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2-07

「おやまあみなさん。ごきげんよう。あたくしの妹のお茶会は楽しんでいただけて?」


 円卓の顔ぶれを順に確認していき、マリアンヌはエフェメラに視線を留める。エフェメラは何を言われるのかと怯えたが、マリアンヌはエフェメラの服装を値踏みするように見るだけだ。髪飾り、髪型、ドレス、そして宝飾と見定めていき、最後にふんっと鼻を鳴らす。


「まあまあね」


 マリアンヌの最上級の褒め言葉だった。エフェメラのことはともかく、服装を選ぶ感性だけは認めてくれているらしい。プリシーは席を立つと不機嫌さを隠さないままマリアンヌに詰め寄る。


「どうしてここへいらしたんですの、マリアンヌお姉さま」

「なんてことを言うのよ、プリシー。まるで来て欲しくなかったみたいじゃない。姉にはもっと敬意を持って接するものよ?」

「わたくしのお茶会にマリアンヌお姉さまは招いていないの。早く立ち去っていただけません?」

「まあなんて言い方。別にいいじゃない。あたくしもお菓子が食べたいわ」

「そんなことを言って、どうせエフェメラをからかうことが目的でしょう?」


 プリシーはぐいぐいとマリアンヌの背を押し始めた。そのまま円卓を離れ、テラスの外へと彼女を追い出してしまう。だがマリアンヌは帰る気がないらしい。柱廊でプリシーと喧嘩をし始める。


 喧嘩がするほど仲がいいということなのだろうと、エフェメラはほほえましい気持ちで二人を見つめた。ふと、故郷の兄弟たちは元気にしてるだろうかと思う。エフェメラには五人の兄と五人の姉がいる。兄姉仲は悪くなかったが、末っ子で引っ込み思案のエフェメラはいつも兄や姉にからかわれてばかりだった。


「――花の世話、ねえ」


 対面の席から冷ややかな声がした。顔を上げると、カーミラが感情のない目でエフェメラを見ていた。


「田舎から来たお姫さまは、やはり違うようね。まさか土いじりがお好きだなんて。スプリアという小国は、馬車も通れぬ森の中にあるのでしたっけ?」


 エフェメラはやや戸惑いながら頷いた。スプリア王国は大陸の南東に広がる〈果ての大森林(ジェンニバラド)〉の中にある。森には広い道が通っていないため馬車は使用出来ない。国内へは乗馬か徒歩で向かう必要がある。


「ジェンニバラドに入ってからも、歩いて二日程かかりますが、でも歩くのも楽しいですよ。木の葉が風で揺れて、葉の音を立てながら木漏れ日も一緒に動いて――」


 鳥がさえずり、光が緑の葉を透かす。澄んだ水は緩やかに流れ、動物たちは楽しげに追い駆け合う。森を感じながら道程を楽しめば時間などあっという間に過ぎてしまう。


「王都よりはずっと不便な所ですが、すてきなものがたくさん詰まっています。よろしければ、いつかカーミラさんもいらしてください」


 言い終わるや否や、カーミラが堪え切れなくなったように笑い出す。赤い薔薇柄の扇で口元を隠しているが、肩を揺らして笑っている。


 そこまでおかしなことを言っただろうかと、エフェメラは自らの言葉を反芻した。茶会にはふさわしくない話題だったろうか。ひとしきり笑った後、カーミラはすっと目を細くする。


「行くわけがないでしょう? スプリアなんかに」


 何を言われたのかとっさに理解し切れなかった。だがカーミラの瞳にプリシーが同席していた時のような温かさはなく、エフェメラは冷や水を浴びせられたように動けなくなった。


「動物しか暮らしていないような場所にわたくしを誘うなんて、笑ってしまうわ」

「……ど、動物だけでは」


 エフェメラはどうにか声を出す。


「スプリアの国民も、ちゃんと住んで……」

「ああ、そうでしたわね。千名ほどだったかしら? あんまり少ないから忘れてしまっていたわ」


 馬鹿にされていることをようやく確信する。エフェメラは血の気が引いていく思いで口を閉じた。人口一千万であるサンドリーム王国民のカーミラからすれば、とるに足らない数に感じるようだ。


「エ、エフェメラ妃殿下に、失礼ではないでしょうか」


 庇う声が割って入った。アナだった。カーミラはアナに鋭い視線を投げる。


「わたくしに意見しないでくださる? スケッルス家ごときが。身のほどをわきまえなさい。それとも、社交界にいられなくして欲しい?」


 アナが口をつぐむ。公爵家を敵に回せるのは同じ公爵位くらいのものだ。目をつけられた家は社交界から追放されるだけでなく、領地で問題が起きるよう根回しをされたり、汚名を着せられ爵位が剥奪されたりする。穏健な公爵家もあるが、メルクリウス公爵家は過激で、潰された家の数は二桁に上るという噂だ。


「本来ならば子爵程度がわたくしと一緒の卓につくことは許されないのよ。プリシーの優しさで座れていることを理解していらっしゃって?」


 アナは唇を震わせながら俯いた。イルマはカーミラの気に障らないよう押し黙っている。


「大目に見てあげてもよろしいのではありませんか? カーミラさま」


 ロレッタが柔らかな口調で間に入る。エフェメラはほっとした。公爵次位の侯爵令嬢であるロレッタの言葉ならば、カーミラの態度も和らぐかもしれない。


「スケッルス家はまだましですわ。さらに立場の低い者が同席しているほうが、問題なのでは?」


 ロレッタの蔑むような視線がエフェメラに向いた。エフェメラは彼女の意図せんとすることをすぐに理解した。心臓の鼓動が速まっていくのに、手足は異様に冷たくなっていく。カーミラは更に機嫌を良くして笑む。


「そうだったわね。一日で無くしてしまえるような国の姫など、その辺りの村の娘と何も変わらないもの。道理で今日のお菓子がおいしくないわけだわ。卑しい者と同じ卓だったのだから」


 カーミラとロレッタが声を出して笑う。それに便乗するようにイルマまでもがほほえんだ。エフェメラは言葉を発することができなかった。一言でも発すれば一緒に涙まで零れてしまいそうだ。


「その髪飾りの宝石も作り込まれたドレスも、ディラン王子殿下におねだりをして買ってもらったのかしら」

「カーミラさま。きっとこの子は色目を使えば何でもしてもらえると思っているのですわ。絶世の美女と謳われているからといって、厚かましいこと」

「ええ、あさましいわ。我が国がなければ何もできない弱国の王女が、サンドル王家の仲間入りをしていい気にならないことね。――本当にくだらない婚姻同盟。サンドリームには何一つ利益がない。さっさと破棄してしまえばいいのに……。よくって? あなたがディラン王子殿下と結婚したせいで、大きな不利益を被る者もいるのよ?」


 エフェメラは瞳に涙をにじませながら顔に疑問を浮かべた。


「あら、わからない?」


 カーミラが演技がかった仕草で眉を上げた。卓の上で指を組み、その上に顎を乗せる。漆黒の瞳をまったく笑っていないのに、赤い唇は笑顔を作っていた。


「あなたさえいなければ、わたくしがディラン王子殿下と結婚をして、王族になっていたという話よ」


 息がうまく吸えなかった。喉が苦しい。みっともなく泣いてしまうとエフェメラが覚悟したその時、マリアンヌの嬉しそうな声が響いた。


「あっ! やっと見つけたわ!」


 花壇が並ぶ柱廊の先から一人の青年が歩いて来る。青年は鮮やかな金髪夜空を思わせる青藍の瞳を持っていた。青年がマリアンヌに気づきぎょっとして身構える。だがマリアンヌは躊躇うことなく青年に突進した。


「会いたかったわ! ディっラーン!」


 ディランは逃げようと身を引いた。だが間に合わず、いつものようにマリアンヌに抱きつかれた。


「マリアンヌ、どうしてここに……」

「ディランの部屋に行ったら使用人が教えてくれたのよ。『ディラン王子殿下なら北棟に行かれました』って」


 マリアンヌは睫毛をぱちぱちさせながらディランに腕を絡める。


「へえ……。それで、今度はどうやって聞き出したんだ?」

「服を脱がせようとしたら降参したわ」


 ディランが顔をひきつらせる。


「私の使用人をあまりいじめないでくれ、マリアンヌ……」

「すぐに教えてくれるなら、あたくしだって何もしないわよ。あの使用人もいい加減学ぶべきね」

「いい加減学ぶべきなのはお姉さまのほうでしょう?」


 プリシーが溜め息をつきながら会話に加わる。


「そんなに抱きつきたいなら、イーニアスお兄さまやリチャードお兄さまに抱きついていればいいじゃない」

「おの二人はだめよ。イーニアスお兄さまはぜんぜん冗談が通じないし、リチャードお兄さまなんて、くずかごに抱きついたほうがましってくらい考えられないわ」

「屑かごって……リチャードお兄さまは不憫ね」


 プリシーはもう一度溜め息をついた後、気を取り直してディランを見上げる。


「ごきげんよう、ディランお兄さま。北棟にいらっしゃるなんて珍しいですわね」

「ああ。陛下に用があって……」



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