10.価値を決めるもの
同日、昼休み。
竹村がまた張り切っている。
「よっしゃ。イツキごときに負けちゃいられねぇ。俺も女子たちとイチャイチャはぁはぁするために遠征だァー!!」
それを尻目に机の上を片付けていると少し離れた所から一人のクラスメイトが声をかけてきた。
「おーい来栖くーん居るー?」
彼女の名前は申し訳ないが忘れた。目立った特徴もないごく普通の女の子だ。
こちらもその場から返答した。
「どうしたー?」「クソがイツキめまた女子に声かけられやがって」
──聞こえてるぞ竹村。
「誰か来てるよー。ってあれ、あちょっと」
ボクが居るとわかるや否や雄々しくも美しい黒髪の女子高生がズカズカと上がりこんで来た。ボクの机に一直線だ。竹村は驚きを隠せない。
「あ、あ、あ、青桐先輩!?」
相変わらず堂々とした面持ちで椅子に座るボクを見下ろした。
「ふふ。昨日ぶりだな少年」
「ど、どうも」
先輩は竹村の方を見た。
「そこの自然界ならば究極のDNAだったと思われる少年よ、退きたまえ」
「お、俺すか? おいイツキ聞いたかー俺めっちゃ絶賛だぜ」
──そうじゃないと思う。
竹村を追い払うと前の席に座った。
「で、一年の教室にまで来てどうしたんですか」
「ふむ、つれないな少年。この時間にやってきたのだ、ランチを共に過ごすために決まっている。それとも他に先客でも居たのかな?」
その問いに神速で答えたのは竹村だった。
「はい俺イツキくんの大親友なんでこれから仲良くlunchにするところだったんすよ」
──お前さっき遠征行くって言ってたろ。あとなんで発音にこだわった。
「ふむ、そうだったか。ならば仕方ない一緒に」
先輩が言い切る前にマリアが半ば強引に介入してきた。
「待ってください、彼とlunchを共に過ごすのは私たちの日課。勝手に話を進められては困ります」
「いやマリア、日課ってまだ転校してから」
ボクの発言は恐ろしい眼光によって中断された。そう、マリアとの昼食は昨日の一度きりだ。日課というには少々飛躍しすぎだ。
「ふむ。では、懇願するしかない。……私をランチに混ぜてはくれないだろうか」
彼女は文字通り床に正座し頭を下げた。その出来事にボクら三人が慌てふためいた事は言うまでも無い。
数分後、教室の片隅。
異彩を放つ四人が机を引き合わせていた。討論の末、机は四角い円を作り異様な状態。ボクの右手側にマリア、左手側に竹村、正面に青桐先輩という位置だ。
無論、周りからの視線が痛い。ふと正面に目を向けると青桐先輩と目が合った。
「少年、もしよければ私の弁当を試食してみてはくれないか? 生まれて初めての手作り弁当だ。評価が欲しい」
──なぜボクなんだ? それにこのタイミングで初めての手作り弁当とは話が出来すぎてやしないか……。
見たところマズそうには見えない。雑誌のお手本にしてもおかしくない見栄えだ。
「ま、まあ他者の評価が欲しいなら別に」
「まじかよいいなーイツキ。先輩俺にもひと口っ」
「ふむ、すまない。私は特殊な病で、カロリー摂取量が少しでも足りないと命に関わる取り返しのつかない事態になりかねないのだ。残念だが君に浪費させる食料までは持ち合わせていなくてな」
竹村は何の疑問も抱かず関心気味に話を聞いていた。
「そうなんすか。大変っすねぇ」
マリアがこちらへ顔を向け静かに言った。
「来栖様、この方とはどういう?」
ボクも彼女と近い声量で言った。
「二年の青桐いおり先輩。昨日、旧校舎で世話になったんだ」
「なるほど、そうでしたか」
地獄耳なのか席が近いせいか、先輩が話しに入ってきた。
「別に呼び捨てでも構わんのだぞ? フルネームでは大変だろう、いおりでもよい」
彼女の言葉にマリアは刺々しい反応を示した。
「先輩、それなら苗字でも構わないはずです。なぜわざわざ下の名前なんです」
何の躊躇もムードもなく、教科書を読み上げるかのように彼女はすらすらととんでもないことを言い出した。
「ほう、察しがいいな異国の娘。では本題に入ろうか。少年よ、私の恋人になってはくれないか」
一瞬時が止まった。いや、場が凍った。そして時は動き出す。
「な、なな!?」「どぇぇええ!? お、お、おま! おまってめぇえええ」
「お、落ち着くんだ二人とも。それと先輩、いきなり何言い出すんですか、ボクらは昨日知り合ったばかりじゃないですか」
「その通り、私もこんな気持ちは初めてだ。きっとこれが一目惚れというものに違いない」
先輩は立ち上がった。そしてボクに向け力強く指を差し、断言した。
「惚れたぞ少年!」
竹村は壊れた。
「ウソだぁぁぁあ俺の青桐先輩がぁぁああ」
マリアも壊れた。
「ふしだらです不道徳ですっ厭らしい猥りがわしいっ!」
先輩はちょっと困ったような顔で考え込んだ。クセなのだろうか、以前のように手を顎に当てたポーズだ。
「ふむ、人生とはなかなか上手くいかないものだな。交際については保留にしよう。しかし少年、私のこの気持ちは揺るがぬぞ覚えておけ」
「は、はい」
困惑するボクら三人に構わず先輩はさっさと昼食を終え帰っていった。