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省エネで超草食系男子の日常  作者: 上条輝
第1話
2/2

人付き合いは大雑把であれ

自分の殻とはどれほど強固な物なのか…。

季節は春、長い義務教育が終わり俺は高校生なるモノに成ってしまった。


まぁ、今まで通りの日常を俺は繰り返すだけさ。


無駄な事は極力したくないが俺の信条だ。それはずっと変わらない。そうこれからもだ。


薪人「ふわぁー…」


新たなる学び舎、鳳来高校までの道を幼馴染で且つ、幼稚園から中学まで全部同じクラスだった三好真梨と歩く。


こいつの短髪眼鏡姿ももう見飽きたな……とは言わないが。


真梨「眠そうだねまきちゃん」


薪人「お前のその呼び方も変わらないな」


真梨「変…かな?」


薪人「べっつに、ただそんな呼び方するのお前くらいなもんだ」


真梨「えっへへ、私まきちゃんの特別~」


薪人「良かったなー」


手を上げて喜ぶ事かは置いといて、早々に高校が見えて来た。


薪人「はぁー…こんな中途半端な所に三年間、通う事になるのか…」


この高校は、俺の家から近くもなければ遠くもないという、微妙な位置にあるので変に気分が滅入る。


真梨「すぐに慣れるよ! それにきっと楽しい毎日になるよ!」


薪人「そうだな……」


とは言ったが、一瞬にして俺の頭に浮かんだ方程式は、『毎日が楽しい=忙しい』だ。


省エネ、行き当たりばったり、他人任せ、をモットーとしてる俺には由々しき問題だ。


忙しい何って言語道断だ!


真梨「まきちゃんは何か部活入る?」


薪人「帰宅部」


自分でも驚くくらいに速く即答していた。


真梨「そんな躊躇いもなく言わなくても……まきちゃん読書好きだから、文芸部とかに入ったらどうかな?」


薪人「帰宅部をバカにするなよ、先人達が築いてきた功績は大きく、人気上昇の傾向にあるらしいからな」


真梨「まきちゃん、ちゃんとした部活に入ろうね~?」


駄々をこねる子供をたしなめる母の言い方みたいだった。と言うかまんまそれであった。






この高校にも少しは利点があったようだ。


俺の初めて座る座席は窓際で、しかもこのB組の窓の先には、広大でずっと見てても飽きないような自然が広がっていたのだ。


薪人「これで暇な授業も凌げる」


自然と笑みがこぼれ、高校生活で初めて喜びを実感した瞬間だった。


男「よう薪人‼ お前もこのクラス何だな!」


俺の感動を台無しにする様に、教室の入口から見知った顔が入って来た。


そいつは俺を見つけるなり走って来るようにして俺に近づいて来たが、俺は軽く無視して目線を窓に向けた。


男「そう言えばいつも一緒にいる三好さんは?」


説明が遅れたが真梨も同じクラスになったのだ。


薪人「交友関係を広めてる最中だ、ほら」


女子の塊の方に目線は向けず、指だけさして教える。


男「本当だ、こういう時って異様なまでに女子の結束力に驚くよな…」


何ともこいつらしい意見だ。俺は正直そんなモノに驚いた試しはない。


薪人「驚いてないで自分も行動したらどうだ?」


相変わらず俺は窓の外を見ている。


男「そ、そうだな! 俺も今日から高校デビューを果たしたんだからな‼」


さいで。


男「所で、俺の名前呼ばれてないけど覚えてるよな?」


薪人「……」


こういう返しをされたら、大抵ボケを返さないといけないのが主流何だろうが、如何せん俺はそんなボケを返す頭がハッピーなキャラクターではないので…。


薪人「西神陽一だろ?」


普通に返した。


陽一「ふぅー…良かったぁ〜…危うく残念な奴に成り下がる所だったぜ…」


安心しろお前はどれくらい自覚してるかは知らんが、中学での行動、言動を見る限り、お前の性格は世間的と、皆の『普通』って言うベクトルでは残念な奴だよ。


少なとも後2ヶ月もすれば、このクラスの面々もそういう認識に染まっていくだろう。


薪人「……」


また中学の頃みたいに、西神の根も葉もないアホな言動に助け舟を出さなくてはならないのか…。


いや、この際見捨てると言う選択をすれば良いじゃないか。


そうだそうしよう、西神のフォロー何って俺からすれば無駄な事この上ないじゃないか。


逆に何で中学の時は律儀にフォローしていたんだ?


西神が求めない限り、助け舟を出すのは控えよう。


陽一「また助けてくれよな?」


数秒で俺の決心が破綻した。


どう察しても中学の頃の様にフォローしろと直結してしまう回答…。


薪人「分かった分かった…程々にな」


諦めつつ、やはり俺は窓の外を見ながら答えた。


陽一「ああっ‼」


そうか、分かった…何で中学の時律儀にフォローしていたのか…。


西神が、俺の初めて出来た男友達だったからだ。







ショートカットの女の子「はぁー……凄そうな奴このクラスに居ないな〜、凡人ばっかし」


髪の長い女の子「祈ちゃんは今日も辛口が冴えてますね」


長く綺麗な黒髪で、顔立ちの整った小学校の頃からの友達の雪海美絵が、あたしにそんな事を言う。


あたし剣山祈は辛口の自覚が無く、時にして他人や友達に辛口だね。と言われると、顔には出さないが、影で実はかなり傷ついてる硝子の心を持ち合わせる女の子なのだ!


ついでにもう一つあたしの特徴を挙げるなら…人嫌いが激しい!


だから……友達は必然と少ない……。


祈「美絵は相変わらずおっとりしてんなー」


美絵「それが私のアイデンティティですので」


祈「それでいいのかーあんたは?」


美絵「うん、全然満足」


祈「はぁー……なんか面白いことないかなー?」


あたしは徐に机に突っ伏す。


美絵「祈ちゃん、しゃっきりしないと第一印象だけで一人ぼっちになりますよ?」


目のつむった黒い世界から、世にも恐ろしいワードが聞こえた。


祈「そんなの嫌だぁっ‼」


勢いよく椅子から立つ、急に立って発せられた、机と椅子の音とあたしの声とで、クラスの目が100%向いた。


一人だけずっと外を見てる奴がいるけど。


祈「あっ……」


素早く美絵を見てフォローを仰いだ。


幸運な事に美絵は大きく頷いてみせた。私に任せろとばかりに。


心からあたしは安堵を覚えた、これで助かる! と。


美絵「コホン、これなるは剣山祈ちゃんです、ただいま絶賛発情中なので宜しくお願いします‼」


皆の方に向いて、バッっと、両手をあたしに向けて高らかに紹介をしてくれた。


ああ…ありがとう、これであたしはまた、戦える……。


祈「っておいっ‼ だーれが発情中だぁーっ⁉」


ぽこっと美絵にチョップを繰り出す。


美絵「きゃう……間違えました〜…友達募集中って言おうと思ってましたぁ〜…」


祈「それにしても一文字しかあってないじゃん⁉」


ぽこぽこ。


美絵「ううっ……ごめんなさ〜い…」


そんなやり取りを見て、クラス中が笑いに包まれた。


正直かなり恥ずかしかったけど、結果オーライだ。


女の子「ちょっと良いですか?」


目立つのに不本意ながら成功したためか、後ろから人懐こそうなメガネをかけた女の子が近づいて来た。


柄にも無くあたしは緊張をした。何せ顔見知りじゃないし…。


祈「な、なに?」


真梨「剣山さん…でしたよね? 私は三好真梨と言います」


祈「はぁ、ご丁寧にどうも…三好さん」


美絵「私は雪海美絵と申します」


ぺこりと三人揃って頭を下げた。


真梨「所で唐突で恐縮なのですが、二人にお願いがあるのです」


美絵「難しい事、ですか?」


真梨「いえ、私の友達になって欲しいと思ってるのですが…どうでしょう?」


なんだなんだこの子‼︎ 超上目遣いが上手いーっ‼ ただの半端な眼鏡っ娘じゃないな⁉︎


美絵「喜んでです、祈ちゃんは?」


祈「えっ、あ……良いよ!」


自分から話しかけて来てくれたこの子を無下には出来ないし、これからは新しく出来る友達を大事にしていかないと!


真梨「ありがとう! 祈ちゃん‼ 私の友達も紹介するね?」


うぉ、地味にあたしの下の名前で呼んでるし…あたしにはまだ出来ないテクニックだ。


祈「う、うん…」


真梨「あっ、ごめんなさい…気安く名前で呼んじゃって…嫌だった?」


祈「ううん、別に気しなくて良いよ、じゃあさあたしも真梨ちゃんって呼ぶからさ、おあいこ」


真梨「ふふふ、ありがとう!」


抜かりがない…この子はただ者じゃなかった……凄い奴居るじゃん!


美絵「私も名前で良いですか? 真梨ちゃん?」


真梨「勿論、美絵ちゃん?」


ふふふっと三人して笑い合う、何か高校生活が始まったなと、今さらながらあたしは実感するのだった。






一連の事件を一通り聞いた俺は、視線をようやく教室に戻して西神を見る。


薪人「なぁ、お前のその髪さ…」


陽一「ん? 似合ってるか⁉ 高校デビューって言ったらこれだよな〜!」


お前の高校デビューの定義はさて置き、茶髪って……センスの無さを感じる。


どうせ担任が入って来たら注意されるだろうが、俺の口は西神の批判をしたくてたまらない様だ。


薪人「正直に言う、今すぐ黒に戻せ」


陽一「何だよー親父達みたいな事言うなよー、私立高何だからこれくらい良いだろ?」


やっぱり止められていたか……ご両親が浮かばれないな…。


薪人「あのな、それは茶髪が似合う奴が言う台詞なんだよ」


陽一「俺、似合ってない?」


薪人「センスがなさ過ぎる」


陽一「そ、そうなのか……でも! 来る途中皆の視線を感じて聞いてみたら、似合ってるって笑ってたぞ⁉ これをどう説明する!」


薪人「どういう事の見方をしてるんだ…それは嘲笑って言うだよ」


陽一「ちょ、ちょう? 薪人は難しい言葉よく使うよな〜」


何でだろう…イラつきが止まらなくなって来た。


薪人「もっと語彙力を高めろ、バカ」


陽一「ば……何か薪人、今日冷たくね〜?」


そこまで言われてめげないこいつのメンタルに乾杯だ。あっ、意味わかってないのか。


薪人「良いから自分の姿を鏡で見て来いっ! そうすれば分かる!」


真梨「まきちゃん、ちょっと良い?」


祈 美絵(まきちゃん?)


罵詈雑言を西神に浴びせいたら、真梨が二人の女子を引き連れて現れた。


陽一「三好さーん‼ 薪人が酷いんだよ〜! 茶髪似合ってないとか、センスがなさ過ぎるとか、語彙力がないとか、鏡見て来いとか…茶髪に関係ない事まで誹謗中傷して来るんだよ〜‼」


薪人「なんだちゃんと理解してたのか、それよりお前が誹謗中傷何って言葉知ってたんだな。偉い偉い」


陽一「うわぁぁ〜っ‼ まだ飽き足りないのかよこの人‼」


美絵「祈ちゃんより口悪いですね…」


祈「それ、あたしも傷つくんだけど…」


陽一「三好さんは……三好さんはどう思う⁉ 俺の茶髪、似合ってないかな?」


薪人 祈「なっ⁉」


美絵「まぁ」


西神のアホが、無様に真梨の足にすがり付いて回答を待っている。俺だけだろうか凄く蹴り飛ばしたい。


真梨「え、え〜っと……」


真梨の性格からして、正直な回答はしないだろうな…良い奴だから…。


とりあえず蹴って良いぞ?


真梨「わ、私は似合ってないと思う…」


陽一「ぐはっら!」


おっ、これは予想外な回答。


真梨「でも、他の人はどうか分からないよ? 気にしないで」


陽一「………」


最早、その言葉さえ西神の耳には入らなかった様だ。


真梨の足から手を離し、そのまま西神は地に沈んだ。


祈「これ、どうする?」


薪人「ほっといて良いから、それで真梨、何の用だ?」


真梨「うん、さっき友達が出来てまきちゃんにも紹介しようと思って」


後ろにいる二人がそうなんだと誰が見ても察しがつくな、西神はどうか分からんが。


目線をその二人に合わせると、二人は一歩俺に近づいた。


薪人「自己紹介をした所で、仲良くなるか分からないのに、それでも自己紹介しないとダメか?」


美絵「失礼な方ですね」


そりゃあそうだろう、人が不快がる様に言葉を選んだのだから。


さてこの髪の長い子、容姿を見て推察すると親からとても良い教育を受けたのが分かる。だから性格だってきっと良いだろう。


だからこそ俺の生き方は理解出来ない。


他人と群れて時間を喰われるのが何より嫌とか絶対に理解出来ない。


友達なんかになった日には、されたくもない相談を聞かされ、頼られた挙句無駄な事をさせられる。何って事も考えもしないだろう。


俺はそういう考えを持っているから心が屈折している。


まぁこれくらいで自分の中で毒を吐くのは止めておくか、余り怒らさせるようなことを言うと動いて欲しい時に使えないからな。


改めて言うぞ、俺の生き方は省エネ、行き当たりばったり、人任せだ。


人心を掌握しないと人任せに出来ないからな。


真梨「まきちゃん、今のは私も失礼だと思うよ?」


真梨も言ってる事だし、これ以上ひねくれるのに利益はないな。


さて、食い下がる事にしますか。


薪人「ごめんなさい。俺冷めた見方をよくしちゃうから、あんな事を言ってしまったんだ……不快にさせて本当に申し訳ない…」


惜しみ無く俺は頭を下げる。これだけ大袈裟に言えば大丈夫だろ。


美絵「わわっ、頭上げてください‼ 私なんかに勿体無いですよ!」


どうやら控えめな性格の様だ。ならば今の行動で間違ってはいないな。


真梨「じゃあまきちゃん、自己紹介してくれるよね?」


真梨の頼みとあらば仕方ない。


薪人「平田薪人だ。そこにいる三好真梨とは幼稚園からの知り合いだ、目立った趣味という趣味はない、強いて言うなら何もしないが趣味だ」


祈「えーっと、剣山祈よ、趣味はドラム」


さっきの少女とは正反対な性格って所か。それと口が悪いんだったな、標的にならない様気をつけよう…。


美絵「雪海美絵です。私の趣味も音楽です。ピアノを幼稚園からずっと習っていたので」


お嬢様…か。


薪人「二人は知り合い同士なのか?」


当たり障りのない質問を選んだつもりだ。これが円満な会話の典型であるなら、まさかプライバシーに関わるから言いません。何って答えは返ってこない筈だ。


美絵「プライバシーに関わるから言いたくありません」


薪人 真梨「えっ……」


ニコッと言われた…。


っつうか心を読まれてる…のか?


美絵「冗談です」


真梨「ははは……本気かと思っちゃったよ…」


祈「たまに美絵のボケは分からない時があるからな…」


美絵「えへへ……」


そういうやり取りをしたって事は、少しは長い知り合いなのか。


祈「美絵とは小学生の頃からの付き合いなんだ、流石に幼稚園からの付き合いっていう二人には負けるけど…」


そんなもんを張り合わなくて良いと思うが…。


薪人「そうなんだ、因みにそこに倒れてる奴は西神陽一だ。中学で知り合った」


美絵「どういうお人柄なんですか?」


薪人「真っ直ぐ過ぎるバカだ」


美絵「誠実な人なんですね」


凄い優しい捉え方だな…無理して褒めてるのか?


いや、この笑顔……嘘をついてない…。


良い所のお嬢様かはまだ判明してないが…材料はもう充分だろう。


真梨「うん、優しい人だよ」


祈「いじられキャラか」


ふむ、そういう捉え方も充分出来るな。むしろそっちの方がこいつに合ってる。


美絵「またまた、祈ちゃんはそんな口叩いちゃって♪」


ぷにっと雪海は剣山の頬を指で突っつく。


祈「ちょ、やめて〜」


美絵「ぷにぷに〜♪」


余り見てはいけない気がして、俺は教室に下がっている時計に視線を合わす。


真梨「まきちゃんは優しいね?」


そんな俺の仕草を一通り見ていたのか、真梨は微笑みながら言う。


薪人「そんな事はない、もうすぐ入学式の時間かと思って時計を見ただけだ」


真梨「そう」


照れ隠しのつもりでは無かったが、結果的には真梨にそう受け取られただろう。顔が物語っている。


薪人「時間だから行くぞ」


担任が来る気配も無く、まだ誰も出る気配のない教室から、俺は早歩きでその場を後にする。


別にクラスの連中を先導する気何って無かったが、俺に釣られる様にしてみんな席を立ち始めた。


真梨「待ってよぉ〜まきちゃん〜」


祈「あ、あたしも行く!」


美絵「では、私も」


陽一「………」







式が終わると、いきなり体育館で西神は教師に頭髪に関する指導を受けていた。


俺にボロクソに言われたせいか、教育的指導でそこまで落ち込んでる様には見えなかった。


俺は西神を待つ義理も無く、一人で体育館を後にした。


そして今は教室までの廊下を歩いている最中だ。


薪人「一人、最高だな…」


しみじみと思う、これほど幸せな時間は他にないと。


真梨「ハァハァ……ちょっとまきちゃん…!」


俺の幸せ時間終了。


走って来なくても良いだろうに…そこまでして俺の幸せ時間を邪魔したいのか。


薪人「はぁー…」


いや、真梨に何を言っても無駄な事はもう証明されてるからな…諦めよう。


今は諦める事がエネルギー温存に繋がる。


真梨「また溜め息ついたね、幸せにげちゃうよ?」


はい、今貴女の手によって逃がされました。


薪人「同じ事を何度聞いたか」


真梨「じゃあ治せば良いんだよ」


軽々と言う……溜め息を治せって、俺がお人好しになるくらい無理な話だろ。


薪人「それより教室で友達になった二人はどうしたんだ? 置いて来たのか?」


真梨「う、うん……だってまきちゃん一人で帰っちゃうんだもん」


薪人「新しく出来た友達は大事にしないとダメだろ?」


真梨「まきちゃんに言われたくないよ……」


薪人「それは最もだな、お前が正しいよ」


曖昧な感じで話しながら、階段が正面に見える曲がり道に突き当たる。そんな時だった。


女子「はぁはぁ…っ」


荒い息遣いが聞こえて来たと思ったら、俺から見て左の曲がり門から女子が勢いよく走ってきていた。


あの勢いじゃもう無理だ。当たる。


運が悪かったのは真梨である。


真梨が歩いてるのは俺の左隣り、つまり走ってきている女子が真っ先に当たるとしたら絶対に真梨なのだ。


女子「あっ! どいてぇぇっ‼」


真梨「へ?」


ドン‼


女子「うぁ…!」


真梨「きゃっ!」


ノスッ。


薪人「っ〜‼」


案の定二人はぶつかった。走って来た女子が真梨を押し倒す形で。


そして押し倒した先には……俺の左足の上履きがあった…。


女子「いてて……」


真梨「…痛いよぉ…まきちゃん…」


俺だって左足の指達が悲鳴をあげてるぞ。


女子「うわぁぁ! だ、大丈夫ですか⁉」


慌ててその女は真梨を起こす。あと俺に対する二次被害をどうしてくれる…?


上履きで防護されていても二人分の重みをこの足は受けたんだぞ。


真梨「う、うん……頭痛いけど大丈夫…かな? あれ? 貴女…」


?「七海っ‼ 大丈夫⁉」


ぶつかった女子が走って来た方向から、ショートヘアで長身痩躯の女子が駆け寄って来た。恐らく友達だろう。


薪人「ん? 七海?」


ふと懐かしい響きを感じて、俺は一瞬しか見れなかった七海とやらの顔を今度ははっきりと見る。


真梨「七海って……ひょっとして河辺七海ちゃん?」


七海「なんで私の名前……もしかして真梨…ちゃん?」


真梨「うんっ! そうだよ!」


矢張り心当たりがあった。


河辺七海とは、幼稚園から小学校まで全部同じクラスだった俺と真梨の共通の友達だ。


小学校を卒業してからは俺達とは別の中学に進学し、その為関わりがなくなり会う事さえ無くなって、ハガキだけの付き合いになっていたのだけれど……今日再会を果たしたのだ。


七海「会いたかったよぉ〜! 真梨ちゃん‼」


真梨「私もだよ七海ちゃん‼」


二人は抱き合う。


薪人「その辺にしとけよ、約一人着いて行けてないみたいだしな」


七海の友達「……」


七海は抱き合うのを止めて、今度は俺の顔をじっと見つめる。


七海「貴方は…薪人君⁉」


薪人「うぉ…」


近づいて来たと思ったら俺の両手をギュッと掴んで笑いかけてきた。


七海「ずっと二人に会いたかったんだよ! もう会えないとばかり思ってたから‼︎」


会おうと思えば会えたと思うが…敢てツッコまないでおこう。


携帯と言う手段があるじゃないか、と言う意見は察して頂けると嬉しい。


小学生だった俺たちに携帯など持たされる訳無いだろ? 携帯を手にしたのはごく最近だしな。


薪人「わ、分かったから、友達のフォローなり紹介をしたらどうだ?」


手をゆっくり外しながら昔みたいに七海を諭した。


七海の友達「えーっと…」


七海「あっ! ごめんね陽愛ちゃん!」


陽愛「周りが見えなくなるのは、相変わらず悪い癖ね七海」


七海「いじめないでよぉ〜陽愛ちゃ〜ん。ちゃんと二人に紹介するから〜」


陽愛と呼ばれた彼女は呆れながら七海にぼやく。


真梨「私達は七海ちゃんの友達でB組の三好真梨です」


薪人「同じくB組で七海の友人の平田薪人だ」


陽愛「私は七海と中学で知り合って友達になった岸魚陽愛です。クラスは七海と同じC組です。宜しくお願いします」


綺麗なお辞儀だった。釣られて俺まで頭を下げたくらいだ。


七海「あっ、紹介さしてくれなかったぁ〜……陽愛ちゃんのいけず〜…」


少し涙目になった七海が岸魚に訴えかける。どうやらすぐ涙目になるのはあの頃と変わってないようだ。


陽愛「間ってものがあるでしょうが」


七海「うぅ〜…」


陽愛「それより七海、足を見せなさい」


七海「え、こう?」


言われて、反射的にぶつかった時に傷付いた足を見せる七海。


陽愛「やっぱり、ちょっと脛を擦ってる」


薪人「真梨、お前は?」


真梨「大丈夫だよまきちゃん!」


薪人「……」


いつもの笑顔なのだが、それにどこか不自然さを感じて真梨の頭をポンっと軽く触った。


真梨「っ…」


薪人「はぁ……二人とも着いて来い」


軽い怪我を負った二人の手を片方ずつ持って歩き出す。


真梨「えっ! ちょ…まきちゃん⁉」


七海「どこ行くの⁉」


薪人「保健室だ」


陽愛「私も付き添う」


薪人「岸魚さんには、担任に説明を頼みたいんだ」


二人の手を離して、後ろから着いて来ようとする岸魚に振り返る。


確かに、友達を心配する気持ちは少なからず分かってるつもりだ。


だが、連絡係は必要だと思うぞ? 人の事は言えないが…。


陽愛「それも大切だと思うけど…七海が迷わず教室に帰って来られるか心配なの!」


うっ、確かに…それは不安だな…。


小学校の頃みたいに今も抜けてるなら道を覚えてる訳ないだろうし、遅刻よりも教室の道が分からない何って…論外……付き添いは必要だ。


薪人「…お願いするよ」


迷い無く頷く岸魚。


これは七海と言う人間を知っていないと出来ない選択だ。岸魚も中学時代苦労したんだな……同情と敬意を表する。


美絵「平田さん、どちらへ行かれるんですか? HR残ってますよ?」


保健室に向かおうと来た道を戻ろうとしたら、丁度いい所に剣山と雪海が現れた。


薪人「そうなんだが、ちょっと頼まれてくれないか?」


祈「何を?」


薪人「真梨とこの河辺七海が、さっき衝突して保健室に連れて行かないといけない。そこで二人にはB組とC組の担任に、二人、保健室に行ったと説明を頼みたい。大丈夫か?」


祈「別に良いけどさ、あんたが……」


美絵「雪海美絵と申します。貴女のお名前は?」


陽愛「C組の岸魚陽愛です。あの…宜しくお願いします」


剣山の声を遮り、俺が言う前に雪海が岸魚の名前を聞く。


美絵「分かりました! じゃあ早速行きましょう! まずはC組から!」


祈「えっあのちょ…」


何か言いたげな剣山の手を抵抗する前に取り、雪海は階段を駆けて行った。


薪人「……ふぅ」


絶対剣山に何か言われると思っていたが……。


雪海美絵…恐るべし、要注意だな…。


彼女は俺の省エネな日常を揺るがす可能性のある人物だ。


真梨「行こう! まきちゃん!」


薪人「そうだな」







陽愛「失礼します」


保険医「あら、どうかしましたか?」


白衣の似合う長髪メガネの若々しい女保険医だ。しかしこの人、どこかで見た事がある様な…。


薪人「入学式早々申し訳ありません。ここにいる二人が、さっき廊下で衝突して怪我をしてしまったのです」


保険医「分かりました、そこにかけて下さい」


先生に指示されて真梨と七海は大人しく丸いすに座る。まずは真梨を入念に診てくれた。


保険医「んー……頭、かな?」


真梨「いたっ…」


保険医「あっ、ごめんね……でも大丈夫よ? たんこぶになってるだけみたいだから」


真梨「ふぅー…良かったぁ〜、ありがとうございます先生」


保険医「気にしないで、帰ったら冷やしといてね?」


真梨「はい!」


優しく真梨の頭を撫でてやり、次は七海の擦った脛を診る。


保険医「まさか…入学式からいきなりお客さんが来るなんって、思わなかった」


テキパキと介抱しながら、冗談っぽくその場に居る皆に笑いかけ場を和ませる。


保険医に必須な余裕ってやつか。


陽愛「おっちょこちょいな生徒が入って来ましたから…」


七海「えへへ…」


真梨「でも大事にならなくて良かったね」


陽愛「それはそうなんだけど…」


保険医「せっかく楽しい高校生生活が始まったのだから、怪我には気を付けないと、ね?」


傷口を消毒した後ばんそうこうを貼り、最低限の治療が終わった。大した傷じゃないしな。


真梨 七海「はーい…」


楽しい、高校生活ねー。


気の持ち様なんだろうが楽しいものとはとても思えないな。


保険医「さっきから黙ってるキミ、名前は何って言うのかしら?」


薪人「えっ」


いきなり会話に混ぜるなよ。別に俺は出会いを求める高校生じゃない、こんな事に喜ぶのは西神のような男だけだ。


保険医「どうしたのお名前は? 忘れちゃった?」


薪人「聞き返さなくても意味ぐらい理解している」


真梨「ちょっと、まきちゃん…」


しまった…ついぽろっと素を出してしまった。初めに丁寧に言った分マズイぞ…。


保険医「へぇー、『まきちゃん』ね〜キミには可愛すぎる呼称ね?」


ムキになる必要はない、煽られて怒るのはガキのする事で、それは全然省エネじゃない。


いつもの俺を取り戻せ。


薪人「……平田、薪人です」


保険医「クスッ、宜しくね? まきちゃん?」


くっ! 屈辱‼


薪人「先生の、お名前は?」


保険医「まきちゃん、無理しなくて良いのよ? 他の先生達には丁寧に話さないとだけど、私は構わないんだよ?」


陽愛「だそうよ平田君、無理が見え見えよ?」


結局、俺は見栄を張ったガキだったのか…。


七海「薪人君が口で負ける所何って初めて見たかも」


真梨「うん、私も」


無性に悔しいこの気分は何だ? いつか負かす!


……待てよ、その発想自体まんま子供だ…。


薪人「分かったから、先生の名前を」


歌織「はいはい分かったわよ、私の名前は浪陀歌織、よろしくね?」


………顔とこの声と『かおり』…もしかして…。


歌織「じゃあ貴女、お名前は?」


改めて先生は真梨から指を指して名前を尋ねる。


真梨「私は三好真梨です。歌織先生よろしくお願いします」


陽愛「私は…」


七海「河辺七海です! 私の事も覚えて下さいね⁉」


先走るように七海が名乗り、先に言おうとした岸魚の声が遮断される。七海は自分本位だからな…しょうがない。


歌織「あぁ、ここに居る四人の事は忘れないよ」


真梨 七海「やったぁ〜‼」


陽愛「……」


薪人「ふん」


歌織「じゃあ、最後のスタイルの良い貴女、名前を教えてくれるかしら?」


岸魚はどこか元気を失ってる顔をしている。意外と子供っぽい一面があるようだ。


陽愛「岸魚陽愛です。七海がこれからよく保健室に来ると思うので、その時は宜しくお願いします」


声を遮断されたにも関わらず、七海の心配をするとは…相当に仲が良いのか、はたまた当て付けなのか。


歌織「え、ええ、友達想いなのねひめちゃんは…」


陽愛「だって目を離すとすぐにどっか行って怪我するので心配にもなりますよ!」


薪人 真梨 歌織(お母さんだ‼)


七海「私そんなドジじゃないよぉ〜」


歌織「あら、もっと皆と話していたいけど、そろそろ教室に戻りなさい HRが終わっちゃう」


先生は自分の腕時計を見て時間が無いにも限らず、大して驚いた様子もなくマイペースに俺たちを諭す。


真梨「分かりました、行こまきちゃん?」


薪人「はいはい」


七海 陽愛「失礼します」


先に七海達が出て、追う様にして真梨も出て行く。そして俺も出て行こうとする。


が、扉の前で足を止め、扉を閉める。


薪人「浪陀先生、昔歌手だったりします?」


扉を見ながら先生に振り返らないで感情を入れない声で聞く。


歌織「な、なぜ?」


表情が見えないから動揺してるか分からないが、声のトーンが変わった気がした。


薪人「先生の声が、余りにも俺の知っている歌手に似ていたから」


歌織「ふ、ふぅーん……」


薪人「あの、伝説の歌手に」


歌織「よ、よく言われるのよね〜、でも私は飯田花折じゃないのよ、コンタクトが嫌でメガネにしただけだし、髪も長い方が好きだから伸ばしただけだもん別に正体とか隠してないし…」


っと、結構な長文を早口で話してくれた。ここまで自分から喋ってくれるとは、意外とこの人バカなのか? 長期戦を覚悟していたのだがな。


そして俺は犯人を追い詰めた探偵の様に、先生に向かって静かに振り返る。


薪人「先生、飯田花折何って名前、俺は挙げてませんよ?」


歌織「あっ………」


歌織「……」


薪人「歌織先生?」


歌織「はぁー……観念するわ。私が飯田花折よ、薪人君、アンタ諸葛孔明以来の策士?」


いや、あんたが勝手に自爆しただけだ。


薪人「先生って意外と馬鹿だな」


歌織「はいはい、そういう勝者ぶる台詞は良いから、何か目的があるんでしょ?」


流石大人、これしきでは怒らないとみえる。


まぁ、歌手時代の苦労から来る余裕なのかもしれないな、芸能界は末恐ろしい世界と聞くし。


薪人「流石、話が分かって助かる」


歌織「早く言え、つーかHR行け」


薪人「休み時間、放課後、暇な時間、保健室を俺に提供して欲しい」


歌織「理由は?」


薪人「静かに小説を読みたいから」


歌織「薪人君お前、ボッチなのか?」


哀れまれた…。


歌織「まあいい、それくらいのリスクくらいなら問題ない。お前が私の正体を言わないなら提供してやる」


薪人「ありがとうございます」


歌織「早く行け」


薪人「失礼します」


歌織「………」


歌織「はぁー……何でばれたのかな…?」






真梨「まきちゃん何してたの?」


保健室を出ると三人が律儀に待っていてくれた。真梨はともかく七海や岸魚が待っていたのは意外だった。


薪人「ちょっと……な」


真梨「ちょっとってなぁにぃ?」


七海「私も気になるな〜」


陽愛「平田君、隠し事は女子に嫌われる原因として最も高いのよ? 知ってた?」


要はお前も気になってるって事だろ? 真梨が居なければ話すところだが…真梨に安らぎ空間の介入を許すわけにはいかないので、曖昧にして逃げるか。


薪人「ちょっと先生と世間話をしてただけだって」


七海「なーんだそんな事か、だってさ真梨ちゃん」


真梨「うん…」


陽愛「そんなスラスラ言える事を信じるとでも?」


くっ‼ こいつ鋭い‼


真梨「えっ?」


薪人「ほ、ほら急がないと担任に迷惑かけるぞ?」


真梨「まきちゃんが先生を思いやる訳ないじゃない! 何を話していたの?」


薪人「そ、それは……」


確かに担任何って思いやらないのは事実だが、こうも肯定されると何かずしっと来るな。


さて…どう切り抜けたものか…。


七海「陽愛ちゃん本当に時間がヤバイから行こ?」


自らの携帯で時間を確認した七海が、俺の血路を図らずも開く。


陽愛「……分かった」


七海「じゃあ、放課後にでもまた会おうね?」


真梨「うん、分かった」


薪人「……」


そうして二人の姿が先に消えて行く、俺も早足で真梨を置いて行きつつ教室に向かった。


真梨「あっ! 待ってよぉ〜まきちゃん‼ 先生となに話してたの⁉︎」


拠点は出来た。


だが、あそこだけだとすぐに真梨に見つかるだろうから…新たな俺のレストポイントを模索しなくてわな。


俺の省エネ学校生活を充実させるために‼

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