時じくの香の木の実 2016年12月21日 第三話
少し短いですが、今年最後の投稿です。
1/2 細かいところを少しいじりましたが、話の流れに変わりはありません。
警察に通報した時には、自分の名前と携帯番号も伝えた。それでだろう、病院から出る頃に警察から電話が掛かってきたんだ。だから、仕事に行く途中であったことを説明し、時間が出来たらすぐ発見時の事情を説明しに行く旨、了承してもらった。
それからタクシーに飛び乗って吉井さんちに急いだんだけど……。その病院からだと徒歩ではキツかったからにせよ、そんな贅沢したくなかったなぁ。なのに、霧のせいで道が混んで、はぁ……。
白く閉ざされ、ふわふわと不確かな視界に悩まされながら、他の歩行者や車が来るたびいつも以上に気を遣って道の端に寄ることを繰り返し、超大型犬の伝さんと、梅田さんちのゴールデンレトリーバー、大型犬のコンちゃんを散歩に連れて行った。それから、バスに乗って警察署へ。簡単な事情聴取を受けて、今、だ。
「さっき、他の刑事さんにも話したんですが……俺も何も分からないんですよ。あの男性にも見覚えは無いし……」
「発見する前、車がぶつかったような音が聞こえた、ということですが──」
「ええ。ドン、という鈍い音です。一度、車の事故を目撃したことがあるんですが、それと似た音でした。でも、何とぶつかったのか、それは分かりません。何しろ、この霧ですし、今よりまだ暗い時間帯でしたから」
「見に行かなかったんですか?」
「行こうとしましたよ。でも、その途中であの人を見つけたので……最初は男か女か分からなかったので、濡れたものを脱がせていいものかどうか悩みました」
あのままだったら、風邪とか肺炎以前に凍死しそうでとても目が離せず、救急車が来るまでせめて手足を温めるのに必死でした、と言うと、鈴木さんは唸った。
「救急車が到着して、隊員さんがストレッチャーを降ろしている時、あの音がした方向からジョギング、というか視界の悪いせいで歩いて来る人がいたので、聞いたんです、途中、事故を起こした車を見なかったかと。でも、その人はそれらしいものは何も見なかったと言いました」
今、救急車に乗せられる人が事故の関係者かもしれないんです、と言うと、人の良さそうなその人は道を戻ってもう一度よく見てみる、と足早に霧の中に消えて行った。
「俺は保護発見者として一緒に乗って行くので、事故車を見つけたら、警察に連絡することをお願いしたんですが……」
「そういう通報は無かったようです」
ふう、と鈴木さんは息を吐く。
「じゃあ、当て逃げ……?」
俺は首を傾げた。彼の着物が汚れてなかったから、事故を起こした車の運転手とまではいかなくても、同乗者と思ったんだけど……、車に乗ってたとしたら、あんなに濡れてるのは変だよなぁ、やっぱり。
ふらふら歩いてるところを当てられて、池にでも落ちたというのが一番納得出来るシチュエーションなんだけど、あの辺りにはどう考えても池も川もプールも無いし……。
「あなたの通報を受けて、交通課が現場確認に行ったんですが、事故の痕跡は見当たらなかったそうです」
「え……?」
俺の反応を注意深く観察するようにしながら、鈴木さんは続ける。
「この霧ですからね、細かいものの見落としがあるかもしれないので、また午後から見に行く予定をしているんですが、そういう車両部品も落ちていないし、タイヤ痕跡も無い。だから、本当に事故があったのかと疑うところなんですが……」
「はぁ……」
そりゃ、そうなるわな。何だか探るような眼で見て来るけど、疑われたって腹なんか立たないよ、俺にもわけが分からないもん。こういうのを狐に化かされた気分、っていうのかな? でも、それならびしょ濡れだった彼は一体どこから来たんだろう。まさか、近所の人? だけど、どうしてあんな格好で外へ……はっ! 何か、事件?
俺がぐるぐる考えていると、鈴木さんがまたもや俺の心を読んだようなタイミングで言った。
「事件ではあるんです。というのは……」
ちらりと眼だけで周囲を見回すと、声を潜めた。
「ここだけの話にしておいてくださいよ、あなたの保護したあの人物……、どうやら長い間監禁されていたような形跡があるんです」
「か!」
びっくりして声を上げそうになり、俺は自分で口を押さえた。軽く責めるように見てくるのへ、無言でこくこくと頷いてみせる。うん、ここだけの話って分かってる。ちょっと、いや、かなり驚いたから、つい。
「す、すみません。なんか、思いつきもしなかったので……じゃあ、あの人はそこから逃げてきたってことですか?」
ひそひそと囁くようにして訊ねてみる。
たとえば、風呂場で一人になったところで、隙を見て浴衣一枚だけ羽織って外に逃げ出したんだろうか。それならその一枚下が全裸だったのも頷ける。髪が濡れていたのも。
「あるいは、放り出されたか……」




