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第54話  俺は<台風の目>?

「あなたの知らない事情か……」


芙蓉は呟いた。


「実は、俺はあなたがこの人の<ガーディアン>なのかと思ってたんだ。……でも、あなたは本当に何も知らなかったみたいだね」


少しがっかりしたような芙蓉に、智晴は肩をすくめてみせた。


「ある意味、それは正しいかもしれません。だって僕は、亡くなったもうひとりの義兄さんに、『兄をよろしく』と頼まれましたから」


だから、いつも義兄さんのことを気に掛けている、と智晴は言う。あぶなっかしくってね、と溜息までつきやがった。……放っとけ。


「意気投合して<弟同盟>を結びましたが、警察官の彼は忙しく、あまり親交を深める機会もありませんでした。だから、彼の仕事と当時の事情に関しては、僕は何も知りません──」


おいおい、智晴。だから弟同盟って何だよ。


俺の内心のブーングが聞こえるはずもなく、二人の話は続いていく。葵はと見れば、すっかり芙蓉に説明を任せてしまって、ぬいぐるみの<はんぺん>と遊ぶ夏樹を見守っている。なんだか俺も全てを放り出して逃げてしまいたくなったが、何者かに付け狙われたり護られたりしているらしい当の本人が、そんなふうにするわけにもいかない。


もしかして、俺って台風の目? 


好きでそういう立場になってるわけじゃないぞ。俺のあずかり知らぬところで、どうしていつの間にそんなことになってたんだろう──。


ああ、何も知らなかったあの頃に戻りたい、ってもほんの二、三日前のことだけどさ。


「でもね、智晴さん。俺たちの知ってることはもうほとんど話したよ」


大きく息をつき、芙蓉が言葉を継いだ。


「今の時点では、本当にまだそれ以上のことは分からないんだ。はっきりしているのは──」


芙蓉はちらりと俺を見る。


「この人が何かの焦点になってるのは確かだね。低気圧みたいに、周りのものを引き寄せてぐるぐるさせてる。……本人にはまるで自覚がないのに」


芙蓉め~! お前まで俺のことを台風の目みたいに言うのか。このスカポンタン! 俺はぐぐっと拳を握り締めた。


うーん、お仕置きだべぇ~! って。

こいつらにかかったら、俺の方がお仕置きされてしまいそうだ……。


俺が何をしたっていうんだよ。


「義兄さんを狙うやつらの動機は、義兄さんが持っていると彼らが考えているところの、捜査資料を手に入れたいということですね。では、義兄さんを護っているという者の動機は?」


智晴は、考え考えゆっくり口を開いた。


「亡くなった彼が、予想される危険から自分の兄を護りたいと考えたのは、想像に難くない。むしろ当然の心理でしょう。でも、自分が死んだ後も継続して兄を護りたいと考えていたなら、生前から誰かにそれを委託していたと考えるのが自然だと思えるのですが」


俺を護るように委託された人間は、その報酬として何を得るのか。

智晴の言いたいことはその部分だった。


「全くの部外者が、そんなことを実行するのは難しいでしょう。かなり高度なガードだ、好意だけでとてもはそうはいかない。……本人はともかく、接することの多い僕や姉ですら気づかなかったんですから」


おい、本人はともかくって何だよ? 

……どうせニブいよ、俺はよ。


「それには俺も同意するよ」


芙蓉が頷いた。


「実は、もうこの人にも話したんだけど」


そう言いながら、芙蓉は俺の不貞腐れた顔をちらりと見やった。


「俺は、あの人には捜査上のパートナーがいたと考えている。民間人のね。そのパートナーと彼がどういう関係だったのかは分からない。何らかの利益が一致したのか、はたまた単なる酔狂か」


「パートナーですか……」


智晴の呟きに、芙蓉は言葉を続ける。


「何にせよ、そいつ自身か、あるいはそいつに雇われた人間が、ここ数年この人のガードをしてたんだろう。そうでなけりゃ、こんなのほほんとした人は……」


そこで言葉を切り、芙蓉は肩をすくめてみせた。


むむ、芙蓉。この失礼なやつめ!

心の中で嵐が荒れ狂ったが、俺は芙蓉の言う「のほほん」に反論できなかった。


俺が心の中でムカついていると、さらに追い討ちを掛けるように智晴が言いやがった。


「そうですねぇ……そのガードが無ければ今頃、義兄さんはどこかの山の土の下か、重しを抱かされて海の中かもしれませんね」


「と、智晴。お前、サイテー!」


俺は堪りかねて声を荒げかけたが、何とか気持ちを落ち着かせた。どうどう。夏樹がいるんだ、子供を怖がらせちゃいかん。


「……そんなにハッキリキッパリ言うことないだろ! 芙蓉くんでさえ遠慮してくれたのに!」


小声で抗議。ああ、なんて情けない。自分のことながら、目頭が熱くなるよ、まったく。


「あ、気づいてたんだ? 俺の武士の情け」


面白そうに瞳をきらめかせる芙蓉。けっ、何が武士の情けだ、この野郎!


俺はじっとりと芙蓉のキレイな顔を睨んでやったが、芙蓉はそんなものに全く取り合わず、嫣然と微笑んでみせる。


「そんな顔しなくてもいいじゃない。ともかく、あなたは無事なんだからさ」


その言葉に、智晴も頷く。


「そうですよ、義兄さん。それこそVIPなみの護衛を受けてたんだから、感謝しないと」


何がVIPだ。ピップ○レキバンの仲間か俺は。


それにしても、と俺は思うのだ。

そこまで厳重にガードされなければならない俺って、一体何なわけ?


何も知らないのに。何も預かってないのに。

仮に敵に捕まったとしても、俺に話せることなんて何も無い。 


「……つまり、それほど<ヘカテ>の組織は危険ということか」


ぽつり、と思わずこぼした呟きに、表情を引き締めた芙蓉が答えた。


「逆説的理解だね。でもその通りだよ。あなたが今まで無事だったのは奇跡だ。いくらガーディアンがついていたにしても」


「──そのガーディアンだよ!」


俺は勢いよく顔を上げ、思いついたことを口に出した。


「いつも俺をガードしてくれてるんだよな? 多分、今も。彼か彼らかわからないけど、その本人と話をすることは出来ないんだろうか」


俺の知らない間も、まるで黒子のように身辺を護っていてくれていたらしい守護者。そのガーディアンとコンタクトを取れれば……。


「どうだろう」


芙蓉が言う。


「どうでしょうね」


智晴も言う。


「何だよ、二人して」


俺はムッとした。


「だってさ、あなたの弟さんが亡くなって以来、ずっとあなたの身辺を警護していたのに、当事者であるあなたには、一度もその存在を気づかせなかったわけでしょ?」


あなたがニブかったっていうのもあると思うけどさ、と芙蓉は続ける。


「つまり、ガーディアンはあなたの前にその姿を現す気が無いんだよ」


芙蓉の指摘に、俺は絶句した。


「なんでだよ……」


無意識の呟きに、智晴が飄々と答えた。


「きっとものすごくシャイな性格してるんですよ、あなたのガーディアンは」


顔を見られるのが恥ずかしいんじゃないですか、なんて無責任なことを言う智晴。んなわけないだろ。自分でもそんなこと思ってもいないくせに。


適当なこと言うんじゃねえよ。ったく。


そう思って睨みつけると、可愛くない元義弟はわざとらしく溜息をついてみせた。


「もし、その気があるのなら。つまり、ガーディアンがあなたに、その危険について知らせる気があるのなら。僕のもう一人の義兄さんが亡くなった後、すぐに知らせてきそうなものじゃありませんか?」


「う……」


正論だ。俺は言葉に詰まった。


なぜ、俺の守護者は俺に何も知らせなかったんだろう? 知らせずに、それでいて影に日向に俺を何かから──多分、<ヘカテ>組織から護っていたらしいが、そこまでしなければならない理由とは、一体何なんだ?


分からない。うーん、なんだかとっても意味不明な怪奇大作戦。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」


芙蓉が言った。


「え? 何を?」


答える俺に、芙蓉はちょっと天井を仰ぐような仕草をした。何なんだ。


「俺たちを助けてくれて、こんな部屋まで提供してくれている<風見鶏>って人はどうなの? その人があなたのガーディアンで、生前の彼のパートナーだったって、考えられない?」


え? <風見鶏>が?


俺は無意識に智晴の顔を見た。

が、その智晴は表情を変えるでもなく、静かに芙蓉を見つめている。


そのタメは何だ。何か知ってるのか智晴?


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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