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2-13

 鮮やかな金髪が視界から消えたかと思うと、左に気配を感じた。ガルセクはとっさに剣で防御した。しかしすぐさま右後方から突撃が迫る。ガルセクはのけ反りながら辛うじてこれを避け、次の一撃は体勢を崩したまま剣で応じた。片足にうまく力を入れることができず、平衡を崩した瞬間にまた手から剣を薙ぎ飛ばされる。


「俺の剣を恐がってばかりじゃ、いつになっても一本とれないぞ」


 ガルセクが落ちた剣を拾うと、再びディランの攻撃が始まった。ガルセクは剣で迎え撃ちながら反論した。


「剣を恐がっているつもりはありません」

「だったらどうして剣で防いでばかりなんだ?」

「どうしてって……剣の手合わせで剣を使うのは当たり前のことでしょう」

「それは攻撃の時の話だろ」


 ディランは半歩下がると、剣の角度を変えガルセクに斬り込んだ。ガルセクは剣を横なぎにしその勢いを殺そうと試みる。しかしディランは態勢を低くし横なぎをかわし、ガルセクの間合いの中から脇腹に剣をかざす。また一本がとられた。肩を上下させるガルセクからディランがまた間合いを取る。


「剣での防御は無駄しか生まない。最低限にするようもっと意識したほうがいい。さらに言えば、攻撃も確実に相手に届く時だけにするべきだ。牽制もまず余計。剣を交えたり振り回したりする行為が多ければ多いほど、敗北への確率が高まる。そういう認識でいるくらいがいい」


 ディランの言葉には納得できるものはあるが、理屈はわかっても容易ではない。それは何故かと考えてみれば、やはり恐怖が勝るからということになる。


「剣への恐れが無意識に防御を固めようとする。すると相手の剣から目を逸らすことができない。そして細やかな目の動きや足運びを見逃して、相手の機微を見極め損ねる」

「……では、まずは剣への恐れをなくす訓練をすればいいと?」

「いや、それは無理だ。死を恐れないなんて普通の精神状態では不可能だからな」


 ガルセクは眉をひそめる。


「ならどうしようも……」

「つまり、だ」


 ディランは目を真っ直ぐ合わせて言った。


「恐れても構わないが、正しく恐れなければならない」


 言葉の表面しかなぞれないでいるうちに、ディランが再び斬り込んで来る。手元でぐんと伸びる素早い斬撃はやはり剣を使わずに抑えることは難しい。手合わせを開始してからかなりの時間が経ってた。息はとっくに上がり切り、体温は暖炉の炎のごとくガルセクの内に籠っている。


 やがて、ふとガルセクは気がついた。相手の動きに応じ柔軟に振るわれていると思ったディランの剣が、実はある一定の順序にのっとって軌跡を描いている。右足を出した後、ディランは身体を捻りながら後手に横へ一線なぎ払う。そのまま軸足に体重を乗せ、今度は肩から脇腹へ振り下ろす。その後はわずかに間をとり、ガルセクの右か左へと回り込む。


「剣は勝手には動かない。動かしているのは、人だ。剣が恐ろしいものと理解しているなら、なおさら剣を見てはいけない」


 回り込んだ後は必ず強めの一撃を放られる。ただそれが、上から振り下ろされるか下から振り上げられるかが、毎度違った。


「相手の動きを読めると自負するんだ。自信がつけば、剣が見えてくる。――見える剣は、驚くほどに遅い」


 ディランが右へと回り込んだ。案の定、強めの一撃のために半歩右足を下げる。一か八か。片方に賭け、外れた場合はまた無様に負けるか。否、ガルセクは思い切ってディランの足元に目線を落とす。地面から右足が浮くのがはっきりと見えた。右上から左下へ振り下ろす時の動きだ。


 ここで、と思い、ガルセクは左に寄りながら右半身を下げ、ぎりぎりのところでディランの剣を避けた。横に回り込んだガルセクに気づき、ディランが勢いのついた剣を静止しようとする。ガルセクは下手に持っていた剣を素早く振り上げた。きんっと甲高い音を立て剣と剣が衝突する。


 防御の構えが間に合わず、ディランの剣はあっけなく手元を離れた。剣はくるくると回りながら後方の地面へ突き刺さる。ディランは地面に突き立つ自身の剣を見やった後、肩の力を抜いて表情を和らげた。


「お見事」


 勝ったことに気がつき、ガルセクは崩れるように地面に尻をついた。次から次へと汗が首を伝う。喉は激しく水を欲している。通り過ぎた風を心地よいと感じ、辺りに視線を巡らせる。朝霧はとうに晴れていた。


 ディランも地面から剣を抜くと額に浮かぶ汗を拭う。攻め手のディランのほうが動いていたはずだが、ガルセクの半分も疲れていないように見える。


「一本とられたからには、理由を話さないといけないな」


 勝てる機会を与えてくれたのだろうと言おうとしたが、息が上がって声を出せない。その間にディランが話を続ける。


「わざと負けたのは、単に俺の都合が良かったからだ。本気で挑んできたあなたには失礼な話だろうけど、みんなの前では出来の悪い第三王子でいたほうがいい。……それに、あなたの言い分も間違っていなかった」


 あの時ガルセクは、ディランがエフェメラに誠意のない態度をとることが気に食わなかった。エフェメラの気持ちを考えない行動に腹が立った。


 しかしいまのガルセクには、ディランがエフェメラをどうでもよく扱っているとは思えない。先月、眠るエフェメラを寝室へ運んだ時のディランは、エフェメラをむしろ好ましく想っているようにもとれた。表情に特別感情が表れていたわけではないが、エフェメラの寝顔をしばらく見つめていたディランの横顔は、何故か深く印象に残っている。


 だがもしエフェメラを好いているのなら、結婚をしているのだから自分のものにしてしまえばいい。それでもディランにはその気配がない。たまにエフェメラと会話をしている時も、どこか一線を引いているようなディランの態度は、ガルセクにはどうにもちぐはぐに見えてならない。


「……殿下は、私がエフェメラさまのお部屋で寝食をともにしていることをどう思われているのですか」


 ディランはふいを()かれたように瞬いてから、返答に迷うように首の裏を掻いた。


「そりゃあ、感心はしないけど……」


 それはそうだろうとガルセクは思った。寝る部屋は別だが寝衣姿のエフェメラと就寝前に二人きりで話をすることもある。寝衣は生地が薄く身体の線がよくわかるし、肩や胸元が大きく出る造りのものもある。いつも目のやりどころに困るくらいだ。


 エフェメラが普通の男性には見せないであろうその姿を見せるのは、恐らくガルセクを異性として意識していないからで、家族のように信頼し切ってくれることは嬉しいが同時に哀しくも感じる。


「でも、彼女が望んだんだろう? なら仕方がない、のかな。あなたが彼女の嫌がることをするなら別だけど、そんなことはしないと思うし」


 無理にエフェメラに迫るなど勿論あり得ないが、ガルセクは少しむっとした。ディランは無意識だろうがエフェメラが嫌がる前提で話されたからだ。つい意地の悪いことを口にしたくなる。


「もちろんしませんよ。もし嫌がったら、の話ですが」


 ディランが動きを止めてガルセクを見た。二人の間にしばし沈黙が流れる。


 ガルセクはディランがどんな反応をするか気になった。スプリア王国へ帰りたいなら帰っても構わないとエフェメラに言ったことはヴィオーラから聞いている。サンドリーム城で暮らし始めて以来、ヴィオーラは一日に二回はガルセクに愚痴を言いに来る。内容はもっぱらディランの悪口か、四人でスプリア王国に帰りたいといったものだ。


「……まっすぐ、だな」


 ぽつりとディランが囁く。どういう意味か問い返す前に、林の向こうからガルセクの名を呼ぶ声が聞こえた。声音は三つ、ローザとヴィオーラ、そしてエフェメラのものだ。


 ガルセクは返事をしながら立ち上がった。いつもならもう部屋に戻っている時間だ。心配して呼びに来たのだろう。ディランが剣を鞘に収めながら背を向ける。


「全部、彼女が選ぶことだから。あなたはただまっすぐ、彼女だけ守っていればいい」


 ディランは呼び声とは反対側の林へ姿を消した。まもなく、木の間からローザが飛び出して来た。


「ガルセクー……あっ、いた!」


 桜色の頭に葉っぱをつけながら、ローザが元気よく指差す。次いで、ヴィオーラが姿を現す。


「こんなところにいたのね、ガルセク。もう朝食の時間よ」


 ローザとヴィオーラが慣れた様子で背中を登ってくる。右肩にローザ、左肩にヴィオーラが慣わしだ。最後に木の陰からエフェメラが出て来た。


「お疲れさま、ガルセク」


 エフェメラはゆったりとした歩調でガルセクに近づくと、持っていた手巾をガルセクの額へ当てた。長い睫毛が見える程顔が寄り、エフェメラの香りが鼻腔に入る。


「汗で冷えてしまいそうね。風邪を引かないうちに着替えたほうがいいわ」


 エフェメラが汗を丁寧に拭いてくれている間、ガルセクはエフェメラの銀色の瞳から目が離せなかった。エフェメラはふわりとした桃花色の髪を耳にかけ、思い悩む顔をする。


「責任を感じて、無理をしないでね。城下町でガルセクが怪我をしたのは、わたしのわがままのせい。ガルセクが気にする必要はないのよ」


 ガルセクは首を横に振った。


「大丈夫です。無理はしていません」


 ガルセクが笑うと、エフェメラは未だ心配そうにしながらも頬を緩める。お腹が空いたと騒ぐローザとヴィオーラに急かされ、四人は南棟へ向かって林を歩き始める。途中、ガルセクは「あ」と声を漏らした。


「どうしたの? ガルセク」


 エフェメラが首を傾げる。ガルセクは来た道を振り返った。


「お礼を、言い忘れたと思いまして」

「お礼?」

「はい」


 助けてもらった礼も、手合わせをしてもらった礼も、ガルセクはすっかり言いそびれていた。



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