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第75話  人呼んで、コンパの座敷童子! って俺のことかよ?

ふ、と友人は息をついた。


「ま、別にいいけど」


「だから、ごめんてば」


「そう言いつつ、でもビッグブラザーには似てるんじゃ? とか思ってるでしょ?」


「うっ」


ほら、やっぱりね。友人は、人の悪い笑みを浮かべた。


「ホント、君は考えてることが分かりやすいよ。素直でよろしい」


「……褒めてないだろ?」


くくっと友人は笑った。そういうところは素直じゃないねぇ、とまた笑う。


「とにかく。本人が思ってるよりヤバイ情報を持ってる日向芙蓉と、ヤバイ情報への鍵になる君が出会った。しかも、芙蓉たちが何やら君に働きかけようとしている。──高山にしてみたら、ダイナマイトと導火線が出会った! というくらい、衝撃だったんじゃないかなぁ?」


衝撃、だったのか? いつもにこにこ<笑い仮面>なのに。あの仮面にはショックアブソーバーでも装備されてるんだろうか。


「でも、俺たちが出会ったのって、本当に偶然なんだぜ? しかも俺、酔っててその時のこと全然覚えてないし」


高い酒を奢ってもらったことも覚えてないし。ああ、酒の味だけ覚えていたかった。カミュとか、“響”三十年ものとか……。


「親子ゲンカの仲裁に入ったってね」


友人の目は楽しそうだ。この、いじめっ子め。


「だから覚えてないんだってば」


「君らしいよ。君は和やかな酒が好きだからねぇ」


学生の頃も、あちこちからお座敷がかかったね、と友人は思い出したように言う。


「お座敷ってなんだよ……」


「だって、君がいるだけで何故だか席が和むんだもの。荒れた面子がいても、いつの間にか大人しくなるし。君、自分が<コンパの座敷童子>って呼ばれてたの知らない?」


いや、あんたがそう呼んでたのは知ってるけど……。


「何? 不満?」


だからって、『コンパの帝王』っていうのとも違うしねぇ、と友人はほややんと続ける。いや、それもっと嫌だから。『ミナミの帝王』みたいじゃないか。


「──ほかのやつに、そんな呼ばれ方したことないからさ」


友人はくすっと笑った。


「君がいると、不思議とそのコンパは必ずいい感じに盛り上がって、和やかに終わるんだよ。それがどんなに難しいメンバーであっても。だから、人呼んで<コンパの座敷童子>」


「……」


大学時代、確かにしょっちゅうコンパ、飲み会に誘われた自覚はあるけど。バイトがあるからと断ったのに、涙目で拝み倒されて仕方なく参加したこともあるし。全然関係のないゼミの追いコンとか、同じく関係のない空手部の試合後打ち上げコンパとか……。


「卒コンとか、君の争奪戦が凄かったのに。気づいてなかった?」


「……知らない」


そんなの、知るわけない。──小悪魔双子には癒し系とか言われたけどさ。


「そうだろうねぇ。あの頃、みんな協定を結んでたから。“掛け持ちはさせない”とか“連チャンは遠慮する”とか“難しいメンバー持ち優先”とかね」


くすくす笑いながら当時のことを語る友人。なんじゃそりゃ。初めて聞いたぞ。俺はお守りか。魔除けのお札か。


俺がぶすっとしていると、友人は「まあまあ、そう気を悪くしないで」と新しくお茶を入れてくれた。む。ハーブティごときで騙されないぞ。……でも、いい匂いだな、これ。


ついうっかり香りを楽しんでいると、友人はにっこり笑って爆弾を投下してくれた。


「君のこと<コンパの座敷童子>って最初に言い出したの、実は君の元奥さんなんだよ」


「え?」


がちゃん、とカップを皿に戻した拍子に、黄金色のしずくが散る。


「ああっ、大丈夫? 火傷しなかった?」


「これくらいで火傷なんか。って、それって──?」


本当か? 元妻が俺の変なあだ名(?)の名付け親?


「本当。思えば彼女は見る目があったよねぇ……」


遠い目をする友人。


見る目……あったのか? 俺たち、結局離婚したんだぞ? 

俺は力なく椅子の背にもたれた。


原因は俺だけのせいじゃなかったみたいだけどさ……。そうだ、そもそもあれが悪いんだ、<ヘカテ>!


あのドラッグが俺の弟を奪い、俺たち家族の団欒を奪ったんだ。

憎んでも、憎み足りない。


「<ヘカテ>って──」


俺は声を押し出した。ぼんやりしていた友人が「うん?」と応じる。


「オリジナルじゃない方、つまり、弟が追っていた方の劣化コピーというか廉価版というか普及版の<ヘカテ>は、製造されたうちの大部分が国外に持ち出されたんじゃないかって話だったけど……」


「ダメだよ」


鋭利な刃物を閃かせるように、友人は俺の言葉を遮った。


「え?」


「そのことを口に出してはダメだ」


「どうして?」


日本は、海外麻薬組織からするとオイシイ市場だという。芥子の花咲き乱れる“黄金の三角地帯”からの東南アジアルートと、同じ花が同じように栽培されている南米ルート。


様々な形態に加工されたドラッグは、前者はタイ、中国、あるいは香港を通じ、後者の多くはアメリカを経由して日本に入ってくる。そしてそれが末端で売りさばかれ、毎年多くの被害者が出ているのが現状だという。


そう、普通に考えれば、ターゲットは日本人。


なのに、なぜ<ヘカテ>組織だけは、わざわざ大量の原料を輸入してまで日本国内で製造をし、それを日本人に売るでもなく、そのまま日本国外に流すなどという危険を冒すのか。


「自分の命と家族の命が惜しいなら、あの組織のことはもう忘れることだ」


友人の声は真剣だ。でも、何か納得出来なくて俺はつい言葉を重ねてしまう。


「だって、考えてみたら不自然な話だろう? 日本で原料が調達出来るならそれを加工するのも分からなくもないけど、違うだろう? 日本のそういう市場って、すでに加工され製品化されたものを売りさばく場じゃないの?」


友人は大きく溜息をついた。


「やっぱり兄弟だね。同じことに疑問を持つなんて。でも、君はダメだ」


「ダメって、どうして……」


まだ何か言いかけるのを黙殺し、友人は今まで見たこともないような厳しい表情で俺を見据えた。


「僕は弟さんと約束したんだ、君を護ると」


「……」


「君にはこの件にほんの一ミリでも首を突っ込んで欲しくない。どうしてもその疑問を持ち続けるというなら──」


怖い。友人の声が怖い。──顔も怖い。


「ちょっと脳みそいじる手術でも受けてみる? そしたら簡単に忘れられると思うけど」


にーっこり微笑んでみせる友人。黒い、黒いよその笑顔。

──この時俺は、この世で一番恐ろしい笑顔を見た、と思った。


もう二度とその「疑問」について口に出したりはしません。


俺は全面的に降伏した。尻尾を股に挟んでしゅんとした犬のように、友人の前で頭を垂れる。だって、怖いんだもん。いいトシをして「だって」も「もん」も無いと思うが、とにかく迫力負けだ。


俺や、俺の家族(別れてるけど)のことを思って言ってくれていると、それだけは信じられるから。


だから感謝して、友人の言いつけを守ろうと思う。

まあ、出来うるかぎりは。


「……」


友人は無言で俺の顔を見つめている。


「……」


俺も無言で見返す。しばらくそうしているうちに、ふっと友人の目が柔らかく和んだ。


「あーあ」


友人は椅子の上で子供のように反り返った。そうして両手を合わせて伸びをしながら、はすかいに俺を流し見る。


「本当に緊張感が無いなぁ、君は……」


苦笑する友人。


何とおっしゃるうさぎさん。さっきは本当に緊張したんだぞ。失礼な。

……緊張したというか、びびったんだけどさ。


「分かってくれたんなら、いいんだけど、ね」


「いや、あの、じゅうぶん分かったから! 危ないことに首突っ込んだりしないから!」


もしかしたら、いま俺の目はうるうるとうるんでいるかもしれない。って、にらめっこしてた時、無意識に瞬きしてなかったせいなんだが。


やれやれ、と友人は呟く。


「何と言うか、君って本当にマンボウみたいだよねぇ。その危機感のなさそうなところが、なんとも……」


うう。弟にも言われたが、友人まで……。


マンボウはコラーゲンがいっぱいで、お肌にいいんだぞ! だからどうせ食べられちゃうんだ。ああ、意味不明。


「でもね、高山は君と違って、危機感の塊だったんだよねぇ。ハリネズミみたいにピリピリしてさ」


だから、偶然とはいえ、長年捜し求めていた君と出合った彼は、内心すっごく焦ったと思うよ。


そう言って、友人は気の抜けた笑いと溜息を同時にこぼした。

器用なやつめ……。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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