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 数拍数える間、静寂があった。


「何、言ってるんだよ。二人で寝たら、狭いだろ」

「大丈夫よ。二人で寝ても、寝返りくらいはうてるわ」

「そうかもしれないけど……俺たちもう十七だぞ? 子どもじゃないんだから」

「いいじゃない、たまには。ディランが床で寝てると思うと、ぐっすり眠れないの」


 ディランはしばらく迷っていたようだが、断る理由が見当たらなかったらしい。立ち上がり、シーニーが空けていた所に横になる。ディランの体温がすぐそばに近づいて、シーニーは今年一番緊張した。


 小さい頃、ディランとはよく並んで昼寝をした。母親同士が親友だったこともあり、互いの家によく泊まっていた。心地良い緊張に、シーニーは幸せな気分で身をゆだねる。


「――そういえば、アプリ―リスの初めに、一度渓谷に帰ったんだよな?」


 ぼんやりと天井を見ながら、ディランが口を開く。


「母さんとランシア、元気だった?」

「ええ」

「……そっか」

「ランシアが、渓谷の外に出たいって言ってた」

「前帰った時も言ってたなぁ。でも母さんは、ランシアに武器を持たせたくないみたいだから」

「ずっと反対してるものね。でも、どうしてもって言われて、今年のデケンベルは街に連れて下りるって約束しちゃった」


 渓谷で暮らす人たちが出かけるとすれば、大抵は一番近い人里である聖都ヤーヌアーリだ。聖都ヤーヌアーリのすぐ裏手に渓谷のあるシャドの山がある。


「なら、俺もついて行くよ。少し外を見れば、ランシアも満足するだろ」

「そうね」


 渓谷で暮らす人たちは、王の慧眼(ラズワルド)の要員を除き基本的に山の外へ出ない。生まれてから死ぬまで一歩も出ない人もいる。外との関わりを完全に断っているのだ。それが自分たちのためにもなり、外の人間のためにもなる。


 好きに渓谷の外へ出たいのなら、王の慧眼(ラズワルド)の一員になるのが絶対条件で、だからシーニーはディランのそばに行くために武器をとった。十歳の頃から、槍の稽古に勤しんだ。いまは、大の男数人を相手にしても勝てる自信がある。


 隣から寝息が聞こえた。横を見ると、ディランがぐっすりと眠り込んでいた。柔らかそうな金髪と、見慣れた端正な顔立ちを見ながら、シーニーは肩を落とす。異性としてまったく意識されていない事実が突き刺さる。


 勿論、何かがあるなんて期待をしたわけではない。なんと言っても、ディランはすでに結婚しているのだ。


 でも、結婚していることなど関係あるだろうかとも思う。どう考えても、あのエフェメラという少女よりシーニーのほうがディランを知っている。幼い頃のことも、仕事のことも、エフェメラが知っていてシーニーが知らないことはきっとない。


 それでもディランの気持ちはシーニーよりも彼女に向いている。理由はわからない。彼女のほうが好みの外見だとか、性格が気に入っているとか、いろいろと考えられる。


 だが一番の要因は、やはり出会い方なのではないかと思う。もしも自分がエフェメラの立場だったなら、ディランはシーニーを特別に意識してくれていたかもしれない。


 そんなどうしようもないことを考えているうちに眠ってしまったらしい。シーニーは朝の光でゆっくりと瞼を開けた。温かな寝台でまどろみつつ、すぐそばで穏やかな息遣いを感じる。視界が次第にはっきりとしてきて、すぐ鼻の先にディランの寝顔を見た。


「――っ!!」


 いつもと違い過ぎる目覚めに、心臓が喉から飛び出すかと思うほど驚く。反射的に後ろへ下がってしまい、寝台からころげ落ちる。どんっ、と鈍い音が部屋に響いた。


 ディランが音で目覚めた。背中をさすっているシーニーを不思議そうに見下ろす。


「おはよう。……大丈夫か?」

「……大丈夫。……おはよう」

「いやぁ、よく寝た。シーニーが近くで寝てたせいか、渓谷に帰った気分だった」


 ディランは呑気に背筋を伸ばす。シーニーはすっかり気が抜けたまま、寝癖が立っていないか気になり頭を撫でる。するとディランがシーニーを見て何かに気づいた顔をした。やっぱり寝癖が立っていたのかと、シーニーは両手で頭を抑える。するとディランはまったく違うことを指摘した。


「シーニー。服の留め具、外れてるぞ」


 胸元を見ると、本当に留め具が外れていた。胸元が見えてしまっている。シーニーは真っ赤になって慌てて直した。


 顔を赤くしたままディランの反応を気にする。しかし、ディランは何事もなかったかのように窓の外を見ていた。窓の外からは美味しそうな匂いが漂ってきている。


「あそこの茶店かな」


 シーニーは、自分の胸は食べ物以下なのかと落ち込んだ。さすがに恨めしい気持ちでいると、ディランがふと窓辺を見下ろし表情を緩める。窓辺にララがいた。いま帰ってきたようだ。


 一晩中アーテルを誘導していたわけはないだろう。ララがシーニーを見て小さく鳴いた時、昨夜ディランと二人きりでいられるよう気を利かせてくれたのかな、なんて思った。


   ×××


 朝靄がかかる森の道を、馬が二頭走り去っていく。馬はヴォルム村からカルケニッサの町へ向かっていた。


「心配で来るくらいなら、無理やりにでも、あの子を止めたら良かったのに」


 馬を見送った後、ディランとシーニーも各々の馬に乗った。


 昨日の昼前に、ディランとシーニーはエフェメラと合流した。その後、スケッルス子爵の邸でアーテルとアルブスに盗賊事件について話した。それからエフェメラが部屋にやってきて、ヘーゼル司祭の説得をすると話し出した。


 ディランはエフェメラが気になり、シーニーとともにずっと尾行していた。ガルセクがいたこともあり、エフェメラたちは何事もなく一晩を終えることができた。


「フィーが正しくて、俺が間違ってる可能性もある。無理やりやめさせるなんてできないよ」

「でも、お嬢さまと修道女について本当のことを教えていれば、あの子の意見も変わったんじゃない?」

「それは……どうだろうな」

「彼女たちと仲良くなったようだから言えない、なんて、本当の意味ではあの子のためにならないと思うけど」

「……」


 シーニーの言う通りだ。ただ単純に、ディランはエフェメラが傷つく顔を見たくなかった。我が侭でしかない。そしてそれをシーニーも気づいているのだろう。重ねて責めはしなかった。


 暁の空には厚い雲がかかっている。すぐには晴れないだろう灰色の重い雲だ。ディランは軽く息を吐いてから、馬を走らせる。


 ヘーゼル司祭の説得に成功しても、もう取り返しのつかないことはある。リリシャは、じき捕まる。みなのヘーゼル司祭への尊敬は変わらない。そうすれば、アナの哀しみは、どこへ向かえばいいのだろうか。



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