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2-02 王女のお茶会

ハキーカ暦三〇一五年 マーイウス


「あーあ。つまんねーなー」


 サンドリーム城南棟の一室で、黒髪の青年がぼやいた。


「どいつもこいつも手応えのねえ奴ばっか。外行くにしても、最近は近場ばっかでおもしろくねーし」


 高級な長椅子に寝そべりながら、着崩した服をめくり腹を掻く。その品のない仕草と服装は王族の部屋にはいささか不釣り合いだが、青年は周りの家具との落差など露ほども気にしていない。それは彼のこざっぱりした性格ゆえでもあるが、最大の要因は部屋に溢れ返る大量の本のためだった。何本もの塔と化した本が、豪華な造りの部屋を台無しにしていた。


 大量の本を持ち込んだのは、無論、この部屋の主だ。


「あーあ。暇だなぁ。つまんねえなぁ」


 黒髪の青年、アーテルが、期待を込めた眼差しで机にいる主を見やる。艶塗りされた濃茶の机に、サンドリーム王国第三王子、ディランが座っていた。濃紺の上質な生地で仕立てられた衣服を着て、紅茶を口へ運ぶ仕草には品がある。中性的で整った顔立ちは、どこにいても女性の目を惹きそうだ。


 ディランはアーテルの言葉に全く反応を示さなかった。潔いまでに彼を無視し、机に開いた本を黙々と読んでいる。国内すべての市町村の特徴について記された本で、鈍器のように分厚く、また、細かな文字が(ページ)いっぱいに詰め込められている。たまに図があるかと思えば、それは等高線が引かれたただの地図で、面白味の欠片もない。しかしそれを苦にする様子もなく、夜空色の瞳は着実に内容を読み取っていく。


「諦めなよ、アーテル。ディランがいま城を離れたがるわけないんだから」


 ディランの代わりに応えたのは部屋にいたもう一人の青年だ。白に近い銀髪の青年、アルブスは、手にしていた本を軽く持ち上げる。


「それよりアーテルも本読めば? この本貸そっか?」


 アルブスが読んでいたのは十頁ほどの児童向けの絵本だ。繊細な筆触で描かれた絵の横に、大きな文字が添えてある。


「僕、もう四ページも読み終わったよ」

「オレ、字読めねーし」

「教えるって。結構おもしろいよ、この本。青い鳥が、黄金の像と会話をするんだ」

「鳥が像と会話だあ?」


 アーテルが盛大に胡散うさん臭そうにする。


「青い鳥が主役で、寒さから逃れるために南へ渡る途中、立ち寄った街で王子の黄金像と出会うんだ。全身金箔(きんぱく)貼りで、瞳は紅玉(ルビー)の像で――」


 絵本の文字を指で追いながら、アルブスは得意げに続ける。


「王子が持つ剣の(つか)には、ディランの剣みたいに蒼玉(サファイア)め込まれているんだ。豪華な王子の像だから、本の題名は『優しい青い鳥と幸せだった王子』」

「なんだそれ。んな像が外にあったらあっという間に盗まれるだろ。像も鳥も、言葉なんか話さねえし。ちゃんと読めてねえな?」

「読めてるってば。本当に、そう書いてあるんだって。物語っていうのは、あり得ないことが起こるものなんだよ」


 とっさに反論はしたが、アルブスは不安になり本を読み直し始めた。一年ほど前から文字の勉強を始め、最近ようやく文章の読み書きができるようになったばかりだ。絶対の自信があるわけではない。アルブスはディランに確認した。


「ねえディラン。この本、鳥と像が会話する話で合ってるよね?」

「ああ」


 ディランは手元の本をめくりながら答える。有名な絵本のため内容は知っていた。


「でも、宝石の位置が間違ってる。瞳が蒼玉で、剣の柄が紅玉」

「え、嘘」


 アルブスは本をまじまじと見直した。確かに間違っていた。思わず苦い顔になる。


「それから、豪華な王子だから『幸せだった王子』って題名なわけじゃ――」

「やーめたっ!」


 アルブスはぽいっと本を放り投げ、柔らかな椅子に体を沈めた。


「僕にはまだこの本難しいや。最後が気になるから、話の続き教えてよ、ディラン」

「……もう少し頑張ったらどうだ」

「午前はずっと頑張ってたよ」


 アルブスに言われ、ディランはいつの間にか昼時を過ぎていることに気がついた。どうやら本に集中し過ぎていたらしい。調べものに集中し過ぎると、いつも時間を忘れてしまう。


 ディランは小さく息を吐き、再び本に目を落とした。同時にアルブスが読んでいた童話の内容を説明する。


「王子は困っている街の住民に、自身を覆う金箔や宝石を分け与えていくんだ。青い鳥は動くことのできない王子の代わりに、それらを運ぶ役割を担う」


 南に渡らなければ死ぬと理解しながら、青い鳥は王子の願いを叶えたいと思ってしまう。


「王子を手伝ったことにより、南へ渡れなかった青い鳥は、寒さで死んでしまう。金箔ががされた王子の銅像も、見栄えが悪いという理由で溶かされてしまう。それで話は終わりだ」


 アルブスが愕然と目を瞠った。


「何それ……後味わる」

「題名間違ってつけてねえ?」

「そーだよ。どこも幸せじゃないじゃん」

「俺は、ぴったりの題名だと思うけど」


 アルブスがげんなりとした顔でディランを見る。


「まあ、どっかの誰かさんみたいだもんね」


 言いながら、懐から投げナイフを取り出した。そしてそのナイフをいきなりディランへ投げつけた。ディランは読んでいた本を反射的にかざしナイフを受け止める。


「なんだよ、いきなり」


 穴の開いた背表紙を見ながら、ディランは本を盾にしてしまったことを後悔した。


「自己犠牲ってさ、ばかみたいだなって思うよ」

「……どういう意味だ」


 ディランは話の続きを待ったが、アルブスはそれきり話をやめてしまった。仕方なく本に視線を戻そうとした時、窓の外の景色が視界に入り、目を惹かれる。南棟の庭園に、桃花色の髪の少女がいるのが見えた。


 少女は庭園の花の手入れでもしているのか、しゃがみ込んで手を動かしていた。彼女の周りには侍女服姿の女児が二人と、腰に剣を帯びた青年がいる。四人は楽しそうに会話をしていて、その光景はまるで仲睦まじい家族の休日だ。


「お? フィーじゃん」


 ディランは近くから聞こえた声にぎょっとした。いつの間にか長椅子にいた二人がディランのすぐ隣にいる。


「なんでお姫さまが庭師の真似してるの?」

「……フィーは、花が好きなんだ」

「へぇ。でも見るだけじゃなく育てるなんて、やっぱり田舎のお姫さまだね」

「オレちょっと行ってこよーっと」


 アーテルが部屋の扉に向かって走り出す。


「アーテルが行くなら僕もー」

「お、おい。ちょっと」


 ディランは思わず椅子から腰を浮かせた。アーテルとアルブスは扉の前でぴたりと止まる。


「そんなに暇なら、街にでも行ってくればいいだろ」

「金」


 当然のことのようにアーテルは手の平を広げる。ディランはしばしの間言葉を失った。


「……昨日渡したひと月分の小遣いはどうした」

「使っちまった」


 けろりとのたまうアーテルに、ディランが深々と溜め息をつく。


「計画的に使えって言っただろ。どうしたら金貨一枚を一晩で使い切っちゃうんだ? だいたい、お前たちはいつも――」

「行くぞ! アルブス!」

「行ってきまーす!」


 説教の気配を感じ取った二人は素早く部屋を飛び出して行く。ぱたりと閉じた扉に、ディランは喉まで出ていた言葉を呑み込んだ。脱力しながら椅子に座る。


 考えるまでもなく、(さと)したところで彼らの金使いの荒さは変わらない。以前、いつ死ぬかわからないため金を翌日までとっておかないことにしていると聞いたことがある。そのためたまにはと労いを渡してもこの有様だ。


「あいつらにはもう金を渡さないことにしよう」


 頬杖をつき、ディランは窓の外に視線を移す。晩春の蒼天の下、大きな白いリボンを揺らしながらエフェメラが花に水をまいている。


 彼女が近くにいるという現実は、未だディランに溶け込んでいなかった。目を離せば消えてしまうような気がして、ディランはしばらく窓を眺めていた。


   ×××


 風が吹き抜け、庭園の花が一斉に揺れる。風に誘われた花たちは、同じ方向へと柔らかに踊り出す。


 その花群の中に一輪だけ、不規則に揺れる白い花があった。目を凝らすと、それは花ではなくリボンだった。真っ白なリボンを頭につけた少女が、花壇の前で身を屈めて動いているのだ。普段は下ろされている少女の髪は、今日は大きなリボンで結い上げられている。リボンから伸びる髪は、大陸中でも滅多に見ない桃花色だ。


 マーイウスの午後の陽射しに照らされながら、少女、エフェメラは、愛用の植木(ばさみ)を手に花の手入れに勤しんでいた。ようやく一区切りついたところで腰を上げ、手の甲で汗を拭う。手についていた土が顔につくが、慣れたことなので気にしない。エフェメラは庭園を見渡した。


「ふぅ……。これで、来年もきれいな花が咲くわね」



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