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 アナが立ち止まり、真剣な様子でエフェメラを振り向いた。


「邸を出る時、二人きりで話したいことがあるって言ったの、覚えてる?」


 今朝、エフェメラがガルセクと診療所へ行こうとすると、アナが散歩がてら一緒に行きたいと言った。護衛にガルセクがついて来ようとしたのだが、アナは女の子同士の話があるのだと、エフェメラと二人で行きたがった。エフェメラはガルセクに大丈夫だと告げ、アナと二人で出かけた。


「あのね、エフェメラ。……ヘーゼル司祭さまを、どう思った?」


 思ってもみない問いに、数回瞬きする。エフェメラは正直に答えた。


「とてもすばらしい方だと思ったわ」

「そう。そうよね……。でもね、あたし、半年ほど前に、偶然見ちゃったの。ヘーゼル司祭さまが、ヴォルム村に、出入りしていたのを」


 エフェメラが意味をくみ取れないでいると、アナがすぐに気がつき言った。


「ああ、ごめんなさい。ヴォルム村って言っても、わからないわよね。この辺りで有名な、賭博店が多い村よ。賭博店以外には何もないような、普通の人なら決して立ち寄らないような村。そこにヘーゼル司祭さまがいたの。――ハキーカ教会が嫌う行為は、知っているでしょう?」


 ハキーカ教会には聖職者の禁止事項がいくつかある。金銭での位階の取引や献上金の着服は勿論のこと、飲酒、婚前交渉及び妻帯さいたい、そして、賭博だ。


「ヘーゼル司祭さまはね、集めた献上金のほとんどを賭け事で使い果たしているの。この半年間、ずっと」


 エフェメラは衝撃で言葉が出なかった。アナは話を続ける。


「ごめんなさい。こんなことを、町と関係のないエフェメラに言うなんて、おかしいわよね。でも、ヘーゼル司祭さまを父親のように慕ってるリリシャには、絶対に言えないし、ヘーゼル司祭さまを尊敬してるコリーにも言えない。ましてやほかの町の人にも言えるわけがない。……お父さまにも言えないの。ヘーゼル司祭さまのおかげでカルケニッサには人がたくさん来るようになって、それが町の主な収入源になってしまっているから」


 カルケニッサはあまり大きな町ではない。大きな儲けを望める特産物もなければ、待っているだけで人が訪れる観光名所もない。町の豊かさはヘーゼル司祭の存在に依っていて、ヘーゼル司祭がいなくなり町の評判も落ちれば、町はみるみる衰退する。


「でも、このままヘーゼル司祭さまの行いに目をつむるのは、良くないと思うの。みんなが汗を流して稼いだお金を、私欲に使っているのよ? ヘーゼル司祭さまは教会本部で裁かれて、懺悔ざんげを受けるべきだわ。――今年の春に、教会堂を建て直す計画だって、実はあったの。もう古いし、これからも人を呼ぶなら大事だって。けれど、資金の関係で先延ばしになったの」


 アナは思い詰めた様子で続ける。


「あたしがヘーゼル司祭さまを糾弾することは簡単よ。でもそうすれば、きっとリリシャとはもう友達ではいられない。カルケニッサの評判だってめちゃくちゃで、お父さまはきっとあたしを怒るわ。大事おおごとにすることはなかったって。だからあたし、誰にも秘密で、ヘーゼル司祭さまをこっそりとヤーヌアーリの教会本部へ引き渡すことができないかなって考えたの。教会本部からの辞令として、カルケニッサを去ることになったらって」


 サンドリーム王国最北端の大都市、聖都ヤーヌアーリにあるヤーヌアーリ大聖堂が、ハキーカ教会の本部だ。大陸全土の教会堂の統括も行っている。


「それで代わりに別の立派な司祭さまが来てくれたら、カルケニッサも大きくは変わらない。……先月、あたし、プリシー王女殿下に王城へ招かれる機会があったの。その時にね、王女殿下にお願いしようとしたの。王女殿下なら、町の教会の司祭一人を適当な理由で入れ替えることもできるでしょう? ……でも、結局お願いできなかった。王女殿下に断られたら、すべてが明るみになって恐れる事態になるから。――エフェメラ。あたし、どうすればいいと思う? どうすればいいのか、もうわからないの」


 アナはすっかり途方に暮れているようだった。半年もの間、独り悩み続けていたのだろう。もう誰かに助けを求めずにはいられず、エフェメラを信じ相談してくれたのだ。


 エフェメラは力強く言った。


「ヘーゼル司祭さまを、説得しましょう」

「……え?」


 アナが思ってもみなかったことを言われた顔をする。


「説得って……、説得よりも、教会本部で罪を裁いてもらうべきでしょう? 町の人たちのお金が、もう金貨三十枚以上消えているのよ?」

「ヘーゼル司祭さまがいなくなってしまえば、たくさんの方が哀しむわ。リリシャさんも、コリーさんも、町のみなさんも、孤児院の子どもたちも。なくなってしまった金貨よりも、ヘーゼル司祭さまがいてくれるほうが、ずっといいわ」

「えっと……それは、そうかもしれないけど……。でも、説得なんて」

「きっとうまくいくわ。ヘーゼル司祭さまは悪い人ではないもの。話せばわかってもらえると思うわ」

「……」

「わたしに任せて、アナ」


 アナは展開についていけないような困り顔だ。だがエフェメラの自信溢れる瞳に押されるように、ぎこちなく頷く。


「邸へ戻ったら、さっそく作戦を考えないと!」


 今度はエフェメラが先導し歩き出す。そしてすぐに道がわからなくなり、力が抜けたように後ろを歩くアナに案内を乞うた。


 エフェメラは歩きながらいろいろと考えた。どのように説得するのが最善か。説得の言葉も大事だが、状況も重要だ。それに決行するなら、なるべく早いほうがいい。アナがよければ、今夜決行するのもいいかもしれない。


 めくるめく思考はしかし、通り過ぎようとした翡翠色の屋根の茶店の席に、見知った男女を見つけたことで打ち切られた。エフェメラは驚愕に口を大きく開く。


 男性側が、すぐにエフェメラに気がついた。やや目をみはり、同時に男性の対面に座る女性もエフェメラを振り向く。


「ディ――」


 エフェメラは名前を叫びかけ、アナの存在を思い出し口を閉じる。アナが首を傾げた。


「どうしたの?」

「あ……えっと、昨日はぐれた、連れの、デストロイさまが」


 エフェメラはぎゅっと拳を握り締め、興奮にまかせ大股に茶店へ入った。飲もうとした紅茶を置き、ディランは席までやってきたエフェメラを見上げる。


「フィー……」

「昨日から、どこに行ってらしたんですか? ディ……デストロイさま」


 デストロイと呼ばれて数拍、ディランはすぐに偽名と察してくれたようだったが、若干複雑そうな顔をした。エフェメラの後ろをついてきたアナが驚きの声を上げる。


「え! この人が、デストロイさん? か、かっこいい……」

「ディ……デストロイさま! 昨日からどこに行っていて、そしてどうして、シーニーさんと一緒にいるのですかっ?」

「フィー。それはあとで。こちらの方は?」

「ああ、いきなりごめんなさい」


 アナがディランに右手を差し出す。


「あたしはアナよ」


 エフェメラは、アナがサンドリーム城でディランにも会ったことを再び思い出した。懸念通り、アナはディランの顔を観察するように見ている。ディランは平然と握手を返した。


「初めまして、デストロイと言います。――あの、私の顔に何か?」

「えっと、その……あなた、ディラン王子殿下に似てるって言われたことない?」

「王子殿下に、ですか? いえ」

「そう……」

「似ているんですか?」

「ええ。ああでも、あたしも、少し見たことがあるくらいなんだけど」

「似ているとしたら、恐れ多いことですね」


 ディランの苦笑で疑惑話は早々に打ち切られる。エフェメラはほっと息を吐いた。ディランの正体についてもうまく誤魔化せたらしい。ディランの返答は至極自然で、エフェメラはアーテルに演技を批判されたことを納得した。


 アナは次に、ディランの向かいに座るシーニーを見た。シーニーは紅茶を飲む合間に無愛想に自己紹介をした。


「シーニーよ」

「アナよ。……よろしく」

「ほかのみんなはどこに?」


 ディランが訊くと、アナが答えた。


「あたしの邸にいるわ。一緒に行きます?」

「それは助かります」


 四人はすぐに茶店を出た。シーニーが当然のようについてくる。エフェメラはいまだ嫉妬の炎を燃やしていた。


「シ、シーニーさんも、来るのですか」

「悪い?」


 シーニーは肩まで伸びた真っ直ぐな黒髪を払い、澄まして返す。エフェメラはむすっと頬を膨らませた。



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