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2-08

 ディランがふいに妹たちから視線を外す。テラスにいる面々に気がつくと、マリアンヌの腕を解きながら呟いた。


「今日はお茶会の日か」

「ええ。それなのにマリアンヌお姉さまが来てしまったから、もう台無し」

「まあ、心外だわ。あたくしが何をしたって言うのよ」


 マリアンヌとプリシーが再び喧嘩を始める。二人の間でディランは困ったように頭を掻く。


(ディランさま……)


 エフェメラがディランを見るのは三日ぶりだ。暗色で統一された略礼装姿で、前髪も下ろしている。卓の注意は突如現れたディランに逸れていた。カーミラもロレッタもすっかりエフェメラへの興味を失い、おかげでエフェメラは涙を落とさずに済んだ。


「嘘でしょう? ディラン王子殿下だわ!」


 最初に立ち上がったのはロレッタだ。次にアナが感極まったように腰を浮かせる。


「大きな式典でしか見ることができないっていう、幻の?」

「サンドル王家の方たちの中で一番に目撃率が低いのによ。まさか、間近で見ることができるなんて!」


 イルマまで立ち上がり、急に湧き上がった団結力で彼女たちはディランの元へ向かう。カーミラも澄ました顔で立ち上がると、口元を扇で隠しながら楚々と続いた。


 エフェメラも慌てて立ち上がった。すぐさまディランの隣に駆け寄ろうとして、しかし四人がディランの一歩手前で恥じらうように足を止めてしまったため、エフェメラも仕方なく彼女たちから一歩退いたところで立ち止まる。令嬢たちにディランが気づき、礼儀的な笑顔を見せる。


「せっかくみなさんにお越しいただいたのに、妹たちがご迷惑をかけているようですね。気分を害されていないといいのですが」


 アナとイルマがとろんとした瞳のまま固まった。ロレッタは、「い、いえ! そ、そんなことはございませんわっ!」と裏返った声で返す。カーミラは三人より一歩前へ出ると、真紅のドレスをつまみ優雅に礼をとった。


「ご機嫌麗しゅうございます、ディラン王子殿下。まさか夜会以外でお会いできるだなんて」

「カーミラ嬢もおいででしたか。挨拶が遅れて申し訳ない」


 カーミラが差し出した右手をディランがつかむ。エフェメラがあっと思った時にはディランはカーミラの手の甲にそっとキスを落としていた。エフェメラは堪らず目を背けた。ただの挨拶だと頭では理解しているが、カーミラに触れるディランを見たくなかった。


「さすがカーミラさまですわ。殿下に名前を覚えていただけているなんて」


 イルマの呟きが耳に届く。エフェメラはディランに会えたことで火照った頬が冷めていくのを感じた。ディランがカーミラと知り合いだったなんて、知らなかった。


「王都には長い滞在になりましたわ。明日、セプテン市に戻る予定ですの」

「道中のご無事お祈りしております。どうか、メルクリウス公爵にもよろしくお伝えください」


 ディランとカーミラが親しげにいくつか言葉を交わす。やがてロレッタもその輪に加わった。


 エフェメラは足元に視線を落とした。ディランとはまだ一度も目が合っていない。まるで自分が透明になったようだった。三日も会えなくて想いを募らせていたのはエフェメラのほうだけだったらしい。


 それでもエフェメラは思わずにはいられなかった。先程までのカーミラやロレッタの態度をディランが知らなかったとしても、何故エフェメラやスプリア王国を悪く言う者に優しくするのだろう。


「エフェメラ?」


 肩に手を置かれた。プリシーが心配した顔でエフェメラを覗き込んでいた。エフェメラはいま考えていた幼子のような我儘に戸惑いつつ、慌てて笑顔を作った。


「ディランさま、人気者ですね」


 恐らくうまく笑えているはずだ。エフェメラはもやもやとした感情を押し殺そうとした。ディランは優しい。特定の人には優しくしないで欲しいなんて思うのは、妻として失格だ。だが気分はなかなか晴れてくれない。


「ではお茶会の邪魔をするのも悪いですから、私はこのへんで」


 ディランの言葉に令嬢たちが名残惜しそうな顔をする。エフェメラは椅子に戻ろうと踵を返した。残りの時間はプリシーも同席するはずだ。きっと先ほどのような真っ向からの蔑視を受けることはない。


「フィー」


 声が背中に響いた。その声も呼び方も間違いようがない。振り向くとディランがエフェメラを見ていた。ディランは自分で声をかけておきながら迷うように目を泳がせる。


「その……悪いんだけど、いまから南棟の庭園を案内してもらえないかな? 夕方、客人が来るんだ。それでえっと……花を、バラの花を部屋に飾ろうと思ってて」


 珍しくディランの話し方がたどたどしい。


「でもどれがバラの花なのかわからなくて、困ってたんだ。だめ、かな?」

「いえ……大丈夫です」


 ディランがほっと息をつく。そしてテラスに入って来てエフェメラの手をとった。男の人の硬い手の感触に、エフェメラの頭は熱を帯び急速に回転し出す。これは一体何が起きているのか。


「悪いな、プリシー」


 プリシーは目を丸くしたまま曖昧に頷く。驚く令嬢たちもあんぐりと口を開けるマリアンヌも置き去りにし、エフェメラはディランと美しいテラスから去った。



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