた様はなんてお人なんですか! 一人で戦況を覆したと言っても過言ではないですよ!」
「そうだそうだ! あんたみたいなすげえ奴始めてみたぜ!」
「お前のおかげで命を救われたよ、改めて礼を言わせてくれ」
小吉が興奮しながら大声で旭を称える。
それに触発され、周囲の兵達も次々と彼を持ち上げた。
「おう、俺が味方でお前ら運が良かったな。まあ俺としても自分の力を示す事ができて満足しているのだけどな」
旭としては少し恥ずかしかったが、一人で五十人近くの敵兵を撃退したのだから称賛されるのも当然だなと思い直し、素直に彼らの言葉を受け入れた。
「そうだ……、この中で怪我が酷い奴はいないか? 勝利の祝儀代わりにタダで治療してやるぞ」
「本当か! 俺骨折しちまったんだよ……」
「俺は縫わなきゃ治らないような傷だ、縫うと痛いからできれば魔法で治してもらいたいよ」
旭のおかげで死者は数名しか出なったが、さすがに怪我人はそこそこの人数がいた。
腹を切り裂かれたり、四肢が切れ掛かっているなどの酷い怪我を負った者はすでにお抱えの回復魔法士の元へ運ばれており、彼の元には骨折や切り傷などを負った治療は必要だが優先順位が低い者が十名余り集まってきた。
「そこそこ人数がいるな。骨折に初級魔法が三発、切り傷に一、二発とすると魔力がギリギリだな。まあ敵も結構な被害を出したみたいだし、いざという時の自分の為の魔力だけ残しておけば問題無いだろう……。よし、今から順番に診てやるから待ってろよ」
そう言うと旭は怪我人の前に赴き患部に手をかざす。
「んんん、ハアッ!」
特に呪文を詠唱する事も無く手のひらに魔力を集中し、患部に向けてそれを開放する。
この世界の魔法は詠唱を鍵として発動するのではなく、術者が己の魔力を集中して個々人が持つ属性魔法に変換させる。
魔力を集中させる方法を人それぞれで、呪文を唱える者もいれば、旭の様に念じる事で集中させる者もおりその方法は様々である。
「おおっ、楽になってきたぜ」
魔法に反応して傷口が徐々に閉じていく。
「よし、こんなもんでいいだろ。次の奴は誰だ」
月夜野村での経験のおかげで、手馴れた様子で旭は次々と怪我人を治療し始める。
三十分程経っただろうか、彼は最後の患者に魔法を掛けていた。
「……ふぅ、これで終わりだな。魔力の都合上これぐらいで勘弁してくれ、明日には魔力も回復するから、まだ調子の悪い奴はその時にでも俺に言えば診てやるから遠慮にないで声をかけてくれよ」
旭はそう言うと、さすがに疲れたようで地に座り込む。
「水です、どうぞ御飲みになって下さいな」
すかさず小吉が水筒を差し出す。
「おう、悪いな。……ゴクッ、ゴクッ」
旭が水を飲んでいると突然歓声が上がった、石垣の上から盛家が降りてきたようだ。
「旭よ! お主の槍働き、上からしかとこの目に焼きつけたぞ。この戦いでの戦功第一は間違いなくお主だ。大手門を突破されるかとも思ったが、お主の活躍でいとも簡単に追い返してしまうとはな。これで敵も二割程の被害が出たようだし、これ以上の無理攻めはしてはこないだろう。さらに被害が拡大したら南原の守りもおぼつかなくなるだろうしな」
盛家は旭を褒め称える。
「ありがとう御座います。腕力には自信があったので期待に応えられて俺としても安心しました」
「うむうむ、今日は恐らく敵も攻めてこないから飯を食ってゆるりと体を休めるが良い」
「そうですか、では遠慮なくお言葉に甘えさせていただきます」
「うむ、ではまたな」
盛家は満足した笑顔を見せると上へと引き上げていった」
「では俺達も帰るとするか」
「はい、あっしもお供します」
旭は水筒の水を飲み干すと小吉を引き連れて宿舎へと歩を進める。
それに連れて他の兵達もあたかも旭の手下であるかのように背中を追いかける。
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何事も起きずに翌日を迎えた。
旭が物見櫓から麓を見下ろすと南原軍はやはり撤退の準備を進めているようだ。
今回は柴田家の守りが緩いと見て隙を突いて攻め入ったのに、緒戦で手痛いしっぺ返しを喰らったのは想定外だったのだろう。
昼前には南原軍を撤退を完了させていた。
その為、旭を含む兵士達も緊張感が薄れ、リラックスして一日を過ごす事ができていた。
夕飯時には、本拠である柴田城で論功行賞が行われるとも事なのでそこに旭も参加するように伝えたれた。
赤野銀山城には一部の守備兵を残して本軍は撤退するとの達しもあった。
大きな手柄を挙げられなかった傭兵はその場で解散するようである。
翌朝、旭も本隊と共に柴田城へと向おうと雪風に跨ろうとした時に、小吉が土下座をしながら懇願してきた。
「旭さん。あっしはあなた様に惚れ申した、腕力はこの通りですが必ず旭さんの役に立って見せます。どうかあっしを家臣にして下さい!」
言い終えても小吉は額を地に着けたままで顔を上げようとしない。
旭はこれまでの様子からなんとなく彼が一緒に行きたいのではないかと感じていたが、財の土地もない者にいきなり家臣にしてくれと頼みこまむとは以外だった。
旭は顎に手を置き、考え込むしぐさを見せる。
ただ内心では、小吉の計算づくであったとしても献身的に世話をする姿勢や、斥候などで使えるであろう俊敏性を評価しており、家臣を集めるつもりでいた旭にとっては悪くない話であった。
「俺に付いて行ってもしばらくは形の有る物は与えてやれんぞ、せいぜい腹いっぱいの飯に多少の酒と娼婦を買う程度の小遣いが関の山だ。それに今回のような命のやり取りは日常茶飯事になるぞ、普通に考えれば割りにあわないと思うがな。もしそれでも良いと言うのなら付いて来い! 出来るだけ面倒見てやるよ」
旭は家臣になる事ついての不利益を伝えた。
もしこの条件を飲み込んだ上でも旭に忠誠を誓って貰えるのならば、それだけ小吉朗が本気なのだと思ったからだ。
「そんな事は覚悟の上、あっしは旭さん自身に惚れ込んだんです。もちろん将来大物になって美味しい思いが出来るとも思っていますが……。ではあっしを家臣にして下さるんですね?」
下心も覗かせるが、そこを正直に言う所は好感が持てる。
旭は小吉の望みを叶える事にした。
「よし! お前の気持ちは解った! 小吉、お前を家臣にしてやる。これから色々迷惑掛けるかもしれんが宜しく頼む」
「ありがとう御座います! これから誠心誠意旭様に尽くさせていただきます」
「おう、では本隊に置いていかれる前に出発するぞ。付いて来い」
「へいっ!」
旭は初陣を経験するつもりが一転して、運よく初の家臣を得る事が出来たのだった。
柴田家の本拠地である柴田町の柴田山城までの距離約五十キロ、行きは急ぎだったので一日で走破したが徒歩の兵の事も考えて三日で行軍するらしい。
そう教えてくれたのは現在旭の隣で轡を並べて歩いている盛家の言だ。
盛家は旭を柴田家に登用したいらしく、暇があれば旭を呼び寄せ柴田家に勧誘している。
無論旭としては、自信で旗を揚げるつもりでいるため、誰かに仕えるつもりは一切ない。
ただここできっぱりと断りを入れて褒美が減らされたら嫌なので、盛家の勧誘をのらりくらりとかわしていた。
盛家と話す一方で、旭は晴れて家臣一号となった小吉朗とも話をした。
そこで彼の生い立ちについて聞いたり、これからの旭の方針についても理解を求めた。
小吉朗は柴田郡の農家の長男の生まれで、本来は農地を受け継ぐはずなのだが農家で居続けるのに嫌気が差し、よりよい生活がしたいと思い冒険者になったらしい。
ただ腕力がないため独力で成り上がるのは難しく、機転の効く性格を生かし商人になるかと考えていた所に旭と出会ったらしい。
農家の長男を捨てただけあり向上心は中々の物があり、一先ず十万石の群雄になるという今の身から考えたら壮大な計画を、鼻から無理だといった態度では聞かずに目を輝かせて、「旭さんなら絶対出来ます!」と言ってきた。
二人以外にも旭は他の兵達ともたわいのない会話をしたりして、意外と暇をする事無く行軍をすることが出来た。
そんなこんなで三日後には予定通り柴田山城へと一軍は到着した。
その日は行軍も疲れを癒すという名目で高級な宿を宛がわれ一夜を過ごした。
翌日、通常は旭は傭兵として参戦したため、直臣とは別に褒美を与えられるはずなのだが、格別の手柄を上げたため論功行賞に参加するよう促された。
態々論功行賞に傭兵を呼ぶと言うこうとは、恐らくそこで柴田家で直臣として仕える様に言われるのではないかと旭は勘ぐっていた。
兵士に案内されて旭は柴田山城の本丸館へと案内される。
小吉はお呼び出ないので館の外で待機するよう命じた。
「失礼します」
旭はこのような場の礼儀はまったく知らなかったので普段通りの態度で館へ入った。
中にはすでに柴田家の重臣達が集まっており盛家も最奥の主君と思われる人物の横に座っている。
「おお旭よ登城の程ご苦労であった。早速紹介しよう、わしの隣に居られるのが我らが主君柴田義家子爵だ」
盛家が主君を紹介する。
「義家様初めまして、私は七位の冒険者の旭と申します。この度は私のような者を態々お呼び下さってありがとうございます」
一応だが旭は丁寧に自己紹介を述べる。
「うむ、冒険者にしては殊勝な心掛けじゃ、お主は冒険者にしてはなかなかの働きをしたようじゃの。今回は特別に金貨十枚の報奨金と百石で私の家臣団の末席に加えてやる。ただし領地はやらんぞ、変わりに毎年百石相応の米をやろう。どうじゃ? まあお主のような平民には過分じゃと思うがな」
「……」
旭はあまりの舐められた対応に呆れて言葉が出なかった。
普通に考えても金貨十枚は少なすぎる、最低その十倍の百枚はあっても驚きはしない。
旭としては金貨百枚は貰えるだろうと踏んでいたからその落胆たるや相当であった。
その上領地無しのたった百石で直臣にしようなどというふざけた発言には、落胆を通り越して義家を軽蔑する心境に迄至った。
旭の内心を察したのか、あまりにも酷い沙汰に驚いたのか盛家も非難めいた顔を義家に向けていた。
ただ盛家に賛同している者は少なく、多くの重臣が義家の言は当然といった表情をしている。
「どうした? あまりの喜びに言葉も出ないか。まあそれも当然じゃの、歴史ある当家に末席といえども仕えることが出来るのじゃからの」
「殿っ、それはあまりにも――」
盛家の抗議を遮り旭は義家に返答を始める。
「義家様の申し出は私の様な若造にとりましては過分であります。きっと歴史ある柴田家に迷惑を掛けてしまうと存じますので仕官に関しましては辞退させて頂きます。折角のお誘いですが今回は金子のみ頂戴したいと思います」
旭は腸が煮えくり返っていたが、こいつは紀代助と同じタイプだと思い下手に意見したら面倒な事になると感じ、不本意だが少ない金貨だけ貰い、とっととここを後にしようと考えた。
「そうか、まあお主の様な素性も知れぬ者は当家には合わないかもしれぬな。わしの誘いを断りおったので 何時もなら金も没収してとっと追い出す所じゃが今は機嫌が良い。ほれっ、金はやるからわしの機嫌が悪くなる前にとっととそれを持ってさっさと出て行け」
「承知しました」
小姓から金貨の入った袋を受け取り旭はさっさと館から退出する。
その背には平民又は冒険者に対する蔑視の視線が送られる一方、少数だが憐憫の目も向けられていた。
「随分早かったですね、首尾はどうでしたか?」
「……とっとと行くぞ」
旭は不機嫌な表情で顎をくいっと振り、小吉の質問には答えず早歩きを開始した。
小吉も主君の内心を察したようでそそくさと無言で付き従う。
しばらく言葉を交わす事無く早歩きで本丸から出ようという時、突然後ろから旭を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、旭、しばし待たれよー」
旭が無表情のまま振り返ると、駆け足で追いかけてくる盛家の姿が目に入ってきた。
「これは盛家さん態々私のような冒険者風情になにか御用ですか?」
憂さ晴らしも込めて皮肉たっぷりで返す。
「ハァハァ、先程の無礼、主君に代わってわしから詫びさせてもらえぬか。恥ずかしい話だが当家も色々問題があってな、流石に今回はこうはならぬと思っておったがわしの見立てが甘すぎた。褒美の金貨はわしから詫びも込めて二百枚出す、それに直臣ではないがわしに召抱えられぬか? 知行もわしからだが二千石出そう。とりあえずわしの屋敷に行こう、そこで落ち着いて話そうではないか」
「……盛家様がそこまで言うのならお邪魔させていただきます」
「すまぬな、ではお前の気が変わらぬうちに早速行くとするか」
盛家の屋敷までの道中は三人は一言も会話をすることなかった。
旭が不機嫌な表情を崩していなかったためだ。
もちろん旭も盛家ならば大丈夫だろうと思いせめてもの抵抗をしたのだが。
程なくして立派な屋敷に到着し、旭は居間へと通された。
「改めて詫びるが先程は主君が無礼な事をしてすまなかった。とりあえず茶でも飲んで気持ちを静めてくれると嬉しい」
「盛家様、俺は今は至って冷静ですよ。ただそれなりに期待をしていたのであまりの事で落胆しているだけです」
「……お主が落胆するのは無理もない、我が兄であり主君である盛家はあの通りの人間でな。平民を下に見る嫌いがある、それに他の家臣もそれなりに長い家系なため増長している所があるのだ。今の世はかつてのように貴族然としていても簡単に生き残れるわけではないのに、義家様はその辺りがあまり解っていないようなのだ、そのせいか我が領土も先代と比べても結構削られてしまってな……。おっとつい愚痴ってしまったな、褒美の件については先程話した通りわしから出す、仕官の件は考えてくれたかの?」
「金子は有り難く頂きます。その点につきましては盛家様に深く感謝いたします。ただ仕官につきましてはまだ早いと思っており、暫くは在野で自身の力を蓄えたいと思っています」
二千石は流石に魅力的に感じたが、仕官してしまえば柴田家ではこれ以上の将来性が感じられないので予定通り断りを入れた。
「やはり気持ちは変わらぬか、わしとしても義家様の負い目があるのでこれ以上の強要はせん。領土の変わりに金子は倍にして渡そう、遠慮せず受け取るが良い」
「さすがにそれは貰いすぎです。最初の提示の二百枚で大丈夫ですよ」
「気にするな、お前はぞれだけの戦功を立てたのじゃ。お前の活躍が無ければ戦争期間が延びて褒美以上に戦費がかさむ所であったわ。それにわしの知行地には赤野銀山城がある、金はばれないようにそれなりに溜め込んであるのよ。もちろんお前の将来に投資したいといった気持ちもあるがな」
盛家は腕力ばかりの猪武者ではなくそれなりに頭も切れるようだ、旭は盛家の評価をさらに高めることにした。
恐らく柴田家は盛家で持っており、彼が亡くなったらたちまち周りに喰われるだろうと。
「そうですか、少し俺を買い被りすぎな気もしますが……。盛家様が潤沢に金があるのなら遠慮なく金貨四百枚頂きます、ただ将来なにかありましたら出来る限り微力ですが協力させていただきますよ」
旭は将来の為にも金があるに越した事は無いので少し欲を出して金貨をもらう事にした。
「おお、遠慮なくもってけ。将来は協力とはいわずに仕官してくれればさらに嬉しいがそれは数年後の楽しみに取っておこう。これで堅苦しい話は終わりだ、菓子でも出すのでゆるりとくつろぐが良い」
それからは旭達はこれから冒険者として名を馳せるため奥州に向う事や、上州を抜けて柴田まできた経緯などの話、また盛家はこれまで経験した戦の話や、歴史故のしがらみ故思うように領地経営が出来ていないなど様々な話をしていたら夜になってしまし、結局は夕食までご馳走してもらい屋敷に泊まらせてもらうことになった。
翌日意外とあっさりと挨拶をすませ二人は屋敷を後にし、町で二人分の水と食料、小吉の装備や雑貨と馬を買い与えた。
そこで旭用の大型馬も調達しようとしたが、あいにく雪風以上の馬は置いていなかったので諦めた。
それから冒険者組合に依頼完了の報告をして、二人は柴田町を後にした。
余談だが装備と馬を買い与えた時の彼の喜びようは凄まじかったとだけ言っておく。
ご意見ご感想大歓迎です。
できれば評価を入れてくれたり、誤字、脱字も指摘してくれるとありがたいです。