2022年8月 お盆の<俺> 灰色の小さな蝶
短いですが、<俺>がシリアスに弟を思い出しているので、こちらに。
草むしりに一心不乱。
暑かろうが、寒かろうが、俺はやるぜ、頑張るぜ。ひゃっはー! 雑草は敵だ! けど、寒いときは生えないな、草! なんて一人乗りツッコミを脳内自動機構に任せて無になっていたら。
ん? 何かひらひらしたものが……? ふと我に返って見てみると、カラスノエンドウの花に止まったそれは、シジミチョウ。そこはかとなく水色がかったような灰色の翅に、黒っぽい点々が雀斑みたいに散っている。
ぼーっと見ていると、シジミチョウは次の花に。しばし留まり、すぐに飛び立つ。花から花へ、小さな翅が翻る。まるで太陽の光を跳ね返すみたい。ひらひら、ひらひら。ちょうど目の前のカタバミの花に止まったから──。
捕まえた。
両手をお椀のようにくぼませ、その中にぽふんと閉じ込める。指の隙間から見えるシジミチョウはじっとしてる。手の中で息づく、小さな生き物。
ぱっと手を開くと、シジミチョウは何事もなかったみたいに飛んでった。ひらひら、ひらひら。日差しを浴びて、いっそ眩しいほど。太陽の光の欠片みたいだ、そんなことを思いながら、しばしその姿を見送る。
……ああ、子供の頃、よくこんなふうにしてシジミチョウを捕まえたっけ。捕まえては放し、放しながら、一体何を思っていたんだろう。もう覚えてはいないけれど、同じようにくぼませた両手の中を覗きこんでいた、双子の弟の姿を思い出す。
弟は、とても真剣な顔をしていた。その中に、何かとても大切なものを閉じ込めているみたいに。合わせた手に木漏れ日が当たって逆光になり、それはまるでオレンジに輝く鬼灯の実のようにも見えた。
手を開いて解放し、その飛んでいく先を真摯な眼差しで見送っていた弟は、同じようにして小さな蝶を放した俺と眼が合うと、共犯者のように悪戯っぽく笑ったんだ。俺も笑った。きっと、兄である俺も同じような顔をしてたんだろう。
何を思って、あるいは何を願ってそんなことをしていたのか。今はもういない弟に、たずねることはできないけれど、でも。そっと捕まえては注意深く放すたび、俺はいつも不思議な気持ちになっていた。きっと弟もそうだったろう。そして……いや、憧れはあった。祈りも……それはとても曖昧な感情で、何に対しての憧れか、何に対しての祈りなのかわからないけれども──。
大人になった今、思う。人の身と、小さな蝶と。違うものだからこそ、託せるものがあるのかもしれない。
八月半ば。暑さは増すばかりと感じる。だが、夏至とはまた違う季節の翳りが肌に、心に、薄く忍び込んでくるような気がした。
小灰蝶はまだ、飛んでいる。この蝶は、冬でもその姿を消すことはない。




