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2-18 楽しいお出かけ

ハキーカ暦三〇一五年 ユーニウス


 石畳を叩く馬のまばらな足音が、朝の澄んだ空気に反響していた。まだ行き交う者がいない城門への道には馬が三頭行くだけだ。そのうちの一頭の鞍上で、アーテルは上機嫌にディランに言った。


「なあ。セプテンの展望台見に行こうぜ」


 南西の国境付近にあるセプテン市で現在建設中の、大陸最大の高さを目指している巨大展望台のことだ。領主であるメルクリウス公爵が熱を入れており、十年もの年月をかけて完成させる予定だという。


「今年建設が始まったばかりだから、まだ土台も完成してないだろ。見てどうするんだよ」

「だーっ! わかってねえなぁ。二十五階分の高さだぞ? 二十五階! この城の何倍だ?」

「五倍だな」

「そう、五倍だ! 高過ぎて想像もできねーよ。……もしここで展望台見なかったら、オレ、死ぬ時絶対後悔する」


 真剣に天を仰ぐアーテルをディランは胡散臭そうに見つめる。会話を聞いていたアルブスが笑った。


「アーテルは絶対、たいしたことないって言うよ。まだ石が広く積まれてるだけだろうし」

「だとしても、完成前を見とけば完成後の感動も増すだろ? 行こーぜー、ディランー。フェブルアーリまで行くならもう近いんだしさー」


 王国最南のフェブルアーリ市を西に進んだところにセプテン市はある。


「仕方ないな。なら今回の順路は、アプリからユー二付近を回ってフェブルアーリ、そして最後にセプテンにするか」

「よっしゃあ!」


 王都から真東へ進み、東端の大都市アプリ市へ立ち寄った後、国境沿いを南下し、最後は西へと向かう順路だ。


「予定通り、ぎりぎりひと月ってとこだね」

「まずは二日でアプリに行く」


 喜びに拳を上げていたアーテルが一転、苦い顔をする。


「ふ、二日……。いきなり尻が平らになるんだけど」


 アプリ市までは、馬車では通常四日の道のりだ。二日で着くとなると、休息もわずかで、馬で走り続けなければならない。


「オレ、夜は酒が飲める豪華な宿屋で寝たい」

「僕もアーテルに賛成ー。久々の遠出なんだし、三日かけてゆっくり行こうよー」

「明日の夜、アプリでシーニーと落ち合う予定になってるんだ。道中に気になる町もないし、急げる道は急ぎたい」


 アーテルが「はぁー」と溜め息をつく。


「たまには景色見ながら馬車でゆっくりと行きてえもんだけど……って、ん?」


 アーテルの願望を映し出したかのように、城門の手前に一台の幌馬車が停まっていた。農民が食物を運ぶ際に使用するような、くたびれた幌馬車だ。城門前の広い道のど真ん中を陣取っており、普通なら邪魔だとすぐに注意されるところだ。


 馬車の横には、いまの時間朝の指示で忙しいはずのベルテが立っている。馭者(ぎょしゃ)台付近にはガルセクもいたため、ディランは徐々に察した。幌の中から桃花色の髪がちらりと見えたところで予想は確信に変わる。


 エフェメラは幌の中から桃花色の頭をひょこひょこ出し外を窺っていた。隠れているつもりなのだろう。ディランの姿に気づくと、一緒に幌に入っている双子の少女たちと何やら話した後、ガルセクの手を借りて馬車から降りて来る。


 エフェメラは、いつもの可憐なドレスではなく、町娘がまとうような質素なワンピースを着ていた。先々月、夜に城を抜け出した際、アルブスが用意したワンピースだ。


 唖然としてディランが馬を止めると、エフェメラがぎこちない笑顔を向けてきた。


「おっ、おはようございます、ディランさま。こんなに朝早くに、偶然ですね」


 大根役者も真っ青な棒読みだった。


「ああ、そういえば、思い出しました。ディランさまも、ひと月ほどお出かけになるのでしたね。じ、実はわたしも、これから遠出をしようと思っていたところなのです。ディランさまは、どちらへ行かれるのですか?」


 ディランが言葉を失っていると、代わりにアーテルが問いに応じた。


「アプリとフェブルアーリ、そんでセプテンに行ってくる」

「ま、まあっ、驚きました! 実はわたしたちもこれから、アプリとフェベル、フェバ……フェルバブーリに、そしてセプテンへ行こうと思っていたのです! よろしければご一緒しませんか?」


 辛うじて笑顔を作れているが、瞳に浮かぶ必死さを隠せていない。嘘をついているのは明白だ。


「だめだ。連れて行くことはできない」

「そんな……」


 ディランの厳しい表情と口調に、エフェメラはあっという間に演技を忘れた。断られた時のために用意していた言葉も続かない。


 一度でもディランに拒否されれば、エフェメラはたちまち強く主張することができなくなってしまう。仕事の迷惑にならぬよう配慮し着てきた布のワンピースの裾をきゅっと握る。


 ディランはアーテルの横目と、心なしか冷めた視線を送ってくるベルテを無視し、馬を歩かせ城門へ向かった。すると幌の中からローザが飛び出してきた。行く手を塞ぐようにして、馬の脚ほどしか背丈のないローザは両手を広げる。


「つれて行ってくれてもいいでしょ! 第三おーじの、けち!」

「……何を言われても連れて行くことはできない。そこを退いてくれ」

「いや!」


 幼い子どもの願いは聞いてあげるべきなのだろうが、エフェメラを連れて行っては仕事にならない。ディランは居心地の悪さを感じながらも、このままローザの横を走り抜けてしまおうかと考えた。だがその前にエフェメラがローザのそばに寄った。


「ありがとう、ローザ。でも、もういいのよ」

「だめです! せっかく昨日一日かけてベルテさまにおねがいして、作戦もいっぱい考えたのに! きっとヴィオーラの台本がだめだったんです。正直におねがいすれば、うまくいってたかもしれません」


 幌の中でつまらなそうにしていたヴィオーラが、ローザの文句にくわっと目くじらを立てる。


「ヴィオーラの台本はかんぺきだったわ! ばか正直におねがいしても、つれて行ってもらえるわけないんだから!」

「うそついてもだめだったでしょ!」

「……エフェメラさまの演技がもう少し上手だったら、うまくいってたかも」

「エフェメラさまのせいだってこと? エフェメラさまは、いままでで一番上手だったよ!」

「ヴィオーラだって、いままで練習してきた中では一番よかったって思ってるわ。だからこれは、仕方のない結果よ」

「ちがう! 台本のせいだよ!」


 エフェメラは恥ずかしさで真っ赤になりながら、弱々しく二人の喧嘩の仲裁に入る。


「ご、ごめんね、二人とも。わたし、下手くそだったかもしれないわね。でももう喧嘩は」


 だがローザとヴィオーラは言い合いを続けた。門衛が何事かと顔を覗かせる。ディランは困ってベルテを見た。


「どうして馬車なんて用意したんだ?」

「申し訳ございません。危険が伴いますのでと、お考え直すよう申し上げたのですが、朝昼晩と粘られましたもので」

「だからって、連れて行けるわけないだろ」

「……ですが殿下。差し出がましいこととは存じますが、エフェメラ妃殿下がこの城へ参られてから、私に要望を申しつけるなど初めてのことでございます。愛らしいわがままの一つくらい、叶えて差し上げるのが良き夫であるかと思われますが」


 ベルテの口調は慇懃(いんぎん)だが、表情ではディランを威圧している。ディランは眉を歪ませながら前髪をかき上げた。


 確かにエフェメラは、ここへ来てから二ヶ月間、一度もディランに物をねだったことがない。普通の姫ならドレスや宝石の一つでも欲しがるものだろう。


「いいんじゃね、連れてっても。今回は視察中心で何もねえだろ?」


 アーテルが楽観して言った。ディランはしばし黙考し、溜め息をつきながら肩を下げた。馬を下り、エフェメラに近づく。


「わかった。一緒に行こう」

「え……」

「ただし、俺の注意は絶対に聞くこと。いいね?」


 不服そうながらも優しい瞳のディランに、エフェメラは花が咲くように顔をほころばせた。



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