十三話 信州 砥石崩れ by旭 ①
真田昌幸も好きだけど松永久秀はもっと好きです
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信州は総面積が奥州、羽州に次いで、暁国で三番目の広さを誇る。
その故か、北信州と南信州の二地域は代々異なる有力者に統治されていた。
国力は南信州が十五万石、北信州が二十万石である。
元々異なる支配者の下にあった信州は、戦国の世となり所々で諸勢力が独立し州内は混迷を極めていた。
しかし突如としてその情勢は六年前に一変した。
信州の南東に位置する甲州で政変が起きたのだ。
これまで甲州と信州は小競り合いを起こす程度の間柄だったのだが、甲州の女豹との異名を持つ姫武将、躑躅姫が父親であり当主の甲斐虎政を追放し、家中の実権を握ったのだ。
躑躅姫は知勇兼備の名将としてその名を甲信地方に轟かせており、代替わりすると瞬く間に州内の豪族を一掃し、僅か一年で甲州を統一した。
ところが躑躅の野望は甲州一州で満たされるほど小さなものでは無かった。
彼女は貴賎に関わらず、優秀な人物を積極的に登用し人材を補強した。
さらに甲州においていくつかの金山の開発に成功する。
その結果、甲州の国力を三十万石近くまで増強させた。
その間、統一から僅か一年である。
国力の増強に成功した躑躅はその矛先を信州へと向ける。
彼女は手始めに五千の大軍を率いて、南信州へと出兵する。
その後、紆余曲折あったが、三年がかりでようやく南信州を平定した。
南信州を平定し甲斐家の国力は五十万石近くにまで膨れ上がった。
そして躑躅は満を持して、北信州へと進軍を開始したのである。
南信州の兵を増強し八千にまで膨れ上がった躑躅軍は、北信州の雄、海野八朗率いる北信州連合軍五千と上野平で衝突した。
後の上野平の戦いである。
この戦いは躑躅の惜敗に終わったものの、その後彼女は国力に物を言わせて北信州の豪族の取り崩しを図る。
彼女の元に集結した優秀な人材のお陰で、調略は見事に成功し、北信勢の半数を味方につける事に成功した。
そして今、最後の仕上げとばかりに八千の大軍を率い、海野八郎が一千の兵と共に立てこもる砥石城へと進軍したのだ。
しかし砥石城はその名の通り周囲が断崖絶壁に囲まれた山城で、攻め込める場所が南側の傾斜の緩い崖しか無いと言う天然の要害である。
その為、八千の兵と言えども簡単に落とせる城ではなく、籠城側の士気も極めて高い事もあり、躑躅がてこずるのは明白であった。
躑躅はそのような事は知りつつも、砥石城さえ落としてしまえば北信州は手に入れたも同然であるため、多少の犠牲は覚悟の上で進軍したのだ。
砥石城に到着するまであと数日、躑躅は戦の度に湧き上がる高揚感を押さえつけながら、着実にその歩みを進めていた。
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甲斐躑躅が砥石城へ進軍する数日前、旭は信州へと入った。
「ようやく信州だな。話によるとただいま絶賛戦争中らしいな」
「はい、既に小吉殿が率いる斥候部隊が先乗りし、州内の情勢を調べております」
軍師役の愛が返答する。
小吉はここ一年で随分と成長した。
冒険者の位階も五位まで上昇し、今では実力で斥候部隊の長を任せる程である。
「さすがだな愛、それで小吉はいつ戻るんだ」
「今夜にでも報告に上がる予定です。遅くとも明日の朝には戻るでしょう」
「わかった。ではとっとと進もう、今日は深至までだな」
「はい既に宿の手配は済ませてありますので、後はそちらに向うだけです」
深至は北信州第二の町である。
ここで小吉と落ち合う予定だ。
「よし、では日が暮れる前には到着するように急ごう」
そう言うと旭はアルフォンスを一蹴りし、速度を上げ街道を進む。
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無事に夕刻前に深至町へと到着した。
すると入口で小吉が出迎えてくれた。
旭は小吉の姿を見てほっとした気持ちになる。
やはり今まで隣にいた信頼の置ける家臣がいないと言うのは、気持ちのいいものではない。
今は有望な若者数名に身の回りの世話を任せているが、やはり小吉と比べるを見劣りする点が多い。
しかし小吉の能力を旭の小姓に留めておくのは、宝の持ち腐れである。
旭は小吉に手柄を上げさせるためにも、自分の気持ちを押し殺して配置を転換したのである。
むろん旭は貴族のたしなみに興味がある訳では無い事はここに断言しておこう。
「出迎えご苦労。首尾はどうだ」
「大方の情勢は把握できました。それと、ぜひ旭様に会いたいと言うお方が居りまして……、あっしでは判断できかねます。なので旭様にご判断を伺いたいのです」
なにやら旭に客か来たようだ。
旭の名声は既に知る人は知る所まで上がっていると、忠五郎が剣ヶ峰村から出る時に教えてくれた。
そのため恐らくどこかの勢力が旭を勧誘に来たのだろう。
「ほう、俺も有名になったもんだ。それでなんて奴なんだ」
「それが武藤喜兵衛と名乗る者なんです。ご存知ですかい」
旭もそのような人物は知らなかった。
首を横に振った所で、愛が話し始めた。
「恐らくその男は海野家にゆかりがある人物でしょう。海野八郎の甥に軍学に長けた麒麟児がいると聞いた事があります」
「ほう、愛にそこまで言わせる程の人物か。ならば会ってみるに越した事は無いな」
旭はそれほどの人物ならばと思い会う事に決めた。
「では今から彼が居る店に案内しますね」
「ああ頼む、あと愛は付いてこい。一旦軍の指揮は虎千代に任せる、大丈夫だな?」
「はい僕に任せてください!」
元気よく返事をした虎千代に親指を立てると、当たり前のように旭の肩に乗ってきたタマ子も引き連れて、四人は武藤喜兵衛なる男の待つ店へと足を運んだ。
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一行は武藤喜兵衛が待つ一流料亭『松本』へと入る。
女将に案内された部屋には、武藤喜兵衛なる二十代半ば程の男が出迎えてくれた。
彼は旭に自然と上座を譲り、あたかも旭の家臣であるかのようなへりくだった態度をとってきた。
「旭様のご高名はこの信州においても鳴り響いております。この度はお会い出来て光栄です」
「こちらこそ待たせてすまなかったな、それで武藤喜兵衛さんだったか。あなたが俺に会った目的は何なんだ?」
旭はまどろっこしい腹の探りあいは勘弁と、例のようにさっさと用件を聞くことにする。
「単刀直入に申します。此度の砥石城における戦、ぜひ私にご協力下さい」
「ほう、いきなりだな。だがそういう奴は嫌いじゃない、話は聞くよ」
旭は既に小吉から砥石城の戦況は伝えられており、大体の事は把握している。
「私は海野八郎の甥にあたる者です。今は北信の片隅に僅かばかりの領地を有しており、海野家からは完全に独立しております」
武藤喜兵衛は北信の豪族であるらしい。
しかし僅かばかりの領地で独立を保っているとは、なかなかの手腕だな。
「独立しているならば別に海野に強力する義理もないだろう」
「砥石城内には私の親友と呼べる者が数名おります。さらにお恥ずかしいお話なのですがかつての女も何人かおりましてね……」
武藤喜兵衛は思いのほか義に厚い男のようだ。
負け戦じゃあ、城の女は悪けりゃ殺され、良くても奴隷落ちになる可能性が高い。
そんな女の未来を不憫に思って行動を起こしたのだろう。
旭はこの男に興味を持ち、出来ることなら協力してやりたいと思った。
「ははは、面白いじゃないか。女の為に命を投げ出すなんてな。俺個人としては協力してやりたいが、今は一軍を預かる身なんでね、それなりの勝算と見返りがないと動けないんだ」
旭は武藤喜兵衛を試した。
ここで納得できる返事が出来れば、見返りは無くとも協力する腹積もりは出来上がっていた。
「勝算は旭様がお味方につけば十割です。そして見返りは我が身と我らが領土全てです」
「なにっ!」
全く予想外の返事が帰って来た。
旭のみならず、愛や小吉もあんぐりとしている。
女の為に全てを投げ出すとは、何を考えているのだかさっぱり分からなかった。
タマ子だけは「旭なら当然よね」といった感じの顔をしているが。
「やっと一本取れたでしょうか。もちろん今の言葉に嘘偽りはありません。手附代わりにここで私だけ旭様に忠誠を誓っても構いません」
「ははははは! なんとまあ面白い男だ! 武藤喜兵衛さん、俺はあんたのその覚悟に感銘を受けたよ。とりあえず見返りは保留だ。結論は俺の槍働きを見てからでも遅くはないだろ」
武藤喜兵衛という男を死なすのは惜しいと、旭は心の底から思った。
男気には男気で返す。
それが旭の流儀だ。
そして旭はこの人材は決して逃す訳にはいかないと、強く肝に命じたのだ。
「それではっ! 協力して頂けるのですね」
「ああもちろんだ。全面的に協力させてもらうとするよ」
「本当に感謝いたします」
「今日からは仲間なのだから、こういう畏まった態度は無しにしようや。それに早く聞かせてくれよ、必勝の作戦って奴をよ」
「わかりました。ただここでは間諜の目がある恐れがあるので、我が領地に着き次第すぐにでもお話しましょう」
「そうか、ならば今日は友誼を深めるとしようや。ここは俺が奢るから好きなだけ飲み食いしてくれ」
「ふふ、では遠慮なくいただきます」
その夜一行は夜が明けるまで語りあった。
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五日後。
旭は既に武藤喜兵衛の領内で既に作戦の打ち合わせを行い、戦場である砥石城へと手勢の精鋭三十騎を率い向っている。
喜兵衛曰くあと数日もすれば開戦するとの事だ。
しかし旭は開戦から少し遅れてくるように要請されていた。
「喜兵衛の作戦がはまれば、八千の大軍といえど何とかなるかもしれないな」
「そうですね、彼の言っている事が実現できればの条件はつきますが」
「まあそう言うなって、愛は喜兵衛にない政治手腕があるんだからさ」
愛は喜兵衛の軍学の才に嫉妬しているようだ。
普段冷静沈着な愛が初めてみせる姿に、旭はついつい可愛いと思ってしまい頭をなでたら、ゆでタコのように顔中を真っ赤にして倒れてしまったのは笑い話だ。
愛はまだまだ初心なようだ。
「それはそうなのですが……、いえなんでもないです。私も彼に負けないよう精進するのみです」
愛は何か言いかけたが、突然顔を赤くして話を切り上げてしまった。
「ああ頑張れ、応援してるからな」
「はい……」
俺は愛の背中をぽんぽんっと軽く叩いた。
すると
「ひゃう! やっやめてください……」
愛はまた顔を真っ赤にし馬上で縮こまってしまった。
愛は敏感な体質のようだ。
すると例の如くいい感じの所にタマ子と虎千代が乱入してきた。
最近は虎千代まで参戦するようになってきた。
そこからは皆で仲良く歓談しながら砥石城へと進軍した。
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