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2-22

 ガルセクが照れて頭を掻いた。


「そう見えるなんて、恐れ多いですね」

「ガルセクはね、お城の衛兵らったのよ」

「私は、五年ほど前からスプリア城で働き始めたんですが、朝に鍛練をしていた時、エフェメラさまが声をかけてくださって。それから親しくしていただけるようになったんです」

「ガルセクはね、毎朝、とっれもがんばっていたわ」

「へえー。そんで、二人は仲良くなって、もし同盟がなければ結婚もしていたかもしれないと?」


 ガルセクが酒にむせて咳き込んだ。エフェメラは可笑おかしそうに笑う。


「わらしとガルセクが結婚なんて、あり得ないわ。わらしの旦那さまは、ディランさまただひとりって、生まれた時から決まっていたんりゃもの」

「ふーん。やっぱりそんな感じかー」


 アーテルがにたにたと二人を眺める。ガルセクがごほんと咳払いをした。


「私は、騎士としてエフェメラさまをお守りできるだけで、十分ですので」

「へえー? まっ、そーいうことにしといてやるよ」

「……アーテル殿」

「でも、変な同盟だよね。ディランとフィーの結婚って、サンドリームに何の利益があるんだろ」


 アルブスが呟き、また瓶を一本空ける。アルブスもアーテルと同じ速度で飲んでいるが、酒に強いのか普段と変わらない。


「んなの決まってんだろ。かわいい嫁を手に入れるため、だ」

「たったそれだけなわけないよ。スプリアが得る利益とサンドリームが払う代償がつり合わない。きっと、スプリアに何か秘密があるに違いないね。――ねえ、どうなの?」

「……な、何も、ないわ」


 エフェメラはアルブスから目を逸らして器に口をつける。アーテルとアルブスが素早く目配せを交わした。


「あーあ。行ってみてえなぁー、スプリア。ジェンニバラドの中にあんだろ? 城ってどんな感じなんだ?」

「王様は、フィーの父親なんだよね。髪はフィーと同じ桃色なんでしょ? どんな人なの?」

「ええっと……お城は、サンドリーム城に比べたら、ずっと狭くて、れも木にあるから大きく見えるわ。お父さまはとっれも頭が固くて、れも本当は優しいの。わらしのことを愛してくれていて、スプリアを発つ朝は、涙を浮かべていらわ」

「へー。いい父親だね」

「木に城って、入るまでめんどくさそーだな」

「入りやすいように、ちゃんと階段があるかららいじょーぶよ。飛れない人も多いから」


 アーテルとアルブスが言葉を聞き損ねた顔をする。エフェメラはすっかり酔っ払っていたため失言に気づかなかった。ガルセクは焦った。


「エフェメラさま! もうおやすみになったほうがよろしいのでは?」

「あら。まりゃらいじょーぶよ」

「どこがですか!」


 ガルセクはエフェメラを立たせ、部屋へ連れて行こうとした。するとアーテルが「フィー」とエフェメラを呼び止める。


「お前、ディランと早く仲直りしろよ」


 エフェメラはぎくりと身体を強張らせた。アーテルは器を傾けながら、赤らんだ顔に似合わないはっきりとした口調で続ける。


「昨日だけじゃなく、今日も一日中気まずそうにしやがって」

「べ、別に……喧嘩してるわけりゃ……」

「嘘言え。思いっ切りディランと話さねーようにしてんじゃねえか。くだらねーことをいつまでも」

「く、くだらなくなんてないわ! らって、ディランさまが」

「ったく。見た目はいっちょ前なのに中身はまだまだガキだよなぁ」


 呆れた物言いに、エフェメラは酔いも相まりむっとした。


「わらしは、まちがっていないわ。ひりょいことを言ったのは、ディランさまよ」

「世の中には、仕方ねーこともあるんだよ」

「仕方ないから納得しろなんて、自分が幸せらから言えることりゃわ。力があるのに、何もしないなんて」

「そりゃあまあ、あいつは王子だから、食うものや着るものに困ってるわけじゃないけどさー」

「でも、自分にできないことをディランに要求するのって、やっぱり違うでしょ」


 割り込んできたのはアルブスだ。酒瓶を五本空けたとは思えぬ冷ややかな声で言う。


「自分は苦労もせずにさ。ずるいよね、そーいうの」


 エフェメラは言い返すことができなかった。ワンピースをきゅっと握りしめ、俯く。


「お前なぁ……。もうちょっと、言い方ってもんが」

「でもほんとのことじゃん」


 エフェメラは目線を下げたまま、円卓の酒瓶をさっと手に取った。そして逃げるように走り出し、階段を駆け上がった。ガルセクの声が後ろから聞こえたが、飲み比べを迫るアーテルに捕まり、部屋まで追いかけて来ることはなかった。


 部屋の扉を強めに閉める。ローザとヴィオーラが眠っていることに気づきはっとしたが、二人は起きることなく寝息を立てたままだ。肩の力を抜き、エフェメラは部屋の革張りの椅子に身体を沈めた。持ってきた葡萄酒を部屋にあった器に注ぎ、不機嫌な顔を隠さず飲み直し始める。


「なによなによ。わじゃわじゃ言われなくったって、わらしに力がないことくらい、わあってるわよ」


 ディランを責める資格がないことくらい、理解していた。奴隷たちを助けていないのはエフェメラだって同じだ。だからディランを怒っているわけではなかった。


 エフェメラはただ、この二日間ずっと拗ねていた。優しいディランが、利益のための犠牲は仕方がない、などと言ったことを受け入れたくなかった。エフェメラにとってのディランは、みなの幸せを願う優しい人で、だからこそ大好きな存在なのだ。


 エフェメラはくらくらする頭で窓を開けた。緩やかな夜風が、酔いで火照った頬を撫でていく。


 窓の外には、宿裏の林が黒く広がっていた。ディランの瞳の色の空には、銀色の三日月が架かっている。


「十人で苦痛を分け合うよりも、一人の犠牲で九人が幸せに暮らせるほうがいい……」


 ディランの言葉を反芻し、エフェメラは普段隠している背の羽を露わにした。半透明の銀色の羽で風に乗り、窓から林の中へと飛び立つ。誰かに見られる危険性があるため、本来なら果ての大森林(ジェンニバラド)以外で飛ぶことは禁止なのだが、酒が回ったエフェメラの脳は深く考えることを放棄していた。散歩をしたい気分だった。


 月光を背負う暗い林を音もなく飛んでいく。耳の横を通り過ぎる風が気持ちいい。ややふらつきながらも、決して木にぶつかることはない。エフェメラは、走ることよりも飛ぶことのほうがうんと得意だった。


(犠牲の上に成り立つ幸せなんて、哀しいだけなのに)


 だがみなのために犠牲を強いるというのは、エフェメラがサンドリーム王国へ嫁いだことと少し似ている。結婚相手がディランだから良かったものの、もし相手が残酷な男だったのなら、きっとエフェメラは毎日泣きながら過ごしていたに違いない。


 堪え切れずスプリア国王である父に懇願すれば、父はサンドリーム王国との同盟を反故にする選択をしてくれるだろう。だが武力のないスプリア王国はたちまち他国に占領され、国民はみな不幸な思いをするかもしれない。エフェメラ一人が我慢することが最良の選択なのは、明らかだ。


(ディランさまも、同じだったのかしら)


 利益を優先しなければならない状況だから、ディランは情のないことを言ったのかもしれない。そして同時に、エフェメラの意見が間違っていないとも言った。きっとディランも、内心では奴隷が良くないとは感じているはずだ。


 明日ディランに謝ろうと、エフェメラは思った。せっかく出かけているのに、どちらも悪くないことで台無しにしてしまってはもったいない。


 考えがまとまったところで睡魔が襲ってきた。さすがに飲み過ぎた。夜も遅い。エフェメラは宿へと引き返した。


 ぼんやりとした頭で飛んでいるうちに、意識が朦朧もうろうとしてくる。つい羽を休めてしまい、ぐらりと身体が降下した。危うく地面に激突しそうになった時、誰かの話し声が聞こえエフェメラは再浮上した。


(誰かしら。こんなところに)



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