11.偶然と必然
同日、放課後。
竹村が忙しなく帰り支度をしている。
「どうした竹村。急用か?」
「隣の組にいつも一人で帰ってるかわい子ちゃんがいるんだよ。急がねぇと間に合わねぇ」
そう言い残しそのまま教室を出て行った。
間もなくして歩み寄ってきたマリアはボクの席の横に立った。
「帰りましょうか」
「ああ」
帰ると言ってもボクらは寮へ向うだけだ。
教室を出ると仁王立ちしている青桐先輩と鉢合わせた。マリアはちょっと不機嫌な様子だ。
「度々すまないな。少し話がしたい」
一貫して堂々とした態度は変わらないが心なしか謙虚に見えた。
やがてクラスメイトたちは下校し教室はボクら三人になった。各々は適当に近い座席に座った。
ボクらに顔を向けた彼女は口を開いた。
「少年。私と部活をしないか」
唐突な提案に眉をひそめながらボクは言った。
「今度は部活ですか……」
少々呆れ気味のボクに構わず彼女は話を続けた。
「無論、マリア君と言ったか。君も含めてだ。せっかく入学したのだ、青春を謳歌するには部活だろう」
どうだ名案だろ? と言わんばかりの先輩に対しマリアは冷静だった。
「恋人がダメなら今度は部活ですか。先輩、一体何を企んでいるんです」
先輩は口元から小さな笑みをこぼした。
「お、おい……。何もそこまで言わなくても」
気後れするボクに反し、先輩はさほど動じなかった。むしろ、次の言葉にボクらが冷静ではいられなくなった。
「ふふ。全く察しのいい娘だ。さすがは榊原家の元使用人といったところか」
その言葉にマリアは返答に窮した。目は泳ぎ、声を発することも出来ないように見えた。無理もない。マリアにとってあの出来事の傷跡はまだ癒えきってないのだから。だけど先輩の話も聞き捨てならない。
ボクは彼女に代わって尋ねた。
「どうして先輩がその事を知ってるんです。あの日以降、彼女の事は誰も覚えていなかった。それだけじゃない、あらゆる記録からも消えていたはずだ」
相変わらず落ち着いた口調で彼女は坦々と話す。
「その通りだ少年。テレーゼ・フォン・ザクセン榊原という存在は完全に消えたようだった。周囲も、教師も、記録にさえ残っていないのだ、おかしいのは私の方なのではとまで考えた。そんな時だ、たまたま少年が聞き込みをしているのを見かけてな。それから私はずっとキミをマークしていたのだ」
ボクが先輩に向けた眼差しは純粋に疑いの目。それでも、彼女の目は嘘をついているにしては真っ直ぐすぎる目だった。
「……だとしても、先輩が記憶の改変を免れた理由がわからない」
「キミたちと同じだ。単に忘れなかっただけ、というには少々語弊があるな。正確にはそう仮定している。だから私は知りたいのだ、真実を。まずは少年に謝罪しなければいけないな。あの告白は狂言。真実を知る手がかりとして傍においておきたかったのだ、すまない」
話の全てを鵜呑みにするにはまだ早いかもしれない。とはいえ、見えなかった部分が段々と見えてきた。話のつじつまは一見合っているように思える。
──なるほど、記憶の改変を免れたボクを監視下に置くために告白し、それが失敗したら今度は部員として近くに置きたかったというわけか。
状況を飲み込み始めていたボクを確認したのだろうか、先輩は提案を再開した。
「少年も知りたくはないか、この一連の現象を。マリア君も気が気ではないはずだ。君の主に干渉したこの現象の真実を」
その問い掛けにマリアは反応を示した。混乱気味だった彼女の目に、はっきりとした意思が浮かび始めていた。
「で、ですが……。彼は完全に被害者です。私の私情にこれ以上巻き込むわけには……」
「かまわないよ、マリア」
それでも彼女は後ろめたさを捨てきれないようだった。
「しかし」
「ボクも気になる。それに、この件だけじゃないんだ。ずっと、何かが引っかかってる、そんな気がしていた。その話乗ったよ。先輩、協力させてくれ」
「ふふん、いい返事だ。この人数だととりあえずは同好会ということになるか」
マリアは根本的な疑問を投げかけた。
「それで、私たちは何部になるんです? 確か顧問も必要なはずですよ」
「未定だがもっともらしい部を立ち上げて行動するつもりだ。顧問の方は私の方で適当に見繕っておこう。それと今日から我らは同志だ、タメ口で構わんぞ」
「私はクセのようなものなのでお気遣いなく」
──顧問を見繕うって……教師をなんだと思っているんだろう……。
「あ、ああ。助かるよ、その辺は任せる」
とりあえずこの日は解散することとなった。