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 ディランにあてがわれた客室の扉を叩くと、すぐに返事があった。部屋の中にはアーテルとアルブス、それからシーニーがいた。当然のようにいるシーニーの存在に、エフェメラは再び気持ちが不安定に揺れた。だが顔には出さず、ディランの前に立つ。


「ディランさま。あの、お伝えしたいことがあって」


 エフェメラはガルセクへの説明同様、ヘーゼル司祭の話をした。聞いている間、ディランが表情を動かすことはなかった。アルブスとシーニーは話に興味がなさそうで、アーテルはやや驚き、同時に心配そうな顔をした。


 エフェメラが話し終えるまで、ディランは一度も口を挟まなかった。エフェメラが口を閉じた後、変わらぬ平坦な口調で言った。


「君が手を出す問題じゃない」


 喉をぎゅっと掴まれたように、すぐに言葉を返せなかった。まただ、と思った。奴隷の話の時のように、またディランではない別の人が話しているようだ。


「町の人たちだけで解決すべき問題だよ。余計な手出しはしないほうがいい」

「……余計、だなんて、どうして、そんなひどいことを言うんですか」

「本当のことだよ」

「アナが、困っているんです。放っておけば、もっと大勢の人が、大変になるかもしれないんです。それを防ぐことが、余計なことなわけありません」

「普通の手助けとはわけが違う。……フィー。ヘーゼル司祭は、超えてはならない線を超えたんだ。それなのに然るべき対応をとらないで隠そうというなら、君も危険を負うことになる」

「危険なんて……少し、説得をするだけです」

「単純に考え過ぎだ。すべてがうまくいって大団円になる可能性はあるけど、うまくいかず思いもよらない火の粉が飛んでくる可能性だってある。俺たちにできる最善は、何も気づかなかったふりをしてこの町を去ることだ。幸い、王族だって事実は、ごまかせているようだから」


 立場が明るみになれば、サンドル王家として、ヘーゼル司祭のことを黙っておくことはできない。だからいまなら見逃せる。問題に深入りすることはしない。ディランが言いたいのはそういうことだ。


 だがエフェメラはやはり納得できなかった。


「わたしには……わたしには、わかりません。できることがあるのに、自分が損をする可能性があるから、何もしないなんて……」


 俯き、口を閉ざす。これ以上言えることはない。


 それはディランも同じようだった。しばらく沈黙が続き、見かねたアーテルが何かを言おうとする。だがディランがそれを制した。ディランは、肩を落として言った。


「なら、好きにすればいいよ」


 賛成してくれたのではない。エフェメラに諦めた言葉だった。冷めた言い方には、手を貸すつもりはないという意味も含まれている。


 エフェメラは胸が苦しくなった。謝って言う通りにすれば、ディランは笑ってくれるだろうか。エフェメラとの距離を縮めてくれるだろうか。


 でもエフェメラは、俯いたまま逃げるように部屋を出た。


   ×××


 前方の馬車は米粒ほどの大きさで進んでいた。細い道は木々に囲まれ、外灯もない。夜空は厚い雲に覆われ月も見えないため、馬車に角灯が下がっていなければすでに見失っていたことだろう。


「もう少しでヴォルム村よ」


 馬の手綱を握りながらアナが言う。馬は、ヘーゼル司祭が乗る馬車から十分な距離をとったまま道を進んでいた。


「馬車が角を曲がったら、いっきに距離を詰めて森に入りましょう。ヴォルム村へは、森に馬をとめてから入ったほうがいいわ」

「わかりました」


 ガルセクがエフェメラの後ろで頷く。エフェメラは馬を操れないが、アナは町の外へ出かける時はいつも馬を使うらしい。扱いはお手の物だった。


「でも、まさかコリーさんも来るなんて」


 エフェメラはアナの後ろに座るコリーを見て言った。コリーは馬から落ちないよう、しっかりとアナの腰につかまっている。迷った末、アナはコリーにはヘーゼル司祭の話をした。


「当然です。お嬢さま一人で賭博店なんて、行かせられるわけありません。お嬢さまの安全は、僕が守らないと」

「あたしより、あんたのほうが心配よ」


 アナが呆れ声で眉尻を下げる。


「あたしは、あんたと違ってヴォルム村に何度か行ったことがあるの。ヘーゼル司祭さまのことだって、一人で調べたんだから」

「やっぱり一人で町の外に行ってたんですね! 邸をこっそり抜け出すのはおやめくださいと、何度も言っているじゃありませんか! 次に町を出る時は、必ず僕に声をかけてください」

「だって、コリーは馬に乗れないじゃない」

馭者ぎょしゃなら完璧です。だいたい、貴族令嬢たるもの、外出は馬車でなさるべきです」


 アナが不機嫌に唇を尖らせる。


「なによ……。あたしが大きくなるたび、そんなことばっか言うようになっちゃって」

「当然です。お嬢さまは社交界入りもしたのですから、そろそろ婚約相手だってお決まりになる頃合いでしょう。いつまでもお転婆のままではいられないのですよ」


 アナがむっすりと黙り込む。エフェメラは二人の会話にはらはらしていた。ヘーゼル司祭の馬車が角を曲がる。アナが馬の腹を叩き、速度を上げた。


「うわあっ!」


 コリーが驚き慌ててアナにしがみつく。意図せず胸に手がいってしまい、アナの顔が朱に染まった。


「ちょっと! どこ触ってるのよ!」

「す、すみませんー!」


 エフェメラは青い顔をしたが、ガルセクは「仲がいいですね」とほほえむ。エフェメラに声をかけてから、ガルセクも馬の速度を上げた。



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