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第50話  義弟vs.双子

「その人、いじめないであげてよ」


急に葵が口を挟んできた。


「<現場>のホテルに来たその人を、捕まえたのは俺なんだから」


「捕まえた? 君が、義兄さんを?」


智晴がわざとらしく眉を上げてみせた。


「網を張ってたというわけかな。女郎蜘蛛みたいだね?」


こ、怖いぞ、智晴。怒ってる? もしかして怒ってるのか?


「何があったか分からないけど、双子の君たちがちゃんと揃っているってことは、義兄さんが見たという女の死体、あれはフェイクだったってことで──」


ファイナルアンサー? とは智晴は言ってないが、眼がそう訊ねている。いや、決めつけている。


「覚えてるかどうか知らないけど、君たちのうちのどちらかと、僕は一度会ったことがある。その時は女の格好をしていたみたいだけどね。人の趣味をどうこう言おうとは思わないが、うちの義兄をおかしなことに巻き込むのはやめてくれないか」


「と、智晴……」


何か言おうとしたが、義兄さんは黙ってて! とばかりに睨まれる。俺は口を閉じた。怒ってさらに美形度が増すのは元妻と同じだ。さすが姉弟。


「義兄は人が良すぎる。それがこの人のいいところだ。だけど、そこに付け込んで利用するのは、僕と僕の姉が許さない!」


「……確かに、俺たちはその人を利用しようとした」


葵が言った。


「<死体>を発見して、騒ぎを起こす役割をしてもらいたかったんだ。とある非合法な取り引きを邪魔したくて。でもね」


「彼、今までずっと何者かに付け狙われてたってこと、知ってた? 智晴さん」


芙蓉が後を引き取る。


あー、こいつらやっぱり会話のコンビネーションが絶妙だなぁ。智晴の顔色がさっと変わるのを眺めながら、俺はちょこっと現実逃避した。


芙蓉と葵、二人で漫才やればいいのに。この「間」はなかなか真似できないぞ。兄弟漫才はわりとあるけど、そういえば双子の漫才コンビって聞いたことないな。なんでだろ?


そんなことをぼーっと考えている俺を、智晴が振り返る。咎めるように凝視され、ビクっと首を竦めそうになる。何だよ、俺が悪いんじゃないぞ!


「本当ですか、義兄さん?」


「うーん、どうやら本当らしい。俺は全然気づかなかったけど」


またさっと双子の方を見る智晴。……コワイ。


「嘘じゃないよ。俺たち、ずっとこの人のこと見守ってたんだ」

「ここ数日、つまり、夏至の前夜からね」

「本人、全く気づいてないけど、この人、何者かに狙われてる」

「同じく全く気づいてないけど、この人、何者かに守られてもいる」


出た。芙蓉と葵のステレオ攻撃。こんなふうにしゃべってる時のこいつらを見ると、いつか観た怖い映画を思い出す。『シャイニング』っていったっけ。重要な登場人物が無意味に死ぬところが、さすが原作スティーブン・キングだよなぁ。


「どういうことですか、義兄さん」


低~い声で俺に訊ねる智晴。いや、心配してくれてるのは分かるんだけどさ。俺はひとつ息をつく。


「俺の死んだ弟が警察官だったことは知ってるよな?」


俺の言葉に智晴は戸惑ったようだが、頷いた。


「ええ。顔だけ見ればそっくりでしたね。──彼らに負けないくらい」


智晴はシャイニングな双子を流し見た。


「でも、中身はあなたよりずっとしっかりしてましたよ、義兄さん。あなたは本当にぽややんというか、極楽トンボというか……」


呆れるような声に、俺はムッとしてソファから起き上がろうとした。が、呻きをもらしてさらに沈み込む羽目になる。手当てはしてもらったけど、足の裏って怪我すると結構痛いもんだな……。うう。


「弟を褒めてくれるのはうれしいけど、智晴。お前、俺のことは滅茶苦茶言ってないか? なんだよ、ぽややんとか極楽トンボとか」


目だけで睨むと、智晴はしれっと答えた。


「分かりました、言い直しましょう。あなたは癒し系です。そう、たとえばゴールデンリトリーバーは盲導犬にもなる賢い犬ですが、たまに愛すべきお馬鹿さんもいます。お馬鹿であればあるほど可愛いし、その仕草を見るだけで癒される。あなたはそれに似ています」


「ば、馬鹿バカ連呼するな! 俺は犬かよ。どうせ俺は弟とはデキが違うよ。似てるのは顔だけだよ!」


俺の怒りにも、智晴はつーんとしている。これはアレだ、自分だけ蚊帳の外に置かれたもんで、臍を曲げてやがるんだ。こういうとこがガキっぽいな、こいつ。


「僕、兄をよろしくって、彼に頼まれたんですよね……」


智晴は遠いところを見ながら呟いた。


「あなたと姉さんの結婚式の日にね。あなたは真っ直ぐで真面目でいつも一所懸命だから、絶対浮気なんかして姉さんを悲しませるようなことはしない、と。ただ、ちょっと頼りないからそこのところよろしく、って」


「……」


俺は沈黙した。あの日、弟と智晴、何か楽しそうに話してると思ったら、そんなことしゃべってたのか。


でも、だからかな。智晴がしょっちゅう俺のところに現れるのは。弟の願いどおり、俺をフォローしてくれてるつもりなんだろうか。


「せっかく“弟同盟”作ったのに、あんなに早く亡くなるなんて……」


智晴は瞑目した。……弟の死を悼んでくれるのはうれしいけど、その“弟同盟”って何だよ?


「で? 義兄さん。つまり、あなたが誰かに狙われているらしいことと、警察官だった彼の死の間には、何か関連があるということなんですね?」


「あ、ああ……」


智晴は獲物を探す猛禽のように、鋭い目で見つめてくる。切り替え、早っ。


「亡くなる直前、彼はどういった事件を手がけていたんです? それに関係あるってことなんでしょう?」


変だと思ってたんですよ、ヤクザの抗争のあおりを食ったなんて。

智晴は呟いた。


「あの頃、このあたりのヤクザの間には、特に抗争なんてものはなかったはずなんです。それなのにあんな殺され方をして、未だ犯人が捕まらないなんて」


「抗争は無かったって……何でそんなこと知ってるんだ?」


智晴、そっち系のお友だちがいるのか? 

俺の顔を見て、くすっと智晴は笑う。


「そんな怯えた顔をしなくても。義兄さんが何を考えてるのかすぐ分かりますよ。ヤクザな友人はいませんが、それに近い知人はいます。これでも顔が広いんですよ、あなたの友だちの、<風見鶏>と知り合う程度にはね」


「そ、そうなのか?」


智晴は、当然、と頷いた。


「デイトレーディングも情報が命ですから」


情報。だから<風見鶏>とやり取りがあるのか。俺は納得した。


「あいつは……俺には職務上のことは何も言わなかったけど、一度だけ洩らしたことがある。少年を助けられなかったと。……死なせてしまったと、酷く悔やんでいた」


弟の気に掛けていた少年が、薬物過剰摂取のため錯乱し、廃ビルから飛び降りて死んだ、あの日。


あいつは珍しく酔いつぶれた。泣く代わりに。

俺がもっと詳しいことを知っていたら、あの時弟を泣かせてやれたんだろうか。泣かせて、そして少しでも心を楽にさせてやれただろうか。


夜の女神の名を持つドラッグ。心を黒く塗りつぶす……。


「……<ヘカテ>ってドラッグらしいんだ、あいつが追いかけていたのは」


「<ヘカテ>? あの?」


智晴は驚いたような顔をした。


「知ってるのか?」


「情報としては。純粋な<ヘカテ>はとある高級クラブにしかなくて、もどきが街に流れているらしいとは聞いたことがありますが、そうか、彼はあれを……」


それは危険だったかもしれないと、智晴は眉根を寄せ、難しい顔をした。


「僕の知り合いの中に、ドラッグの<カクテルバー>をやってるのがいるんですが、そいつが言ってました。あれはヤバイって。──その知り合い自身もけっこう危ないことやってるはずなのに、ってちょっと驚いたことを覚えています。だから、かなり危ないものなんだろうとは思っていたんですが」


さすが、智晴。<カクテルバー>を知っていたか。俺なんて双子に聞くまで缶入りソフトカクテルのことかと思っていたよ。


「お前、まさか<カクテル>を試したりしてないだろうな?」


ふと心配になって、俺は訊ねた。


「まさか」


智晴は呆れたような目で俺を見た。


「ドラッグをやらなきゃならないほど、僕はこの世界に退屈していませんよ」


「そ、そうだよな。ごめん、智晴」


「そんなものをやるより、あなたを見ている方がずっと面白いです」


……少しでも疑った俺が悪いけど、ひと言余計だ、智晴。

俺は頬をひくひくさせた。


「まあ、その、だ。あいつはそれをほぼ単独で捜査してたっていうんだよ」


俺は芙蓉の方を見た。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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