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第61話  謎のパソコン、怒涛のパスワード攻撃。

俺の一番大切なもの? 何でそんなものがパスワードになるんだろう。これ、俺のパソコンじゃないよな。


俺は訳がわからなかった。


一応、うちのパソコンにもパスワードは設定してある。最低限のセキュリティは施しておけとの<風見鶏>の教えだ。他人にとっては意味は無いけど俺にとっては意味のある、そんな文字列。……言っておくが、「3dabird15」とかではないぞ。<風見鶏>じゃあるまいし。


もちろん、「自分の一番大切なもの」をパスワードになんかしない。だって、俺にとって一番大切なものなんて決まってるじゃないか。誰にだってすぐ分かるはず。


だからだろうか? 『あなたの一番大切なものは何ですか?』というこの質問は。なら、お望みどおりに? それを打ち込んでみるか。


『nonoka』


娘の、名前。俺のこの世で一番大切なもの。打ち込んでエンターを押すと、ピッと軽い音がして、次の質問が現れた。


『あなたが子供の頃飼っていた動物は?』


え? 家では動物を飼ったことはない。母がアレルギーぎみだったので犬も猫も飼えなかったのだ。けど、そういえば……。


カラスは飼ったことがある。弟と一緒に。学校の近くの小さな廃工場で、怪我したカラスの子を保護したことがあったのだ。けど、まさかそんな答でいいのか? 半信半疑になりながら、俺は慎重にキーボードを叩いた。


『karasu』


ピッ。第二関門突破。と、また質問が。


『そのカラスの名前は何ですか?』


……何でそんなことを訊ねてくるんだ? あの仔ガラスの名前は、弟と俺しか知らないのに。


『kurochan』


黒ちゃん。まさかこんなんでクリア出来たり……。


ピッ!


出来てしまった……。


「ののか」に「カラス」に「くろちゃん」。


このパスワードは一体何だ? 何故俺に、というか、俺にしか答えられないものばかりなんだ? 他人には、「ののか」以外はわからないと思う。


画面には、またパスワード要求の質問が現れている。


『あなたの好きな色は何色ですか?』


……これって、俺の好きな色を答えていいのか? 変だろそれ? 実は何かのアンケートとか?


ついそんなふうに考えたが、この部屋に拉致、もとい、連れて来られた経緯からすると、少なくとも俺個人の回答が求められているのは確かだという結論に至る。理由はとんと分からないが。


俺の好きな色、か。俺の好きな色の名前は和名だ。それでもパスワードとして受け付けられるのだろうか。


『asagi』


浅葱色。紺と緑の中間色。昔からなんとなく好きな色だが、洋名だとなんというのか分からない。さすがにこれは撥ね付けられるんじゃないかな、とドキドキしていると、


……受け付けられたよ。一体何なんだ、このパスワード確認攻撃。もしかして、というか、もしかしなくても「俺という個人」を特定するためのものなんだろうか。


えーと、本人確認するには、完全自動(?)車椅子で拉致したり、わざわざこんな風にパソコンの質問に答えさせたりしなくても、普通に免許証などの身分証明の出来る書類の提出を求めればいいのでは?


だいたい、何でいちいち確認されないといけないんだ? 俺は別にどっかの会員制の何かに入りたいとも希望してないし、古本を売りにも行かないし、駐車違反をしたわけでもないし。いや、まず車持ってないし。


何でこんなところで求められるんだ?


──俺の証明。


そういえば、市民番号を抹消されて社会的に抹殺された主人公が、命を狙われる近未来SFな映画があったような……。


いやいや、まだそんな時代じゃないし。人ひとりの存在が、情報のみで認識&管理されるなんてことはない、はず。


ピッ。

……また質問されてるんですけど。


『あなたのつむじは、いくつありますか? 半角で数字を入力して下さい』


ぎくっ。何故そんなことを聞く? 気味の悪さに、背筋がぞっとする。もう、ここから出たい。元の部屋に帰りたい。ついうっかり頭真っ白状態でここまで運ばれてきたけれど、この車椅子、手動でも動くよな? 俺は両輪に手を掛け、バックしようとした。


……一ミリも動かない。


ぶ、ブレーキがかかってるのかな。はははっ。

俺は乾いた笑い声を漏らした、つもりだが、実際には座ったままの姿勢で、ますます身体を強張らせただけだった。


『あなたのつむじは、いくつありますか?』


怪しいパソコンは、あくまで俺に答えさせたいらしい。先ほどからずっと同じ画面で止まっている。


実は、俺にはつむじが二つある。そのせいでどうしても後頭部の髪が一部はねてしまう。俺のつむじのことを知っているのは元妻くらいだ。彼女から、寝る前にピンで押さえておくという技を伝授されて以来、「うっかりハネ」は減った。……たまにピンを外すのを忘れるのは、ご愛嬌ということにしておいて欲しい。


ちなみに、二つのつむじは、元妻の言によると「双子の渦巻き銀河」に似ているそうだ。


死んだ弟にも、当然というかつむじが二つあった。そのくせ、俺みたいに後頭部の髪をぴょんぴょんハネさせて笑われるようなことはなかった。あいつは一体どうやってたんだろう──。


いや。だから何というか、結論から言うと。

俺のつむじのことなんか知ってるのは、死んだ弟と元妻だけなんだ。


何でそんな超個人的なことを、こんなところで訊ねられるんだ? やっぱり俺個人を特定するためとしか考えられない。


ホント、気味が悪い。けど、ここで逃げてしまったら、それはそれで後味が悪いというか、後から気になって眠れないというか。


俺はもう開き直り、その質問に答えることにした。テンキーのうちのひとつの数字を、ぺこぺこ点滅しているカーソル部分に打ち込む。


『2』


エンター。とたんに、ピッ、と音がして、俺の回答は無事(?)受理された。さあ、次はどんな質問をするつもりだ、謎のパソコンよ。


『右手を付属の装置に乗せてください』


ん? 質問はもう終わりか? 付属の装置とは、この文庫本大の謎の物体のことだろうか。


俺は付属の装置とやらを改めてしげしげと眺めた。


何に使うものか分からなかったし、ノートパソコンのモニタに現れる、パスワード要求という名の「俺という個人特定質問」に気を取られていたというのもあって、あまり注意を払っていなかったのだ。


その文庫本大……いや、もう少し大きいかな。新書大くらい? のものは、よく見ると真ん中が掌大に窪んでいた。

うーむ、確かに手を乗せやすそうではある。何やら怪しいが、ここまで来たんだ、ご希望通り乗せてやれ。


ぺた。


特に何も起こらない。ただ、小さなLEDランプがぺこっと点灯して、ジーッというような微かな音がしている。何なんだろうな、これ。もう手を離してもいいかな? と、思った時だった。


「イテッ!」


俺は反射的に手を離した。見ると、人差し指に傷が出来、血がぷくっと盛り上がっている。何か針のようなもので突かれたらしい。しばらく唖然とそれを眺めた後、ふと件の装置を見ると、いつの間に現れたのか、スライド式のカバーが謎の装置の上面を覆っていた。


「何なんだ……」


無意識に呟く。と、またもやピッという音がする。もはや聞き慣れてきたその音に導かれてパソコンの画面を見ると、今度はえらく抽象的な質問が。


『あなたの半身の名前を、呼んでください』


呼んでください? そういえばこの質問に関しては、なぜか答というかパスワード入力画面が無い。つまり、音声で答えろということか?


……俺の、半身だって?


俺の半身といえる者は、たった一人だけだ。

それは、娘のののかでもなく、元妻でもなく……。


「──…」


俺は弟の名を呼んだ。今はもうこの世にいない、俺の半身。一卵性双生児の片割れ。同じ血肉を分けた、俺の──。


自分の名前と同じだけ親しんだ、大切なその名前。


──兄さん?


呼ぶと、弟はいつも瞳に柔らかな笑みを浮かべ、そう(いら)えを返したものだ。生まれた順番が違うだけで、他は何も違わないのに、弟は俺のことを必ず「兄さん」と呼んだ。兄弟であることを大切に思ってくれていたのだろうか。俺は至らない兄で、弟の方がよほど優秀だったのに、それでも弟は俺のことを兄さんと呼んでくれていたのだ。


義弟の智晴と一緒になって<弟同盟>なるものを結成していたらしいし、俺のことを頼りない兄だと思っていたのかもしれない。もしかしたら、「デキの悪い兄弟ほど可愛い」というやつだったのかも。


しばし思い出に浸っていた俺は、謎のノートパソコンがかすかな音を立てて何やら働いていることに気づかなかった。だから、その声が聞こえてきた時、驚愕のあまり頭が真っ白になってしまった。


まさか、まさかもう一度、この声を聞くことが出来るなんて。


『久しぶり、だよね、兄さん』


弾かれたようにそっちを見ると、パソコンの画面に俺が映っていた。


いや、違う。これは弟だ。他人に見分けはつかなくても、俺には分かる。画面の中で照れたように微笑んでいるのは、俺の双子の弟だ。


だが、弟は何者かに殺害されたはず。あの日霊安室で見た、血の気の失せた死に顔を、俺は何度も夢に見た。


それなのに、何故?


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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