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2-39

 前方でディランとアナが話しているため、エフェメラは自然とシーニーと並んで歩くことになる。


 見れば見るほど、やはりシーニーは美人で大人っぽい。白い肌には黒髪と青藍色の瞳が映え、背もエフェメラより高い。胸の大きさはエフェメラが勝っていたが、二の腕や太ももがむっちり気味のエフェメラに対し、シーニーは余分な肉がなく、胸も無駄に大き過ぎないため均整のとれた体形だ。エフェメラは食事の量を控えるか迷った。


 無言のまま歩いていると、シーニーがアナに聞こえない声量で訊いた。


「ディランの偽名、誰が考えたの?」

「え? わたしですが」

「そう。――ないわね」

「なっ!」


 これでも最大出力で頭を回転させて考えた。いま冷静に考えれば、別の偽名も良かったと思わないでもないが、状況が状況だったため仕方がなかった。エフェメラは苛々《いらいら》と会話を続けた。


「シーニーさんは、どうしてここにいるんですか?」

「あなたたちがここにいるんでしょう? アプリに行く予定だったじゃない。私は、元々ここを通る予定だったの。そうしたら昨日ディランに会って――驚いたわ」

「昨日?」


 エフェメラは立ち止まってしまった。気にせず先を行くシーニーを慌てて追いかける。


「もしかして、ディランさまと、昨日から一緒だったのですか?」

「ええ。ずっと一緒だったわ」

「……ずっと……?」


 シーニーが今日、初めてエフェメラと目を合わせる。瞳の冷たさは消えていたが、代わりに勝ち誇った色が浮かんでいた。エフェメラは、高ぶっていた気持ちが落ち込みへと変換されていくのを感じた。


 昨日から、ずっと一緒だった。それはつまり、一晩中一緒だったということだ。


   ×××


 エフェメラは寝室に籠り、寝台にうつ伏せになっていた。ディランがシーニーと一晩を過ごしたことが、本当に衝撃だった。まさか、何かあったわけではないだろう。エフェメラとだってまだなのだ。


 だが、そんなことは関係あるだろうかとも思った。エフェメラの父が母一筋だったため、一人の妻のほかに誰かと夜をともにする夫など、物語の中だけな気がしていた。だが事実、サンドリーム国王であるアイヴァンは、三人の妻を迎えている。


 心が不安定に揺れていた。そのせいで、寝室に籠る前にディランが声をかけてくれたのに、またそっけない返事をしてしまった。


(わたし、何をしているのかしら)


 本当は話しかけてくれてとても嬉しかった。ディランとの距離を縮めたくて、無理を言ってディランの仕事についてきた。それなのに、二人の仲は進展どころか後退している気がする。


 茶店でディランを見つけた時、ディランはシーニーと仲良さげに話していた。笑ってもいた。


(ディランさまの、ばか)


 涙が溢れてくる。ディランを責めても仕方がないことで、エフェメラがそっけない態度をとってしまっているのも原因だ。頭では理解しているのに、気持ちがぐちゃぐちゃで謝ることができない。


 泣いてもみじめになるだけなので、エフェメラは枕に顔を埋めて涙を押し戻そうとした。


(落ち込んでる場合じゃないわ。アナの相談の、解決策を考えないと)


 カルケニッサの町でヘーゼル司祭を説得するのはやめようと、エフェメラは考えていた。町の人が聞いてしまう可能性があるからだ。だから機会は、ヴォルム村へ向かう途中か着いてからになる。アナに聞いたところ、ヘーゼル司祭は陽が落ちてからヴォルム村に向かうらしい。毎日のように通っているらしく、決行を今夜にすることは可能だろう。


「――エフェメラさま」


 叩扉こうひとともに、扉の向こうからガルセクの声がした。エフェメラは急いで涙を拭き返事をした。ガルセクが部屋に入って来る。


「お戻りになられたんですね」


 エフェメラとアナが邸を出ている間、ガルセクはローザとヴィオーラを遊ばせるため孤児院へ行っていた。


「殿下も、お戻りになられたようですね。ご無事で良かったです。先ほど殿下から伺ったのですが、今晩もこちらでお世話になり、アプリ市への出発は明日の朝にするそうですよ」

「そう……」


 声が掠れ、目もまだ赤かったため、ガルセクはすぐにエフェメラの違いに気づく。


「どうか、なさいましたか?」


 ガルセクは寝台のそばまで来て身を屈めると、膝を抱え丸くなっているエフェメラをいつもの優しい目で見る。


「……殿下と、何か?」


 泣く子どもを慰めるような優しい声だ。ガルセクはしばらくエフェメラの答えを待つ。スプリア城にいた頃も、エフェメラが落ち込んだ時や機嫌が悪くなった時、ガルセクはこうしてじっと待っていた。だがエフェメラは、何も答えなかった。


「……エフェメラさまは、殿下のことがお好きなのですね」


 囁くように、ガルセクが言った。エフェメラは額まで真っ赤になってガルセクを見た。


「あの……えっと、それは……」


 ガルセクとは家族のようなものだが、好きな人を教えるのは恥ずかしい。だが嘘をつくのも嫌だったので、エフェメラは赤くなりながら、頷いたのかわからないくらい小さく首を縦に揺らす。ガルセクには、それだけで十分だった。


「……そうですか」

「ロ、ローザとヴィオーラは? まだ孤児院?」


 恥ずかしさでエフェメラは話題を変えようとした。ガルセクは素直に話題を変えてくれる。


「はい。同じ歳頃の子どもと遊ぶのは久しぶりですから、楽しいようで。今夜は、子どもたちで夕食を作るみたいですよ。その後、寝る前はリリシャさんが本の読み聞かせをしてくださるとか」

「楽しそうね。そのまま泊まったらいいかもしれないわ」

「実はそのお伺いをしようと戻ってきたところです。では、ローザとヴィオーラには、エフェメラさまが泊まることを勧めていたと伝えておきましょう」

「ええ。よろしくね」


 部屋を出ようとしたガルセクをエフェメラははっとして呼び止めた。今夜決行するヘーゼル司祭の説得は、町を出るためエフェメラ一人では心許ない。護衛にガルセクについて来てもらおうと考えていた。


 エフェメラはガルセクに、アナから聞いたヘーゼル司祭の話を聞かせた。ガルセクは心底驚いたようだった。


「まさか、ヘーゼル司祭さまが、そのようなことを……」

「お願い、ガルセク。手伝ってくれないかしら?」

「それはもちろん。私でよければ」

「ありがとう。心強いわ」


 決行は陽が暮れてからになる。ガルセクが一旦孤児院へ行っている間、エフェメラはアナに作戦について話した。


「アナは、邸で待っていても大丈夫よ」

「そんなわけにはいかないわ。あたしも行く。それでね――」


 ヘーゼル司祭が言い逃れできないよう、ヴォルム村で実際に賭博現場をおさえたところで説得したらどうかと、アナが提案する。エフェメラも賛同した。それからヘーゼル司祭は馬車を使用するため、こちらは小回りが利く馬を使うことも話し合った。


 夕時になり、エフェメラはディランがいる部屋へ向かった。一晩邸にいないのだ。一言伝えておくべきだろう。



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