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2-41

 森に馬をとめ、エフェメラたちはヴォルム村へ入った。賭博の村とはどのようなものかと思ったが、実際に村の中を見てみると、入るだけで問題視される理由がよくわかった。


 通りにはごみが散らばり、道の真ん中で掴み合い怒鳴り声を上げる男たちもいれば、地面で酒瓶を抱き眠っている男もいる。隣立する店の看板は非常に華美で、客寄せの女性は下着かと思うくらい露出が多いドレスを着ている。店先で店員に向けて地面に伏し懇願している男は、使い切ってしまった金を取り戻そうと、さらに賭博をしようとしているらしかった。


「エフェメラさま、大丈夫ですか?」


 村の様子に戸惑いを隠せないエフェメラに、ガルセクが気遣わしげに声をかける。本心では、ガルセクはエフェメラをこの場所へ連れて来たくはなかったようだ。


「大丈夫よ。少し、驚いただけだから。――あら? あの人たち……」


 エフェメラは建物の陰に数人の男が群がっているのを見つけた。何をしているのかと目を凝らせば、男たちの足元に一人の男がうずくまっている。蹴られるのを必死に耐えているのだ。


「あなたたち、何をしてるの?」


 足が勝手に向かっていた。暴行を加えていた男たちが気怠げにエフェメラを振り向く。男たちの腰に剣があることに気づき、エフェメラは軽はずみな行動を後悔した。


「んだよ、お嬢ちゃん。俺たちになんか用?」


 男の一人が応じる。男たちに好色な目で見られているのを感じながら、エフェメラはなるべく事を荒立てないよう、穏やかに言った。


「えっと……その人に暴力を振るうのを、やめていただけないかしら。みんなで寄ってたかって、良くないと思うわ」

「その言い方じゃあ、まるで俺たちが悪者みたいじゃん。俺たちは、正当な罰を与えてるだけだよ?」

「……その方が、何をしたのかはわからない。けれど一人の人を何人もで痛めつけることは、正当とは言えないわ。……と、思う気が、するような、しないような」

「うーん……」


 男は鬱陶しそうに口にくわえていた葉巻をふかす。独特の臭いを放つ紫煙がエフェメラまで届いた。その時、蹴られていた男が逃げようとした。だがすぐに気づかれまた強く腹を蹴られる。男は呻き声とともに丸くなった。


「だから暴力は――」

「じゃあ代わりにお嬢ちゃんが俺たちと遊んでくれる? 俺ら、こいつのせいで、楽しい気分がすっかり飛んじゃったわけ。でもお嬢ちゃんが遊んでくれるって言うなら、やめよっかな」

「え? えっと、わたしは……」

「ごめんなさい! 悪いけど、無理よ」


 アナがエフェメラの腕をがっしりと掴み、その場を去ろうとした。


「喧嘩の邪魔しちゃって悪かったわ。あたしたち、急いでるからこれで失礼するわね」


 アナが小声で「助けるのは無理よ、あきらめて」とエフェメラに言う。エフェメラは蹴られる男が哀れだった。去ろうとすると、アナの肩が掴まれる。


「ちょっと待ってって。そんなに時間とらせないからさー。付き合ってくれてもいいじゃん?」

「しつこいわね。だから無理だって――」

「お嬢さまに触れるな!」


 ぱしりと、耳に心地の良い音がした。コリーがアナの肩にあった男の手を払っていた。男の雰囲気が悪いほうへ変わる。アナが青い顔をした時には、コリーは胸ぐらを掴まれていた。頭二個分は上背がある男に持ち上げられ、コリーの足が宙に浮く。コリーが苦しそうな顔をした。


「お前には、話してないけど」

「お、お嬢さまっ。僕は、大丈夫ですから、逃げてください……っ」

「できるわけないでしょ、このばか!」


 エフェメラはまたやってしまったと思った。ひと月前、エフェメラのわがままで夜に城下町へ行き、ガルセクに大怪我をさせてしまった時の記憶がよみがえる。


 エフェメラが男たちの要望を呑もうとした時、コリーを掴む男の手首が捻り上げられた。解放されたコリーが地面に尻餅をつく。ガルセクが、男の手首を強く捻っていた。


「武力行使はなるべくしたくなかったが……」

「なんだよ。やんのか?」


 男が舌打ちをしながらガルセクの手を振り払い、剣を抜く。ほかの男たちも剣を抜いた。エフェメラは助けを呼ぼうと周りを見たが、剣の喧嘩も慣れたものなのか、誰もこちらに興味を示していない。


「ガルセクっ」


 エフェメラはガルセクを逃がしたかった。一対五の多勢に無勢、これではあの夜の二の舞だ。だがガルセクはエフェメラを見てほほえんだ。その目に不安の色はまったくない。


「大丈夫ですよ、エフェメラさま」


 男たちがガルセクに向かってきた。一人が斬りかかってきたためガルセクも剣を抜く。男を斬るためではない。ガルセクは男の剣を自らの剣で流し、柄で横腹を強打し男を地面に伏せさせた。続くもう一人の剣も冷静にかわし、同時に向かってきた男の剣も落ち着いた様子で受けると足払いをして隙を作る。そして順番に二人を気絶させた。


 残りの二人も簡単だった。一人は一対一で当然のように倒し、残りの一人は逃げてしまった。ひやりともしない、完璧な勝利だった。


 エフェメラはガルセクが剣を収める姿を驚嘆して見ていた。ガルセクは座ったままのコリーに手を貸す。エフェメラは我に返り、ガルセクのそばに寄った。


「ごめんなさい、ガルセク。わたし、またガルセクを危険にさらすようなことを……。今回は、コリーさんまで」

「エフェメラさまは、何も間違ったことはしていませんよ。気になさる必要はありません。もしエフェメラさまが動かなければ、私が助けていました」

「ガルセク……」

「エフェメラさまは、思うままに行動してください。それを助けるのが、私の務めですから」


 ガルセクがほほえむ。優しさが心に染みた。


「……ありがとう」


 ガルセクは、ディランとは違う。ガルセクを連れてきて良かったと思う。エフェメラの行動を尊重し、助けてくれる。


「あなた、すごく強いのね」


 アナも感心してガルセクを見上げた。


「優しそうだから、弱いのかなーなんて思っちゃってた」

「あはは……。相手も、ただの一般の方でしたからね。訓練を積んだ兵士数人を相手にしたら、こうはいきません」

「謙虚なのね」

「なんだかガルセク、前よりも落ち着いて戦ってた気がするわ。余裕があって……鍛練の成果ね」


 エフェメラの感想に、ガルセクは思いついたように返す。


「それはきっと、こつを教えてもらったからでしょうか。殿でん……デストロイ殿に」

「……え」


 その時、うずくまっていた男が腹を押さえながら起き上がった。ガルセクは男に近寄った。


「大丈夫か?」


 男がゆっくりと顔を上げる。状況を確認するように周囲を見渡し、どうにか立ち上がろうとする。顔に青あざができていて、切れた口元も痛々しい。


 ふと、エフェメラは男の顔に見覚えがあるような気がした。どこで会ったのだったか。すぐには思い出せない。


 答えを出す前に、男は急に走り出す。一歩目こそ平衡を崩しガルセクとぶつかったが、脇目も振らずあっという間に走って行ってしまった。


「なっ! 行っちゃったわ……! 礼の一つも言わず、失礼なやつ!」


 アナが憤然と腕を組む。仕方なく、気持ちを切り替え本来の目的のために歩き出そうとする。するとガルセクが「あっ」と声を上げた。エフェメラは首を傾ぐ。


「どうしたの?」

「やられました」

「何が?」

「路銀袋を、盗られました」

「ええっ!」


 大声を上げたのはアナだ。エフェメラも唖然とした。世の中には、助けてくれた人の金を盗むやからがいるのか。


「信じられないくずね。助けたのに、損じゃない。この人たちに蹴られてたのには、本当に正当な理由があったってわけ?」

「屑なんて言葉を使ってはだめですよ、お嬢さま。いくら正当な理由があっても、暴力で制裁を加えるのではなく、屯所に連れて行くのが正しいです」

「そんなのは、わかってるけど……」


 アナがガルセクを見上げる。


「村の屯所に盗みの届けは出しておく? でも正直、この村じゃ盗みなんてよくあることだから、お金は返ってこないと思うわ。袋には結構入ってたの?」

「えっと……それなりには」


 路銀袋には金貨十枚分は入っていた。四人家族が三年は暮らせるであろう大金だ。


「なら、探しに行きましょうか。あいつは怪我もしていたし、村の外に出てなかったら、見つかるかもしれない」

「盗まれたお金はいいわ」


 エフェメラは歩き出そうとしたアナを止めた。


「いまは、ヘーゼル司祭さまを早く探さないと。お金なんかより、ずっと大切なことだもの」


 男はきっと、相当金に困っていたのだ。本来なら取り返すべきなのだろうが、盗まれた金はエフェメラが自由に使っていいとして渡されたものだ。盗みに走らざるを得ないほど困窮しているのなら、男にあげるのも、悪くない気がした。



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