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2-04

 サンドリーム王国第三王女プリシーは、エフェメラのそばまで来ると翡翠色の大きな瞳を瞬かせる。


「ごきげんよう、エフェメラ。……あなた、何をしているの?」

「お花のお手入れをしているんです」


 手に雑草を握ったままほほえむ。プリシーは頬に土をつけたエフェメラを見て、次いで王城にふさわしくない服装のアーテルとアルブスを見る。瞳はわずかに困惑している。


「花の手入れなんて、庭師に任せればいいじゃない」

「その……わたし、お花のお世話をするのが好きなので」


 プリシーはぽかんと口を半開きにした。


「そんなに土汚れをつけてまで?」


 エフェメラは慌ててドレスを確かめた。泥汚れだらけでひどい有様だった。慌てて払ってみたが、汚れは伸びるように広がっただけだった。プリシーが形の良い両眉を上げながら言う。


「わたくしだったら、庭は触るよりも、紅茶でも飲みながら眺めているほうが好きだけれど……まあ、好みは、人それぞれだものね」

「え、えっと……プリシー王女は、どうしてこちらへ? わざわざ北棟から南棟へ遊びにいらっしゃるなんて」


 プリシーが居住する北棟は、南棟から最も遠い位置にある。用事もないのに歩きたい距離ではない。プリシーは使命を思い出したように手を合わせる。


「そうだわ、エフェメラ。あなたを迎えに来たのよ」

「迎え?」

「今日の午後のお茶会に、あなたを誘っていたでしょう?」


 十日ほど前、エフェメラはプリシーに茶会の誘いを受けた。国内の令嬢を数名集めた小規模の茶会だ。


「でもまだ時間が……」

「もう午後よ」


 エフェメラは驚いて空を見上げた。太陽が頂点を通り過ぎている。まだ午前だと思ったが、昼食も忘れて作業に夢中になっていたようだ。


「のんびりしたお茶会だから、多少遅れても問題はないけれど……」

「すみません、急いで支度します!」


 エフェメラはローザとヴィオーラを呼ぶと、大慌てで庭園をあとにした。


   ×××


 おしゃれに半日をかけることもあるエフェメラにしては、お茶会の身支度はすんなりと終わった。というのも、エフェメラは茶会に誘われた日の晩に、ドレスや靴、髪型に宝飾まですべてを決めていたからだ。同年代に招かれることが初めてだったエフェメラは、今日の茶会をとても楽しみにしていた。さらにプリシーの計らいで、茶会に参加する令嬢はみなエフェメラやプリシーと同じ十五歳なのだという。


(失礼がないよう気をつけないと)


 エフェメラには同年代の友人がいない。誰かと仲良くなるのは苦手なほうで、スプリア王国では家族や城で働く者と話すくらいだった。今回の茶会も、初対面の相手と一体何を話せば良いのかと考えていた。相手に嫌な思いをさせ、茶会を台無しにすることだけは避けたい。


「お待たせいたしました、プリシー王女」


 プリシーは談話室でエフェメラを待っていた。エフェメラを見て感心の溜め息を漏らす。


「あなたって、やっぱりとても美人ね」


 エフェメラは淡い黄色のドレスを着ていた。ふわりと広がるスカートには刺繍で白い花が散りばめられていて、背には純白のリボンがついている。手入れの行き届いた桃花色の髪は耳元だけ編み込み、髪飾りには黄水晶(シトリン)で出来た菜の花をつけている。褒められたエフェメラは顔を赤くした。


「そうでしょうか……。プリシー王女も、とってもお綺麗です」


 エフェメラはプリシーの落ち着いた髪色が羨ましかった。同じ歳のエフェメラよりも大人っぽく見え、どんなドレスの色も合う。


「あら、お世辞?」

「ち、違いますっ!」

「ふふっ。冗談よ」


 プリシーはいたずらっぽく笑う。この笑い方もエフェメラにはないものだ。


「あなたはわたくしのご機嫌取りなんてしなさそうだものね。じゃあ、準備ができたところで行きましょうか」


 部屋を出て、エフェメラとプリシーは北棟へ向かった。茶会はいつも、プリシーが居住する北棟のどこかで開かれる。北棟には景色の良いテラスや四阿(あずまや)を設えた庭がいくつもあり、毎回場所を変えているという。


「さっきの方たちって、いつもディランお兄さまと一緒にいる方たちよね?」


 廊下を歩きながらプリシーが訊く。アーテルとアルブスのことだ。エフェメラは頷いた。


「あの二人と仲良くなったの? 普通に話をしてたみたいだったけれど」

「はい。一度お話をする機会があって、それからよく話しかけてくれるようになったんです」


 用がなくても来るため、ディランよりも会う頻度が高いくらいだ。


「あの方たちって、ディランお兄さまの何なのかしら。ディランお兄さまは従者だって言ってたけど、一国の王子の近衛にしては彼らの礼儀はあまりになっていないし」

「アーテルとアルブスは、ディランさまのお友達兼護衛なんです」

「友人? あの二人が?」


 プリシーが目を瞠る。


「ディランお兄さまったら、友人は選べばいいのに」

「……アーテルとアルブスは、いい人たちですよ。確かに少し服の着方がだらしないですが」

「わたくしがさっきから気にしていることはね、エフェメラ、対外的な話よ。いくら彼らの人柄が良かったとしても、服装や立ち振る舞いがみっともなければディランお兄さまの評判は悪くなってしまうの。そういうものよ。……だから、騎士団員からも良く思われないのよ」

「騎士団……」


 闘技場で、ディランとガルセクが決闘した時のことを思い出す。確かにあの時の騎士団員たちの態度はディランにとって気持ちのいいものではなかった。


「この前、ディランお兄さまが騎士団の方数名とすれ違うのを見かけたのだけど、彼らはディランお兄さまに礼もしなかったのよ? それはさすがに彼らにも問題はあるけれど、注意もしないディランお兄さまもディランお兄さまよ」


 プリシーはディランを心配して言っているようだった。


「だからあの二人にしても、せめて服装だけはちゃんとして、礼の仕方くらいは学んでもらうとか――」


 エフェメラは曖昧な表情を返すしかなかった。プリシーの主張は真っ当だが、指摘されてもアーテルとアルブスは億劫がりそうだと思った。それをわかっているからこそ、ディランも何も言わないのだろう。


「でも、ディランお兄さまの護衛ということは、彼らは腕は立つのね」

「はい、とても強いです」

「二人とも、身体の線が細くて剣をしそうには見えないのに。エフェメラがスプリアから連れてきた騎士のほうが、ずっと強そうだわ。副団長から一本取ったんですって? すごいのね」

「はい。ガルセクはスプリアでも優秀だったので」

「納得ね。……でも、あの二人がオウタット帝国出身なら、腕が立つのは普通かしら」

「オウタット……って、隣の国の?」


 ここハキーカ大陸には五つの国がある。大陸中央と北を支配するサンドリーム王国と、その南にあるスプリア王国、大陸南西を占めるウィンダル公国に、北西を占めるサマレ共和国、そして大陸東を支配するオウタット帝国だ。オウタット帝国は、サンドリーム王国に次いで大きな国だった。


「わたくしが見る限り、あの二人、サンドリームの出身じゃないのよね」

「えっ?」

「身につけている小物が、この国のものじゃなかったりするの。恐らく、オウタットのものよ」


 エフェメラは驚いた。アーテルもアルブスもサンドリーム王国出身とばかり思っていた。プリシーがよく観察していることにも驚く。


「違ってたらごめんなさいね。たぶん、間違いないと思うのだけど」


 エフェメラは今度二人に訊こうと思った。オウタット帝国のことはよく知らないため、ぜひ話を聞いてみたい。


   ×××


 北棟は南棟に比べて陽の入りが少なく、薄暗いせいか重い雰囲気がある。城門から最も遠い場所にあり、裏手が崖となっているため侵入しづらく安全だ。国王アイヴァンも居住しており、故に漂う空気が他棟とは違うように感じられる。


 北棟の奥まで進むと巨大な階段が現れた。吹き抜けの階段広間に最上階である三階へつながる階段がまっすぐ続く。最上階へ行くことができる唯一の道でもある。


「今日のお茶会は三階で行うのよ。ちょっと長い階段だけど、わたくしたちは淑女。表情を乱さず、汗も流さず上り切りましょうね」

「が、がんばります」



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