表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

腕試し その1

「テペト、後はよろしくね」とルチアが言うと、「はい、お嬢様」とテペトと喚ばれた男は軽くかしこまり礼をした。

 屋敷の裏に開けた場所がある。ルチアはきびすを返して、ひさしの下へ行った。

 マーガレットは書斎にこもったままなのか、姿は見えない。

 協会までの道中、護衛任務をするということは要するに戦えるということが一つ大切になる。

 にわかな知識だが、実際はそれだけじゃないだろうと想像することはできた。しかし特に質問することはなかった。これ以上、面倒なことをあれこれ言われたくないというのが、率直な感想だった。

 ともあれ、つまりは俺たちがどれだけ戦えるか試したいということなのだろう。

 右手には小振りの剣、左手には盾を持っている。それでも重いが振れないほどではない。リーチが長い槍にしようとも思ったが、なんとなく敷居が高そうに見えて、敬遠した。それに加えて、鉄製の胸当てと、小手、具足を装備している。体を鉄板で覆っているわけではないが、それでもこんなものを身につけたら動けないと思っていたが、思ったより体は動いてくれる。

 そんなことより、武器の刃が本物だったのは、予想はしていたが、流石に引いた。

 一方で懸と言えば、普通の剣どころかそれより一回り大きい剣を担いでいる。刃だけで足の長さ程度はあるだろうか。

 懸は先ほどの客間で「戦ったことはあるか」というルチアの問いに懸は「負けたことの方が少ないぜ」と答えていた。おまえはどんな生活を送ってきたんだ、と内心でツッコんだ。コイツはルチアが不良との喧嘩での戦績を聞いていると思っているのだろうか。

 俺はと言えば、ルチアに「俺は戦ったことすらない」と返した。懸が自信満々に答えた後だったから、そう言うにはすこし勇気はいったし、温厚そうなルチアが眉根を寄せたのには堪えた。

 しかし戦えないと答えて、じゃあ仕方ないわねでは終わらなかった。「じゃあ、試してみるといいわ」とルチアが言ったからだ。

 言われるがままに従ってしまったのは、間近の真剣に引いたり、喧嘩もしてこなかった自分でもどこかなんとなく戦うことにあこがれている節があるからだと思う。悪いことは嫌だし、痛いのも嫌だ。それでもドラマや映画、ゲームやマンガ。そういったフィクションでは当たり前のようにそう言うことをする。

 本当に馬鹿みたいなことだけど、そんな世界に本当に来てしまったのかも知れない、と体に待とう甲冑と手にぶら下げた鉄の塊を持ってそう思う。

 テペトと喚ばれた男が広場の真ん中まで歩いていくと、こちらに対して手招きする。懸と見合わせてから、テペトの方へ歩いていった。

 テペトは見た目、普通の男だった。茶髪で鼻が特徴的に高い、白人の男性だ。

 普通と言っても、流石に子供と大人で一回りは違うし、体つきも筋肉質のようでがっしりしている。見た目でだけでも勝てる気がしない。

「まあ、腕試しだ。適当にやるから、かかってこい」と慇懃に言う。先ほど「お嬢様」なんて言葉がでた口とは思えない。もっとも人相からしてそんな気品はなく、どちらかといえば、悪人面だ。

 腰に下げた剣を抜く。片手で持って、こちらへ向けた。もう片方の手は特に何かを持っているわけではない。顔つきは、緊張している風もなく、微笑んでいるようだった。

「二対1でやるの」」とテペトに聞いたのは懸だった。テペトは「どっちでもかまわんさ」と答えた。「だって、どうするよ」と懸が聞くのは俺だ。正直に言えば、二対1で戦えるに越したことはない。だからといって、どう戦えばいいのか、頭の中はまっしろだった。

 懸はそんな心中を見透かしたのか、「ふーん、じゃあとりあえず、俺が戦うことにするよ」と言った。「ご自由に」と言ったのはテペトだ。そう言われて、息苦しかったのがすこしよくなったことに気づいた。

 懸は担いだ剣を体の前に構えた。剣が大きい分、体の重心は後ろに置くように構える。

 俺は懸の剣の間合いに入らないように距離を置く。左に懸が、右にテペトが見える位置に移動する。

 一瞬、懸の剣先が下がった、と同時に懸が前に出たと思った。それと同じくして、テペトも前に出ていた。懸の一歩は、テペトにとって攻撃するのに十分な時間だった。剣を懸の左下から振り上げて袈裟に切る。懸はそっちに剣を降って、それを受けた。キンという金属音。それは軽い音。

 テペトの斬撃はそのままはじかれることはなく、今度は懸の右上に流れる。そこから縦に懸の右肩への斬撃は懸の剣の唾元を引き上げることでそれを阻止する。

 懸は防御のために引き上げたその剣を突き出してテペトの足をねらう。テペトはそれを右によけて、がら空きになった懸の左小手に剣を強く当てた。防具があるため、切り落とすまでにはならなかったが、ガンという音がして、懸の左腕が上にはじかれる。懸は剣を支えられずに、前につんのめる。剣を地面にさして、杖代わりに転倒は防いだが、その時点でテペトの剣先が懸の喉元の前に差し出されていた。

「てめぇ」

 動けないなりに、懸はテペトをにらみつける。それに対して、「そう怒るなよ」とテペトは笑って返した。

 剣を引くと、テペトはこちらを向いて、「どうだ、見えたか」と聞いた。と言われて頷く。頷いてからこんなに普段、こんなにものがはっきり見えていたかと違和感を感じた。

「じゃあ、おまえも腕試しだな」と言われ、胸に重いものがあるような感覚を覚える。ジェットコースターのは序盤にある徐々に上っていく感じ。緊張とか恐怖とかそういうものを強く感じる。

 懸のように動けるだろうか、小手に当てられて終わるのだろうか。

 どうなる、どうなる。漠然とした不安だけが頭の中をぐるぐる回っている。

「おまえはどうするよ」とテペトは剣を持って、うつむいている懸に言う。懸はこちらを向くと、「もう一戦っていいたいけどよ、まあいいや、見てるよ」と答えた。正直、もう一戦戦ってほしかったが、なんとなくいえる雰囲気ではないと思ってしまった。

 今度は懸が間合いに入らないようにして、広場の外へ出る。そのすれ違いざまに「なんか体がおかしいぜ」と言った。

 何を言っているのか、理解できない。何かの助言なのだろうけど、正直、そこまで頭は回らない。

 テペトの前に立つ。

 テペトは剣を抜いたままで、手にぶら下げている。構えはない。ただ立っている。「始めていいぜ」言う。

 そう言われて、腰だめに盾を構える。剣は後ろのいつでも振れる位置に置く。

舐められているというのは分かるし、分かるから恥ずかしい。でもどうすればいいのかが、わからない。

 盾を選んだのは、それで剣を捌いて、空いたところを剣で殴ればよいと思ったからだ。だからこちらからどう戦えばいいのかわからない。

「なるほど、わかった」と言ったのはテペトだった。

 テペトがこちらに一歩歩み寄ったのと同時に盾側の方、左手側から斬撃を見舞った。盾側からの斬撃だ。防御はできるが強い斬撃だった。重い。強風にあおられたように、体が浮くような錯覚を覚える。捌くことなんて考えられない。

 盾に隠れて、うまく見えないが剣先が上に流れた。上段から振り下ろされると思うと、今度は盾を必死にかざした。

 かざした後にテペトの顔がちらりと見えた。笑っている。

 フェイント?

 そう思った瞬間に上からの衝撃。持った盾に押しつぶされそうになる。重さが消えて、次の斬撃がくると思うと、怖くなって思いっきり後ろに飛び退く。

 飛び退こうとして、ジャンプしてからなかなか足が着かない。

 え、落ちてる?と錯覚した瞬間に足に地面が着く。思いがけない着地にバランスを崩して転倒した。転倒した先は草むらだった。

 目の前には空はない。木々の枝がそれを遮っていた。

 上体を起こすと、広場の外の藪の中にいることがわかった。広場に剣を持って、手を腰に当てているテペトと、広場の脇で座っている懸が見える。

 何が起こったんだ。ただそう思い、混乱するだけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ