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第79話  人違いで誘拐未遂、だ…と…?

「平たく言うと、人違いされたんだなぁ、うん」


うん、って。人違いって。

はい、そうですかって。……言えるわけないだろ!


「どういうことだよ、それ!」


「怒らないでよ。間違えたのは僕じゃないもん。全くの別口だもん」


ぷぅ、と口を尖らせてみせる友人。

いや、可愛くないから。


「君たちの人数構成と美男美女ぶりが、偽タクシーの運転手を惑わせたんだよねぇ」


溜息とともにそう吐き出す友人の横顔は、憂いを帯びまくっている。


「特に、夏樹くん、だっけ。あの子の愛くるしさが某富豪の孫娘にそっくりでね……間違えたわけだよ、誘拐犯たちが」


「……」


俺は何か言おうとしたが、唇を開いたところで言葉が出てこなかった。


「ん? どうしたの?」


首を傾げて訊ねてくる友人。その顔を見て、俺はようやく声を押し出した。


「ややこしい。ややこしすぎて、頭がこんがらかってきた」


俺の答えに、友人はにっこり笑う。


「いいんだよ。こんがらがってて」


「い、いいのかよ?」


「うん。この件はスルーしてくれていいんだ。関係ないから」


関係ないって、オイ。


「だって、俺たち誘拐されかけたんだぞ? 簡単にスルーしてたまるか!」


「んー、でも実際には誘拐されなかったわけだし。被害が無かったから良かったじゃない?」


友人の言葉に、俺は憤然として足を上げ、中空を軽く蹴るようにしてぐるぐる巻きの包帯を見せつけた。


「あー……君には被害があったね。うーんと」


そうそう、医者に見せなきゃいけないんだった、と頭を掻く。


「だけどね、人助けにはなったんだよ?」


「人助け?」


どこからそんな言葉が。意味不明だ、友人よ。


「君たちが、意図しないにしろ囮になったお陰で、誘拐対象だった本物たちが無事飛行機に乗れたってこと」


「それが?」


「だからそれが人助けなの。彼らのうちのひとり、としか教えてあげられないけど、莫大な財産の相続権を失わずに済んだんだよ」


時間が勝負だったからねぇ、と友人は言う。


「彼らには、誘拐されてる暇はなかったんだよ。指定の時間までに指定の場所にいなければ相続権を失うことになる。誘拐を企てた人間は単純にそれが狙いだったから、命まで取るつもりはなかったようだけど」


「……俺たちは<ヘカテ>組織の手のものだと思ったから、血が凍るかと思ったよ」


「んー、実行犯は雇われだったからね。夫婦と幼い娘、妻の弟。君たち四人と背格好は似てるし、美男美女オーラは撒き散らしてるし。実行犯は、どうやらターゲットを画像でしか見たことがなかったらしいんだ。それが人違いの原因。──ま、直接顔を見たことのない人間に、誘拐を依頼したのが敗因だねぇ」


「あんたは何でそんなことを知ってるんだ? もしかして、俺らを囮にして逃げ延びたやつらに協力してたのか?」


訊ねると、友人は曖昧に微笑み、首を振った。


「そういうんじゃないんだ」


「じゃあ何なんだよ?」


「えーと、たまたまアンテナに引っかかったっていうか……」


誘拐実行犯が君たちをターゲットだと勘違いしていると気づいた時には焦ったよ、と友人は言う。


「君たちに付けた護衛をひとりに減らしたのはまずかったよ。ひとりで全員をカバーすることなんて出来ないし、君たちはその護衛の顔を知らないんだから、彼の言うことなんか信用しないだろ? 知らない人間にいきなり『人違いされてるから気をつけろ』なんて言われても──」


「聞くわけがない」


「そう。だから急遽君の義理の弟さんに連絡を取ったんだよねぇ……」


友人は疲れたように遠い目をした。


「君の義理の弟さん、智晴くんか。ちょうどあの近くにいてね。ああいう時は知ってる顔が一番だから、君との関係で言う<風見鶏>から彼に、君たちの危機を伝えてもらったんだ」


「……そのわりに、余裕の無いことしてくれたぞ、あいつ」


俺はうらみがましく友人の顔を睨みつける。


「ああ、夏樹君をさらって逃げてみせたんだったね。君たちを偽タクシーから下ろさせるために」


俺は無言で頷く。


<ヘカテ>組織の人間にやられた! と思ったものだから、俺はハイヒールを蹴り飛ばし、必死になって追いかけたんだった。──お陰で足の裏が傷だらけだ。


「それは多分、変装が完璧すぎたせいだよ」


友人は微妙な表情で微笑ってみせる。


「僕だってあれが君だとは分からなかったもの」


監視カメラの映像でだったから、よけいかもしれないけど、と友人は続ける。


「それに……」


友人は、ふと目を伏せた。


「智晴君があんな手を使わなければならなかった本当の原因は、僕にあるんだよ……。僕の情報収集能力が至らなかったせいで、君たちにも、智晴君にも、時間的余裕をあげることが出来なかったんだから」


「そ……!」


どこか辛そうに語る友人に、俺は焦った。


「そんなことないぞ! あんたが智晴をよこしてくれなかったら、俺たち──俺に芙蓉に葵、夏樹くんの全員が人違いで誘拐されてたかもしれないし! だいたいさ、それを企てた人間は誘拐した人間の命まで取るつもりはなかったとはいうけど、実際は何がどうなるか分かったもんじゃないし」


そう。実行犯の顔を見たせいで殺されてたかも、とか、美男に美女美幼女(?)だと思われてたらしいから、ついでにどこかに売り飛ばされて、今頃は異国の空の下だったかも、とか、怖い可能性がいくらでも考えられる。


「そう言ってくれるとありがたいけど」


友人は疲れたように微笑った。


「今回の僕のミスは、情報収集というより、情報分析を誤った結果だと思うんだよねぇ……」


自己嫌悪だよ、と力なく呟く。


「人違いは想定外だった、ホントに。某富豪縁者誘拐計画は掴んでいたけど、それは僕みたいな者にとっては、ただ流れていくだけの情報にすぎなかったはずなんだ」


「流れていくだけの、情報?」


特に意識せず、放置しておくってことなのかな。

俺はそんなふうに解釈してみた。


「僕は、言うなれば巣を張ってる蜘蛛みたいなものなんだよ。僕の張り巡らせた蜘蛛の糸を伝って、色んな情報が流れ込んでくる。その中心にいる僕は、情報の交通整理みたいなことをしている……」


有用な情報もあれば、役に立たないゴミのような情報もある。それらの関連性を調べつつ、取捨選択をする。それはすごく面白いことだけど、判断を誤ると今回のような失敗を招く──友人はそんなふうに説明してくれた。


ああ、パンタ・レイ。万物は流転する。

ゴミだと思ったものが、実はダイヤの原石なみの輝きを秘めていたりするのかもしれない。


俺は柄にも無く、ちょっと哲学的(?)なことを考えてしまった。


「あー、えーと、なんだ。『偽タクシーで誘拐未遂』の件は、あんたの言う通り、スルーでいいや」


説明を聞いてみたら、確かに<ヘカテ>組織とは関係ないもんな。スルーでいい、スルーで。話がややこしくなる。


「あんたが智晴をよこしてくれたお陰で、おかしなことに巻き込まれずに済んだんだし。蒸し返して悪かったよ、不可抗力だったんだよな」


何となぁくしょんぼりとしてしまった友人を、励ますように言ってみた。と、くすっと友人は笑う。


「ああもう。君ってやっぱりお人好しだねぇ」


「お人好し言うな!」


ちょっとヘタレなだけだ、悪いか! ……身の回りの人間の、辛そうな顔や悲しそうな顔、落ち込んだ表情。そういうの、見るのが嫌なんだ。


甘いって、自分でも分かってる。だけど。

性分なんだから、しょうがないじゃないか。


「そういうところがねぇ……」


呟いて、友人は目を伏せる。口元は微笑んでいるが、言葉は途切れたままだ。

続く沈黙に耐え切れなくなり、思い切って俺は訊ねた。


「そ、そういうところが、何だっていうんだよ?」


言いかけて途中で止めたら、気になるじゃないか。


じとっと睨みつけていると、友人は視線を上げ、真っ直ぐこちらを向いた。俺の顔を見つめたまま、何故か溜息をつく。


「君の弟さんは、君のことが心配だろうなぁ」


「……あいつは、俺のことをマンボウに似てるって言ってたよ。褒められてんだか、貶されてんだか」


あはは、と友人は笑う。


「褒めてるに決まってるじゃない」


「そんな褒められ方、俺はうれしくない……」


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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