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一話 旭という少年

初投稿ですよろしくお願いします

 冬に積もりに積もった雪も溶け出し、雪の間からふきのとうが顔を覗かせている。

 村に春が訪れようとしているのだ。 


 ここは、暁国の上州北部に位置する月夜野村。

 人口は千人程で、村民のほとんどは農業に従事している。

 とくにこれといった名産品もない、どこにでもある暁国の片田舎の一般的な村である。

 

 そんな辺ぴな村の広場で、この村には似つかわしくない体格と雰囲気を兼ね備えた少年と、彼より一回り小さい子供が槍を持って稽古をしている。


「兄さんそれでは参りますよ。でもあんまり痛くしないでくださいね」


 悠然と構えている少年に、弱腰ながらも子供が槍を突き出してきた。

 子供は少年と比べて体格は小さいものの、同年代の仲では十分大きい部類に入る。

 子供の名は沼田祐光と言い、年齢は十歳だ。

 ここ一帯の村々の領主である騎士沼田宗光の長男である。


 平民である少年は、領主の子である祐光に兄貴分として慕われている。

 平民と領主との身分を考えれば普通は立場は逆なはずだが、少年の亡き父が宗光の命の恩人であるらしく、祐光は宗光に少年と友人として付き合うようにといわれたらしい。

 それから友人として遊んでいるうちに、祐光は少年の強さや聡明さを目の当たりにしていくうちに、次第に少年を慕い、憧れるようになっていったようだ。


 祐光の弱気な言葉に少年は、『ガキが甘えたこと抜かししてるんじゃねえ』と思いながら祐光の突きを軽くいなす。

 だが思いのほか鋭かった突きを受け、少年は祐光に向けてニヤリと笑う。

 祐光は少年の不気味な笑顔を見て、反射的にたじろいだ。


「祐光、少しは成長したみたいだな。そんなに痛くしねえでやるからありがたく思えよ」

「ひぃっ」


 少年はびびっている祐光に向けて槍を振り下ろす。

 もちろん思い切りではない、全力で槍を振り下ろしたら祐光に命の危機が訪れることは間違いない。

 祐光はなんとか少年の重い一撃を受け止めたものの、体勢まで支えることはできず、意に反して後方へ仰け反ってしまう。

 少年は観念したとばかりに、今にも泣き出しそうな表情の祐光をいちべつする。


「今日は三割引にしといてやる、安心しろ」


 もちろん少年は手加減する気は全くない。

 ただ全力で突くと祐光の命が危ないので、少年は絶妙の力加減でがら空きの腹に穂先を突き出す。


「ぐっぇ」


 声にならないような声と共に祐光は腹を抱えてうずくまった。

 少年はそんな祐光を見下ろしながら、感じの悪い笑みを浮かべていた。

 

(ククク、我ながらどうかと思うが、祐光はいいストレス解消になるな。まあ今は戦が絶えない世の中だから、これくらいしごいても感謝はされても文句をいわれることはないだろう。よし問題ないな)


「あ、(あきら)兄さん、三割引きって言ったじゃないですか……」


 祐光はうずくまりながらでも、少年に対して文句のひとつでも言わないとやってられないようだ。

 

「お前は騎士になるんだからこれくらい音を上げるじゃねえ! こんなんじゃ戦で簡単にやられちまうぞ!」


 旭の言葉に、祐光は何も答えられず下を向いていた。

 このままいじけられても面倒だと思った旭は、祐光に回復魔法をかけてやってから優しい言葉をかけることにした。

 旭は十三歳に成ったばかりなのに、飴と鞭の使い分け出来る人間なのだ。

 悪知恵が働くというか、なんというか、まあとにかくいろいろな面で将来有望なのである。


「祐光よ、まあ俺には敵わないのは当然として、俺の見立てじゃ村の子供の仲でもお前が一番強いと思うぞ。今はまだまだだが、これから鍛えていけば一流の騎士になれるのは間違えない。だからそうすねるな」


 おだてられて気を良くした祐光は、こちらを見て手を差し出してきた。

 旭はやれやれだぜと思いながらも、差し出された手を引っ張って、まだ甘えたい年頃の祐光を立たせてやった。


「ありがと兄さん」


「おう、とりあえず今日の稽古はここまでにしよう。俺はこれから家に帰って昼飯を食べてからやる事があるから今日はお別れだ。じゃあまた明日な」


「えー、午後も一緒に勉強しましょうよ」


「わがまま言うな。俺は貴族じゃないから、そんなに勉強しなくてもいいんだよ」


 と言うが旭だが、祐光のやる十歳レベルの勉強は既に終わらせている。

 なぜかと言うと両親が買い込んだ書物を、幼いころから暇つぶしに読んでいたためである。

 そのためそこらへんの貴族と比較しても、旭には引けをとらない知識、教養は兼ね備えているようである。

 決して脳みそまで筋肉な訳ではないと断りを入れておく。


「……わかりました。じゃあまた明日来てくださいね」

「ああ」


 祐光に返事をしてから、旭は帰路についた。



---



 旭は領主の館を出て村の中を歩いている。


 旭は村の中でも一際目立つ存在だ。

 なぜなら旭の体格は、十三歳にして身長が百七十センチ以上もあるからだ。

 それに加えて体の厚みも相当なものだ。

 最近はより一層『大熊』と呼ばれていた父に似てきたと、母に言われている。

 

 月夜野村の男衆の平均身長が百六十センチ位なのだから、旭が目立つのも当然である。


 旭は豪胆かつ思慮深い性格から、村で人気者であり、すれ違うたびに村人に声をかけられる。

 さらに先に述べた性格以外にも、旭は村で二人しかいない希少な回復魔法使いの内の一人という点も大きい。

 ちなみにもう一人は旭の母だ。

 魔法の才能が遺伝する確率はそれほど高くないのだが、幸運にも旭にはそれが受け継がれた。

 

 まだ未熟で初級の回復魔法を一日に十数回程しか使える程の腕前でしかないが、初級の回復魔法でも風邪や軽症程度ならば治すことが出来るので、旭は自分の人気取りと自身の魔法の上達のために、頻繁に村民の治療を(特に女性には積極的に)行ってきた。

 その甲斐もあって旭は村民に感謝され、村でも一目置かれているのだ。


 村人に愛想を振りまきながら道を歩いていると、旭の目に洗濯をしている少女の姿が入ってきた。

 村で一番の美少女の花ちゃんである。


 花ちゃんが昼前に洗濯をする事を把握している旭は、帰宅するついでよく偶然を装い顔を出す。


 旭はその体格と、『大熊』と呼ばれた父に似た厳つい顔つきから、意識して優しく接しないと女の子に怖がられてしまう事を理解しているので、最大限の笑顔で花ちゃんに話しかかる。

 

「花ちゃんおはよう! 今日も洗濯ご苦労様!」


「うふふ、こんにちわ旭さん。もうお昼前ですよ」


 花ちゃんが笑顔で話しかけてきてくれた。


 旭は緊張してしまい挨拶から失敗してしまった。

 このままではだめだと思い、失敗を取り返そうとして、花ちゃんを褒めようと言葉を放つ。


「花ちゃんは最近より一層綺麗になったよね、特にそのお尻とかさ」


 いつも花ちゃんが洗濯している後姿を眺めていた旭の脳裏には、着物の布地にピタリと張り付き、形の浮き出たプリプリのお尻が焼きついていた。

 そして旭はいつかその尻を揉みしだいてやりたいという秘めたる思いを抱いていたため、緊張感も手伝い、つい心の中の言葉を言ってしまったのだ。


「えっ……」


 花ちゃんは赤面し、下を向いてしまった。


「いやいや、変な意味で言ったんじゃないんだ。ただ単に花ちゃんのお尻が綺麗だなって思っただけなんだよ」


 嫌われたくない一心で、旭は必死で苦しい言い訳を始める。


「……旭さんは私のお尻好きなんですか? 私最近お尻が大きくなって気になってたんです」


 旭の発言に花ちゃんはそれほど怒ってないようだ。

 それどころか逆に赤面しながらもか細い声で旭に質問してきた。


「大好きに決まってるじゃないか。花ちゃんのお尻が嫌いな男なんて村中捜しても居ないはずだよ。もちろん俺が一番好きなのは言うまでもないけどね」


 自分は花ちゃんのお尻の一番の理解者とでもいわんばかりに、旭はドヤ顔で言った。


「そうなんですか。だったらもう少し大人になったら私のお尻触られてもいいかな、……旭さんだったら」


 旭は花ちゃんの言葉聞いて固まってしまったため、二人の間に数秒間の沈黙が流れる。


「私、洗濯しなきゃいけないんで失礼しますね」


 旭が呆然としている隙に、花ちゃんは赤面したまま家の中に入って行った。


 しばらく静止した後、旭は今さっき起きた出来事をようやく理解することが出来た。

 すると、旭の顔はこれまで見たことのないような腑抜けた表情になり、


「ヤッタゼー!」


 と叫び、だらしない表情のまま家へと爆走して行った。



---



 花ちゃんとのこれからを妄想しながら走っていたら、気付いたらあっと言う間に家に到着してしまっていた。

 

「ただいま!」


 旭は先程の腑抜けた顔のまま戸を開け、大きな声でに帰宅を告げた。


「旭ちゃんおかえり。何か良い事でもあったの? 顔がにやけてるわよ」


 すると奥の台所から、誰が見てもはっと息を呑むような美女が出てきた。

 彼女の名は春と言う。

 旭の母だ。

 

 春はかつては上州一の美女として評判の女性だった。

 端整な顔立ちに加えて、豊満な胸と尻を兼ね備えた男好きする体に、上州中の男共が夢中だったらしい。

 さらに希少な回復魔法の使い手とあっては、豪族、貴族など数多からの結婚話があったようだ。

  春は今年で三十になったが、子である旭からみても、老け込む気配を感じさせなかった。

 それどころか年を重ねるごとに、大人の色香が増してより魅力的になっている感じすらある。


「なんでもないよ、それより腹すいたわ、ご飯はまだなの?」


 旭は平常心を装い話を変えようとした。

 花ちゃんとの関係がばれたら、色々と介入されることになるのは目に見えているからだ。

 春は早くに夫を亡くしているせいもあってか、一人息子である旭に対して過保護なのである。


「怪しいわね。今の旭ちゃんの顔、嘘つく時のお父さんの顔にそっくりよ。何か隠し事してるでしょ?」


 と、言いながら春は疑うような目で旭を見つめてくる。


 熊の様な父の顔に似ていると言われ、やっぱりかと少し落胆したが、今は落ち込んでいる場合ではない。

 旭は早急にこの危機を乗り切らなければならないと思い考えを巡らせるが、悲しいかな妙案は浮かんでこなかった。

 

「うるさいな、本当なにも無いってば、早くご飯にしてよ」


 言い訳に困窮した旭は、なんとか話を変えようとする。


「本当かしら……、まあいいわ。 丁度ご飯も出来た所だし、冷めないうちに食べましょう」


 いぶかしげしげな顔をしたものの、幸いにも深く追求せずに、春は台所に戻り昼食の用意を始めた。

 

 何とか切り抜けられたようだ。

 旭は春に余計な刺激を与えないように、昼食が来るまで大人しくしている事にした。


 二、三分程座って待っていると、春が鍋を持って居間にやってきた。

 鍋の上には器用に食器と漬物の入っている小鉢が置かれていた。


「さあ、たくさん作ったからいっぱい食べてね。はいどうぞ」


 春は鍋から椀に卵雑炊をすくい、それを旭に渡した。

 旭は食欲をそそられる香りを前にして、大人しくしていようという気持ちは何処かに吹き飛んでしまい、椀を受け取るや否や、一気に雑炊をかきこみだした。


「駄目じゃない! 『いだだきます』もいわないで! 慌てなくてもたくさんあるんだから、ゆっくり食べなさい」


「わふぁってるよ」


 春の言葉に相槌を打ったら、もういいだろといった感じで旭は雑炊をかきこみ続ける。

 春も半ば諦めた様な笑みを浮かべながら、自分の食べる分をよそって食事を始めた。


 十分程経過しただろうか、既に鍋の中は空っぽになっていた。


「ごっそーさん。はー食った食った。やっぱり母さんの料理が一番うまいわ」


 腹いっぱいになり満足した旭は、春に感謝の言葉を言う。

 お世辞を言っているわけではなく本音である。


「ふふっ、どういたしまして。旭ちゃんは本当によく食べるわね、お米五合も炊いたのよ」

「ごめん、最近どんどん食欲が出てきたんだ。家計が苦しいんだったらこれから食べる量少し減らすよ」


 旭の家は父の残した多くの遺産と、春の回復魔法から得る治療費の収入があるので、相当裕福な部類に入る。

 しかし、旭は成長期に入ったのかこれまで以上に食べる量が増えてきたので、さすがに悪いと感じていたのだ。 

 

「まあ! なんていい子なのかしら! 旭ちゃんはお金の事は気にしないでいいのよ。あなたをお腹一杯食べさせる位の稼ぎと蓄えは十分あるんだから安心してていいのよ」


 春がそんなことはないと即座に否定してきた。

 旭も家にそれなりの蓄えがあるだろうとはなんとなく思っていたが、実際に蓄えがあると知って安心した、これで心おきなく飯が食えると。


「そっか。これで俺も安心して飯が食えるわ。ところで午後から母さんは治療に出かけるんだろ?」


 回復魔法の使い手は、沼田宗光の主君である沼田太郎男爵の治める沼田郡に、旭と春を含めても四人しかいない。

 中でも春は唯一の中級回復魔法の使い手である。

 沼田郡は、石高約三万石、人口三万人弱だ。

 その点から見ても回復魔法の使い手は大変貴重である事が解るだろう。


「そうよ、今日は月夜野村での治療よ。旭ちゃんも一緒に行くんでしょ?」


 春は食器をカチャカチャと片付けながら聞いてきた。


 ちなみに春は沼田郡で唯一の中級回復魔術師なので、春にしか治せない患者の治療のため、しばしば領内の各地に借り出される。

 沼田郡は山間に位置しているため、領内の移動にも山を越えなければならない場合もあるので、たまに泊りがけで行く事もある。


「そうだな、俺も魔法の練習をしたいから一緒に行く事にするわ」


 他の魔法は知らないが、回復魔法は実際に怪我人や病人に使用した方が、上達が早いらしいと春が言っていたので、旭はよく春の治療に付いて行っている。


「じゃあ、ご飯の後片付けしてから準備するから……、三十分位したら出発するんでちょっと待っててね」

「了解、じゃあそれまで暇つぶしでもてるわ。準備出来たら声かけてくれよ」

「わかったわ」


 そう言うと、春はそそくさと空っぽの鍋をもって台所に向かっていった。


 一方旭は、数分程居間に寝転がった後、サッと立ち上がり壁に立て掛けてある木刀を掴むと、外に出て腹ごなしに素振りを始める。

 数分後、素振りを終えると、腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを百回ずつ途中で殆ど休まずにやりきった。

 筋トレが終わって旭が休憩していると、準備を終えた春が治療に使う道具を持って家から出てきた。


「待たせてごめんね。さあ、行きましょ」


 と、言うと春は扉に鍵をかけてから歩き始めた。


「わかった」


 旭も春に遅れて歩き始める。


 しばらく歩くと、押し込めば百人程は入りそうな大きさの建物が見えてきた。

 普段は村の集会場で、これからは診療所として利用される予定だ。

 

 診療所には既に十人程の患者が並んでいる。

 

 到着した旭達は、すぐに診察を始めた。


「一人目の方どうぞー」

 

 春が患者を呼び込むと、赤ん坊を抱いた母親が入ってきた。


「よろしくお願いします。この子が風邪を引いたみたいで……」

「わかりました。少し見せてくださいねー」


 と、言い春は赤ん坊の診察を始める。


「うーん風邪みたいね、お熱も結構あるみたい。中級回復魔法ならすぐに全快させる事が出来るわ。初級回復魔法でも二回かければ症状をそれなり和らげる事ができるわ。その後は安静にしてれば二、三日で元気になると思うよ。一回だと少し楽になる程度だからお勧めはしないわよ」

「そうですか……。それで、料金はいくら位なのでしょうか?」


 赤ん坊の母親は少し不安な表情で春に尋ねる。


「中級だと一回当り小金貨三枚ね。初級だと一回当り銀貨三枚でいいわよ」


 と、春は答えた。


 中級回復魔法は初級回復魔法の三倍程の魔力を必要とするが、料金は初級回復魔法の十倍と割高だ。

 ぼったくり料金と思われるかもしれないが、そうホイホイと中級回復魔法を使ったら患者を全員治療する前に魔力が無くなってしまう。

 そのため中級回復魔法にプレミアム感を出して、料金を高めに設定している。

 もちろんそんなのは半分は建前で、内心はたくさん稼ぎたいと云うスケベ心ももちろんあるが……。


 ちなみに月夜野村の平均的な村民の生活費は貨幣に換算すると、月当り約小金貨二十枚ちょっとだ。

 それを鑑みると、中級回復魔法の三枚はそれなりの出費となる。


 赤ん坊の母親はしばらく悩んでいるようだったが、


「春さん中級魔法をお願いしてもらってもいいですか?」


 と言ってきた。

 随分と奮発したようだ、やはり自分の子供は可愛いようだ。

 

「判ったわ、じゃあ早速治療するわね。」


 春は杖を手に持ち、杖先を赤ん坊に付けると目を閉じて念じ始めた。

 すると杖先から淡い光が出てきて、赤ん坊を包みだす。

 しばらくしてその光が消えると、既に赤ん坊は穏やかな表情ですやすやと眠っていた。


「ふう……、これでもう大丈夫よ」

「よかった……、春さんどうもありがとうございます!」

「どういたしまして。喜んでいる所に悪いんだど小金貨三枚頂いていいかしら?」

「あっそうですね、……はいどうぞ受け取ってください」


 赤ん坊の母親は治療費を支払うと、再度頭を下げて出て行った。


 その後も特に支障も無く治療は続き、症状の軽い患者に対しては旭が治療を行った。

 中には若い女性もおり、その女性を旭が率先して治療を行おうとしたが、春に鬼のような形相で止められた。

 春いわく、

「旭ちゃんにはまだ早いのよ!」

 だそうだ……。


 診察開始から三時間ほど経過すると、日暮れも近くなったせいか、患者も来なくなったので旭達は診察を切り上げることにした。

 今日の診察で、計二十六人の患者を診察した。

 治療費は合計小金貨十四枚と銀貨六枚である。

 一日で、村民の一月の生活費の約四分の三を稼いだのである。

 これだけ稼いでいれば、旭に家計の心配もするなと言うのは十分頷ける。


 後片付けを終えると、集会所を後にする。


「旭ちゃんお疲れ様、飯の食べ物買ってから帰りましょ。何か食べたい物ある?」

「肉!!」


 旭は即答した。


「ふふっ、じゃあ旭ちゃんの希望通りお肉屋さんに行こうね」


 集会所は村の真ん中にある。そしてその近くに、人口約千人の村なので規模は小さいが、商店街が立ち並んでいる。

 旭達は肉屋に立ち寄り、牛肉と鶏肉をそれぞれ一kgずつを小金貨二枚で購入し、その足で隣の八百屋で数種類の野菜を銀貨五枚分、干物・乾物屋で魚の干物とドライフルーツを小金貨一枚分購入してから帰宅の途に就いた。



---



 夜の帳が落ちる頃なって、ようやく旭達は家に到着した。

 春は光魔法が付与された魔石を居間と台所の壁の穴に差し込む。

 すると、天井にある発光石から光が放たれ家中が明るくなった。

 

 光魔法が付与された魔石は効果は一年程続くものの、光魔法使いが少ない事と、魔石に魔力を込めるのに時間が掛かる事から、魔石の大小あるが平均して一個当り金貨十枚程もの値がつく高級品である。

 

 それを居間と台所、さらに春、旭の部屋、書斎、風呂と計六個も惜しげもなく使っている事からも、旭一家が裕福である事が伺える。


「すぐにご飯作るからちょっと待っててね! 旭ちゃんはお風呂の準備しておいて頂戴」


 春は早速夕食の準備に取り掛かる。

 夕食の献立は、白米五合に鶏鍋と牛肉のステーキのようだ。

 これも一般家庭に比べれば、かなり豪勢な部類に入る。

 普通白米は特別な日に出されるか、戦の時にしか支給されないし、肉も牛や馬は農家にとって貴重な働き手であり飼育も手間がかかるので高級品である。

 

 旭は風呂に向かい、火魔法の付与された魔石を風呂場の壁にはめ込む。

 風呂の水は旭がトレーニング代わりに朝に川から汲んできているので、湯船にはなみなみと水が張られている。

 

 風呂が炊けるまでの間に、旭は昼と同じく日課の素振りと筋トレを行う。

 筋トレが終わる頃と、旭は再び風呂に向かった。

 風呂の方もいい具合に炊けているようだ。

 旭は湯加減を確認してから魔石を取り外した。


 居間に戻ると、丁度夕食も完成していた。

 旭も春を手伝って夕食を居間に運ぶ。


「さあ、ご飯も出来た事だし頂ましょう」


「おう!」


 旭は好物の肉とあって、まるで飢えた猛獣の様に凄まじい勢いで食べ始めた。

 春は旭の様に大食いではないので、ゆっくり食べながら旭におかわりを盛っている。


 旭は勢い衰えぬまま食べ続け、気付けば用意された大量の食事を僅か三十分程で食べきってしまった。


「ごちそうさん、やっぱ肉は最高だな。ああ、風呂沸かしといたから母さん先に入りなよ」


「私はご飯の後片付けもしなきゃならないし、私の事は気にしないで先に入ってらっしゃい」


 春はそう言って旭に風呂を勧める。


「なら先に入らせてもらうよ。悪いね」


 旭は遠慮する様子もなく、スッと立ち上がり風呂に向かった。

 まったく図々しい奴だ。


 旭は自分の部屋で服を脱ぎ、寝巻きを持って風呂に向かう。

 風呂場に入り、二、三度湯を桶ですくい体にかけてから石鹸を手に取り、贅沢に体に直接擦り付ける。

 体全体に石鹸を泡立たせると、湯をすくい体についた泡を洗い流しそのまま湯に飛び込む。

 

「ふー、気持ちええなー」

 

 五分ほど湯に浸かってから、旭はもう十分だといった感じで風呂から上がる。

  

 風呂場から出てきた旭は、体を拭き寝巻きに着替えてから居間に向かい、春に、


「出たよ」


 と一言告げ、帰りに買った来たドライフルーツを抱えて自分の部屋に向かった。

 

 部屋に入り明かりをつけると、本棚から本を取り出して座布団に座り、ドライフルーツをかじりながら本を読み始める。

 月夜野村は田舎で娯楽も無いので、旭は暇な夜の数時間を、毎日読書に充てている。

 読む本は、将来何かの役に立つかも知れないと思い、歴史書から娯楽物まで様々な種類を読む事にしている。

 

 今日読む本は、大陸の西側の国々を旅した人物が記した旅行記、西方見聞録だ。

 暁国は大陸の東方に位置しており、西方の国々とは言語も文化も異なる。

 旭は西方見聞録に記された、自身の価値観と異なる西方の国々の在り方に興味を抱き、夢中になって読み進めた。


 本を読み始めてから、気付いたら数時間経ち、時間も午後十一時頃になっていた。

 既に一時間程前に、春は就寝している。

 夜も更けて来たので、旭も読書を切り上げて寝ることにして、布団を敷いてから部屋の明かりを消し床に就いた。


 こうして旭の一日は終わりを告げた。 

遠慮なくご評価、ご感想をいただけたら幸いです。

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