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「いえっ。ディランさまは、どう見ても、王子さまです! がっかりなんてしません。たとえ出来ることが少なかったとしても、ちゃんと、王子さまだと思います!」


 世辞で言っているわけではない。ディランの王族としての礼節に違和感を抱いたことはないし、態度だって堂々としたものだと思う。


 ディランは驚いたように瞬きをし、そして小さく笑った。


「ありがとう」

「……いえ……」


 エフェメラは顔が熱くなった。髪が濡れたディランはいつもと雰囲気が違う。いつも以上に格好良く見え、その上笑顔なんて向けられたら、心臓が早鐘を打って仕方がない。


「ヘーゼル司祭のことも、俺には、全員を助けるうまい方法が思いつかなかった。だから手を出せなかった。――俺には、みんなを守る力はない。だから守るべきものと見捨てるべきものを選ぶ。……非情に思うかもしれないけど」


 エフェメラは首を横に振った。ディランはディランの考えがあり、判断基準がちゃんとあったのだ。


 子どもの頃のディランは、みんなを助けたいと言っていた。それが大人になり、現実を見て確実に守らなければならないものを優先するようになった。仕方のないことだ。


 それでもやはり、エフェメラは少しだけ寂しいと思った。みんなを助けたいと言っていた幼いディランも、やはり好きだった。


「――ディランさまのお母さまは、いまは……?」

「故郷で暮らしてる。元気だよ」

「故郷……」


 シーニーも同じ出身だと言っていた。エフェメラが知らない場所だ。


「サンドル王家に大胆な約束をとりつけることができるなんて、ディランさまの故郷は、すごい力を持っているのですね」

「うーん、そうなるのかな。ずっと昔の話だけど」

「どのような場所なのですか?」

「一言で言えば、スプリアとは真逆なところ」

「真逆、ですか」

「大陸のずっと北――シャドの山の奥深くにあるんだ。一年中雪が解けない、北の果て」


 エフェメラは雪を見たことがなかった。スプリア王国は一年中蒸し暑い果ての大森林(ジェンニバラド)の中にある。長袖すら必要としない。


「一年中雪があるほど寒いなんて……想像がつきません」

「君は特にそうだろうな。でも、大きさは想像つくと思う。渓谷けいこくは、スプリアよりもさらに小さいから」

「渓谷?」

「故郷のことをそう呼んでるんだ。渓谷の住民は、全部で二百名ほどしかいない。うち半分近くが大陸中に散ってるから、実際に生活している人は本当に少ない」

「スプリアよりも小さなところがあるなんて……思ってもみませんでした。でも、国単位で見たら、渓谷はサンドリームの一部ですね」

「渓谷もほぼ一つの国みたいなものだよ。山奥にあるせいで、独立してるから」


 故郷の話をするディランの表情は柔らかい。エフェメラはディランの新しい面を見た気がした。


「わたし、ディランさまの故郷に行ってみたいです」

「え?」


 予想外に、ディランは戸惑いを見せた。エフェメラは不安になった。


「お母さまにご挨拶をしたいと思ったのですが……わたしでは、だめ、でしょうか」

「いや、そんなことは、ないんだけど……渓谷では、王族や貴族を敬う風習がないから、みんな君に粗野な態度をとるかもしれない」

「ふふっ。そんなこと、ちっとも気にしません」

「ああ、うん……そうだよな」


 ディランはなおも複雑そうな表情をしていたが、やがて考え直すように言う。


「うん。君が来てくれたら、母さんもきっと喜ぶよ」


 まるで夢をみるような言い方だった。エフェメラが行けないと思っているのだろうか。


「寒くても、わたし、平気です! 服をたくさん着るので!」

「……うん」

「きっと素敵な場所ですね」

「不便なところだよ。一番近くの街まで、二日かけて山を下りないといけない。農作物が育たないから、定期的に街から食料を運ぶ必要もあるし」

「なら、おいしい食べ物をお土産にしたら、とても喜んでもらえそうですね」

「うん――でも、ほかにもたくさん、不便なことばかりなんだ。雪片付けは毎日だし、世間では当たり前の情報も届かない。何かあれば、すぐ渓谷中に広まるし」

「ふふっ。余計楽しみになりました」

「どこが?」


 ディランは片眉を上げるが、エフェメラは笑ったまま続ける。


「だって、それほど不便でも暮らしているのですから。みなさんが好きな場所だってことですよね」

「それは……」


 ディランが考えるように窓の外へ視線を向ける。雨がやんでいた。依然として空は暗いが、強い雨は息を潜めたようだ。


「好きかはわからないけど……――みんなにとって、かけがえのない場所なのは、確かかな」


   ×××


 木々の間にはたくさんの水溜りができていた。たっぷりと水を吸った地面はぬかるみ、走れば服に泥が跳ねてきそうだ。


「あっ! みんなを助ける方法を考えていません!」


 エフェメラは声を上げる。二人は山小屋の外へ出ていた。ディランとのお喋りに、すっかり夢中になっていた。


「心配しなくても大丈夫。少し、ここで待っていよう」

「どうしてですか?」

「襲ってきた敵の仲間が、たぶん来るから。俺たちを探しているはずだ。その仲間に、みんながいるところまで連れて行ってもらおう」


 親切に連れて行ってくれるだろうかと思うが、ディランが冗談を言っているようには見えない。ディランは耳を澄ませるようにして遠くを眺めている。


 エフェメラは周りを見渡した。誰かが現れる気配はまだない。雨が上がったばかりの山は、動物たちも未だ活動していないのか、とても静かだ。


「……ディランさま」

「ん?」

「あの……シーニーさんは、朝早くに発ったのですか?」

「うん。本当は昨日発つ予定だったんだけど」

「そうだったのですか。――昨日の夜は、一緒だったのですか?」

「……なんで?」

「と、特に理由はっ。なんとなく、です」

「夜に少し話をしたけど、一緒ではなかったよ。お互い早めに寝たから」

「そうですか……」


 返答が嘘だとはまるで考えず、エフェメラはほっと息をつく。それからまた質問した。


「でも、一昨日おとといは、シーニーさんと一晩中一緒だったんですよね」

「ああ。うん」

「ひ、一晩中、何をしていたのですか?」


 ずっと前方を見ていたディランが、違和感を覚えエフェメラを見た。エフェメラは気恥ずかしさに目を逸らし、もじもじと指を合わせる。


「……一昨日は、シーニーと食事をして、そのあとすぐに宿に行ったよ」

「宿? もしかして、同じ部屋ですか?」


 エフェメラは泣きそうな顔でディランに詰め寄ってしまった。ディランは二、三度瞬きをし、何故か安堵顔になる。


「もしかして、さっきからずっと、シーニーのこと気にしてる?」


 エフェメラは瞬時に額まで真っ赤になった。俯き、消え入りそうな声で訴える。


「ひどいですっ。わたしが、ディランさまをお慕いしていると知っていながら、ほかの女の人と一晩中一緒にいるなんて……」

「ご、ごめん。君がシーニーを、そんな風に気にするとは思わなくて」

「思わないわけがありませんっ!」


 エフェメラは頬を膨らませる。どこか嬉しそうなディランがさらに恨めしい。


「シーニーは、ただの友達だよ。そういうのはぜんぜんない。一昨日だって、俺が宿をとり忘れたからシーニーの部屋に泊めさせてもらったけど、何もないよ。ただシーニーと一緒に――……」


 ディランがはっとして言葉の続きを躊躇ためらった。エフェメラはディランを見上げたまま言葉の続きを待つ。


「……シーニーは、姉みたいなものだから」


 ディランが目を泳がせる。エフェメラは胡乱うろんな目で見つめた。


「どうしていきなり言い訳をするのですか」

「い、言い訳ってわけじゃ」

「何かやましいことでもあったのですか?」

「やましいことなんてないよ。まったくない。シーニーは、ただの幼なじみだから」

「言い訳をしているではないですか! シーニーさんと一緒に、どうしたのですか!」


 狼狽うろたえていたディランが、急に表情を変えエフェメラの後方を見やった。エフェメラは逃げる口実を作られたのかと思ったが、ディランの視線の先に一人の少女を認め、考えを改める。


 修道服の上にマントをかけた金髪の少女が立っていた。エフェメラは驚きながら少女の名を呟く。


「リリシャさん……」



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