表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/308

第68話  サンフラワーとサンフィッシュ

再び訪れた静寂の中、俺は真っ黒になった画面をただ凝視していた。


画像が消える直前、深い深い青色の世界にゆったりと泳ぎ去ったマンボウ。

そうか、海面では横になっていても、海中では普通に泳いでるんだな。斜めになってたけど。


ああ、そうだ、弟はもしかしたら今頃、マンボウになってどこかの海に浮かんで、ぷかぷかと日向ぼっこしているのかもしれない。


うっかり、そんなメルヘンなことを考えてしまった。


太陽の魚は、月の魚。

太陽の魚は、お日様が好きだと思う?


その質問をしたのは芙蓉と葵。

それから、<風見鶏>。


芙蓉と葵がそれを言ったのはただの思わせぶりだったけど、<風見鶏>は違う。


<風見鶏>自身が弟の協力者なんじゃないかって、本人に訊ねた時、<風見鶏>は言ったんだ。その質問に答えられたら教えてあげる、と。


今なら、答えられる。

太陽の魚は、お日様のことが……。


と、その時。携帯に<風見鶏>からの着信が入った。何故分かるのかというと、彼からの着信の場合、毎回俺が設定した覚えのない着メロが流れるからだ。今回のメロディは、レクイエム。……モーツァルトのこの曲、暗いから俺は嫌いだ。


『会えたか? 君の半身に』


開口一番、<風見鶏>はそう言った。

何でこいつはいつもタイミングが絶妙なんだ? 実はどこかに隠しカメラでも仕掛けてあるのか? だとしたら……趣味が悪い。


「会えたよ」


ムッとした俺は、素っ気無く答える。そうか、と<風見鶏>は静かに呟いた。


「──あんたのなぞなぞ」


ぼそりと続ける俺に、<風見鶏>が不思議そうな声で応じる。


『なぞなぞ?』


「太陽の魚は、お日様が好きだと思う? ってやつだよ」


『ああ……』


<風見鶏>がくすりと笑う気配がした。


『解けたのかな?』


ふん。俺は鼻で笑ってやった。


「<俺>は確かにお日様が好きだよ。ついでに、お月様も好きだ。星も好きだし、雨も雪も風も好きだ。けど、地震と雷と火事と……クールすぎるオヤジは嫌いかな」


携帯のむこうで、<風見鶏>がくくくっと笑うのが聞こえた。クールすぎるオヤジかぁ、と何やら感心しているようだ。


あんたのことだよ、分かってんのか、機を見るに敏すぎる<風見鶏>め。俺は心の中で毒づいた。


もっとも、彼がオヤジな年齢なのかどうか俺は知らない。もしかしたら、俺よりずっと若かったりして。


そんなことを考えていると、笑いを含んだままの声で<風見鶏>は言った。


『太陽の魚、つまり、マンボウが君自身のことだって、気づいたんだね』


この謎かけ、分からないと思ったんだけどなぁ、と面白そうに続ける。そこまでニブくなかったのか、良かったね、って。失礼なヤツめ!


「誰がマンボウだよ。どいつもこいつも、人をうっかりぼんやりのんき者みたいに言いやがって……!」


『ん? じゃあアルバトロスの方が良かったかい?』


「誰がアホウドリだよ!」


『なら、うっかり八兵衛?』


「……」


どこまで行くんだ、<風見鶏>。俺は呆れた。

しかし……<うっかり八兵衛>の方がまだ人間なだけマシか?


「もういいよ、好きなように呼んでくれ……」


脱力しつつ、俺は答える。せめて<風車の弥七>くらい言われたいものだが……俺もさすがに己を知ってるというか、それは許されないような気がした。


「弟のパートナーが誰なのかは、あんたに教えてもらうまでもなく分かったよ」


不機嫌を隠さずに言うと、また<風見鶏>の笑う気配がした。


『ふふ。びっくりしただろう?』


「ああ、びっくりしたね」


ふん。悪いかよ。こんな形で知ったら、誰だってびっくりするわ。


「今俺が知りたいのは、あんたとあいつの関係だ、<風見鶏>」


開き直った俺は、直球で訊ねた。


『えーっと、同業者?』


会ったこともない<風見鶏>のやつが、携帯の向こうで小首を傾げている姿が見えるような気がする。何だ、その語尾上げイントネーションは。


ええい、そんな仕草が似合うのは、ののかや夏樹みたいな穢れのない、いとけない子供だけだ。いい大人が可愛い子ぶるんじゃねぇ!


ムッとしながら、俺は答える。


「俺に聞いてどうするんだ? 訊ねてるのはこっちだぞ?」


やつのくすくす笑いが、耳元で弾ける。けっ!


『ごめん、ごめん。同業者みたいなものだよ。そうとしか答えようが無い』


「何だか良く分からないけど、協力しあってる、んだよな?」


『うん、まあ、そうだね』


「親しいのか?」


んー、と<風見鶏>ははっきりしない声を上げた。


『どうなんだろう。親しいというより、利害が一致することが多いっていう方が近いかな。晴れ時々曇りな情報融通し合って天気晴朗なれど波高し、みたいな?』


何じゃ、そりゃ。バルチック艦隊と戦うのか、今更。


「俺があいつと友だちだって知ってて、俺に近づいたのか?」


『ああ、君がブラクラ喰らって焦って助けを求めた時のこと?』


「……そうだ」


俺は不承不承(ふしょうぶしょう)肯定した。情けないが、いきなりブラウザの窓がバババババッと開いた時の恐怖は、なかなか忘れられるものではない。


『それは本当に偶然だよ』


「そうなのか?」


『うん。その後、君について調べた時、あの彼の二度目の大学時代の友人だと知って、びっくりした」


こともなげにしれっと答える<風見鶏>に、俺は軽く殺意を覚えた。勝手に人のこと調べて、当たり前みたいに言うな、バカ!


『でも、もっとびっくりしたのは』


「びっくりしたのは?」


『今回、いきなり<サンフラワー>からコンタクトがあったことかな』


さらっと<風見鶏>は言った。

今、このタイミングで<サンフラワー>っていうと。


「……もしかして、あんたが<風見鶏>なように、あいつは<サンフラワー>なのか?」


恐る恐る訊ねる俺に、<風見鶏>がまたくすっと笑う気配がした。


『ご名答』


簡単に答えてくれるなぁ……。

サンフラワーって。高橋英樹が船長で、船越英一郎が一等航海士なあれか? 何度も再放送やってるけど。いや、あれだと平仮名で「さんふらわぁ」か。


俺がそんなおバカなことを考えていると、<風見鶏>が続けた。


『もちろん、彼も別の名前を沢山持っているはずだよ。ただ、同業者のあいだでは<サンフラワー>で通っている』


サンフラワー。つまり、ひまわり。

まさか、俺が大学時代に付けたあだ名「ひまわり荘の変人」から取ったわけではない、よな? そう信じたい……。


「えっと、つまり、その、だな。<サンフラワー>もあんたと同じく<ウォッチャー>というわけか?」


『そうだね。けれど、彼は<ウォッチャー>の中でも特別な存在だ。僕なんか足元にも及ばない』


「……」


良くわからんが、あいつって凄かったのか……ただの道楽坊ちゃんな変人じゃなかったんだな。


何だかもう、想像したことも無いようなことを次々聞かされて、俺は口から魂が抜けて行きそうな気分になった。


『彼が<サンフラワー>で、君はマンボウ、つまり<サンフィッシュ>。これって偶然?』


面白おかしく揶揄するように言う<風見鶏>。

そんなん、俺が知るか!


俺の周りにいるのって、どうしてこんな性格の悪いやつばっかりなんだろう……。


「俺のことをマンボウなんて言うの、あんただけだろ」


俺はつい嘘をついてしまった。

弟にも言われたのに、兄さんはマンボウに似てるって。


だけど、それを認めるのはまた別の問題だ。ってゆーか、認めてたまるか!


『そう?』


楽しそうな返事が返ってくる。


「そうだよ!」


つい、力んでしまった。さっきまで俺の見ていた弟からのメッセージ、まさか<風見鶏>も見ていたわけじゃないよな?


それを探るべく、俺は何食わぬふりをして探りを入れてみた。


「と、ところでいやにタイミング良く携帯を鳴らしてくれたけど、なんでだ?」


『今、多分君の目の前にあるパソコンが、機能を停止したからだよ。自己破壊プログラムが作動した後の、完了の信号を受けたんだ』


「そ、そうなのか……」


良く分からないが、やっぱり『スパイ大作戦』みたいだ。


「なあ、聞いていいか?」


『どうぞ。君の聞きたいことにだけ答えてあげる。前にもそう言ったよね』


そう、そうだった。まだ芙蓉と葵の行方が分からなかった時、彼らを捜すための協力を求めた俺に<風見鶏>はそう言った。あれからまだ一日かせいぜい二日しか経っていないのに、もう一年も前のことのように思える。


「何であんたは素直にその……<サンフラワー>に協力してるんだ?」

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ