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2-33

 声の方角を見る。叫んだのは眼鏡をかけたくせ毛の少年だった。


 少年の両手にはリボンが巻かれた箱が高く積まれていた。だがいま、すべての箱は宙へ投げ出されている。


 少年の前には、黒髪を高い位置で左右に結った、身なりのいい少女が歩いていた。少年の頓狂な声に振り返った少女は、頭の上から落ちてくる大量の箱に甲高い叫び声を上げた。


 一瞬だった。少年は顔を地面にぶつけ、少女は尻餅をついて箱の雨をかぶった。


「痛たたぁ……。もおーっ! なにやってるのよ、コリーっ!」

「す、すみませんーっ!」


 少年が眼鏡を直し慌てて起き上がる。ガルセクは少年に見覚えがあった。先ほど教会堂広場前まで案内してくれた少年だ。


 ガルセクは二人のそばに寄り、箱を広い集める少年を手伝った。ローザとヴィオーラも遠くに飛んだ箱を拾い持ってくる。


「あ、すみませ――……あれ? あなた方は……」


 コリーもガルセクたちに気がついた。ラムルフルムの花を拾ってもらった時のように、ローザやヴィオーラから箱を受け取り礼を言う。


「また助けてもらってしまいましたね」


 気弱そうにほほえんだコリーのそばで、身なりの良い少女が眉を吊り上げる。


「何? また何かやらかしたの? 本当に鈍くさいんだから」

「すみません……」

「一人前の執事になるにはまだまだね。――あたしの使用人を二回も助けてくれたみたいで、ありがとう」


 少女がガルセクに笑顔を向ける。人当たりの良い、溌剌はつらつとした声だ。少女はまたコリーに命じる。


「さあ、あとひと息よ。みんな楽しみに待ってるんだから! 次落としたら、承知しないわよ」

「はいぃっ!」


 コリーは再び箱を運ぼうとした。だが高く積み上がった箱はゆらゆらと揺れ、いつまた崩れてもおかしくない。


「良かったら、手伝いましょうか?」


 不憫に感じ、ガルセクは思わず言った。


「あら、いいの?」

「ええ。どこまで運べばいいですか?」

「すぐそこよ。教会の裏手にある、孤児院まで」


 ガルセクはコリーから荷物を半分受け取りながら、ディランを振り返った。だがディランがいた席はもぬけの殻だった。辺りを見渡しても、どこにもディランの姿がない。少女が不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」

「えっと、連れが、もう一人いたのですが」


 この少しの間にディランに何かあったとは思えない。エフェメラを探しに行くにしても、性格からしてひと言残していきそうだ。


「はぐれちゃったの?」

「……いえ。お気になさらないでください。何か用事を思い出したのかもしれません」


 事情があり意図的にこの場を去ったのだろうとガルセクは解釈した。


「あとで、合流します。それより孤児院ということは、この贈り物の山は、すべて子どもたちへ?」

「そうなの。カルケニッサの教会では、月初めの太陽の日は、誕生会をするって決めてあってね。これはぜーんぶ、ユーニウスが誕生月の子の分」

「こんなに……。すべて、あなたが?」

「ええ」

「……すごいですね」


 素直に感心するガルセクに、少女は居心地の悪そうな顔をした。


「すごくなんてないわよ」

「そんなことは――」

「あー、たぶん、教会に行けばわかっちゃうと思うから言っておくけど、あたしの名前はアナ・スケッルス」


 唐突な自己紹介にガルセクはやや戸惑う。


「えっと……私は、ガルセクと申します。この二人はローザとヴィオーラです」

「ガルセクさん! 反応が薄いです!」


 コリーが怒ったように箱の横から顔を出した。


「スケッルスとは、ここカルケニッサの領主さまであらせられる、スケッルス子爵家のことですよ!」


 ガルセクはアナの自己紹介の意味をようやく理解した。つまりアナは、子爵令嬢――貴族なのだ。


「も、申し訳ありません。スプリア出身でして、サンドリームについてはまだうとく……ご無礼を」

「気にしないで。あたし、貴族だからって恭しくされるのは苦手なのよね。それでね、こんなに贈り物を用意できるのは、あたしが子爵令嬢だから。つまり特別なことじゃない。すごいってわけじゃないの」

「はあ……」


 だが、アナの行動は十分に褒められるものだとガルセクは思った。話の内容から察するに、アナは毎月このように誕生会の贈り物を用意しているのだろう。サンドリーム王国の格式高い貴族の様子を王城で目の当たりにしていると、アナのような貴族は多くないように感じられる。


「ガルセク。こじいんって何?」


 ローザが訊いた。ガルセクがローザとヴィオーラを傷つけない説明の仕方を考えていると、ヴィオーラが卒なく答える。


「お父さんとお母さんがいない子どもたちが、くらす場所のことよ」

「それって、ローザたちとおんなじ子どもが、いっぱいいるってこと?」

「そうよ。おはなしで、コジインにめかけの子どもがあずけられることが、よくあるのよ」

「めかけって?」


 アナは二人の会話を静かに聞いていた。そして、コリーに言った。


「この荷物を孤児院に運んだら、西通りの雑貨屋さんで、新作の人形五種を五個ずつ、それから東通りの花屋さんで、追加の花を五十本買って来てちょうだい」

「ええ! まだ買うんですか?」

「文句あるの?」

「い、いえ……」


 アナはローザとヴィオーラの前に立ち、膝を曲げた。コリーへの態度からは、想像もつかないくらい優しい笑顔で言う。


「今日は特別に、誕生月じゃない人にも贈り物をすることにするわ。だから、あなたたちも誕生会に参加しない?」

「ええっ! いいの?」

「みんなで楽しい会にしましょう。あたしの友達の修道女が、おいしい料理とお菓子をたくさん作って待っているはずだから」

「おおー!」


 ローザが瞳を輝かせる。ヴィオーラは嬉しそうにしながらも、呆れた目でローザを見た。


「ローザったら、さっき食べたばかりだっていうのに」


 その様子に、ガルセクとアナ、そしてコリーが笑った。



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