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第40話  Someone to watch over me.

弟と、顔も知らない“風見鶏”。


「……仲が良かったのかな、弟と」


ぽつり、と俺は呟いていた。頭の中が真っ白だ。


「それは分からないけれど、何らかの協力関係にはあったのだと思うわ」


芙蓉が答える。


「あなたの身が、今現在ここにいることによって安全だというならば、あたしたちも安全だということね」


何かを確認するかのように、芙蓉はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「そうだよね。……だから、俺たちも落ち着こう、芙蓉」


「ええ、葵」


自分自身をなだめるためか、葵は胸に手をやり、深呼吸するようにゆっくりと上下させている。そうか、さっきの大迫力センサラウンドは、彼らも不安だったせいかと俺はぼんやり思っていた。


落ち着くための飲み物を探すため、冷蔵庫をのぞきに行った葵が、軽く歓声を上げた。


「有名な高原のミルクと、百パーセントオレンジ果汁のジュースがある。濃縮還元のものじゃないね。もしかして、夏樹のことを考えてくれたのかな」


あれ、珍しい、ジンジャーコーディアルなんかも入ってる、とさらに葵が呟くのが聞こえた。


ミルクとオレンジジュースは子供のためで、ジンジャーコーディアルは俺のためかな、とぼーっと俺は考えていた。<サンフィッシュ>のバーテンの出してくれたジンジャーコーディアルは、滋味深くて美味かったなぁ……。


って、そんな珍しい飲み物まで揃ってるってことは、やっぱり俺はいつも誰かに見守られていたということか? でもそれって、見張られてた、と考えることも出来るよな? 


見張られている。

見守られている。


意味が百八十度違うような気もするが、「ずっと見られている」という点では同じだ。


双子は俺が“風見鶏”に見守られているというが、実は見張られているのかもしれないじゃないか。


寒っ。


背中がぶるっと震える。何を信用していいのか分からない。


「どうしたの?」


冷蔵庫をのぞいていた葵が訊ねてきた。


「い、いや、ちょっと寒気が……」


俺は言い訳気味に答えた。


「大丈夫だよ、なんでもない」


「そう? 夏風邪はタチが悪いんだから気をつけた方がいいよ。いいものを見つけたから、そういう時に良い飲み物を作ってあげる」


そう言って葵は振り返った。


「お湯はポットかな。でも」

「念のために、冷蔵庫の中の未開封のミネラルウォーターを沸かし直した方がいいわね」


また二人でワンセットの言葉。すぐそばで危険を感じる時、彼らはシンクロするらしいと俺は気づいた。


「何か混ぜられていると困るからか……?」


案の定、俺の問いに二人は同時に頷いてみせる。


「あたしたち、ドラッグの話をしていたのよ。覚えてる?」


「覚えてるよ」


覚えてるから、君らが何に対して警戒しているのか分かったんじゃないか。


「こういう時は『疑わしきは罰せず』じゃ危ないからね。疑わしいものは疑ってかからなきゃ」

「そう、『君子、危うきに近寄らず』よ」


「そ、そうだな」


あはは、と俺は乾いた笑い声をもらした。


あんまり何も考えずに生きてきたから、疑うことは苦手だ。そういえば弟も言ってたな。真剣な顔で、涙をこぼしながら嘘をつく奴もいるって。それはそれは素晴らしい演技力で虚言を弄するそうだ。それでも、嘘を見慣れている人間には分かるっていうから凄いよな。


──そう、俺は疑うことは苦手なんだ。


見張られているのか、それとも、見守られているのか、どっちだ?

見極めるのは、難しい。


考えるのに疲れて、俺はふと夏樹を見た。子供は犬のぬいぐるみに抱きついたり撫でたりしながら楽しそうにしている。それを芙蓉がやさしい目で見つめている。


あー、ののかを思い出すなぁ。同い年か。この子は年齢のわりに少し小さいけれど、そのうち父の芙蓉や叔父の葵のように、それなりの体格になるんだろう。彼らはスレンダーだけれど決して貧弱ではない。母親の夏子さんという人も、どうやら女性のわりには背が高かったようだし。


ののか。パパはどうすればいいんだろうね。


見守られているのだとしたら、見守っている方は全てを知っているが、その対象である俺は、現状以上のことを知る必要がないということなんだろう。


でも。


見張られているのだとしたら、パパは何かを疑われてるんだ。……ある程度事情を知っている者が、それ以上の<何か>をパパが知っているのではないかと、疑っていることになるんだよ。


困ったよ、ののか。


パパ、本当に何にも知らないんだ。

死んじゃったお前の叔父さんは、一体何を知っていたんだろうね。


「はー……」


つい大きな溜息をついてしまう。


「どうしたの、おじちゃん?」


夏樹がじっと俺の顔を見つめている。ダメじゃないか俺。子供に気を使わせるなんて。


「おじちゃん、だいじょうぶ? さびしいの? ぼく、はんぺんを貸してあげる」


「へ?」


はんぺん?


夏樹はぬいぐるみをよいしょと持ち上げ、俺の方に向けてみせた。

はんぺんって、もしかしてそのぬいぐるみの名前か?


「その子の名前、はんぺんっていうの?」


「うん。白いから。それに、ぼく、はんぺんが大好きなんだ」


子供はにこにこしている。父親はそれを微笑ましそうに見ている。お前は息子のそのネーミングセンスに何も感じないのか! と問い詰めたくなったが、そんな気も失せるくらい、温かな親子の姿だ。


「そ、そっか、好きなものの名前をつけたんだね」


俺が無理やり顔の筋肉を緩めて笑って見せると、芙蓉がにっこりと言った。


「この子、素直だから」


いや、その名前、素直すぎるから。


俺が密かに脱力していると、向こうの方でカップをかちゃかちゃやってた葵も加わってきた。


「うん。夏樹は本当に素直ないい子だよ」


声にはいとしさがにじみだしている。


お前ら……やっぱり双子だよ。


“風見鶏”に、あんたのプレゼントは<はんぺん>って名づけられてしまったよと教えてやったら、彼はどう思うだろう? 


……面白がるだけだろうな、やっぱり。だって、<sirokuma30551>だし、<3dabird15>だし。俺用のパスワード・パターンだっていうけど、本人の趣味も入ってるに違いない、絶対。


芙蓉と葵は“風見鶏”は俺の味方だと思っている。そうかもしれない。だが、完全な味方だと信じるのは、まだ早いんじゃないだろうか。


彼が俺を見張っているのだとしたら。俺を守ることによって、彼に何らかの利益があるのだとしたら。あるいは、敵対する者に俺を渡すことが彼の不利益になるのだとしたら。あるいは、もしくは、……。


ダメだ。俺は頭を振った。判断材料がないのに、空回りしても意味がない。


「はい。ホット・ジンジャー」


密かに苦悩していると、俺と芙蓉の前に温かい飲み物が置かれた。葵がジンジャーコーディアルで作ってくれたようだ。夏樹の前にはホットミルク。自分も同じものの入ったカップを持って、葵はもうひとつのソファに座った。


「……ありがとう」


俺はとりあえず西洋生姜湯をすすった。うん、この味。<サンフィッシュ>のとは少し違うけど、基本は同じだ。生姜じゃ、ジンジャーじゃ。


「炭酸水もあったからジンジャーエールにしても良かったんだけど、ずっとエアコンのきいているところにいるからね。あったかいのにしたよ」


実は猫舌なのか、葵はふうふう吹きながら冷めるのを待っている。芙蓉はと見れば、こちらは普通に飲んでいた。双子でもそれは似なかったのかと思っていると、夏樹がホットミルクをふうふうしている。


うーん、面白い。遺伝的には夏樹と葵は一親等だからなぁ。一卵性双生児の遺伝情報は全く同じだから、芙蓉の息子は葵の息子も同然だ。


それでいうと、ののかも弟の娘と同然だよな。俺たちも芙蓉たちと同じで、全く同じ遺伝子を分け合っていたのだから。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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